オガー島、再興・魔王と勇者が出会うとき part.13 ~ 終
オガー島での勇者マニアル一行と魔王ディアス軍の戦いから4ヶ月が経った。
人間界では秋の気配が漂っているが、魔界では梅雨のどんよりとした空気が漂っており、湿気が大好きなナメクジ魔族は活気付いてしまっている。
さて……
あの戦い以降、ファウ達は魔界へと帰されたのだった。
ディアスの魔王実習は、ディアスが本来の姿に戻ってしまったことで中止になってしまったのだ。
「あーぁ、実習が続いてりゃ、こっち(学校)に来ることもなかったのにさァ」
もちろん実習が中止になったら、学校へ行かなければならなかった。もしも続いていたら、勉強しなくて済んだのに。
ディアスに魔法や遊びを教えて貰って毎日を過ごせたのだからパラダイスであった。
「クッソ!あのクソ戦隊、今度あったらぶっ飛ばしてやる!!」
灰色の曇り空が広がる屋上の下で、仰向けに寝そべった身体を起こしてファウは叫んだ。
「ちょっとファウ、声、聞こえてるよ」
不意に下から声が聞こえた。これはシュウの声だった。
「あん?お前どっから言ってんだよ?この下、どこだっけ?」
「ごめん、男子トイレ」
「バカ!!」
さっと立ち上がると、ファウは屋上の入り口の上へと飛び上がった。
これで一段高くなり空が近くなる。一段上がった分、下手に叫んでも男子トイレまで聞こえることはないだろう。
(ついでにお節介なヤツにも見つかりにくくなるってな)
ファウの声を聞きつけて、ゼンソク先生が上がってきたものだったが、ファウの姿が見えないことで、
「アイツめ……何処に行ったんだ」
不機嫌そうな声で呟いているのをファウが心の中で笑っているところへ、
「ディアボロス様が会いに来ているというのに……」
「なぁにィ!?!?」
思わずファウは飛び上がり、転がり落ちてしまった。
「お前そんなところに……いや、なにをやってたんだ。まったく」
「そんなことよりディアスさんが来てるってホントか!?あのディアスさんが!?」
「ああ、ネオ19区画のディボロス様――いや、ディアスさんだな。あの人はディアボロス様って言うと怒るんだ」
「ンなことは聞いてない。何処に居るんだ?今すぐ会いに行くぜ!!」
ファウがディアスと別れたのはロボゥと勇者マニアルの一件を解決してからすぐのことだった。
ディアス……もとい魔王ディアボロスが、
「お前らはさっさと帰れ。こんな俺様の姿、見せられねェんだよ!分かったか!!」
「はぃ」
という具合にすぐに魔界へと送還されてしまったのだった。ディアスとしては、魔王ディアボロスの姿をファウ達に見て欲しくはなかったようだ。ぶっきらぼうで低く恐ろしい声にも、どこか悲しげなものがあった。
ディアスが会いにきているのに周囲の空は黒くはないし、凶悪な瘴気も魔力も蔓延してはいない。
つまり魔王ディアボロスではないということになる。
ファウはゼンソク先生の襟首を掴んで、何処だ!どこだとぶんぶんに振り回した。
ちょ、ちょっと待て!落ちつけ!!とゼンソク先生が喚いたが、ファウはやめない。
「ちょっとファウくん、それくらいにしといてあげなさいって」
「ああ、えっ!?」
不意に声がしてファウは手を放した。一体何処から声がしたのだろうか?
