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アドネル・Y・ニクド神話

下弦の月下の黙示録 ―ジョン・スチュワートの嘆き― CODEとアドネル・Y・ニクド神話 エピソード2

作者: ひすいゆめ

前回の作品の続きです。

私の作品の中では読みやすくなっていると思います。

亡くなった親愛なる賢明なる2柱に捧ぐ。

 大いなる我が運命の変革者へ。





                    プロローグ

 薄暗い部屋の中。窓が1つもない中、中央のテーブルにランタンが仄かに視界を作っている。

 人影は本を開いて何かを口走っている。良く見ると下に模様が描かれている。

 ―――魔法円。円、六芒星、見たこともない文字。そして…。

 その声が止まった時、テーブルの下の『それ』は強烈な悲鳴を上げた。まるで、聞いた者の心臓を止めるような強烈な恐怖を響かせたような。

 すると、小さな影が座っている安楽椅子をぎこちない音を響かせ始めた。

 「お目覚めかい?」

 本を静かに閉じて、穏やかにそう囁いた。

 笑顔が作り物のようであった。

 椅子から下りて、ゆっくり床を確かめるように歩く。

 「目覚めたんじゃない」

 刹那、首を向けて無表情でそう強い口調で言った。

 「では、始めようか」

 しかし、首を振って椅子から向かってくると、こう言った。

 「『別の者』が来る」

 「邪魔はいつも、我らに現れる。しかし、大した問題ではない」

 自然にランタンの灯は消えて、辺りは漆黒の闇に包まれた。

 その部屋から2つの気配が突如、消えた。

 …そう、文字通りに消えたのだ。

 と同時に禍々しい空気が徐々に発生し始めた。

 その途端に、強烈な地震が起こり出した。

 テーブルはそれでも1㎜も動くことはなかった。部屋の揺れがおさまると、安楽椅子はゆっくりと揺れ出した。

 闇に浮かぶ影が1つ現れた。

 「道化は困る。彼らは少々、遊び過ぎたようだ」

 独り言のそれは部屋に響いた。



                    エピソード1

 下弦の月のように新月という闇に向かう灯が、やっと夜道を照らしているような街並みが広がっている。田舎でも繁華街と呼ばれる場所ではある。しかし、開いている店は1件もない。深い眠りについた街の中で人影は鍵のようなものを持って駆けていた。跳んで家の屋根を走る。かなり離れている家の屋根を跳びながら、少し離れた丘に向かっていた。

 丘の頂上には豪邸が建っている。街の一般的な日本家屋の景観に似つかわしくない洋館である。

 広い庭を囲む塀は高く中は見えない。洋館は2階からしか見えない。

 住宅街から少し離れた丘を駆けていた人影は、セラフィライト製の鍵のようなそれを構えた。塀を飛び越えようとしたが、結界にぶつかる。そのまま擦り抜けると溜息をついて屋敷を憎むように眺めた。

 鍵をポケットにしまうと見たことのある、感じたことのある存在を確認した。


 ―――アドネル・Y・ニクドという異界の存在。

 それに『存在』という言葉を使用してもいいとすれば、であるが。

 影はポケットの中で鍵を握るが、それは彼に我関せずのまま屋敷に吸い込まれていった。

 その時、時計の狂った歯車が戻らないように、人影はいびつな運命に巻き込まれてしまったのだ。メビウスの輪のような運命に。



                     1

 日本の大学に留学にていたジョン‐スチュワートは、夏休みの為に遅い朝食のシリアルを食べていた。日本のシリアルは甘過ぎる。そう彼は毎回食べながら思っていた。

 欠伸をすると、椅子から転げ落ちそうになって咄嗟に手を床に向けた。不思議にバランスが取れて、すっと立ち上がることが出来た。

 玄関に向かい、昨日に確認し忘れた郵便受けを見ると1通の封筒が少し汚れて入っていた。郵便で来るものは、足跡や汚れ、折れがあることは多々あることであるが、日本はまだ綺麗にきちんと届ける方である。

 宛名は確かにジョンのものであるが、送り主は見知らぬ者だった。すぐに開封して中身に目を通す。勿論、彼は数か月の間に日本語はかなり流暢になっていた。勿論、読破などは他愛もないことである。

 その中で気になる文に目をやった。

 『貴殿を建築王、横臥建設の代表取締役 北条領雅ほうじょうりょうがのアトリエにご招待致します。貴殿はエジプトにおいて大いなる成果を得たことは学会や雑誌などで北条が拝見させて頂き、大変感銘を受けました。

