ずっこけ!ゼーラー服
「へっへっへ。やったぜ。見てみろよ、コレ」
上機嫌なファウである。その腕には何か大きな箱が抱えられている。
「いったいなにがどうしたというの?ファウくん」
そんな箱を不思議そうな顔で眺めているキョウティだ。
「憧れのゼーラー服、買っちまったよ。強力な魔力増幅効果のある超レアモンだ」
「なるほど、そういえばそんな気もするね。すごいね」
目には見えないが、魔力の波動が箱を通して溢れ出ている。
非常に禍々しい魔力で、普通の魔物なら近寄ることも嫌がる代物なのだが、ファウとキョウティはまるで気にしない。
二人は『魔王姉妹』なのだ。
大魔王を父に持つ魔王姉妹、ちなみに姉がファウで妹がキョウティだ。
さて……
今回は姉のファウがゼーラー服を購入したという話になる。
この『ゼーラー服』服という名前の割に実のところはマントである。
大昔に存在した魔王ゼーラーが着用していたマントだが、正式名称がないため、便宜的に『ゼーラー服』と名づけられた。
値段は50万ソウル、この世界の一般的な人間が最弱モンスターの『ピースライムのゲリリ』を倒して稼ぐと100回人生を繰り返しても足りないほどの巨額である。
それにしても最弱モンスターの『ピースライムのゲリリ』を24時間、無給の無休で倒し続けるだけの人生って一体なんなのだろうか。
「とってもかっこいいマントだね。早速着てみたらどう?ファウくんならとても似合うんじゃないかな」
「分かってる。分かってる。そう言うと思って、もう着てみたんだよ。ホラホラ、どうだ、似合ってるぅ?」
「まぁ、マントなんだから似合うもへったくれもないよな」
とってもよくキマってるね。さっすがファウくん。見直したよ。
「おい……」
おやおや、これは痛恨のミスだ!?本音と建前が逆になってしまっている!!
これはうっかり筆者が間違えてしまったかな。
「違うよ。ともえ先生はまったく間違ってなんかいないよ。これはキョウティの本音なのでした」
「余計にタチが悪いわ!!」
ファウが怒って魔力を練り始めた。前述のとおり、ゼーラー服による魔力増強は強大だい。
そんなゼーラー服を纏って魔王姉妹、長女が魔法を放ったらどうなるだろう?
「そしたら俺様の得意技、ダークフレイムファンタジーをかましてやるぜ!!」
「相変わらず、ひどいネーミングの魔法だね。今回は何晩ほど寝ないで考えたの?」
「3ヶ月と4日。いつもよりは短いだろ」
もちろん魔族の王、魔王の長女にとっての3ヶ月は人間のそれとは一緒ではない。
人間の言葉で言えば三日三晩といったところだ。
いよいよ魔力が集まった。周囲は暗黒の風が吹き荒れている。キョウティの長い髪がバサバサと靡いている。
魔王城の外では大嵐が巻き起こっている。遠い異世界、日本では台風5号が発生しているが、これはファウの魔法とは関係がない。
「そんじゃ必殺『ダークフレイムファンタジー』いっくぜぇ!!」
「あっ、ちょっと待って、大事な話があるの」
「3秒くらいなら猶予があるぞ。早く言え」
「じゃあ完結に言うとね……」
ここから早口で3項目、キョウティには話すことがあった。ごくごく簡潔に3項目を掲示してみよう。
・海王我プリントTシャツを装備している
・一千万の総星群を装備している
・波頭のヤリを持っている
「い"っ!?」
『じゃあ簡潔に言うとね』で1秒使っているので、残り3項目は2秒、およそ0.6秒程度で1項目を言っていることになる。
とんでもない早口だったが、それでもファウには話が通じたらしい。
驚きの表情を浮かべて、構えを取っている。
しかしもう遅かった。よく考えて欲しい。
『3秒猶予がある』と言ったのはファウである。
それは発動までに3秒時間があるぞ(はーと)という意思表示であり、実際に発動には3秒掛かるのだが、その時間はキョウティが話すことに当たってしまった。
単純計算で計2.8秒、残りの0.1秒はファウがその意味を理解するのに使われた。
こうしてみると、ファウは魔王姉妹の姉らしく、一応は『頭が良い』ということになる。
「『一応は』ってなんだよ!『一応は』って!!私はなァ!!」
更に0.1秒でファウは、
・自分が魔族学校では成績優秀であること
・テストではいつも高得点であること
・先生も自分には頭が上がらないこと
ということを自己申告した。そして大爆発が起こったのだ。
「いや、早口のセンスもかなりあるね。早口の授業があったら最高成績でしょ?」
ぷすぷすと煙を上げているファウを見ながらキョウティが言った。
先ほどは時間がなかったので解説できなかったが『一千万の総星群』と『波頭のヤリ』は水魔法の魔力を増幅させる魔法装備だ。
特に『一千万の総星群』はかなりのレアアイテムである。
ファウのゼーラー服よりもランクとしては2個も3個も違う。
海王我プリントTシャツはただのTシャツなので魔力増幅効果はない。しかし海王我自体は海の神様である。
早口でその単語が出れば、なんらかのいわくのあるアイテムだと思ってしまうのも仕方がないだろう。
「一応な、早口の授業はあるんだぜ……でも、成績はあんまよくないな。楽しくないからな」
この爆発でゼーラー服は灰となってどこかへ飛んでいった。自身の魔力による炎が自らを焼き払ってしまったのだった。
「ちっくそー、爆損だぜ!どうしてくれんだよ、このバカー!!」
ファウは悔しそうに叫んだそうだ。
ついでに3ヶ月間、寝ずに名前を考えていたダークフレイムファンタジーは2度と使うことはなかったそうだ。
使うと50万ソウルのことを思い出して悔しくなるからだという。