商家の息子を救え!オガー島 襲撃作戦!! part.5 ~ 終
テルルはオガー族の女王である。
オガー族の特徴である角を持ち、そしてツインテールをも持っている。
ツインテールは別に尻尾ではなく、髪型である。オガー族は稀に尻尾を持つ者が生まれることもあるが、大概は尻尾を持たない。
テルルは現オガー族を仕切っている。それは腕っ節による部分もあるが、それとは別に彼女の持つカリスマ性によるところが大きい。
基本的にオガー族は腕っ節は強いが頭が良くない。そのため、統率者を必要とするのだ。
そして統率者となっているのがテルルだった。
彼女は100年に1度にしか生まれない『高い知能を持つことができる』オガー族に生まれた。
『高い知能を持つことができる』というように別に元々高い知能を持っている訳ではなく、あくまで 『高い知能を持つことができる』ということで、高い知能を持つにはそれ相応の勉強や努力が必要だったのだ。
時にはオガー族の書庫に放置された本を読み、時には人里や他の魔物の住処を襲撃することで得た経験や書物をもとに、高い知能を身につけるに至ったのであった。
「へぇ、お前がオガー族のボスか?」
ファウが値踏みをするようにテルルを眺めた。
「アンタ、魔界の魔族ね。魔界の魔族がこの世界に一体何の用があるっての?」
「先に質問したのはこっちだぜ。先に答えろよ」
「…………」
テルルは答えなかった。それはファウの答えが分かっているに他ならない。
「私が答えて、お前が私の質問に答えるとは言っていない。だから答える必要なんてない」
「ご名答」
二人の身体が宙へと飛んだ。二つの影がぶつかりあっては離れた。
この間にファウはテルルの顔面を23発殴ろうとしたものだったが、その全てを弾かれた。逆にテルルは
ファウの打撃を弾きながらも4発の拳をファウに叩き込むことに成功している。
「テルルさまぁ~」
増援がやってきた。ファウは舌打ちを漏らした。
少々数が多過ぎるのだ。この増援だけなら楽しく粉砕できるであろうが、テルルを同時に相手にするのはとても厳しい。
先ほどの4発、攻撃の入った数としては非常に少ない。しかし、少ないだけに威力は大きかった。
当たったのは左右の腕と脚だった。ダメージを与えるというよりは相手の動きを鈍らせるための打撃といった方が良いだろう。
これが胴体への打撃であったらなら、逆にその方がダメージは軽かったし、身体に残る影響も少なかった。
腕と脚がじんじんと痛んでいる。これほどのダメージを受けたのは、キョウティがマジギレしたときくらいであった。
ついでに親父のアズマに本気で殴られたときは、痛みという次元では済まされない。死の苦痛に耐える修行のごとく、全身を走る痛みと苦しみが数ヶ月は続くのだ。
さて、それはそれとして……
この事態を打開しなければならない。
ここに居るのは猿山鉄郎とファウ、対するのはテルルとオガー族20人あまりである。
「いやー、さすがにこれだけの敵を相手にするのは厳しいですわ。どうします?ファウ姉さん」
「おい、お前ら、私たちに手を出してみろ。コイツの命はないぜ……」
咄嗟に猿山鉄郎の鋭いツメをヌエールの喉元に突きつけてやった。
見た目が禍々しい猿山鉄郎の細く長い指の先についている鋭い爪である。
雑菌や毒で満ち溢れていて、こんなもので引っ掛かれたら命に関わるかもしれない。
ヌエールはテルルのお気に入りであり、オガー族の幹部でもある。20人あまりのオガー族は思わず怯んだ。
「卑怯だぞ!このクソばばぁ!!」
オガー族が口汚く罵っている。華の女子高生に何を言うか。ファウは気にしない風を装っているが、心の中ではマジギレしている。
「テメェら後で覚えてろよ!!……それはそれとして、私はコイツを人質にして逃げるつもりなんてサラサラないんだよ」
「ハァ!?アンタなにいってんの?御託はいいからさっさとヌエール放しなさい。そしたら土下座と反省文で許したげるわよ」
「お前と決闘してやる。他の奴等は手を出すな。手を出したらサルがコイツのクビをかき切るからな」
「…………面白いね。気に入った」
テルルが頷いた。視線で下がるように合図を送ると、オガー族は森の奥へと姿を消した。
観戦も認めない。お互いに戦いに集中しようという意図のようだ。
ファウもまた猿山鉄郎へ手出し無用の合図を送った。その瞬間から、猿山鉄郎はヌエールを縛っている縄を解いてやった。
「逃げてもいいけど、手出しは無用ですぜ。ファウ姉さん、あの人と真剣勝負したいみたいでしてな。水を差したらいけませんわ」
「そうみたいですね。テルルさまもそんな感じです」
お互いの従者が主人の気持ちを察している。
「さぁ、やろうぜ……」
ファウが真剣な目をしながら、行ったそのときであった。
キエエエエ!!!!!