そこで、是非、貴殿を領雅が大事なコレクションをご鑑賞して頂き、晩餐会にご招待致したいということでお手紙をお送させて頂いた次第です』

横臥建設というと、ゼネコンの8大建設会社の1つで世界でも有数の大企業である。経済誌で有名なエメラルド社でも、経常利益がナンバー1から3に絶えず腰を据える優良企業である。表側では…。


実際は下請け業者を安く酷い扱いをし、労働者にも時間超過は当たり前で、仕事を増やし正社員を減らすことで利益を増やしていた。残業24時過ぎまで働かせ、休日出勤も当たり前で過労死の労働者が出ないことが不思議な状態であった。それでいて手当は安く、人を減らす為に担当する1人に対する仕事が兼用が当然で、部署を統合して減らしていくことが進み、今では本社の正社員は10分の1、部署は半分に減少した。


主治医より大きな転勤を禁止するように言われた会社が病気の転勤のない地域限定正社員を公私ともにデメリットしかないが、屁理屈を作り転勤か自主退職かの2択の業務命令で無理やり転勤させる。

まず、これは転勤なしという約束を会社、労働者間で約束されたものを破棄する行為は民事の法律違反である。

その上、転勤、退職の2択は労働基準法違反である。

しかも、そのせいで転勤後に病気を発症したが、会社は無視をしている。

職種変更は労働規則が複数変更され、法的賃金の給与減少という重要な労働契約の不利益変更であるが、就業規則では重要な人事変更は役員会議で決議後代表取締役の承認で決定すべきである。役付け者は簡易な人事しか出来ない。

つまり、役員でない上司が部下に独断で職種変更を命令して、パワハラによる就業規則違反になる。

総務規定では、基本的に職種の縮小変更は禁止で、人事部に本人の申請でやむを得ない事情のみに、申請書を2通出すことになっている。その中の1通は上長、人事部、常務、社長、総務部と許可が必要である。

しかし、上司は彼の独断で判断し、無理に別室で長時間説き伏せて、何を言っても無駄で、合意なき了承を聞くと、上記の社内ルール無視で直接総務部の上長に部下の変更を命令した。だから、人事部は彼の職種変更を知らず、重要な変更にも関わらず種類も履歴もない。

つまり、職種変更の証拠がない、つまり、変更した事実はないと言える。それに上司の越権でルール無視の変更なので、無効である。

それに、労働契約法でもし、変更しなかったらの説明がないと錯誤無効であるが、その説明をしていないと異議を唱えた部下を含めた会社との会議で本人が証言している。

例え、上司が権利を持っていようと、部下が役所にも会社にも異議を唱えなくても、法律上、会社ルール上は無効である。

しかし、会社はそれを認めない。


部下が上司の無理な変更をその日のうちに内線で総務部上長に言ったが、病気で接客が出来ないのだから、この変更は正当だと聞く耳を持たない。課長の上司の意見を優先するのは当然である。

そこで、この上長、総務部上長の下では会社に不当を訴えても是正は屁理屈を言われ無理だと考えた。しかも、会社も平の部下より上長の方を持つだろうし、顔を毎合わせるので役所にも言えない状況であった。


転勤で彼の下から出てやっと言えるようになって訴えると、訴えるのが遅いと言う理由で合意を主張。それは関係ない。1日後でも半年語でも3年後でも言える状況でないと言えなく、不当な状況が正当だと言うのは横暴である。


 病気の診断書も都合の悪いものは受け取らない。

 人事に支障が出ると、労働者の心身より会社の人事を優先する会社である。

 郵送で送るというと、そのままお繰り返すと言う上司である。


 部署を法人化して、あるグループ会社に厄介な仕事や増えた仕事、マイナスの部分を押し付けることもしている。

 しかも、扱いは親会社より劣悪で賃金も少ない。


 しかも、不当な状況も上司に言っても、会社のパワハラなどの告発システムで訴えても是正がなく悪化の一途。皆、諦めている。

 会社や役所に訴えると解雇や会社からの報復が怖く、誰も会社を訴えることが出来ない。数少ない訴えた者は悪い状況や報復を受ける。

 その上、北条は社長という職権を乱用し、気に入らない労働者、悪くない労働者をも解雇するのだ。

 解雇後に訴える者もいて、1度労働基準監督署の警告を1回受けているが、やはり役所。ほとんどの訴えは民事、判断は裁判官しか出来ず、彼らの管轄ではないと会社を擁護するようなことを告げる。

