兄妹(きょうだい)
リノちゃんの妊娠を機に僕達は引っ越しを決意し、少し離れた場所にある2LDKのアパートに引っ越しして間もなく、リノちゃんは僕の期待通り男女の双子を産んだ。
子供達にはそれぞれ、『まゆ』と『やすし』の名を付けた。
二人は双子だけれど、先に生まれたやすしが兄となり、後から生まれたマユが妹という訳だ。でもその差は僅かに一分程度、これも何かしらの運命を感じずにはいられない。
まゆは、リノちゃんに似て活発な性格で、やすしは、僕に似て気弱で大人しい。
その子供達が成長するに連れ、変わった癖が現れた。風呂に入る時も、寝る時も必ず一緒、まゆは僕を、やすしはリノちゃんを異常なほど好きなことで、将来、僕達と結婚するとまで言い出す始末。まるで妖精の生まれ変わりのようにそばにいて、片時も離れようとはしないのだ。
共働きでリノちゃんの両親に預けられることが多く、寂しいのは分かる。が、どうもそれだけではないらしい。
子供達は妖精の生まれ変わりなのか? それは僕が常々疑問に思っていることで、決定的だったのは、タンスの中に大事に仕舞ってあったメイド服を見付けた時だった。それは『メイドのマユ』との唯一の繋がりの品。成長した彼女が、ハロウィンの仮装でそのメイド服を着てくれることを、僕は期待し密かな楽しみにしていたのだが……。
まゆがメイド服をジッと見詰めている。
「どうしたんだ?」
そう僕が聞きくと、
「お父さん、わたし、このふく、しってる」
信じられない言葉が返ってきた。
「知っているって? それ、まゆに一度も見せたことがないんだぞ」
「でも、わたし……しってるもん」
やっぱり、まゆは『マユ』の生まれ変わりなのか? 僕の疑問は深まるばかり、真実が知りたかった。
週末の朝、僕はまゆを連れて散歩に出掛けた。
多くの人が行き交う秋葉原。天気も良く穏やかな風が吹く。お散歩にはもってこいの陽気だ。
僕と違って、リノちゃんに似たまゆは高い所が平気、僕に肩車されると凄く機嫌が良い。
向こうから、オカッパ頭の、まさにオタクの権化と呼ぶにふさわしい大柄の男が近寄って来た。メイド喫茶の店長だ。
「やあ、久し振り。長い間、姿を見せなかったけど」
そう言いながら僕の回りを見た。
「……マユは、もう日本にはいないんです」
「もう日本にいない、か。日本人じゃなかったんだね。あの娘の服、あれ、ブータン王国の、民族衣装である『キラ』って言うのに似ていたからな~」
「マユは、もう二度と帰っては来ないんです」
「美人の奥さんといつも一緒だったから、ズケズケと聞けなかったんだけど……そうか、もうマユちゃんに会えないのか……メイド服は地味だけど、素材、あ、いや、マユちゃん自体が凄く可愛いから、店の中でも一番目立っていて人気者だったんだ。彼女、計算が得意で、全て暗算で答えてたな。あんなに可愛いのに、おごることなく一生懸命に働いてくれるし、料理も得意だったな~。まかないの料理を合間に作ってくれたんだけど、オムライスの卵がフワフワしていて、すっごく美味しいから、メイドさん達が喜んでいたよ。そのせいもあってか、やけに料理姿が似合っていたよな。休憩なんて一度も取らなくて働きっぱなし。あと、食事、いつ食べていたんだろう。彼女、水しか飲まないんだよ」
そりゃそうさ、マユは本当のメイドさん、料理は得意だし、彼女、水しか飲まないんだ。店長、そのことを知らないんだな。と僕は心の中で呟いた。
「でも、不思議な娘で、天気予報を一時間単位で当てるんだ。お客さんに、傘を持っていかれるといいですよ、と晴れているのに言うもんだから、お客さん、半信半疑で帰って行ったけど、翌日、驚いた顔で感謝していたよ。急な大雨にも困らなかったと。本当に、マユちゃんは変わった娘だった」
メイド喫茶の店長が過去の記憶を思い起こした……
―― マユの花が二度目の花を咲かせた。
マユが喜んで卓也の住むアパート行ってみると、彼は見知らぬ女性と生活を共にしていた。
そこで、卓也が立花梨乃という女性と結婚していることを知った。
