オガー島、再興・魔王と勇者が出会うとき part.11
「グゥッ……」
土煙が舞った。ロボゥの爪が大地を割ったのだった。
強大な腕力に速度の乗った驚異的な一撃だ。ディアスはさっと宙へと飛ぶと、その一撃を回避したのだった。
「えーと、あっいたいた。犬くん!それとトークくん。大丈夫?」
「大丈夫だけどー!!」
戦闘に向いていないトークとシャーベリアンでは、ロボゥには太刀打ちできない。
よって狙うなら勇者マニアルだろう。
『勇者』といってもただの人間である。必殺の一撃を頭部にでも叩き込めば、あっさりと倒すことが出来るだろう。しかし、
「それしたら犬くんの弟さんが死んじゃうよー!!」
ということになる。
シャーベリアンもできればそれは避けたかった。生き別れた弟だが見捨てていい道理はない。
「ディアスさーん!何かいい方法はあるのでしょうかー?」
「うーん、そうだなァ」
空中でディアスは考えた。ロボゥを凶暴にしている『バーサークバンザー』は魔法による『強化』の一種だと考えられる。
ならば魔法の効果を消去する『マジックイレイザ』で無効化することができるハズなのだが――
(でも魔法って感じじゃないね。魔力が二人を繋いでいる訳じゃない)
『バーサークバンザー』は二人を運命共同体としている。どちらかが死亡すればもう一方も死亡する。
片方の発動条件をもう一方へ伝えるための伝導体となる魔力が、この魔法の場合には必要になるのだ。
ディアスの見たところ、二人を繋いでいる魔力は存在していない。
(それならば呪術……呪いの類?)
呪いならば対象に刻まれた発動条件により、強制的に離れた対象に効果を発動させることができる。
ロボゥと勇者マニアル、片方の死亡が発動条件でもう一方を死に至らしめる。
『強制的な死亡効果』という非常に強力なハイリスクによりロボゥの超強化という大きなリターンを得るというところだろうか。
『呪い』は魔法による魔力と違って一目では判別しづらい。一見すると普通のローブでも『着衣』という発動条件により、途端に隠れていた魔性が飛び出し、あらゆる負の効果を巻き起こす。
恐らくはこちらであろう。
呪いの類であるならば、対処法は限られている。
それは解呪である。掛けられた呪いを縛られた紐を解くように外すのだ。
(解呪か・・・僕、できないんだよねェ)
もっぱら呪いの解除は専門家の仕事である。魔王とはいえ、それに関してのエキスパートではないディアスには解呪を行うことはできないのであった。
――ならば仕方がない。
「おーい、犬くんとトークくん!」
シャーベリアンの近くへと降り立ったディアスは、手早く1人と1匹に指示を与えると、さっとロボゥへと駆けて行った。
長々と話している場合ではない。ロボゥはディアスを標的としているのだ。このままだと戦えないシャーベリアンとトークがロボゥの攻撃に巻き込まれてしまうのだ。
「分かりました。すぐにやりますから、どうか無事でいてください」
「さ、キミもこっちに来るんだ。勇者くん」
「ちょっとコイツ、犬のクセにすっげぇ力……は、走るから話してぇ」
シャーベリアンとトーク、それに勇者マニアルは森の方へと走って行った。
残ったディアスはシャーベリアンたちが戻ってくるまで、ロボゥの相手をしなければならない。
殺さないまでも戦闘不能にまでは追い込めるハズなのだ。
(しかし……やっぱり硬いね、アレ)
ロボゥの纏う毛皮はまるで全てを跳ね返す結界に護られているように、打撃、魔法、全てを跳ね返していた。
灼熱魔法『フォーティワン・デンジャラスサマー』
大概の獣族は炎を怖がる。それにディアスの強力な魔力が加われば、効果的なダメージが与えられるだろう。
しかし、ロボゥは強化されてなくても炎を恐れない。ついでに言えば、シャーベリアンも炎を恐れることもない。
恐れるとするならば、炎が起こす熱である。今回の灼熱魔法は熱の方に重点を置いた魔法であり、熱により重傷を与えるというよりは行動不能に追い込む効果を持っている魔法だ。
「グゥォォ……オオウッ!!」