ファウはきょろきょろと辺りを見渡してみるが、広がっているのは屋上の格子だけである。
ゼンソク先生が倒れている。起き上がるや否や、
「おいファウ!お前、私をなんだと思って……」
言いかけたところで、その顔に驚きの表情が浮かんで、
「ははぁ……!!」
と平伏してしまったのだった。ファウは何が起こったのか分からずに居たが、ファウのすぐ真後ろから、
「だからさ、そういうのやめてって言ってるでしょ?僕はそういうの嫌いなんだって」
「あっ、ああ……!!」
振り返ると ディアスがいた。4ヶ月ぶりのディアスである。
最後に見たのは天界獣が出てきたときであったから、ロクに別れも言えていなかったのだ。
「ディアスさん!!」
思わずファウがディアスへと抱きついた。僅かに驚いたディアスだったか、すぐにそれが喜びへと変わり、
「ははっ!僕も会えて嬉しいよ。久しぶり!!」
ぎゅっと抱き返していた。
近くの喫茶店でディアスとファウはクレープを食べていた。
ファウがイチゴのクレープでディアスがチョコレートにバニラを盛り付けたクレープだ。
それにコーラとメロンのフロート、ついでにホットケーキも二人分。
「いやぁ、元の姿に戻っちゃうと数ヶ月はこっちに戻るのに掛かっちゃうんだよね」
元の姿というのは魔王ディアボロスの話で、戻るのはディアスの方である。
ディアスは人型の姿が致命傷を受けない限りは、人型の姿でいるので、どちらかというと人型の姿の方が『元の姿』といえるのかもしれない。
そしてディアス本人も人型の姿の方をメインで取っているため、今となっては魔王ディアボロスの方が仮の姿となってしまっているのだ。
「あの姿、無骨でしょ?骨だけにさ」
ディアスが話すには魔王ディアボロスの姿は、飾り気もなく荒々しい。おまけに口調までぶっきらぼうになってしまうため、好きではないのだという。
「やっぱりさ。オシャレしたいんだ。服とかアクセサリー、鎧やローブなんかも人型用のものがオシャレなのが揃ってるじゃん」
「分かる。そりゃ分かりますよ」
魔界の魔族も牛の怪物のような姿のものから、液状のスライムのものまで多種多様な種族が存在している。
感性こそはそれぞれによるものだが、やはり人間と接することが多いだけに人型を気に入り人型の姿をとり、人型の衣服やアクセサリーを着ける魔族は少なくはないのだ。
「それで……」
今回、ディアスがファウのもとへやってきたのは再会するのも一つの目的であったが、
「あっ、ディアスさんがこっちに戻ってきたってことは――」
「そう。僕ってば勇者に退治されて、無事魔界に戻ってきたんだよねー!はっはっは!いやー、勇者って強いねー!感動しちゃったよ」
ディアスは笑いながらそういったものの、実際には退治されたわけではなく、手下を利用して自作自演を演じたまでであった。
あの後、ロボゥを気絶させロボゥと勇者マニアルを繋いでいる、
『バーサークバンザー(死に急ぎの運命共同体)』
をおはらい戦隊のオンミョーンに解呪させたのだった。
「やるじゃないの。オンミョーンちゃん」
「どーまんせーどうせー、どうせ僕はこれくらいしかできませんよ」
「…………」
「どうしたんだい?エクソーン、浮かない顔をしているね」
「いや、我々はこれからどうするべきなのかと考えていたのだ」
おはらい戦隊のエクソーン、キャシャーン、オンミョーン、ワイパーンの4人はオガー島に取り残されてしまっているのだ。
勇者マニアルも同様だが彼はまだ人間界出身であるから、元の家に戻ればそれで良いだろう。しかしおはらい戦隊の4人は事情が異なる。
「我々には帰る場所がない……」
のである。
おはらい戦隊の4人は天界出身だ。だがプリンセス・アウランによって魔界侵攻の鉄砲玉にされ、挙句に今度は人間界でも失敗を犯してしまった。
こんな状態で天界に戻れば、たちまちに捕縛され処刑されてしまうのが目に見えている。