 しかも、会社に労働者の訴えの事情を聴き、嘘、言い換え、屁理屈を証明しようとせず、労働基準法の調査であれば司法権で立ち入り調査が出来るのに、調査せずに鵜呑みにして、労働者の苦情を証拠がない、判断出来ないと逃げるのだ。


 独立して大成功した労働者だった相豆敬あいずけいは、福利厚生で自宅より60分以内の労働者は家賃支給がないという文言があるが、彼は自宅に両親の虐待によるPTSD(診断書あり、障害による)により、住むことが出来ず、会社もそれを慮って少し離れた市に居住、近くの職場に転勤を命令した。

 実家から60分以内で勤務は可能であるが、総務規定の根拠は自宅より60分以内という規定は自宅に住むことが出来るから家賃の必要がないと言える。

 障害で自宅に住めない、しかも、厚意でも自宅以外の居住を業務命令をしている。60分を超える労働者が家賃を支給されるのは、勤務が自宅から厳しいからである。いわば、総務規定の文言は実家に住めない労働者は家賃支給あり、住める労働者はなしという1例を言及していると言える。

 だが、文言にないというだけで、彼に家賃は支払われない。根拠は法務部より確実に会社が規定している。

 他に苦言を言う者がいなというが、それはその者の意志、苦言を言うと会社の報復が怖く言えないという事実がある。

 相豆は苦情を言うが、文言がない。他に苦情を言う者がいないと拒否された。労働局は障害者虐待と言っていたが、役所は何も出来ない。

 しかも、結婚しても実家に住めると、核家族の現代の情勢を無視した考慮があり、結婚しても実家に住めると判断される。

 実家に住めるのに住めない労働者は分かるが、実家に住めない、会社に別の場所に住むように言われた相豆は不当な扱いをされたと言える。

 しかも、車の運転を30分しか出来ない障害であるが、それを忘れていた総務部は転勤後半年して、ネット上、実際に検証して徒歩、電車でなら行けると後付証明をしている。実家と違うところから30分以内で車で勤務を言い渡しながら、総務規定に乗っ取る為に住まない実家から60分で通えるかどうかを証明するという文章の証明で実状と関係ない証明をしている。

 違和感を感じない者はいないだろう。

 離れた市に住めと言いつつ、総務規定で家賃を払わない為に文章の証明をしているのだ。根拠が無視され文章だけが会社の中で一人歩きしているのだ。

 根拠の実家に住める住めないを関係なしに、総務規定の文章だけを重視するという訳の分からないことをしているのだ。


 大企業では多いことだが、特に横臥建設はバックに宗教法人 作習会かくしゅうかいなる母体団体を持つ栄熱党えいねつとうがいる。顧問弁護士に敏腕弁護士を持つので、勝てる裁判も難しいだろう。

 クライアントと裁判して負けたことがないと言う。

 

 コンプライアンスを厳しく連呼しておきながら、この会社は自らコンプライアンス違反をして、役所の公的調査でさえ嘘を言う始末。

 

 創設者の後継者の社長から銀行畑の社長に変わってから、CSを疎かにし、労働者を労うことをしなくなった。利益重視主義になり、50年かけて得た利益をたった10年で倍の経常利益を出して、不景気でも右肩上がりである。


 今まで以上に離職率が高く、時間超過。部下にはコンプライアンスを厳しく言いながら、役員や上の役職の者はコンプライアンスを多々無視し続けている。


 労働者だけの問題だけでない。鉄骨の1本が構造計算上足りないことが分かると社内でも秘密裡に該当建築物を探し、検査と偽り改修した。

保険会社が車の大量の保険のお礼にと、建設保険を公文書偽造して通る文章を保険会社から教わり、アフターメンテナンスで本来下りないものを偽の文章、写真で保険会社と癒着をして15億の純利益を得ている。

 契約更新で契約金が上がるので、会社はそれを止めたのだが。

 部下には口外すると、実行犯も捕まると言い口止めをした。


 新しい企画が出来ると実験をクライアントの建設で実験し、施工不良が出ると無償で補修することで改善している。

 クレームもそれなりに多くなるし、ネットで悪い言葉をアップされることも多々ある。それでも、無視して続けている。


 ただ、抜けているところがあり、休業手当を自己都合という理由にして支払わなかったこともあり(後で支払われる)、有給を勤務日数が足りないと言われ、休業命令の月は勤務日数に含まれないことを説明しても、聞く耳持たれず、後で是正があるが、謝罪が一切もない。

