第2話 雪合戦
元春:「俺ら小さい頃、雪合戦したことになってるらしいな……。」
隆景:「そんなエピソードが残されているようでありますね……。」
元春:「なんでも父・元就が兄・隆元と我々を連れやらせたそうなのであるが……。」
隆景:「私が数え4つの時に兄・隆元は人質として周防・山口に赴き、私が養子として小早川の家に入るまで山口にいたことを思いますと、現実にあった話なのか……。」
元春:「父・元就を持ち上げるためにでっち上げたものなのか……。」
隆景:「最初は兄者が圧倒したとか……。」
元春:「……まぁ3つ年上の俺が、2、3歳児相手にすればそうなるわな………。」
元春:「私と兄・隆元は7つ違い。そろそろ元服を迎える齢に差し掛かっていましたので、雪合戦何ぞ……。と思っていたと思うのでありますが。」
隆景:「エピソードを読ませて頂きますと、兄・隆元は『子供であるにも関わらず、父の言いつけを守った』と……。」
元春:「で。父・元就は我々に対し、『もう一度戦え』と指示を出すと。」
隆景:「私自らがおとりとなり兄者を誘い込み、左右に伏せていた部下を持って取り囲み、見事兄者を打ち破った。と……。」
元春:「うわぁ……俺。3学年下の。それも2、3歳児の計略にハマって負けてるの……。つか2、3歳児相手なら囲まれても力ずくで局面を打開することが出来たと思うけどな……。」
隆景:「それを見た父・元就は、親の言いつけを守った隆元を毛利の跡取りに。」
元春:「正しくは、人質となっても変なことをしないから……。だと思われるが……。」
隆景:「猪突猛進。力任せの中国山地・山陰方面に兄・元春を……。」
元春:「山菜採りながら毒の有無を知り尽くしている父のような連中が蠢いているのであるが……。」
隆景:「で。智謀に長けた私を様々な人とモノが行き交う瀬戸内方面にそれぞれ派遣することにした。と……。」
元春:「……ガセだな……。」
隆景:「世間の評価も似たようなところがありまして。兄者は武で持って相対するのに対し、私は温厚篤実を前面に押し出し、話し合いで解決を図る……。」
元春:「それはお前が養子先の娘をもらったからだろ……。」
隆景:「……最初は、家も用意され、そこに居るだけで良いですよ。と言われ入ったのでありましたが……。」
元春:「珍しいよな。この時代に、お前ほどの権力を有したものが側室置かなかったのは……。」
隆景:「兄者もそうでしたでしょう。」
元春:「私は純粋に妻を愛しただけであるし、お前と違い金目当てで養子先の妻を娶ったわけでは無い。」
隆景:「私も妻以外のモノを愛したわけではありませんよ。たまたま好き合ったのが養子先の。それも本家のかただっただけでありますので。」
元春:「でもお前は良いよな。静かにしていればそれで済んだのだから。」
隆景:「……それはそれで大変なんですよ。家に居場所があるわけでもありませんし、かと言って外に出て、羽を伸ばすことも出来ない。よそ者に対する世間の目は厳しいですので……。仕方なく意味も無く畑の見回りに行ったり、家のクルマを洗車したりしながら……どうやって時間を潰すのかの思案に暮れるのも……。」
元春:「でもいいじゃないかお前は。まだ身の安全が保障されているだけ。その点俺のほうは悲惨だぞ。義理の父が健在なうえに、その息子も存在する。その息子を婿養子にして次を継がせることを条件に入ったわけであるのだから……。会話のキャッチボールが一切成立しない。それでも俺は3年の間、人質でもないのに我慢したんだぞ。それだけ見ても俺が武一辺倒で無いことがわかるであろう……。」
隆景:「……その点、長兄の隆元は恵まれていましたよね……。」
元春:「人質とは言え、行った先は山口。」
隆景:「当時の中国地方第一の都市。」
元春:「京からのかたがたのみならず。」
隆景:「南蛮からの珍しい文物も目にすることの出来る。」
元春:「そんな山口で多感な時期を過ごした兄者が。」
隆景:「文芸遊興に明るくなるのはある意味仕方のないこと。」
元春:「特に当時、山口を治めていたのが大内義隆でありましたので。」
隆景:「我々のようなジメジメとした人間関係に悩まさせることも無く。」
元春:「もしかすると兄者は、血の色は青いと思っていたかもしれないな……。」
隆景:「そんな山口で過ごした兄・隆元にとって。」
元春:「雪合戦なんてつまらないものだったのだろうな……。」
隆景:「親の言い付け以前に興味が無かったのでしょうね……。」
元春:「何もない吉田郡山しか知らぬ我々には最高の娯楽なのでありましたが……。そう考えるとあのエピソードは実在の話なのかな……。でも年代が合わないぞ……。」
隆景:「……環境って大事……。」