突入!神魔界 ~ 遭遇編 part.1 風刃
その世界は外からの出入りを好まなかった。
あるのは世界が呼んだモノの『入り』だけである。
世界が呼んだものだけで構成された世界は、まるで世界の始まりのようであった。
木々が生い茂り、川が広く流れている。人間の世界ではジャングルとか原生林というのだろう。
どこからか連れてこられた生物が自由気ままに暮らし、そして進化して行った。
翼を生やしたトラ、角に超能力を宿した鹿、目の青い兎――
人間の世界で見た生物が思いもしない姿や力を身につけているのだ。
そこに迷い込んだ人間もまた……。
さてそんな世界へ一人の少女がやってきた。
彼女は魔界からこの世界へ足を踏み入れた。本来、世界が呼んだものしか入って来れない世界である。
魔界ではこの世界、この次元を『神魔界』と呼んでいた。
魔界では偶然発見された世界だった。
『空間の亀裂』
世界が消し忘れたゲートを発見し、その先に世界が存在することを突き止めたのだ。
――しかし、彼等は新世界を探索するには至らなかった。
それは世界の意志だったのかもしれない。魔力を持つ者はそのゲートを通ることができなかったのだ。
魔界に生きるものは極小でも魔力を持っている。それ故に魔界の者は誰もそこを行き来することはできなかった。
「へぇ、ここが神魔界か。見た感じは人間界ってところだな」
はるか彼方、霞がかった地平線を眺めながらファウが言った。
彼女は天界の戦艦 コンセリーグでの決戦において持てる魔力を全開放を行った。
それにより魔界の支配を企んでいた魔王ゼーラーの封印には成功したものの、その後遺症というべきだろうか。一時的に魔力を発することができなくなってしまったのだった。
偶然とはいえそれが功を奏したか。彼女は神魔界に足を踏み入れることができたのだった。
神魔界の空気は人間界に似ているようだった。
ファウはかつて人間界、オガー島へ行ったことが二度あった。
一度は商家の息子を救出するため、もう一度はキジムラ大佐の挑戦によりガーランバードと戦った時である。
あの時、人間界で感じた空気に近いものをこの神魔界でファウは感じている。
どこまでも草原が続いている。木々も僅かに伸びており、その下には原生生物らしきものが横たわっているのが見える。
「はは、あんなの魔界でも見たことないや。コレが終わったら1匹や2匹連れ帰ってペットにでもしてやろうか」
「ちょっと!のんびり観光しに来たんじゃないだろ。アンタ、ココに来た目的を忘れたんじゃないだろうね」
「分かってる分かってる。アウラン様さァ、元に戻すんだろ。分かってるよ」
「3回も言ったな。ホントに分かってんの?」
「大事なことは3回言うだろ。そういうもんさ」
飾り気のない剣の姿をしているプリンセス・アウランの話を右から左へ流しつつ、ファウは新世界に見入っていた。
見渡す世界は人間界と似ているものだが、流れている空気がまるで違うのだった。
淡い緑色を感じさせる風。なびく草原が色を流しているのだろうか。
ファウは木陰に移動し、荷物を下ろして中からおにぎりを一つ取り出した。
周囲を見渡しながらおにぎりにかぶりつき、これからのことを考えた。
神魔界に来た目的はプリンセス・アウランを元の姿に戻すことである。
現状プリンセス・アウランの身体には魔王ゼーラーが入ったまま魔界に封印されているのだ。
――ということは天界のトップであるプリンセス・アウランは不在になっておりそれを、
「魔界によって拉致された」
魔界を快く思わない勢力が事態を利用し魔界侵攻を計画しているらしい。
この事態を打開するにはプリンセス・アウランを元の身体に戻し天界と魔界の関係を修復しなければならない。
プリンセス・アウランの魂が宿っている剣を腰に提げつつ、ファウは考えた。
(さてとどうしたもんかなァ)
神魔界に来たのは良いが手掛かりは何もない。
