決戦!天界天華 プリンセス・アウラン part.4
「私ねー、キミを見たときから何か懐かしい思いを感じたの」
「そうですか。どこかで会ったことでもあったかな?」
部屋を移してプリンセス・アウランの部屋である。
廊下と同じく部屋の中には厳しい紋章の幕がかけられ、更には銅像も置かれている。
「これって天界では一般的なんですか?紋章の幕をかけたり、銅像を至るところに置いたりとか」
「変に思うの?」
「いや私は別に変だとは思わないけど……なんか天界の雰囲気にそぐわないなって」
「みんなそう言うんだよ。でもね、私はこういうのが好きなんだ。落ち着くのよ」
「私もそういうの欲しいなァ。今度、城を建てるときは特注の石像に自分で描いたエンブレムでも旗にしようかな」
「それはいいよ。その時は私も呼んでよ。見てみたいからさ」
あはははは!と二人は顔を見合わせて笑っていた。
意外にも話が通じる相手で、ファウは少しだけ拍子が抜けた。
勇者マニアルとお払い戦隊の話だと、天界版魔王みたいな人物だと思っていたものだったが、今目の前に居るプリンセス・アウランは幼い少女そのものであった。
(一応警戒してはいるが見当違いか?コイツからは邪気や殺気みたいなものは一切出ていない)
もしかしたら勇者マニアルやお払い戦隊を操ったり、指示を出していたのは彼女とは別の何者かなのかもしれない。ファウはそう考えて、
「そうそう。勇者なんとかっていうのに強化魔法をかけたんですよね。アレってなんていう魔法なんですか?」
「バーサークバンザーのこと?アレは欠陥の多い暗黒魔法だよ。二つのものを無理やり運命共同体にして一方を強化するの。一方が弱い方がもう一方に強力な力を引き出すことができる」
「へぇ、お払い戦隊からその魔法のことを聞いて気になっていたんだよ。見たことのない魔法だったから」
「あの魔王もとんだおバカだよ。あの人間をさっさと殺せば、それでことが済んだのに。でも……」
それではっきりした。とプリンセス・アウランは笑って言った。
魔界勢力はつくづく甘くて平和ボケしてしまっている、攻めるなら今だ。ということを――。
それを聞いて、ファウは急に寒気を感じたものだった。
「天界が魔界を攻める」
ということは大昔、一度あったきりのことである。
さすがのファウでもその出来事だけは知っている。あの憧れの大魔王ゼーラーが天界の勢力を追い払ったという伝説だ。
しかしその後のことは何の本にも描かれておらず、さらには記述も残されてはいない。
『大魔王ゼーラー』
ファウは彼の大ファンであったから、彼のことならばどんな分厚い本に細かい字がびっしり並んでいても読み遂げた。
勉強や本を読むことなんか大嫌いであるファウがそこまでやるのだから、彼に対する憧れは推して知ることができるだろう。
(コイツ、本気でそんなこと考えてやがるのか?)
いくら魔界が平和ボケをしていてもそう簡単に侵攻できるようなものではない。
第一に天界が本当にそんなことを考えていて、戦力を集めていたとしたら魔界でも察知することはできるのだ。
先日の『お払い戦隊』一件でプリンセス・アウランがまさに魔界侵攻を計画している疑惑についても言われたばかりである。
あの一件がなかったならともかく、今となっては魔界も天界に対して多少の警戒心を抱いてしまっている。それでいて今だ魔界への侵攻を考えているとは正気なのだろうか?
「プリンセス・アウランさまァ」
「アウランでいいよ。堅苦しいのは嫌いなの」
「魔界侵攻って本気で考えているんですか?」
「うん。どうしてそんなことを聞くの?」
「いやだって、天界の戦力で魔界を攻めることなんてできるはずが……それに攻めたところでなんのメリットがあるんです?」
「そんなこと貴方に話したところでしょうがないでしょ?ファウ」
「…………えっ!?」
思わずファウは、はっとしてしまった。なんのことですか?と惚けて見せても、プリンセス・アウランは静かに笑うばかりであった。
「さっきそこに学生証が落ちてたんだけど、コレ、貴方のでしょ?」
「そんなっ!?」
学生証なんていつの間にか落としたのだろうか?
