突入!神魔界 ~ 遭遇編 part.2 増援
突風が起こった。
あまりの風圧に目を開けていることもできないほどの風である。
しかしそれは一瞬のことですぐにこの場は静けさに包まれた。
それはまるで風がこの場の音を全て吹き飛ばしてしまったようであった。
「…………!!」
完全に静止している。それは宙に浮いたままの風刃チーターだった。
(何が起こった!?)
恐らく彼はそう思っていることだろう。彼らがいつも行っている狩りの手筈ならば、この戦法で相手は八つ裂きに引き裂かれているところである。
そのとき彼等は若干の遊び心を抱いており、獲物の首だけは綺麗に残しておく癖がある。
面白いことにそうしておくと、獲物はしばらくは自分が斬殺されていることに気がつかない。
そして気付いた瞬間の恐怖と驚きの表情と悲鳴は最高だった。
風刃チーターにとっては食事よりもこちらが本命だったのかもしれない。
しかし今回は違う。
何一つ彼らの思うようになっていないしこの状況は何だ?
空中で静止している?そんなことは今までかつてなかったことだった。
困惑と驚きで思考が回っていた最中、突如風刃チーターの体に衝撃がはしった。
ファウが渾身の回し蹴りを風刃チーターへ叩き込んだのだ。彼の身体はボールのように吹き飛ばされた。
吹き飛んだ身体は別の風刃チーターへ激突し諸共に倒れ伏した。
そうしている間にもう動けずにいるもう1体へ駆け寄り、拳による連撃を加えた後で、その尻尾を掴み最後の1匹へ向けて放り投げたものだった。
その攻撃は最後の1体には直撃しなかった。しかし彼の戦意を喪失させるには十分だった。
投げ飛ばされた風刃チーターが倒れる間に、最後の1匹は何処かへ逃げ去ってしまったのだった。
「ふぅ、行ったみたいだな」
一応周囲を見渡してみるも殺気も気配も何処にもない。
それを確認するとファウは右手へ目をやった。
右手はまるで土を掘ったかのように汚れ、擦り傷や切り傷にまみれている。
(やっぱりタダじゃすまなかったか)
これは風刃チーターの攻撃、そして動きを止めるために負った代償である。
風刃チーターの風刃を止めるために、ファウは自身の右腕を超高速で地面に打ち込み、風刃チーターが作り出す『風刃』以上の風を発生させたのだった。
結果、風刃チーターの纏う風刃は相殺され宙へと静止させられ、そこをファウに必殺の反撃を叩き込まれてしまったのだ。
ただ殺傷能力の高い風刃を相殺するにはそれ相応の『風力』が必要となる!
「チッ、いってて……こりゃ同じのがまた出てきたらヤバいな」
言うようにファウの右手が受けてダメージは非常に大きい。
本来ならば魔力によるガードを通して行う武術である。神魔界では魔力を発することはできず、また力を持たない。
今のファウにあるのは腕力のみなのだ。殴打を行う時に素手で岩を殴るのと同様、保護するグローブを持たなければ腕力のみを持った素手は岩の抵抗に耐えられず砕けてしまうのだ。
「そんなこと言ってるとホントに来るぜぇ?」
ファウの腰元からプリンセス・アウランの声がした。
「そんなことになったら、今度は相手にしないで逃げるしかないな。喧嘩にまともに相手をしなきゃいけないって決まりはないだろ?」
「それもそうか」
いいさしたところで早速お相手がやってきた。
見たところ先ほどと同じ風刃チーターのようだ。しかし体の模様が若干異なるからさっきの群とはまた別のもののようだ。
恐らく戦いの気配と逃走した1匹の様子を見てやってきたようだ。今度は3体がファウを取り囲んでいる。
「相手をしないにしても、こうも囲まれてると逃げられない」
「3匹までならなんとかなる。1発で3匹まとめて落とすよ。やったらすぐにこの場を離れよう。こんなのばっか相手にしえらんねぇや」
風刃チーターが飛びかかってきた。
ファウがにやりと笑い、同じように突風を造り、風刃チーターを無力化した……かのように見えたが、
「グルルルルゥ!!」
生きた風刃チーターの唸り声が平原に響いた。風刃チーターは健在だ。
「お前と違って利口だな。さっきのヤツがやられたのを見てちゃんと対策を立ててたんだ」
「へぇそれならさ」
さっとファウが動いた。瞬転して風刃チーターとの距離を詰めると、一匹を即座に叩き潰した。
キャウン!と高い悲鳴が響いた次の瞬間、2匹、3匹目の風刃チーターが同時にファウへと飛び掛った。