突如として空気をつんざくように金切り声が響いたのだった。
ファウもテルルもお互いを戦いの相手と認めていただけに、この声は意外なものであった。
「おい、サル!なにが起こってる!?」
「誰かいないの!?あーもう、手出し無用って言っちゃったから、誰も出てきやしないじゃないの!!」
「これはこれは……お呼びですか?お嬢さん」
思わず出てきたのはシャーベリアンであった。
オガー島到着後は、さらわれた商家の息子を助け出すために別行動をとっていたのだ。
そんな彼が現われたということは……
「お前、商家の息子を助け出せたのか?」
ファウが問うてみるにシャーベリアンは胸を張って頷いた。
「もちろんです。名前は大鷲・ヴォルケーン・キジムラ大佐というそうですね。牢を開けるなり元気良く飛び出していきましたよ。いやぁ、さすがは商家の息子だ」
「え”えっ!!アンタ、まさか……軍隊キジの大佐を逃がしちゃったの!?!?」
「軍隊キジ?一体何のことでしょうか?」
軍隊キジとは特定の生息地や巣を持たず、常に戦闘機のように編隊を組みながら行進しているワタリドリの一種である。
先行する偵察部隊に目を付けられたが最後、おびただしい数の軍隊キジが発火、爆発性の糞尿を落としていくことから、地上住む生物に恐れられている。
更に空中戦も得意で鋭いツメやクチバシ、それに軍隊仕込みの連携攻撃で大抵の鳥類は相手にならない。
陸上と空中、両方に恐れられている脅威の集団なのだ。
一ヶ月前、オガー族のヌエールは軍隊キジの偵察部隊を発見した。
すぐさまテルルにそれを伝え、投石器や不燃性の傘を大量に用意し、撃退を図ったのだった。
糞尿爆撃の効果が薄いと見ると、軍隊キジ達はたちまちのうちに陸戦形態に変態を遂げ、銃撃戦を始めたのだった。
地上での戦い、それもオガー島となれば地の利はオガー族にあった。砂童による地中からの奇襲をはじめ、洞窟の抜け道を利用した奇襲により、軍隊キジ達を撃退し、ついにそのリーダーである『大鷲・ヴォルケーン・キジムラ』を拘束したのだった。
リーダーを失うと、統率のとれなくなった軍隊キジ達はどこかへと飛び去っていった、脅威は去ったのだ。
「それで、さっきの鳴き声はつまり大鷲・ヴォルケーン・キジムラが仲間を呼んだ声だっていうのか?」
「間違いないわ。アイツ等とやりあってる時、あのウッサイ鳴き声がそこかしこから上がっててね。その度に、脚と羽を伸ばした兵隊キジが飛び出してくんのよ」
テルルがうんざりとした表情を浮かべている。もはやファウと決闘をするつもりはないようだった。
「アンタとの勝負はお預け……逃げるつもりはないでしょ?」
「あったりまえだろ」
「じゃあ、早いところこの島から避難した方が良いわ。もうすぐここは激しい戦場になる。今度は準備もしてないから全面戦争ね……あっ、そうそう。捕まえてきた子供も連れてってよ。後の決着の賞品だから」
「おい、サル!……ついでに犬!」
ファウが二匹を呼ぶと、ハイ!と前へ出てきた。
「お前達は、本 物 の!商家の息子を連れてこの島を脱出しろ。本物だぞ。間違ってもカエルの軍曹とかそういうのじゃないぞ」
「わっ、分かったりやしたぁ!!」
猿山鉄郎とシャーベリアンは走って行った。ヌエールもそれについて走り出した。商家の息子のもとへ案内するのだろう。
残っているのはファウだけである。
「あとはアンタだけ。さっさと行きなさい」
テルルが素っ気無く呟いたが、ファウはその場に留まったまま動かず、ニヤりと笑うと、
「逃げるつもりがないって言ったのはお前だぜ?その通り、私は逃げるつもりがないんだよなァ、お前からも……アイツらからもな!!」
ファウがぴっと指を差した。その先には蒼い空が広がっているはずが……軍隊キジの飛来襲来大行進で鮮やかな緑やら茶色、青色に輝いて見える。
ふと見るくらいなら綺麗な光景だ。しかし軍隊キジという生物を知って居る者からすれば絶望の光である。
「お前との決闘の前哨戦だ。どっちが多く、アイツらを落とせるか勝負だぜ!おらっ、いっくぜぇ!!」
「ちょっと!なに勝手に盛り上がってんのよ……いや、私もオガー族のテルル!売られた勝負に負けるワケにはいかないんだから!!」
この好敵手はうまいことをやった。とテルルは思った。
