最終話 真実
家族そろっての、初めての海外旅行。だけど、僕と僕に似たやすしは気が重い。
何故なら、僕とやすしは高い所が苦手だからだ。
深夜、羽田発の深夜便、早朝にタイ・バンコク、二時間滞在ののち乗り換えで、翌朝にはブータンに到着するという旅程。
僕は仕事で飛行機に乗る機会が多いが、一向に高所が慣れない。だから、僕とやすしは飛行機の真ん中、通路側に座り、目を閉じて固まったようにジッとしている。反対に、リノちゃんとまゆは窓際に座って夜明けの景色を眺めていた。この時ばかりは親子なんだと実感させられるのである。
八時間のフライトで、目指していたブータン・国際空港パロに到着した。
ブータンは、ヒマラヤ山脈の東端にある仏教王国。国土のほとんどを覆う山岳地帯には、手つかずの自然と伝統文化が残され、古い寺院や修道院が集まっていて最後の秘境とも呼ばれているそうだ。そんな緑豊かな広大な自然が、僕達大井一家を迎え入れてくれた。
ブータンでは列車などの公共機関は発達しておらず、国内移動は主に自動車を使う。旅行者は必ずガイドと共に、旅行会社が手配した車で移動する決まりになっていた。
パロの街を出てすぐ、周囲には美しい水田が広がっていた。日本の山村にも似た風景。パロ川の対岸に大きな寺院も見え、車窓からの景色に癒される。
美しい農村地帯を走り抜けると周囲は一変し、荒涼とした渓谷が姿を現した。峠を越えるカーブの多い細道。だが、子供達にとっては遊園地のアトラクションにでも乗っているように楽しんでいた。
しばらく走ると、標高二三〇〇メートルの首都ティンプーの街並みが見えてきた。
山々に囲まれたティンプーは、ティンプー川に沿って南北に細長く伸びた渓谷の街で、北部にはタシチョ・ゾンと呼ばれる国王の執務室と、国会議事堂や行政機関のある官庁街が、中心部にはノルジン・ラム(メインストリート)に沿った商店街が、南部にはアパートが建ち並ぶ住宅街が広がっている。
ブータンでは、男性が『ゴ』、女性が『キラ』という民族衣装を普段着として着用し、街を歩く光景が多く見られた。メイド喫茶の店長が言っていた通り、マユのメイド服に似ているキラ。美人が多いように見えるのは、その衣装のせいだろうか、つい、僕は見入ってしまった。
そんな民族衣装の着用体験が出来るというので、僕とやすしはゴ、リノちゃんとまゆはキラをそれぞれ着付けてもらった。
着てみると、見かけほど重くないし、通気性に優れていて涼しい。まるで、夏祭りの浴衣でも着ているようだ。リノちゃんも、まゆもやすしも似合っていて可愛らしかった。そして僕はどうなんだろう? と不安に思っていると、
「タッくん、凛々しいじゃない、よく似合っているよ」
とリノちゃんが褒めてくれた。
民族衣装を着たまま、僕達はコスプレ感覚でノルジン・ラム通りに出て行った。
時計塔広場からクラフト・マーケットの約一キロの間に、カフェなどの飲食店や映画館、お土産屋などが隣接していて、ここはティンプーで一番活気のある場所らしく、市民の憩いの場所である時計塔広場には、可愛らしいデザインの時計塔とマニ車が設置されていた。マニ車とは、筒の内部に経文を印した紙が納めてあり、一回転させると内部の経文を唱えたのと同じ、回した回数分だけの功徳が貯まるという優れ物。子供にとっては公園にある遊具のような物で、意味も分からずまゆとやすしは回している。何か罰当たりのような気もするが……。
ティンプーは首都と言っても、車がまだ少ないから交通渋滞もない。なんと言っても信号機が一つも無いのだ。時計塔広場から北に三百メートルほど行くと、ティンプーの代名詞とも言える交通整理のお巡りさんがいる交差点があり、小さな小屋に、手信号のお巡りさんが常駐していた。
思わずまゆが手を振ると、お巡りさんが笑って手を振って応えてくれた。怖そうな警察官だったが、顔立ちが日本人に似ているので、なんだか親近感が湧いた。
