-the real world-
【プロローグ】
この世に異世界があったら、そんな妄想誰もが一度は思い描いたことがあるだろう。
もちろん異世界なんて存在しないし、あるならぜひ連れて行ってもらいたい。
今日も僕の日常は何も変わらず、いつものように使い慣れた槍と弓矢を持って狩りに出る。
少し変わった点があるなら家畜の犬が妙に騒がしい。きっと発情期を迎えたのだろう。
なんてことを考えながら今日も今日とて1週間分の食事を調達する。大好物のイノシシを多く狩ることが
でき、上機嫌になりながら帰路に着く。
異世界――とは程遠い話だが、祖父から聞いた話がある
僕たちが産まれるずっと前の話だ、この世には「鉄」という物質や「プラスチック」というものが存在していたらしい。
その物質はありとあらゆる面で使用され、人類の発展は目覚ましく次々と便利な道具が世に出回っていたらしい。
しかしある日急に「鉄」や「プラスチック」が消えたのだ。
もちろん世界の大半が鉄やプラスチックでできていたために、街にはほとんど何も残っていなかったという。
当然通信網は無くなり世界がどうなったのか知る由もなく、ここ日本でも人口は激減したと言われる……
なんて話今の僕からすれば正直信じがたい話だ。
なぜなら僕が産まれた時には既に文化が形成されており、周りの人々は何食わぬ顔で、まるで何事もなかったかのように生活している。
しかしそれはごくごく当たり前のことで、事実としてそれらが存在していない世界に生まれた僕たちにとっては今――ちょうど狩りを終え帰路に着いている今こそが僕たちの日常であり世界なのだから。
「はぁ……」
ついついこの退屈な日々にため息をつく。昔の本で読んだような異世界に行き、そこでヒロインと出会い結ばれるなどといった人生を送りたいものだ。
そもそもあの本で言うところの現実世界が僕たちの世界にとっては十二分に異世界と言い得る世界なのだが……となると僕が今生きるこの世がほんの数百年前には異世界だったということになる。
もし過去に行けるなら……などと非現実的なことばかりを考えていた時だった
「えっ……嘘……」
驚いた、叫びにも近い女性の声と共に僕はくだらない妄想から覚め目の前で僕の方をみて怯えている少女に気が付く。
「……ええと、どうかしたのかい?」
怯える少女の気持ちを少しでも和らげるべく笑顔で問いかけた。
「ヒィィ、血ッ、イッ、イッ、イノシシィィ」
予想と目論見とは反し、悲鳴を上げる少女。どうやらイノシシと血に驚いているようだけど……何を驚く必要があるんだろうか、この世界ではごくごく当たり前の光景だというのに
――不意に先ほどのくだらない妄想が頭によぎる。落ち着け、落ち着くんだ自分。
先ほど異世界なんてないし、非現実だと嘲笑したばかりじゃないか、そんなことがあるはずがない。
いやむしろそんなことがあってたまるか、もしそんなことが起こり得るというのなら、とっくに僕が異世界に行っているはず……などと考えている場合じゃない。自分で自分にツッコミを入れながら少女に問いかける。
「もしかして君は違う世界から来た人間なの?」
――やってしまった。何を口走っているんだ僕は。これじゃあ完璧におかしな人じゃないか。そもそもなんだ、あれだけ否定したものをハッキリ肯定したかのような質問は。自分で自分がわからない。
これがいわゆるパニックというやつなのだろう。などと冷静……とはかけ離れたことを考えていると
「……ということは成功したのね、やった!やったわ!
」
少女は先ほどとは全く違った態度で、満面の笑みを持ってぴょんぴょんと跳ねている。
……落ち着け、落ち着こう、いやいったん落ち着こう。状況がまるで理解できない。彼女は一体なにをいっているんだ。
頭がおかしくなっているのだろうか、成功?いったい何の話だもし、仮に僕の質問を真に受けたうえでの返答なら彼女は本当に異世界から来たのだろうか
「スー、ハー」
よし、深呼吸をして一度落ち着こう。もう一度少女を見てみよう。
――彼女の特長をまとめるとこうだ。白い真っ白な布を身にまとっている。何やら宝石のような装飾を身にまとっている。手には見たことがない、まるで昔の本で見た携帯電話というものに非常に似た物体を持っている。
――よし、これは夢だ。本を読み過ぎたせいで夢の中にその内容がでてきてしまったんだ。そうじゃなきゃこんなことあり得るはずがない。自分を納得させるために必死で言い訳を考える。
「何ジロジロみてんのよ。アンタ自分から質問しておいて固まるなんて良い度胸してるじゃない。――質問に答えてあげるわ。あなたの言う通り私はこことは違う世界から意図的に来たの。いうなれば異世界人……ってとこかしら」
――頭の真っ白になった。言っている言葉の意味が理解できない。違う世界から来た、しかもそれは意図的に?どういうことだ。そんなことがあり得るのか、いやあり得ていいのか
そもそもそんな話は本の中限定の話で現実にあるはずがない
「物分かりが悪いわねぇ、それとも突拍子もない話すぎて混乱しているのかしら……まあどちらにせよアンタが私の異世界生活初の友達1号よ。これからよろしくね。」
――まるでどこか知らない集落に初めて訪れた時のよう、いやむしろそれよりも自然に彼女は笑いながらそう言う。
僕の頭が理解に追いつくまではまだ少し時間がかかるのだがそれよりも先に僕の口は動いてしまった。
「よろしく、僕の名前はタケル。この近辺で生活をしているんだ。」
人間追い込まれると案外普通に会話ができるらしい。
「なによ、普通に話せるじゃない。よろしくタケル。私の名前はアリスよ」
彼女は僕の人生で見たことのないような何とも可愛らしい顔でニコッとほほ笑んだ。瞬間僕の心は彼女の笑顔に胸を打たれたような気がした。
「ところでタケル。私はね、この世界を滅ぼしに来たの。協力してくれるわよね?」
先ほどの僕の気持ちをかえしてほしい。何を言い出すんだこの女は。いきなり異世界からきたとなどと言い出したと思うとこの世界を滅ぼすだって?冗談もほどほどにしてくれよ僕の頭はとっくのとうに限界を超えているんだ。
状況を整理する間もなく彼女は僕の返事をまだかまだかといわんばかりに目を輝かせている。僕の人生が大きく変わる決定的な瞬間だった。
最初に言っておくが異世界なんてあるわけがないし、行けるわけがない。ただこの物語は僕が一人の女性のためにこの世界を滅ぼすお話だ。