ファウとテルルが競って軍隊キジと戦っているのを見て、オガー族も二人に負けじと立ち向かっていった。
その成果も出て、日が暮れる頃には全ての軍隊キジが地に落ちていた。
亡骸を集めてみたところ、リーダーである大鷲・ヴォルケーン・キジムラ大佐の遺体はなかった。
「逃がしちまったみたいだな……」
「でも、ここまで手痛い目に遭わせておけばしばらくは動けないだろうし、この地域にも近寄ることはないでしょ。念のため、捜索はするけど……まぁ一件落着てことで!」
元のタネを撒いたのはファウやシャーベリアンなのだが、その辺りはテルルは気にしていないようだった。むしろファウに友情を感じてしまっているようで、その言葉には敵意はなく、親しみが込められているようにも感じられる。
ちなみに落とした軍隊キジの数は同数だった。つまり引き分けである。
ファウは手抜いてもないし全力でやっていた。テルルも同様だった。
二人が二人、全力で戦い、やり遂げた戦いであったから満足感、そしてお互いを認め合うことが出来ていたのだろう。
「今回は引き分けだったが、今度は負けねェからな」
「あったりまえ!今度はタイマン、引き分けはナシだかんね」
グッと腕を交わすとお互いの顔を見てニッと笑ったものだった。
そしてオガー島を去った後は猿山鉄郎とシャーベリアン、商家の息子と合流した。
遠目にも軍隊キジのオガー島襲撃は、まるで雷雲が迫っているように黒く禍々しく見えたという。
猿山鉄郎はファウを援護するためにオガー島へ戻ろうとしたものだったが、連れがシャーベリアンに商家の息子である。
この一人と1匹は戦闘能力がないため、離れたところを何者かに襲撃されればひとたまりもない……。
シャーベリアンの懇願もあって、なんとか猿山鉄郎はその場に留まることを決意したのだった。
「ホント、ロクでもねぇよな。ソイツ」
「まったくですわ……」
ファウと猿山鉄郎は呆れかえっていた。
商家の息子は、無事におやじのもとへと帰してやった。
お礼として売れ残りのコミックミートと大きな剣を持たされた。
「なんだこりゃ。これも売れ残りかよ?」
「いえいえ違います!由緒ある立派な剣だけに使い手がいなかったのであります。貴方様ほどの実力者ならば、きっと使いこなせましょう。剣も喜びます」
などとおやじは言い立てたが、本当のところはやっぱり売れ残りであった。
重いし不恰好で扱い難い。余りにも重いので呪われているんじゃないかとケチをつけられたこともあった。
人間界の伝承によれば選ばれた者だけが装備できる剣……いわゆる『聖剣』というのは、それ以外の人間が持とうとすると、まるで鉛玉のように重くなり、その場を動こうとしなくなるそうだ。
この剣ももしかしたらその類かもしれないのだが……前述したとおり、今の人間界には魔王は存在しない。
オガー族や軍隊キジのような人間に迷惑をかける生物や種族は存在しても、人間を駆逐して人間界を支配しようと目論むものは存在しない。
だから、伝承に出て来る聖剣は今の人間界では意味も価値も持たないのだった。
もちろんファウもそんなことは知ったことではない。
「ふぅん。他になんか金になりそうなもんはないのかよ?」
「へへっ……全部オガー族に持ってかれてしまって……残っているのは賞味期限が間近で置いておいても
邪魔になるから持って行って貰えなかったコミックミートとその剣だけなんです」
「あのヤロー、そんなこと一言も言ってなかったな」
今更、オガー島に引き返して金目のものを分けてもらう訳にもいかない。魔界に帰る時間が迫っているのだ。
「今度来たときは覚えてやがれよ!テルル!!」
捨て台詞を残して、ファウとシャーベリアン、そして猿山鉄郎は魔界へと帰って行った。
「おいっ、ちょっと待て!コイツらもついてきてるのかよ!どうなってんの!?」
「アイはファウ姉さんに見惚れましたわ。どこまでもついて行きまっせ」
「鉄郎さんがついていくなら、私も同行しますよ。損はさせませんよ、ええ」
ファウはげんなりしたが、ついてきてしまったものはしょうがない。
おやじから貰ったコミックミートもあるので、しばらくは食費には困らないだろう。
これがあるうちにコイツらの処遇を考えておこうとファウは思ったのだった。