人通りもそんなに多くなくごみごみしていない。全ての建物は伝統的かつ、五階建てまでと法律で決められているので、みんな似たような建築様式で統一されている。だからなのか、ティンプーは首都とはいえ、のんびりとした雰囲気が漂っていた。
そんな街並みを歩いていると、
「お父さん、おなかすいたー」
と、食いしん坊のまゆが言った。
ここらで腹ごしらえ。長旅で疲れているだろう、栄養を付けないと、と頷き、ガイドに案内された食堂に僕達は入った。
野菜が少ないブータンにおいて、高地のやせた土地でも比較的栽培が容易なのが唐辛子。その唐辛子を香辛料ではなく野菜として大量に食べるため、ブータン料理は世界一辛いと言われている。でも、野菜やキノコなども食用とされ、豚肉の煮込みやチーズを使ったサラダ、生姜など、日本に似た食文化だとも聞かされていた。
僕達の座るテーブルに、『パクシャパ』『モモ』『エマ・ダシィ』『レッドライス』などのブータンの代表料理が運ばれて来た。ご飯とサラダ、スープがメインのパクシャパ。パクシャパとは、豚バラ肉、大根,唐辛子の炒め煮で、モモは蒸し餃子。また、エマ・ダシィのエマは唐辛子、ダシィはチーズを意味するそうだ。それらのおかずを、薄赤いお米、レッドライスと一緒に食べる。日本のお米と違って粘り気は少ないけど、どのおかずとも合っていて、つい食べ過ぎてしまう。
興味本意でまゆが僕のおかずを摘み食い。まゆが口に含んだ瞬間、真っ赤な顔をして口を膨らましながら「おみず! おみず!」と悲鳴を上げた。
妖精のマユは水しか飲まなかったが、だからなのかな、その反動でまゆは食欲旺盛、なんでも美味しいと言って沢山食べる、食いしん坊の女の子になったのかも知れない。親として、それは嬉しいことだ。観光客向けに辛味を抜いてあるとはいえ、さすがに子供には辛過ぎる。僕とリノちゃんが笑い、やすしが激辛料理を警戒した。
街歩きで立ち寄った公営マーケット、ブータンの工芸品がずらりと並ぶクラフト・マーケットでお土産散策。同僚や親族、友達用の土産を見て回った。
お土産として人気のある薬ケースや竹製の丸い弁当箱、カラフルで目を引くブータン織物『キシ』、どれも人の手によって作られた温もりのある品ばかり、きっと喜んでくれるに違いない。リノちゃんはブータン製のウイスキーと、それに合うキラとゴをモチーフにしたワインカバーを、子供達には、玩具のでんでん太鼓に似た、手で持つタイプのマニ車を、それぞれ土産として買い、友達用には、買うのにちょっと勇気がいる魔除けの『ポ―』を、子供達には内緒で買うと、そのリアルな形状にリノちゃんがかなりウケていた。
僕達の乗る車は、再び山あいに沿った道を走って行く。
首都・ティンプーからプナカへ向かう途中にある、標高三一五〇メートルのドチュラ峠で一休み。そこには運動会を思わせる万国旗が掲げられていて、何かの祭りでもあるのかと、左右に広がる旗を見回すと、道の真ん中に小山があり、頂上の大きな四角い仏塔を囲むようにして一〇八基の仏塔がずらりと並んでいた。ブータンでは峠は神聖な場所だそうで、そう思うと何か神々しく見えるのだった。
ドチュラ峠の北側は展望が開けていて、ブータンヒマラヤの峰が延々と連なっているのが一望出来た。地平線のように連なる絶景のヒマラヤを一人占め、しかも雲一つない真っ青な空。空気が澄んでいて清々しい気分になる。僕達は三六〇度のパノラマビューを楽しんだ。
ドチュラ峠で一時間ほど休憩したあと、僕達はプナカへと向かった。
切り立った崖だらけの山道をひたすら下って行くと、やがて古都プナカに到着。
プナカは標高一三五〇メートルとティンプーよりも千メートル以上も低く、冬は温暖なため、ティンプーが恒久首都となるまでの三百年間、プナカは冬の首都だったそうだ。
そこから見える田園風景はまるで日本そのもの、日本から遥か遠く離れた大陸の一部とは思えない風景だった。