こっそりのぞき見し、卓也と会う機会をうかがっていたが、仲睦ましい幸せそうな二人の姿を見ると、邪魔するようで会えなかった。
あれほど卓也に会いたい一心で生まれて来たのに、彼の幸せを考えると会えない。会わない方がいいと思った。マユは振り返り、来た道をトボトドと歩いた。
途方に暮れるマユは、知らずのうちに、かつて働いたことのあるメイド喫茶に来ていた。
「やあ、マユちゃん! 久しぶり」
「私にはもう、戻る所が無くなって……ここで働かせて下さい。お願いします、なんでもしますから」
「数あるメイド喫茶の中で、わざわざ僕の店に来てくれたんだね。今日は、ずっといられるの?」
「四日、四日間だけですけど……」
花の命は五日間、だがあえて四日と答え、残りの一日に僅かな望みを託した。
こうして再びメイド喫茶で働くことになったマユ。
「お帰りなさいませ、御主人様」で始まり、「行ってらっしゃいませ、御主人様」で終わるまで、マユは全開の笑顔で、来てくれた客をもてなした。
馴れ馴れしい常連客に嫌な顔はせず、オドオドしている初心者には優しく声を掛けた。
ドリンクにミルクを入れて掻き混ぜる愛込め。ケチャップを用いてオムライスに絵を描く落書き。パスタなどに息を吹き掛け冷まして食べさせる、メイド喫茶独特のサービスをこなし、チェキ撮影にも快く応じた。
来てくれた客に対して最大限のもてなし、それがマユの接客だった。
「御主人様、朝も来ていましたよね。おかねの方は大丈夫ですか? 特製ハンバーグではなく、ピラフとコーヒーのセットにすると、お安くなりますよ。あと、デザートは控えた方が、健康のためには宜しいかと……」
店の利益に関係なく、気持ち良く店で過ごしてもらうよう、お客目線で気遣った。
マユはその容姿だけでなく中身に惚れる客も多く、彼女目当ての客で行列が出来るほど店は繁盛した。
なかにはマナーを知らない客もいる。
IT関連会社の社長、金さえあればなんでも手に入ると考える、自分勝手でわがままな客。
「君、可愛いね。彼氏とかいるの? 俺と付き合ってくれたら、なんでも好きな物を買ってあげるからさぁ、連絡先、教えてよ」
そのマナーの悪い客がマユを見て言った。
「でも、私……」
「ちょっとぐらい、俺と付き合ってくれてもいいだろ。こうして間近で見ると、君の胸、Bぐらいはあるんだな。彼氏にもまれて大きくなったんだろう」
薄笑いを浮かべながら、マユの胸を触った。
周りにいた店員が引き、店内が静まり返った。
「ゴホン、ゴホン」
奥にいた店長がわざとらしく咳をしながら近付き、
「当店はキャバクラではありません!」
と強い口調で注意した。
いつもは温厚そうな店長が鬼の形相で睨んだ。この店ならず、すべてのメイド喫茶では、デートの誘いや連絡先などのプライバシーは犯してはならない。ましてや、メイドの体に触るのは御法度である。
店長のすごみに尻込みした客が立ち上がり、恥をかかされた怒りを露わにして帰ろうとした。その時、
「御主人様、また、来て下さいね」
そうマユが笑顔で言いながら、客の手を握った。
花を見れば誰でも綺麗だと思い癒されるもの。彼もまた、花の妖精であるマユの笑顔を見て心が和み、悪いことをしたんだと素直になれた。
「……悪かったね。これ、少ないけど、スタッフのみんなで美味しい物でも食べてよ」
そう言って、プラチナカードの入った分厚い財布をポケットから取り出し、お詫びのしるしとして十万円を抜き取ると、マユに手渡した。
静まり返っていた店内に、再び活気が戻った。
『おい、例の子、マユちゃんが来てるぞ』
客が友達に連絡し、そのオタク仲間がすぐさま集まって来た。
マユ様様、店は大繁盛で店長もニンマリ。連日満員のお客で賑わう店内、何よりマユの笑顔を店長は忘れられないでいた。――
「たった四日間だったけど、夢のようだったな~」
しみじみと思いながら店長が言った。
「ねえ、お父さん、まゆってだれのこと?」
それまで黙って大人しく聞いていたまゆが言った。