だからといって魔界に戻れば脱獄犯として再逮捕され、今度はもっと地下深くに送られてしまうだろう。
選択肢としては『人間界に残る』しか用意されてはいないのだ。
「よし、じゃあ勇者マニアルの家で皆で暮らすとしようか」
「バカ言ってんじゃねーよ5人も住めないぞ、ウチは!!」
「そうだ!バカを言うのもいい加減にしやがれ!!」
「ヒィ!!」
空高くから響き渡る怒声に一同はすくみあがって腰を抜かしてしまった。
「ファウにこんな姿を見られたくねェからすぐに魔界に返しちまった……つまり、この地を元にもどさねェといけないんだ。分かったか!!」
「分かります!はい分かりますぅ」
一同、何も分かってはいないが、魔王ディアボロスの姿容を見て、まさか分かりません……とも言えない。
もしも間違って言ってしまったら、「分からせてやるぜ!その身に刻んでやる!!」と怒られた挙句に引き裂かれるだろう。
そんなことは間違ってもできない。
そうして勇者マニアルとおはらい戦隊の4人はオガー島再興と魔王城の建造を行う羽目になったのだ。
「手伝いじゃないんですよね……」
「ンな訳あるか!お前、死にたいのか!?」
「大丈夫です。城くらいすぐに造れますよ。僕達、城造り……得意ですから」
3ヶ月寝る間も惜しんで作り上げた城は立派に出来上がり、島の外から見えるその情景は、まるでこの世の終わりのようであった。だから、島の外の人間達は魔物だ魔王だと騒ぎ立て、気のせいに過ぎない魔物の凶暴化を本気で信じ、勇者の登場を待っていた。
そんな最中、1人の勇者が4人の仲間を引き連れて現われたのだった。
「ん?そのメンツ、聞いた覚えがあるな。もしかして――」
「そうそう。マニアルくんとおはらい戦隊の4人。せっかく手伝ってくれたから、最後くらいは華を持たせようと思ってさ」
勇者マニアルとおはらい戦隊の4人は魔王討伐のため立ち上がった『神の使い』として、オガー島に乗り込み、
「無事魔王ディアボロスを討ち倒しました!あー、めでたしめでたし」
というのがオガー島にこの4ヶ月で起こった出来事であった。
勇者マニアルとおはらい戦隊の4人が作った魔王城は、ディアボロス退治の暁に取り壊された。
もともと魔王城を造るのが目的でもなく、オガー島を元の姿に戻すのが第一だったのだ。
その工程の管理、監督をディアスが任されていたというワケなのだ。
「それで勇者とクソ戦隊はどうなったんです?」
「あぁ、彼らは魔界に来ているよ」
「ええっ、どうして!?」
ディアスの話によれば、勇者マニアルもおはらい戦隊も人間界で生活することが難しくなってしまったため、ディアスの取り計らいで魔界に移住したという。
「勇者くんって実力ないでしょ?なのに魔王を倒した実績だけ持たされちゃって、あーだこーだ魔物討伐やら盗賊退治やらを頼まれるようになっちゃって……それで泣きついてきてさ。おはらい戦隊の方は最初、人間界に残る方向で考えてたんだけど、勇者くんが魔界に行きたいって言うから一緒に移れば怖くない!ってことで一緒に移住したんだよ」
「それでアイツらは何処に……?」
「一応場所だけは分かるようにしたけど、基本的に関知しないようにね。まぁ、悪いことだけはしないようにって言っといた」
「なるほど」
かくしてオガー島の勇者と魔王の一件は無事解決したのであった。
ファウ達に倒された天界獣はプリンセス・アウランの魔力により強化された人間界の生物であった。倒された後、彼らに宿っていた天界の魔力は抜け、そして彼らは元の姿に戻って野生へと戻っていった。
シャーベリアンの弟であったロボゥは、一先ずシャーベリアンと共に魔界へと行った。
シャーベリアンは「僕は戻る気はありません」と言い張ったが「それなら俺は兄者を説得するぜ!!」と一歩も引かず、今日も説得は続いているそうだ。