オガー島、再興・魔王と勇者が出会うとき part.12
時間が経った。土煙が流れ、中の様子が見える頃合だった。
「音沙汰がないね。もしかしてやっつけちゃった?」
殺気も魔力もぷつりと消えてしまっている。これはロボゥが気絶をしたかどうしたかで、意識を保っていない証拠である。
しかし逆にそれらを消して不意打ちをする作戦かもしれない。ディアスはゴーレムくんを作って、穴の中へと飛び込ませた。
ガッガッ!と足でロボゥに覆いかぶさっているであろう岩を蹴飛ばしてみるも、何の反応もない。
次に一つ二つ岩をどけてやった。さすがにこの状態ならば隙だらけである。
動きがないことで油断しているところを不意打ちするならば絶好のチャンスだ。敢えて誘ってみたものだが、
「反応がない……まさかホントにやっちゃったか」
ここまでやって出てこないということは気絶させ無力化に成功したのかもしれない。
それならば後はシャーベリアン達が戻ってくるのを待つだけだ。
シャーベリアン達には呪いを解くためのカギを持ってくるように頼んでいた。
「それじゃゴーレムくんに全部岩をどけてもらおうか。ロボゥ本体がいないと呪いも解けないからね」
ザッ、ザッ……
ゴーレムくんは次々と岩をどけていく。
どんな大きさや硬い岩でも同じ岩で出来ている拳で砕き、持てるようにしてどけていく。
そうして、全ての岩をどけたときに大変なことに気が付いた。
「あっれぇ?ロボゥがいないじゃん!!どうなってんの!?」
ディアスが驚きの声を上げた瞬間だった。
「グゥルォゥ!!!!」
ディアスの背後の地面が噴き出した。
宙を飛んだ土塊と一緒に、ディアスの右腕が吹き飛んでいる。
「ぐうっ……!!」
残った左腕、いやここはとどめを刺してしまおうと次にロボゥは心臓を狙ったところだったが、ディアスはロボゥが地面から飛び出した時の轟音で既に回避態勢に入っていた。
反応が後手に回った分だけ右腕は吹き飛ばされたが、次の攻撃を回避することには成功した。
ディアスの心臓を狙った一撃が地面を貫いた。
(あの強力な爪、アレで地下を移動していたのか……)
気配や地中を移動している音はまったく出てはいなかった。
強大な力の裏側には緻密で繊細な技術も持ち合わせていたのだった。
地面を突いたロボゥがディアスの方へと顔を向けた。
右腕を吹き飛ばしたことで大きく戦闘能力を削いだことだろう。それでもその表情には慢心の色は浮かんでいない。
ただ飛び掛るための動作に多少余裕が入った。十分に手足に力をこめており、それは油断ではなくかえって確実性を重視したものだろう。
しかしその動作が『飛びかかり』に移行しようとしたところで不意に止まった。
(…………!?)
手足に力は込めたまま、いつでも飛び掛る態勢を維持しているが、ロボゥはディアスに飛びかかることはしなかった。
異変を感じ取ったのである。明らかな異変だ。
「………グルルィ」
視線を鋭くして、ロボゥはその異変を注視した。その異変とは――
「あーぁ、やっちゃったね。お前、やっちゃいけないことを……やっちまったなァ」
ディアスの様子が変わっていたのである。
吹き飛ばした右腕、その肩からは黒い瘴気のようなものが立ち上り、ディアスの姿を覆い隠していく。
「えっ!?この空気、一体なにが起こってるの!?」
シュウが足を止めて驚きの声をあげた。不穏な雰囲気の感じる先、そこはディアスがロボゥと戦っていたあたりだろう。
黒い瘴気が天へと昇り、やがて空を覆いつくし始めたのだった。
「これじゃまるで魔界じゃないか!ココは人間界なんだよ!?」
同じくしてファウもこの状況を遠目に見て困惑していた。
「コレェ、魔界の天気と同じですなァ。人間界じゃこんなんまず起きませんわ。ファウ姉さん、一体なにが起こってるんでしょ?」
「とんでもない魔力だぜ。キョウティ……じゃないな。とするとディアスさんか?」
ディアスは一応魔王として人間界に派遣されているし、魔界ではネオ19区画に勤務している重鎮である。
魔力を全放出すれば大災害、大災厄を引きこすことはできるだろう。
しかし、あのディアスがそんなことをするような者にはファウも猿山鉄郎も見えてはいなかった。
――見えてはいなかったが、今起きているこの異変は、ディアスによって引き起こされて居るものだと、ファウも猿山鉄郎もシュウもキョウティも理解していた。
分からなかったといえば、それはこれから起こることだといえるだろう。
黒い瘴気の中から黒く巨大な龍が現われた。
「我が名は魔王ディアボロス!!テメェ、散々ナメやがって……もぅ許さねェからな!!」
覚悟しやがれ!!と咆哮に近い叫びが大地を震わせ、空を轟々と鳴かせた。
「ヒエッ……」
その威圧感、恐怖にファウとシュウは遠くにいながらも腰を抜かして座り込んでしまった。
この感覚、ファウの父であるアズマが激怒したものよりも遥かに怖い。
シュウの父に至っては温厚であるため、怒ったことはまずない……だけにシュウは普段感じることのない恐怖に気を失ってしまったそうな。
そんな気を失ったシュウが幸いだったのは、魔王ディアボロスの姿を見ずに済んだことかもしれない。
黒い瘴気、禍々しいオーラをその身から立ち上らせるその姿は、骨だけの龍であった。
札付きの不良に近いファウは怖いものなんて殆どなかった。
しかしそんな恐怖そのものである魔王ディアボロスの姿に、シュウと同じく気を失いそうになったものだが、そこは多少魔王の娘であるだけに耐えるに至ったのだった。
それにしても――
あの魔王ディアボロスが陽気なディアスであるのだろうか?
ファウとシュウが腰を抜かし、あるいは気を失っている時、それを間近で見ているロボゥもまた無事では済まなかった。
怯えて動けなくなっていたのだ。
凄まじい恐怖、その姿を視界に入れただけで死んでしまいそうなほどの威圧感と殺意だ。
目を閉じてなんとか死を免れようとするものの、
「もう怖がってもオゼェ!!ズタズタに引き裂いデやる!覚悟しやがれェ!!」
魔王ディアボロスが黒く鋭い爪の突いた腕を振り上げ、ロボゥへ向けて振り下ろそうとしている。
目を閉じていても魔王ディアボロスの殺気と声を消すことはできない。
爪が振り下ろされるまでの時間が10分にも30分にも感じられた。
そしてギャン!!と引き裂くような声を発し、ロボゥの意識は途切れた。
引き裂かれた自分の身が血を噴出しながら、粉々になっていく映像が頭の中に流れたのあった。
これが力の差、いや存在、次元の違いなのだろうか。
そんなことを考えるまでもなく、ロボゥの意識は恐怖と絶望の中で消えて行ったのだった。