「二匹か!!」
左右の手を同時に使い、突風を作り出した。飛び掛ってきているだけの風刃チーターに逃げ場はない。
それならば!と風刃チーターは全力を用いて『風刃』を作り出しファウの突風に対抗しようとした。
ファウの突風は風刃チーターの『刃風』を相殺させることができる。
しかしそれは同等もしくは『風刃』の方が強度に劣っている場合のみに可能な所業だ。
ゆえに『風刃』が持つ風の力を全力を持って振り絞れば、ファウが発生させる突風を打ち消すことができる。
そうなればファウに『刃風』を防ぐ手立てはないだろう。
ファウは両手を使って突風を発生させている。片手での発生よりも分散させているだけに1発当たりの威力、もとい風の強さはそこまで強くないはずだ。
そしてさり気なく2匹の風刃チーターのうち1匹は後列に回っている。
後列ならば前列にいるよりも突風による影響は小さいだろう。
予想通り、突風が巻き起こった。前列にいる風刃チーターの風刃は消滅した。
全力を出していながら突風を消滅させることができず、更には自身へのダメージにまで波及させてしまったのは、風刃チーターが想像していた以上の突風をファウが発生させていたからに他ならない。
「…………グオッ!?」
突風に押された風刃チーターが後列の風刃チーターまで飛ばされてきた。
避けることができない。未だ彼には風刃が残されており、この攻撃を凌げばファウに風刃を浴びせることができるだろう。
そのためには――
「グギャアアン!!」
目の前の風刃チーターを自らの風刃で切断するほかはなかった。
血しぶきが風に乗って嵐のように周囲へ降りしきった。
風刃チーターの青白い身体が赤色に染まっている。これで障害物は何もない。
ファウが起こした突風も時間の経過により発生当初よりは格段に小さくなっている。
ここまでくれば逆にその突風を利用して風刃の威力に加えることもできるだろう。
風刃チーターは必殺の風刃を生成し、いざ突風の発生源、ファウを切り刻もうと突撃をかけた。
「…………ググ!?」
手応えがなかった。先ほど仲間を斬り捨てたような生々しい感触、噴出す血飛沫。
それらが全くないのだった。
(ということは……!?)
「いつまでも同じ位置に居るわけないだろ!!」
横から剣を構えたファウが土煙を突きぬけ、風刃チーターへ切りかかってきたものだった。
獲物を見失っている風刃チーターと完全に獲物を捉えているファウである。
どさりと風刃チーターの身体が崩れた。
「ふぅ危ねぇ危ねぇ。コイツらマジでヤバいな。あんなの喰らったら一発であの世行きだぜ」
後ろの方で倒れている切断された風刃チーターを見ながらファウは溜息をついた。
魔界でも必殺の一撃を持った生物は多々存在する。
しかし一方で魔界の魔族はそれらに対抗するための魔力を持っており、それを攻防に用いることで危険生物と同等以上の力を持っているのだった。
「ココじゃ魔力が使えねぇ……使えるのはコイツだけ」
ファウの両腕は突風を作り出した反動で無数の切り傷ができてしまっている。少し動かすだけで、
「いってて……」
声が漏れるほどにダメージを負っているのだった。
これ以上同じ技を撃てばもしかしたら一生腕が動かなくなるかもしれない。
そう思わせるほどにビリビリと痛みが走っている。
「さっさとココを離れよう。もう出てくるんじゃないぞ」
すぐにこの場を離れようとしたファウだったが、既にその時には遅かった。
10匹20匹、いやそれ以上の風刃チーターがこの場に集まってきていたのだった。
「ゲエッ!?なんでこんなに沢山いんだよ!!さっき続いてきたのだって3匹くらいだったのにさ」
「アレだな。アレ」
「ドレだよ?ドレ」
「仲間に切られたアイツ。派手に血をぶちまけたもんだから、血の臭いが他のヤツを引き寄せたんだ。仲間とかそういうんじゃなくて戦いの臭い引き寄せられたヤツもいる」
「ちっ、そういうことか……くっそぉ」
悔しがったがどうにもならない。相手にせず逃げようにも数が多過ぎる。
新手の風刃チーターは血の臭いにより興奮している。殺気が思考を遮り、今にもファウへ向けて殺到しそうであった。
(ぐうっ……もっといい装備持ってくるんだった!!)
ファウが覚悟を決めたその時だった。
「はーい、そこのお嬢さん!困っているようだねぇ?困っているんだったら助太刀するよぉ!!」
威勢のいい声が響いてきた。