突入!神魔界 ~ 遭遇編 part.5 神通力
ウェアファルフテプの鳴き声が聞こえたので来てみれば……」
アンシがファウに手をかざすと爆発によって受けた傷が少しずつふさがり始めた。
「おいアンタ。余計なことをするなよ。そいつァ、俺のエモノだぜぇ?」
「同時に私達の大事な客人でもありますので」
「チッ……」
アルバが周囲を見て大きく咆哮をあげようとした瞬間、
「近辺に待機していた仲間なら私が撃退しておきました。なのでいくら大きな声で呼んでも誰も来ませんよ」
「よくやるよ。まったくなァ」
ハァと大きく溜息をつくと、アルバはアンシに背を向けて森へと歩き出した。
「今日のところは諦めるよ。だが覚えておけよ。次はこうはいかねぇからさ――それとそこのお嬢ちゃんに伝えといてよ。もっと強くなりなって。再戦楽しみにしてってからさ」
振り返らずに言うと、アルバは森へと消えていった。
周囲を覆っていた殺気は全て消え、鳥の鳴き声が戻ってきた。
「テルルさん。力を使いましたね?」
「あっ、えぇー……まぁなりゆきでサ」
「ウェアファルフテプは強者を求めて徘徊しています。強い力は彼らを引き寄せてしまうのです」
「いやまァ今回はさ。ファウがさ、力試しをしたかったみたいだからさァ」
「ファウさんが、ですか」
アンシが倒れているファウを見た。傷は大概治したが身体に響いた衝撃『潜在的なダメージ』はすぐには治らない。
今回の場合、動けるようになるまでには1日ほどの休養を要するであろう。
「村に戻りましょう。テルルさんはせっかく獲った魚の回収をお願いします。その魚があれば、ファウさんの回復もきっと早くなることでしょう」
「はぁい」
アンシがファウを担いで村の方へと歩いていった。テルルは自分の技で岩場へ吹き飛んだままピチピチと動いている魚を集めると、後を追うように駆けて行った。
夕食前にファウは目を覚ました。
「あれだけ傷を受けた後でしたら、1日、長くても2日ほどは休むものですが」
「いつまでも寝てなんていられない。アイツのチカラ。ここじゃ魔力は使えないはずなのに炎を出してぶつけてきたんだ」
アルバの使っていた技『爆熱抜刀腕』のことを思い出す。
魔界では魔力を炎に返還して相手にぶつけることは日常茶飯事、子供でも威力はごく僅かなものの扱うことのできる代物である。
しかし神魔界では魔力は使えない。何か別のチカラを用いてあの技を発動させているんじゃないか。
ファウはそう思うのだった。それならばそのチカラ正体をつきとめなければならない。
アンシは小さく頷いた。ファウが考えていることを言わずとも察したのだった。
「あのチカラは『生命エネルギー』を使ったものだと私達は理解しています」
「生命エネルギー?」
アンシの話によれば『生命エネルギー』とは魔界や一部人間界における『魔力』にあたるそうだ。
もっともアンシは元々人間界に暮らしている人間で魔界の魔力についての知見は持ってはいない。
なので便宜上、生命エネルギーによるチカラを彼らは『神通力』と呼んでいた。
その『神通力』とは……
神魔界に存在するものは大なり小なりその力を操ることができるという。
ファウが神魔界に来た時に遭遇した風刃チーターもそうだ。
彼等は神通力を用いて身体の周りに風の刃を発生させて攻撃、更に高速での移動を実現しているのだった。
神通力による風の生成というのは単純にして簡単な力の使い方だが、それだけに運用の幅は広くそして有効なのだった。
「つまり私でも神魔界にいる以上は何か出せるようになるの?」
「はい。私達の知っている限りではそうなりますね」
「へぇ、それだったら~」
「ちょっとファウ!私達がここに来た目的、忘れてないだろうな!?」
「えっ、あっああ。忘れてないよ」
「おや?ファウさん。どうしましたか?」
「あぁコイツ……プリンセス・アウランのやつが目的を忘れるなっていってんの。アンシさん達には聞こえてないだろうけど、すっごいデカい声でさ。うっさいんだよ」
