商家の息子を救え!オガー島 襲撃作戦!! part.1
度重なる損失でついにファウの小遣いは尽きた。
お金がなくなったのなら略奪に出かければいいのだが、略奪を行うためのモンスターが雇えない。
経費の安いスライムの貸し出しは、父親である大魔王アズマの手により差し押さえられてしまった。
派手に動きすぎたんだ。バレなければ差し押さえられることもなかったのに、ついつい調子に乗ってしまったから。
「うーん、略奪がダメとなると、どうすっか?盗賊でもとっちめてくるか……いや、今はダメなんだよな」
人間界へ降りていって、盗賊のアジトを襲撃する。
相手は人間である。たまに強いのもいるが、大概はサラサラリースライムと同程度の力しかない。
しかし、魔族の間でも人間の盗賊狩りは小遣い稼ぎに結構流行っている。
そうなると人間界の盗賊の数は著しく減少し、盗賊狩りは魔界において禁止令が出されるのだが、人間界の時の流れは魔界のそれと比べてとても速い。
数年も放っておけば世は乱れ、盗賊が跳梁跋扈するようになる。
そこを魔族が襲撃して数を減らすのだから、何が救世主なのか分からない。
人間界の伝説において『魔王』という存在が人間界を支配しようとするのもその一環なのだ。
人間界を一時的に支配することで自身の懐や地位を高めようとする。そうした一方で人間の数が減少してきた頃に、人間界から姿を消す。つかの間の平和が訪れ、人間の数が増える。魔界より新たな魔王が降臨する……といった具合である。
そういう訳で、人間界に降臨する魔王というのは特別な資格や許可を得たうえで、順番待ちとなっているのだ。
ファウの父親のアズマも大昔に人間界で魔王として君臨し、程なくして魔界へと戻ってきた。そして魔界の一画を治めているという訳なのだ。
今は誰も人間界には降りてはいない。要するに養殖期間といっていい。盗賊狩りは禁止されている。
「ま、いーや。暇だしちょいと降りてみるのも悪くなねェか」
別段、魔界の魔族が人間界に降りていくことは禁止されてはいない。ただ盗賊狩りは禁止されている。
「ファウくん。人間界に行くのかい?」
「なんだキョウティ、お前も一緒にくるか?」
「キョウティはね。今、とーっても忙しいの。だから一緒にいけないや。残念ざーんねん」
「そうか。じゃあな」
人間界へ降りてきた。
ここでは人間の姿で行動するのが原則となっている――といっても、ファウの姿は人間のそれと殆ど変わりはない。
原則……とあるように、これは原則である。
人間界での魔族は様々な姿をとっており、根っからのモンスターや人間に近い姿、またはモンスターと人間の半々の姿を持つなど、多種多様なのである。
どうしてこんなことをするのかには諸説があり、
・人間を嫌う魔族が人間以外の姿をとっている。
・人間を驚かせるために超常的な姿をとっている。
・魔界の魔族の目指す世界を反映している。
などである。特に面白いのは3項目の話だ。
魔族中心の世界を目指しているのか、はたまた人間の世界との共存を目指しているのか。
無意識のうちにそうした目指すべき世界が己の姿に投影されているのだとかそうでないとか。
ともすれば人間に近いファウは人間との共存を目指しているのだろうか?