「じゃあ、やすしと一緒に、お礼を兼ねたあいさつに行ってくるね」
リノちゃんはそう言って、以前ヤスシさんの花を探し求めて立ち寄った農家にあいさつに行った。
自然との触れ合いを楽しむファームステイと呼ばれる民宿の一種で、滞在した農家では、僕が遭難し掛けた時、助けてもらった村人達と同じように、落ち込んでいたリノちゃんを励まし、家族のように接してくれたそうだ。その時のお礼がしたいと、リノちゃんは自慢のヤスシを連れて、立ち直り成長した姿を恩人に見せると言って嬉しそうに出掛けて行った。
リノちゃんとやすしと別れて、僕とまゆは森の中にある古びた寺院を散策した。
寺院を取り囲むように、大木のイトスギがそびえている。木々の香り、色鮮やかな草花、小動物の鳴き声、そこはまさに桃源郷、森の精霊が見守っているような気がした。
木漏れ日が風で移ろう。穏やかな気候、実に心地良い。僕が抱える胸の中で、ウトウトとしていたまゆが眠ってしまった。
その時、強い風が吹いた。森がザワつき、人影が、見覚えのある男が僕の目の前に現れた。
「あなたは、確か……骨董屋の」
夢か幻か、マユの花を売り付けた怪しげな店主だった。
「あの時は、すまなかったね。君の人の良さに付け込んで、高値で苗を売り付けてしまって。実は試していたんだよ、君達二人を」
夢と現実の境界線にたたずんでいる店主を見ていて僕は気付いた。マユと同じ気を放っていると。
「失礼ですが、あなたも妖精? ですか」
「そう、私も妖精、イトスギの妖精だよ。私の子供達を育ててくれて感謝している。一言お礼が言いたくて、こうして君達の来るのを待っていたんだ」
目の前の人物がイトスギの妖精? 非現実な話なのに僕は素直に受け入れた。マユの存在があったからこそ信じられる話である。
「あのう、気になっていることが……マユとヤスシさんは、僕の子供達の生まれ変わりなんですか?」
「さあ、それは分からない。何せ、私は神ではないからね。ただ、君達人間より長く生きているだけに過ぎないんだよ。だが、その子からは娘の匂いがする。君に会いたい、いつも一緒にいたいという思いが強かったのだろう、彼女の『人間として生まれたい』という願いが叶ったのかも知れない。そうだとしたら、これほど嬉しいことはないよ」
「僕も、マユに会わせてくれて感謝しています。今の自分があるのも、マユのお陰だから」
「いや、私が引き合せたんじゃなく、君に引き寄せられたんだ。君の心は純粋で綺麗、優しい心の持ち主だからね。見ての通り、森が荒れている。我々植物は大気の変化に敏感だから、自然界のバランスが崩れているのがよく分かるんだ。しかし、分っていても何も出来ない。私達は自ら動くことに制約のある植物だからね。だかこそ、君達人間に頼らざるを得ないんだ」
「それで、僕とリノちゃんに接触を……。でも、しっかり者のリノちゃんならともかく、頼りない、気弱だったオタクの僕なんかが…」
僕の言葉を遮るように店主は力強い声で、
「君は私の期待通り、その身を犠牲にしてまで森の再生に尽力してくれているじゃないか。私の目に狂いはなかった。これから先も、私の願いを君達が叶えてくれる、そう信じているよ」
そう言い残して店主は僕の前から消えた。彼の重い言葉が全ての真実だった。
旅行の最終日、僕達はブルーポピーを見に、チェレラ峠を目指した。
ブルーポピーとはメコノプシス・ホリドゥラのことで、つまりはマユの花である。パロ県とハ県の間にある標高三九〇〇メートルのチェレラ峠は、以前、リノちゃんが『ヤスシの花』を植えた場所で、今回の旅行でリノちゃんがぜひ行ってみたいと言っていた場所だった。
でもここは、日本の富士山よりも高い場所。高山病予防のため、高所の環境に体を慣らした僕達が車から降りて花を求めて山に入って行くと、遠くに、女神の住まう聖なる山と呼ばれるチョモラリの雄大な景色を見ることが出来た。