「ご免、ご免よ、ややこしくて。別人のマユなんだ。君の生まれる前の話さ」
すると、店長が覗き込んで言った。
「似ているね、マユちゃんに。あ、いや、失礼、美人の奥さんに誤解されるようなこと言って。もちろん、奥さんに似ているんだけど、雰囲気、雰囲気が似ているんだよね、マユちゃんに」
そう言いながら、まゆに近付いた店長が聞いた。
「お譲ちゃん、おいくつかな?」
「みっつ」
そう言って、まゆが三本の指を立てた。
「そう、三歳か。良い子にしているから、飴ちゃんをあげるよ」
店長が、お店特製の飴玉をまゆに与えた。
「おじちゃん、ありがとう」
まゆが満面の笑顔で言った。子供の笑顔に自然と癒される。
「その受け答え、まゆちゃんそっくり。あれから、ずいぶんと時間が経ったんだな~……でも、落ち着くところに落ち着くんだな。閉店後に、いつも待っていてくれたイケメン、あれ、マユちゃんの彼氏だろう」
ああ、ヤスシさんのことね。
「僕はてっきり、君と付き合っているものだと思っていたんだけど。君を見詰めるマユちゃんの瞳は輝いていて、実に嬉しそうな表情をしていた。彼氏以上の存在なんだと僕は思っていたんだ。あ、思い出した、俳優の、誰だったかな~、僕は男に興味は無いから、名前は覚えていないけど、あのイケメンの彼氏となら、許せる。むしろ、その方が似合っているもんなぁ」
ヤスシさんとは兄妹、でも、僕なんかより、ヤスシさんと結ばれるべきなんだ。店長も、僕と同じことを考えていたんだな。
「もう帰ってこないのか……マユちゃんを好き過ぎて、他の女性に興味が出ないんだよな~、だから、いつまで経っても結婚出来なくてね」
「え!」
思わず声が出た。
驚いた~、店長、独身だったのか。でも無理ないな。マユはアイドル級、あの可愛らしさ、優しさを知った者は目が肥えてしまって、普通の女性とはなかなか結婚出来ないだろう、お気の毒に。でも、良い人そうだし、応援したくなるよ。
マユのフアンであった店長が、肩を落として店に戻って行った。
店長も、マユとまゆは同じだって言っていた。改めて思う、まゆは、マユの生まれ変わりなんじゃないのかと。
アパートに帰った僕は、リノちゃんにそれまでの疑問を打ち明けた。
「私も同じことを考えていたんだぁ。ヤスシとは一週間しか生活を共にしていなかったけれど、彼の癖なんか、今でも鮮明に覚えているわ。だから分かるのよ、やすしも同じ癖だから、生まれ変わりなんじゃないかと」
リノちゃんも僕と同じ思いだった。
「じゃあ、確かめようよ」
「確かめるって、一体どうやって?」
当然、リノちゃんには僕の考えていることが分からない。
「故郷へ、妖精の生まれ故郷に行くんだよ。行って、確かめようよ」
「そうね、子供達を連れて行けば、何か手掛かりが、真実がつかめるかも知れないね」
二人して妖精の故郷、ブータンに行くことを決めのだが、
「でもな~」
僕は顔をしかめた。
「もしかして、お金の心配をしているの?」
「そりゃそうさ、家族四人での海外旅行だなんて、一体いくらかかるんだろうね」
「心配ないわよ。私達って、仕事でよく外国に行っていたから、まだ新婚旅行に行ってないでしょう。実は、すでに貰ってあるの、旅行代。両親に、最も遠いヨーロッパに行きたいな~って言っていたから、大金をね」
しっかり者のリノちゃん。引っ越しの時といい、改めて心強く思った。
突然、まゆが僕の服を引っ張り、
「ねえ、お父さん、りょこうに、りょこうにいくの?」
と嬉しそうに聞いてきた。
「そうだよ、家族で旅行。今度の旅行はかなり遠いから、何日も泊まることになるだろうけどね」
「わぁーい! りょこうだ、りょこうだぁー」
「でも、子供には荷が重いから、道中、泣きべそをかくんじゃないか」
「わたし、お父さんといっしょなら、へいきだもん。ぜったいに、なかないもーん」
旅行に行きたいあまり、まゆが強がって言う。やすしも釣られて言った。
「ぼくもいくよ、お母さんといっしょなら」
「よし、行こう! ブータンへ」
僕が決断し、まゆとやすしが大喜びで部屋中を走り回った。