「うるさいとはなんだ!もうピンチでも助けてやらないぞッ!!」
剣から発せられているプリンセス・アウランの声はアンシの家を震わせるほどに響いているが、その声も波動もファウ以外には聞こえていない。
「あーもう分かったから。ちょっと黙ろうよ。それで――」
「目的でしたね。彼女を元に戻す方法、一つ心当たりがあるのですが……」
食事が運ばれてきた。
ファウとテルルが昼間に獲った料理であった。
焼き魚に身にソースをかけたもの。フライであげたものがある。
人間界の里程度の文明レベルにして魔界の都市部レベルの料理が出てきたことにファウはとても驚いた。
話に聞けばこうした知識は全てアンシからもたらされたものだそうな。
「アンシさんってすごいんだな。あのウェアファルフテプを一人で倒しちゃうし、こんな料理も作れるなんて」
だからこそ神魔界において種族:人間をまとめているだけはあるのだろう。
ファウはそう思っていた。
「どうですか?お口にあうと良いのですが」
「いやいやアンシさんの料理はいつ食べてもおいしいよ!!私達も見習わないとなーっていっつも思ってる」
「テルル、お前じゃなくて私に聞いてるんだよ。あァ、コイツの言うとおりとってもおいしいですよ。私もこんあ風にできたらなァ」
「はははファウさんでもできますよ。きっとね――」
それで……
「ファウさんの目的」
プリンセス・アウランを元の身体に戻す方法。
アンシはその心当たりについて話し始めたのだった。
「ファウさんが先ほど戦った相手、ウェアファルフテプ。彼らがプリンセス・アウランさんを元に戻すことができる秘宝を盛っていると思われます」
「アイツらが――」
ウェアファルフテプは神魔界でも人間と勢力を二分している強大な集団である。
それだけに神魔界の神秘、力の源を集め更なる勢力の拡大を図り、最終的には神魔界を支配したいと考えているのだった。
そんな彼らならばプリンセス・アウランを元に戻すための秘宝、その方法を持ちえているのではないか?というのがアンシの話である。
「そうか。じゃあアウランを元に戻すにはアイツらを倒さなきゃいけないんだな!?」
「そ、そうなりますね」
「へっ、それなら望むところだぜ!!」
ファウはばっと立ち上がると腕をブンブン振って天へと突き上げた。
その瞬間電撃のように傷の痛みが身体を奔り、ファウはその場に転がり落ちてしまった。
「ちょっとー、何やってんのさ」
「武者震いだよぉ。気合を入れすぎちゃったの!!痛いトコ突くんじゃない」
「…………」
「それよりアンシさん!私はアイツらと戦わなきゃならない。今話した『神通力』って私にも使えるように教えてよ!!」
「は、はぁ。もちろんですよ。大丈夫です」
あまりにも熱心に頼んでいるファウを見て、思わずアンシは息をのんだ。
他の人間に神通力を教えるのは初めてのことではない。
逆に過去にアンシが行っていたのは神通力の研究であった。
そのときにファウのように目を輝かせて自分を見ていた人のことを思い出し、アンシは言葉を詰まらせたのだった。
「そうですね。ファウさんはアルバと対峙できるくらいのポテンシャルは持っていますから、きっとすぐに使いこなすことができるでしょう」
「あっズルいぞー!私だって教えて欲しいー!!」
「お前はもう使えるんだろ!だったらいいじゃないか!!」
「でーもー、ファウだけ強くなったらワタシ悔しいもん!オガー族のお姫様としてもっと強くならないと面目が立たないでしょ!?」
「けっ!お姫さまなんてお前のガラじゃねーだろ。かわいこぶるなって」
「あははは、大丈夫ですよ。簡単なことですから、もちろんお二人にお教えします」
アンシは笑いながら言った。
しかしその一方で細めた目の中にはどこか寂しげな光が宿っていた。
そのことにファウとテルルは全く気付くことができなかったのだった。