地平線の先が霞んで見えるように神魔界は広大だ。そこからプリンセス・アウランを元に戻す方法を探すというのは、大海を泳ぐ金魚を探すようなものである。
せめて何か手がかりが必要だ。この世界のことについて知っている者が集う場所、いうなれば人かモノが住んでいる町、もしくは村があれば良いのだが……。
「まずは町や村を探してみようか」
見渡す限り草原が続いている。この世界にそんな場所があるのかどうか。
そもそもファウ以外の人型生物が存在しているかどうかも怪しい……。
気の遠くなるような状況だが、ファウはそれでも焦ってはいなかった。
せっかく未知の世界にやってきたのだから、
「ま、存分に楽しんでいこうか」
そう意気込んでいたのだった。
程なくして――周囲に気配が集まっているのにファウは気付いた。
やはり見たことのない生物がいる。見える範囲で確認できるのは、
翼を生やしたトラであった(正確にはチーターである)
「ははぁ、コイツにつられてやってきたのか」
ファウは手に盛っていたおにぎりを差し出すように前へ出したが、どうもその生物達は友好的な姿勢を見せてはいない。
「フラれたなこりゃ。お前、ネコにすらモテないのにあんなトラにモテようたって無理だろ」
「そんなのやってみなきゃ分からないだろ?そういうアウラン様はネコにモテるのか?」
「ネコなんてここ数100年抱いてもないから分からないよ。それよりも――」
翼の生えたトラ『風刃チーター』はファウの方を獲物と見ているようだった。
鋭い殺気を放ち、もはや戦闘は避けられないと見ていいだろう。
さっとファウは立ち上がり、手に持ったおにぎりを口に入れると、もっとも手前に居るハネトビトラの背後へと跳躍した。
「……おおっ!?」
思わず驚きの声をあげたのはハネトビトラではなくファウの方だった。
高速での移動で背後をとり、首を切断するつもりで思いっきり手刀を叩き込んだつもりだったが、その手が切ったのは空気であった。
かわした!?完璧に不意を突いたはずだったのに!?
もちろんそれはファウの感覚である。ついでに言えば今のファウの手刀に生物の身体を切断する威力はない。
魔界で元の魔力を有した状態ならば切断というよりは粉砕になるだろう。
それを考慮してファウは切断くらいはできるだろうと考えたのだが、今のファウにはそんな腕力はないのだった。
「ファウ、しゃがめ!!」
声が響いた。咄嗟に足を畳み、倒れ掛かるようにして態勢を崩すとファウの頭の上を空気の刃が通り過ぎた。
「ひぇ~、あっぶねぇ……なんだよアレ」
「あの翼は空を飛ぶためのものじゃない。空気の刃を作り出すためのものだよ」
そういえばココには4匹ほどの風刃チーターがいる。しかしそのいずれもが翼をはためかせ飛行をする様子は見せていない。
「よく分かったな。サンキューな」
「お前と違ってしっかりアイツらを見てたからな」
超スピードとそれを利用した風神の刃……。
超高速がそのまま破壊力となる。風刃チーターの持つ特性がうまくはまった強力な能力だろう。
刃を纏った風が縦横無尽に平原を駆け巡った。
もはや最初の1体だけでなく4体全てがファウへの攻撃に参加している。
切り裂いた草が宙を舞い、巻き上がった風でくるくるとなびいていく。
目で追うのもやっとの中で、プリンセス・アウランの助言・警告をもとに僅かの差で攻撃を避けているファウである。
着ている服は既に所々にスッパリと切れ目が入ってしまっている。
「くっそぉ、これイイやつなんだぜ。ディアスさんが編んでくれたすっごいヤツ」
「着替えは持ってきてあるんだろ?」
「もう1着ダメになってるんだぜぇ」
追い詰められているように見えて、未だファウは余裕を持っている。
それを察知してか風刃チーターの動きも徐々に加速して行った。
(おお、結構怒ってきているな)
あまりの早さに表情は見えないが流れる空気が熱を帯び始めている。
二度三度助走を付けることで風刃チーターは最高速度に達し、4体全てが同時にファウを襲撃する姿勢をとった。