突然起こった灼熱に僅かに怯んだロボゥだったが、すぐに熱が身体へと何の影響も与えないと判断すると、ぶるぶると身体を震わせ、火の粉を払うと、疾風のようにディアスへと飛び掛ってきた。
「うわっ!!はっや!?」
驚いたときには、ザッとロボゥがディアスを押し倒した形になり、尖った爪を身体へ喰い込ませ、鋭い牙でディアスの首を掻き切った――ように見えたのだが、
「ググッ!?」
今度はロボゥが驚く方であった。なんと爪も牙も、生身の身体を切り裂いた感触を持ってはいなかったからだ。
感じたのはまるで岩のように硬い感触だった。
ロボゥは鋭い目で押し倒したディアスの姿を確認すると――
「いやぁ、危ない危ない。ごめんねーゴーレムくん!!」
ヒビの入った岩の塊がロボゥの爪の下にいた。
ムッとしてロボゥが腕に力を入れるとヒビはたちまち大きくなり、ゴーレムくんは四方爆散、砕けてしまった。
(防御力だけじゃなくて、攻撃力も相当高いな)
まともに喰らったら未熟なファウくらいなら即死であろう。ディアスならば……どうだろう?まだまだ分からない。
「あの状況を見るにゴーレムくんたくさんぶつけてもダメだろうなー、どうしよ」
ゴーレムくんを砕くほどの攻撃力を持つロボゥが、ゴーレムくんの攻撃を受けて傷を負う訳がない。
ためしに4体ほどのゴーレムくんを作り出し、1体を囮にして残り3体でタコ殴りにする戦法を取らせたが、砕けたのはゴーレム君の腕の方だった。
ついでにディアスも合わせて魔法打撃を加えてやったのだが、それでも無傷だった。
ロボゥの防御能力、まこと恐るべし……である。これではいくら攻撃をしても埒があかないだろう。
打撃と魔法で弱らせて動けなくする程度はしようと思っていたが、こうも手傷すら負わないとなると、別の方法を考えなくてはならないだろう。
(もしくは……)
さっとディアスは手元に魔力を集め、それを地面へと流した。
地面に広がった魔力は、地鳴りを上げながら一つに集まり、大きなゴーレムくんとなったのだ。
「今度のはとっても強い魔力流したから負けないよ!!」
ゴーレムくんの肩に乗りディアスはロボゥを眺めた。
今度のゴーレムくんは全高18m!対するロボゥが3mほどなのでおおよそ3倍の対格差だ。
分かりやすく表現すると強そうな狼の姿をした大型バスと巨大ロボットが向かい合っていると分かるだろうか。
もちろんロボゥからは巨大ゴーレムくんは見えているし、その肩に乗っているディアスも視認されている。
ロボゥにとっては的は大きいようで小さい。
巨大ゴーレムくんを撃破するなら簡単だが、本体は生成・操作を行っているディアスである。
ディアスを倒さなければいくらでもゴーレムくんは生成され続けるだろう。
(もっともディアスの持っている魔力による生成の限界は存在するが……)
だから倒すならゴーレムくんではなくて、術者のディアスでなければならない。
そうと決まるとロボゥは接近を試みた。ゴーレムくんは巨大なだけに小回りは利かない。
敏捷さに優れるロボゥはあっという間に距離を詰めるとゴーレムくんの身体へ飛び乗った。
「おっ、来たね!でもこっちも棒立ちしてる訳にはいかないね」
ロボゥの爪がディアスを捉えたと思いきや、ディアスはゴーレムくんの頭に飛び移っている。
「悪いけどココは僕のホームグラウンド。地上での戦いとは訳が違うよ」
ぐっと急激にロボゥの身体が重くなった。
「…………ググググォ!?」
見てみるといつの間にかロボゥの身体に子供サイズのゴーレムくんがしがみついている。
「ほらみんな!やっちゃってよ!!」
それを合図にロボゥの周囲に4体のゴーレムくんが沸きあがった。腕を大きく振りかぶり、力いっぱいにロボゥを殴りつけた。
強い衝撃がロボゥと巨大ゴーレムくんを襲った。
巨大ゴーレムくんの頭部にいるディアスも思わずその衝撃で落ちそうになるが、なんとか持ちこたえることができた。
ビリビリと空気が揺れている。
ロボゥが居た位置は土煙が立っていて状況は確認できない。
しかしあれだけ全力で殴らせたのだから無事では済まないだろう。無事では済まない……?