「うーん、そんなもんかねぇ」
ふとそんな話を思い出したファウは小さく呟いた。何も考えずに生きているファウには、夢の中でさえ、考えたこともない話だった。
人間の住む町に降り立ったファウが町を歩いていると……
「このガキィ、よくもやってくれたなぁ!!」
男の怒声が聞こえてきた。分かりやすいイチャモンである。
つけられている相手は男の子であった。8歳くらいだろうか。
(ほーぉ、なにやってんだ)
聞き耳を立てているとなんてこともない。子供が大人にぶつかっただけのことだった。
まぁ、よくあることだろう。これはチャンスとばかりにファウはその大人にぶつかりに行った。
軽くぶつかったつもりだったが、そこは魔族でしかも魔王の娘である。相手を10m先の大木まで吹っ飛ばしてしまった。
おお!?やっちまったなぁ……とは思わない。最初から殺す気でやっている。
おいおい、殺したら規則に引っ掛かるんじゃないだろうか?と筆者が心配してみるに、
「あれくらいで死んだら、死んだほうが悪いだろ?」
ということだそうだ。幸い、相手は死んでいなかったので問題はなかった。
「お姉ちゃん、ありがとう」
相手は魔族で殺人未遂犯とは露知らず、男の子が声を掛けてきた。
人間に感謝されるとは魔族も形無しだよな。とファウは思った。ああ、気にすんな。と声をかけてその場を立ち去ることにした。
少し離れた家の影、そこからファウの背中を見ていた男がいる。
「…………」
無言で見ていた彼はそっとファウの後をつけはじめたのだった。
「おい、気付いてんぜ。さっきの奴の仲間か?」
わざわざ人通りの少ない場所に出て、ファウは振り返った。
見たところは誰もいないのだが、つけて来ている人間がいる。気配を隠すことの出来ない人間の存在は、そこら辺のスライムでも察知することができる。
「出てこないと殺すぜ。さっさと出てきたら……考えてやる」
「ひっ……ひぃ、も申し訳ございませんでした!!」
案外あっさり人影が出てきた。見たところ喧嘩屋でもなければ、さっきのチンピラの仲間でもなさそうだ。
身なりがしっかりとしている。それなりの商家の主人といった感じだろうか。
そのような風体の大の男が、いきなり少女の前で土下座をしているのだから情けない。
何か事情があるのだろう。ファウは興味を持った。
「なんで私のことをつけてたんだ?恋でもしたか」
「いえいえ、とんでもありません!!」
「マジかよ……そこはお世辞でも、『ある』っていうところじゃないのか?」
「ヒエッ……!!」
男は怯えている様子だった。魔族であることは悟られてはいないようだが、チンピラを10m吹っ飛ばしたところは見られている。それだけ見れば普通の人間には十分な脅威である。
「まぁいいや。それでなーんでつけて来てたんだ?」
「それは……貴方様の腕を見込んでのことでございます」
「腕だぁ?」
ファウはさっと自分の腕を見た。しなやかな普通の腕である。筋肉などはついてはいない。
「先ほどの貴方様の御力、拝見させて頂きました。素晴らしい腕力、一角の武人とお見受けしました……いや、もしや勇者さまでは!?」
「勇者ねぇ……」
まさか大魔王の娘が勇者と呼ばれる日が来ようとは思わなかった。
どうにも悪い気はしなかったので、用件を聞いてやることにした。
「それはですね。私の息子が鬼どもに攫われてしまったのですよ」
「鬼か……」
鬼、またの名をオガー族という。ファウが属している魔族とは『人間に害をなす種族』としては共通だが、種族としてはまったく別である。従って友好関係にも協力関係にもない。
むしろ敵の敵は味方とはいかず、魔族とオガー族もまた敵対関係にあるといえるのだ。
今回、この人間の世界には魔王は降臨してはいない。なのでオガー族がどこからともなく湧き出て好き勝手に振舞っているのだった。
「ちぃ、あのクソどもめ、魔族がいないのをいいことに好き勝手やっていやがんだな」
「へっ?魔族……?」
「あっ、いやこっちの話だよ。気にすんな気にすんな」
「もし貴方様が私の息子を取り返してくれましたら、お礼をさせていただきます。蔵にあるものを好きなだけお持ちください」
「おっ……」
そりゃあいいぜ!!ファウは胸が躍る思いがしたものだった。あのクソなオガー族を締めるついでに、商家の息子を取り戻せば、金品も手に入れることができる。
見た感じそんなに悪い風体のおやじじゃない。大なり小なり財産はあるだろう。いや、オガー族を締めるおまけと考えても悪くはないと思いたい。
「よっしゃ!私にまかせとけ!!その息子を取り返してきてやるよ」
「おお、さすがは勇者様!!」
商家のおやじに見送られ、ファウはオガー族が根城としているオガー島へと向かっていった。