001 禁断の恋症状
一
私の名前はアナスタシア・トレメイン。
一応家が貴族なのでお嬢様と呼ばれる立場である。外見は茶髪に縦ロールと現代社会とかけ離れた姿をしている。顔の方は……あまり話したくない。可愛い方だと思うけれど、妹と比べればかたなしもいいところ。特徴的なのはオッドアイぐらいかも。ほんとヒロイン補正ならぬシンデレラ補正かかりすぎだと思う。
ちなみに私は突然異世界トリップをした現代人。
まぁ、それも二年前。もう今じゃ立派な異世界人になってしまった。初めのうちは執事つき、ゴージャスな家つきの生活に舞い上がったけど、家にシンデレラがいたことで理解した。
『私は姉だから、悪役じゃん』と。
今の私は彼がいるから良いけれど、最初の頃はそうとう荒れていた。あまり語りたくないのでその話しはまた後ほど。
長々と話していたけれど、ほんと今日はドキドキが止まらない。もし緊急に制限があるのなら、今の私はとっくに制限範囲を超えて限界突破している。一週間に一度彼と会える日、火曜日。みんなにとっては何も特別ではない曜日かも知れないけれど、私は違う。彼は上品で、声はイケボで、イケメンで全てが揃っている。少なくとも私にはそう見えた。
そんな王子様が今日、やって来る。窓からやって来る。少し時間が過ぎているけど、彼をとがめる気持ちはさらさらなかった。
ガラガラ、窓がゆっくりと開いていく。一週間、まちに待った時間がやって来た。
「すいませんお嬢様。遅くなりましたか?」
「ううん、待ってない。あなたが来ない間もずっと考えていたから」
「誰のことですか?」
わかっているくせに。顔を赤く染めた私を見て、少し頬を緩ませながら尋ねてくる。
「言わせないでよ。それより、今日は何処に連れて行ってくれるの?喫茶店?それともあなたの家?」
「そうですね、今夜は山にでも行きましょう」
「いいよ。行こっか」
そうは言いながらも私の顔は不満げ。山?なんで?とハテナマークばかり。彼はオシャレ好きな性格だが、たまにわからないときがある。
でも、道中の彼との話しはとても楽しかった。例えば、子を想う夫婦の物語。悪い王様に子を島に流された夫婦は祈り続け、遂には島をも引き寄せ夫婦と子は再会した話。メルヘンチックな話で現実離れしているけれどいい話ばかり。聞いてて飽きなかった。
一時間くらい経って、山の麓に着き、私は戸惑いを隠すことができずにいた。山が想像以上にデカい。これを登ると考えると少し気が滅入る。
「ここからは私の魔法で頂上まで行きましょう」
私がこうなるのをまるで理解していたかのように言った。やっぱり彼は頼もしい。もう呪文の準備にも取り掛かっていた。
「炎の絨毯」
炎の絨毯が完成し、彼が飛び乗る。あれ?一人分しかない……。
「あ……わわ……」
今、私、お姫様抱っこ、されてる?え……え……。
「出発しますよ。しっかりと捕まってて下さい」
「あ……はい」
突飛な彼の神対応に心が踊る。お姫様抱っこなんて前の世界で経験してないので、頭がついていかない。もうそのまま、流れに身を任せることにした。
「つきました」
と彼は言うが、真っ暗で何も見えない山の中。当然虫の音が聞こえるだけ。
「もっと……先じゃない?」
まだ余韻が残り、言葉が詰ってしまう。
「あっていますよ。少しお待ちください。後ろはまだ見ないようお願いします」
そう言うと彼は魔導書を取り出し、炎の呪文を唱える準備にかかる。
「炎の玉」
炎の玉が魔導書から飛び出し、暗くなった街を駆け巡っていく。それは街灯をどんどん照らしていった。
「大丈夫です。後ろを見てください」
オレンジ色に光る街の景色に私は思わず「きれい」という言葉を口にしていた。今ではさっきまで不快だった虫の音も、オーケストラの演奏のように豪快でダイナミックな音楽に感じた。
「喜んでくれましたか?この山は穴場なんです。ここなら街が一望できますよ」
「きれい。街がこんなに広いなんて知らなかった」
この世界にきてはや二年。一度も見たことのない街の姿に私は興奮する。この時間が止まればいいのに。
瞬く間で、それでいて濃厚な時間は終わりを迎えた。
屋敷に執事が見張っていないのを確認し、私達は窓から中へ入る。
ガーン、ゴーン。深夜三時を知らせる時計がなった。