ここにもドチュラ峠と同じ万国旗のような旗がなびいていた。
「あの白い旗は『ダルシン』と言い、お墓の代わりなの。ブータン人は、亡くなって火葬した後、お墓は作らずに川に流すそうで、お墓がない代わりにこの白い旗がその役を担っているそうよ。だから、この辺りに植えた『ヤスシの花』のお墓でもあるのよね」
とリノちゃんが詳しく説明してくれた。
白い旗に囲まれた道を登って行くと、今度はダルシンとは違った色鮮やかな祈りの旗がなびいていた。
「あれは自然界の五大要素(天・地・風・火・水)を象徴とした五色旗『ルンタ』、旗の一つ一つにお経が書かれていて、一種のお守りのような役割なの」
ルンタを横に繋げた祈りの旗が尾根伝いに永遠と続いている。人々の思いが詰まっていて、すごい迫力。沢山の旗に僕は圧倒された。
「わぁー、きれいなお花がさいているよ」
早速、まゆがブルーポピーを発見、赤紫色の花弁を見詰めた。
「ぼく、この花見たことあるよ」
今度はやすしが青い花弁を見て言う。
「まさかぁ、やすしが知るはずないじゃない……。そう、知ってるの」
そう呟くようにリノちゃんが言うと、僕の方を見た。
リノちゃんも確信したのかも知れない。まゆとやすしが妖精の生まれ変わりだということを。
僕達も花に近付き、咲き誇る花を見詰めた。そして思った。やっぱり綺麗な花だなぁと。妖精が生まれてもなんら不思議はない。そして、全てはこの花との出会いから始まったんだ……。
ブータンの国花というだけあって、メコノプシス・ホリドゥラ、天上の妖精が、山道のあちらこちらで咲いている。貴重な花、さすがに摘んで持って帰ることは出来なかったが、僕達は綺麗に咲き誇るメコノプシス・ホリドゥラをその目に焼き付け、第二の故郷と呼ぶにふさわしいブータンをあとにした。
僕達、大井一家は、中国・上海港から日本を目指す国際フェリーのオープン展望デッキにいて、僕とリノちゃんは、さわやかな潮風に当たりながら海を眺めていた。
人生の大きな挫折を味わった時に乗り合わせた船。僕は、人生のどん底でもがき苦しんでいた、あの時の自分を思い起こした。
悲しいこと、苦しいこと、将来を悲観したことの記憶を呼び戻し、その時の気持ちを噛み締めながら、険しい道のりを乗り越え、よくぞここまでたどり着いたものだと我ながら驚くばかりである。
「あの時、あなたに出会えて、本当に良かったわ」
リノちゃんも同じことを考えていた。
「僕も同じ思い。妖精の導きが無かったら、こうして二人は巡り合うことはなかったし、何より、家族という掛け替えのない宝物も、手に入れることが出来なかったんだよなぁ」
「そうね、元をたどれば、あの怪しげな店主のお陰なのよね」
リノちゃんが言うと、
「そうそう、実はその店主に会ったんだ。夢か幻だったんじゃないかと思って黙っていたんだけど」
森の中で店主に会った不思議な体験をリノちゃんに語った。
「あの怪しげな店主が妖精? 妖精って可愛らしいイメージだから思わず笑いそうになったけれど、私達にとっての、恋のキューピットだったんだね」
「僕達二人は選ばれた人間。だから、彼ら植物の期待に応えなければならないんだ。便利さを求めるあまり環境破壊が進んでいる。でも、現地の人も豊かになりたい。両方が良くなる両立は難しいことだけど、やらなければならないんだ」
「私もそう思う、あなたの話を聞いて、更に強く思ったわ。でも、簡単なことじゃないわよ」
「あの頃は、なんに対しても逃げていた。でも、やればなんでも出来ると思うんだ。情けなかった人生を送っていた僕が、ここまでたどり着いたんだから。これから先もきっと出来る、人間、やれば出来るってね。僕も親に、父親になったから、もっと、もっと強くなれたんだと思うよ」
僕が自信を持って言うと、
「じゃ私は、母親として強くなれたんじゃないかしら」