咄嗟にポケットへ手をやって、財布の中身を確認した。財布の中には小銭とカギと――
ポケットにはちゃんと学生証が入っていた。
「しまった!?」
ハメられた!!と思った時には、ファウの頭上に次元の渦が空けられていて、そこから無数の火炎弾が降り注いできていた。
爆発がプリンセス・アウランの部屋を揺るがした。
部屋が黒い煙でいっぱいになり、中の状態は1m先ですら見ることはできない。
「貴方のことはちゃんと知ってるんだから。イースト高校の落ちこぼれ、ファウちゃん」
爆発騒ぎを聞きつけて、衛兵がプリンセス・アウランの部屋へと駆けつけてきた。
「なんでもないよ。ちょっと間違えて魔法を使っちゃっただけ。自分で元に戻せるから、すぐに持ち場に戻って」
「分かりました」
衛兵がプリンセス・アウランの言葉通りに部屋から出て行こうとしたときのことだった。
このやろう!!ファウの怒声が響き、立ち込める黒煙の向こうから、ファウが疾風のように飛び出
て、プリンセス・アウランの顔面目掛けて拳を叩き込もうとしたところで、
「あれ、生きてた?下級魔族だと思って威力を絞ってたの、間違いだった?」
さっとプリンセス・アウランは衛兵の襟首を掴むと、手前へ引き出し、ファウの拳を当てさせた。
殴られた衛兵はバットに当てられたボールのように鋭く吹き飛び、壁へとめりこんだ。
「舐めるなよ。今度はテメェだ!!」
既にプリンセス・アウランは目の前である。先ほどの一撃は衛兵を盾にされ、ガードされたが、今度は遮るものは何もない。
その場で左足を力を込めて、右足で高くハイキック!!
パァン!と渇いた音が部屋の中に響き渡った。
「やったぜ!!」
手応えはあった。実際にハイキックを顔面に受けたプリンセス・アウランの身体は力を失い、後ろへと跳ねるように吹き飛んでいる。
しかしその身体は床へ落ちることはない。
「…………!?」
宙でふわりと浮き上がった。まるで天からロープで引き上げられたように、身体を起き上がらせると何事もなかったかのように床へ降りた。
「痛ったいな。防御魔法切らしてたかな」
「効いてないのか?」
頭部に強い衝撃を受けて、まともでいられる者はほとんどいない。
ましてやファウの魔力のこもった一撃である。本気でやれば殺傷能力は伴うものだ。
「なるほど、魔力か。キミ、強い魔力を持ってるみたいだね。でも今みたいな打撃に込める使いかしか出来ないんだ?」
「それだけできりゃ十分だろ。お前をぶっ倒すにはさ」
「アウフフ!!やっぱりキミ面白いな。自分からそういうのバラしちゃダメでしょ!」
「知られたところでお前を倒しゃ問題ないだろ!!」
着地して間もないプリンセス・アウランをファウが追撃した。
このタイミングなら思うようには動けないだろう。ファウの速さも手伝い、プリンセス・アウランは避ける姿勢すら取れていない。
(もらった!!)
頭部を狙うと狙うと見せかけて、先に足元を払った。
決まればプリンセス・アウランは姿勢を崩し、隙だらけになるだろう。
そこで頭部を狙えば確実に意識を飛ばすことができるはずだ。
しかしそんな狙いも上手くはいかなかった。
ガッ!と払う足がまるでコンクリートに叩きつけられるようにして止まったからだ。
なんだ!?ファウは驚いた。僅かに見た限りでは、プリンセス・アウランの足がビクともしていないことだ。
(コイツの足はコンクリで出来てやがんのか!?)
仕方がない。足払いを中止し今度は襟元を掴んで、床に叩きつける作戦に出た。
プリンセス・アウランは見た目は子供である。体重にして40kg程度だろうか。こんなものは軽がると持ち上げて、砂をつめた袋のように思い切り地面にぶつけてしまえばいい。
プリンセス・アウランが小さく笑っている。まるでファウの手の内を見透かしているようだった。
「このやろう!!」
怒ったファウはプリンセス・アウランの襟首を掴み、全力で引っ張り上げようとした。したが――
「なっ……!!なにっ!?」
なんと、なんと持ち上がらない!?
見た目は40kg程度のハズだ。持ち上がらないはずがない。しかもファウは全力を持って引っ張っているのだ。
何故だ!?と微動だにしないプリンセス・アウランの身体、その顔を見ていると、小さな口が動いた。
「私が重いんじゃないよ。キミの魔力と力が私の魔力を越えていないだけ」
「チッ」
すぐに襟首から手を放そうとした。しかしそれよりも早く、プリンセス・アウランの手がファウの襟首を掴んで、
「ぐうっ!?」
そのまま床へと叩き付けたのだった。これはファウがプリンセス・アウランに仕掛けようとしていた攻撃だった。
「これがやりたかったんでしょ。どう、上手くできてる?真似してもいいよ。できたらだけど」
「クソ……」
これが魔力の差なのだろうか。プリンセス・アウランは見てくれは貧弱な少女である。
ファウを持ち上げることも、こんなにも強く叩きつけることも、外見からは想像もできない。
「私とキミの差は決定的な魔力差にある。これを覆さなければ私を倒すことはできない……つまり不可能ってこと。アウフフフ」
パンとプリンセス・アウランは手を打った。
「そういえばキミ、魔界侵攻について聞きたがっていたね。いいよ。教えてあげるよ。そして、それを目の当たりにするといいさ。アア……ウッフフフフ」