「あっ!?やっば!!手加減しなかったけど大丈夫だったかな?死んじゃった?死んじゃったらマズいんだよね」
慌てふためいたが心配は要らない。未だロボゥを覆っている魔力は消えては居ないのだ。
ボシュ!!と土煙を突き抜け、一筋の閃光が流れた。
流れたかと思えば、その閃光は4体のゴーレムくんを一文字の如く一流れに撃破した。そして仕上げとばかりに、
「グォォオオ!!」
その場の位置で巨大ゴーレムくんに大きな爪を叩き込んだ。
まるで太陽のような熱い光と爆風が巻き起こり、巨大ゴーレムくんは亀裂を走らせ、そして砕け落ちてしまった。
「ま、まさか巨大ゴーレムくんを一撃で!?」
巨大ゴーレムくんの頭に乗っていたディアスはバランスを崩して地に落ちようとしている。
18mの高さから落ちるのだから、普通の人間ならばひとたまりもないだろう。しかし、そこは一応魔王である。
「ちょっと!一応って何なのさ!一応って!!僕は魔王だよ!これくらいさぁ……」
落下したままの姿勢で宙で2,3回転、そして捻りを加える。まるで体操の選手である。
最後に綺麗に着地をしてブイサイン。これは高得点の予感です。
得点を判定するのはロボゥだろうか?そう、ロボゥが今まさに点数を与えようとしていた。
「グルルルォゥ!!」
巨大ゴーレムくんを一撃で撃破したあの爪を、ディアスに叩き込もうというのだ。
ディアスの着地を狙っての一撃だ。着地した瞬間に狙いを定めている。
鋭い光がディアスへ迫ってきたところで、ディアスは小さく笑った。
「狙い通り、誘い込まれてるの気付かなかった?」
予期していたように真横に攻撃を避けた。
ロボゥはディアスを通り過ぎると反転しようとして爪に力をこめた。
「…………!?!?」
しかし踏ん張るべき地面がない。どいうことだろうか?踏ん張りのきかないロボゥは自身の勢いを止めることができずに、壁に激突し、そのまま重力に従い落ちていく。
――落ちていく。
「そうそう。コレ、さっきキミが壊した巨大ゴーレムくんを作るのに使った地面なんだ。あんだけ巨大なゴーレムくんを作ったから、こんな大穴が空いちゃって」
18mの巨大ゴーレムくんを形作っていただけに使った土の量はかなり多かった。
それがぽっかりと大穴となりそこにロボゥをハメたという訳なのだ。
もちろんさっきの宙での回転とブイサインは相手を誘い込むための罠である。
「これなら得意のスピードは生かせないでしょ!ほら、ゴーレムくん!やっちゃって!!」
地上に待ち伏せしていたゴーレムくんが次々と穴に飛び込んでいく。
落ちている最中に腕に力を込め、着地と同時にロボゥに叩き込む作戦だ。
1体2体と落ちてきているうちはまだロボゥでも避けられる。しかし、4体5体となると、少しずつ回避に無理が生まれてくる。
それだけではない。落ちてきたゴーレムくんはその場に留まり、ロボゥの行動を阻害するのだ。
そうしているうちに1体のゴーレムくんが渾身の一撃を叩き込むのに成功した。そして怯んだところを4体5体と次々に攻撃を命中させ、ロボゥに積み重なっていった。
今、ロボゥの居た位置には岩の塊が山のように積み重なっている。