「それ以上、強くならなくても……」
つい、口が滑った。
リノちゃんが怒るのかと思いきや、微笑んでくれた。
「早いものね、あれから七年が経つのね」
「まゆとやすしは妖精の生まれ変わりだと僕は信じている。この旅行でそう確信したんだ」
僕が言うと、
「私もそう思う、二人は妖精の生まれ変わりだったんだと」
リノちゃんもそう強く言ってくれた。
「生れて来た妖精は、僕達に喜んでもらうだけの人生で、その身を捧げてきたんだ。だからこそ、二人には幸せになってもらいたい。マユは天気予報が得意だったから、まゆは気象予報士が似合うんじゃないかな。ニュース番組のお天気キャスターとしてテレビに出て、人気者になったりして」
「じゃあ、やすしは、お酒の品質を判断する利き酒が得意だったヤスシに似て、お洒落なワインソムリエかな。そうそう、心の病や悩みを解決する、臨床心理士なんかもありかもね」
「いつかは好きな人と巡り会い、結婚して子供を産んでと、僕達と同じ道を歩むんだろうな~」
僕はそうしみじみ思いながら言った。
「でも、諦められるの? 結婚すれば、私達の元から離れて行くのよ」
「もちろん、別れは辛いよ。ただ、二人が成長し、どんな花に育つか、どんな花を咲かせるか楽しみでもあるんだ。でもないか……そうか、そうだよな。離れるなんて、今の僕には想像出来ないよ。親離れの前に、子離れか、難しい問題だな~」
そう言って頭を抱える僕に、リノちゃんが救いの言葉を言ってくれた。
「そんなに深く考えなくてもいいんじゃない。やすしとまゆは三歳、私達も親になって三年、一緒に成長していかなくちゃね」
「二人で一つ、お互いの足らない所を補っていけばいいんだよな。一たす一は二。そう考えると簡単なことだと思えてくる。いつまでもリノちゃんと一緒に力を合わせて、妖精のように全力で生きていけたら良いなぁ」
「うん、そうだね」
僕とリノちゃんは、手すりにつかまって海を見ているまゆとやすしを見詰めた。すると、僕達二人の視線に気付いた、まゆとやすしが駆け寄って来る。
「お母さーん!」「お父さーん! だっこ」
リノちゃんがヤスシを抱え、僕はまゆを抱き上げながら二人に言った。
「ここは、お母さんと結ばれた場所なんだ。まゆもやすしも将来、大きな壁にぶつかると思うけど、逃げないで乗り越えるんだぞ。そこで大事なことは笑い、無理して笑うことだ。そこから状況が一変する。思い詰めていても、何も変わることはないから。だったら、辛い時こそ笑って強がるんだ。それはお父さんの経験から言えることなんだけどね。あともう一つ、困った時は、大きく深呼吸すると良い。空気を一杯吸い込むと、楽になるから。子供にはちょっと難しいかもしれないけど、声は空気の振動で聞こえているんだよ。この先、まゆややすしが遠く離れて暮らすことになったとしても、目には見えない空気のお陰で、お父さんやお母さんともしっかり繋がっていられるんだ」
それは自分に言い聞かせる言葉でもあった。
身の回りの物は電波や電気で繋がっているけど、生き物は空気で繋がっている。空気の中の酸素は植物がくれた恵み、生き物にはなくてはならない存在なんだ。生きることとは息を吸うことであり、新鮮な空気を取り込むこと。だからこそ、今ある自然を大事にしていかなければならない。これから先も、ずーっと、ずーーっと。
「マユやヤスシさんの花を探し求め、一人で旅立った時のように我武者羅に、僕達は立ち止まることなく突き進んで行こう」
そうリノちゃんに言うと、心の中のモヤモヤが晴れてスッキリ、この晴れ渡った空のように晴れ晴れとした。
僕とリノちゃんは、日本のある水平線を見詰めながら決意を新たにしたのだった。
了
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。一途でドジなメイドのマユが、読者の心の中に、いつまでも残っていれば嬉しいです。