 知らないことも総務部ではありえないが、万が一知らなくても曲りなりでも間違ったことをして是正しているのだから、謝罪があっても良いはず。


そういうことで不正に大きくなった大企業なのである。

 その代表取締役の北条の招待である。訝しげに手紙を見て、大きなブラック企業のトップの招待を受けるかどうか、迷いながら家に入った。

 と同時に、手紙から感じた違和感のある雰囲気を感じて、そこを調べる必要性を感じた。

 似ている気が感じられた。あの悪魔の気と。

 ルームシェアしている我神棗あがみなつめが起きてくると、ジョンに言った。

 「気を付けた方がいいぞ。悪魔の集う場所には悪意が集まっている。その社長は悪意を持っている。まあ、自分の会社の保身を思う、会社や自分の利益を優先する奴は幾らでもいるけどな」

 

 まるで、手紙を盗み見たかのように棗が言う。手紙からの雰囲気でそこまで感知したのだろう。そこまで、彼は能力を高めていた。

 彼はSNOWCODEという血を純粋に受け継ぐ者で、救世主と呼ばれる存在であった。この世界の上の次元、上界に対抗する力、アストラルコードを使用出来る存在である。

 中国のシルクロードの北西部にある幻の街、号雪で修行してその力をさらに高めていた。

 詳細はここでは割愛する。

 「とにかく、気を付けることだ」

 そういうと、欠伸をして彼はリビングに向かっていった。

 手紙を見下ろして彼の持つ能力、アポリオを高めていた。何かが待っている。再び悪魔との戦いに巻き込まれると感じていた。首から肌身離さず下げているタリスマンを握った。彼の母が唯一残したものであった。

 夏休みという絶好の機会でもあり、ジョンはその招待を受けることにした。


                    2

 矢戦要やいくかなめと車で田舎街に来ていた。

 バイクで細波覇音さざなみはおとがバス停で乗り換えの2時間後のバスを待っているのを見て止めた。

 「おう、覇音。付き合わせて悪いな」

 すると、無言で頷く。

 「早く乗ってくれ、時間がない」

 彼は車に乗って、すぐにエンジンをかけた。

しばらくすると、ワゴンが前に止まっていた。彼らが止まって、棗が寄って行った。すると、男性1人がエンジンを眺めている。中には20代の女性が4人いた。見た顔なので必死で思い出す。

1人はロングヘアでワンピースの聖女のような女性は、去年の芥川賞の1人だ。名は三崎茜みざきあかねだ。

もう1人は茶髪でショートヘア。天真爛漫そうでジーパンにカーディガンの女性である。名は和久井恵わくいめぐみである。

奥の2人は一昨年の直木賞の受賞者、藤堂伊里とうどういりである。セミロングのシャギーヘアをいじっている。どうも、近寄りがたい感じである。

最後に去年の直木賞の江田玲えだれい。クールで長い黒髪を1つに束ねている。彼女は頬杖をして窓の外を眺めていた。

ボンネットを開けている男性は、彼に気付き会釈した。

「僕は月代漣牙つきしろれんがです。出版社の編集をやっています」

そして、北条家を見て言った。

「作家の皆さん、あのお屋敷に招待されまして。僕はその付添です」

何を基準でどれだけの人が呼ばれているのか、全員に疑問が生じた。

「俺が見ましょう」

漣牙を運転席に乗せると、要がエンジンに手を向けた。すると、急にエンジンがかかり始めた。

「これで大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」

漣牙はお礼を言うと、そのまま屋敷に向かった。

溜息をついてしばらくワゴンを見て、棗はすぐに車に戻った。

走り始めてすぐ、後ろからエンジン音が近付いていた。


「男だらけで、むさ苦しいな」

槐耕平えんじゅこうへいがバイクで我神達の車の隣に付けた。

「大きなお世話だ。お前まで突き合わせて悪いな。事件の後なのに、流石にあの屋敷は僕一人じゃ手に負えない。」

事件。隠れ里の多くの不思議な事件。

村人の死人の復活。旧日本軍の人体実験の人外の能力の事件。正確には、死人の復活事件は手を貸しただけであるが。

人体実験の事件は、彼らだけでは荷が重く彼らが直々に手を出したのだ。

その詳細は長くなるので割愛する。

ちなみに、棗達もアストラルコードを使用出来る救世主である。上界の事件に何回も代々巻き込まれている。


 彼らは屋敷の前に来る。すると、門が自動にゆっくりと開く。結界が空いたように不気味な雰囲気が漂う。

「まさかな」

耕平が呟く。

「魔術書はもうないはずだろう」

要がそう言うと、耕平が言った。

「忘れたか、あの集落を。スチュワート家の末裔がどんだけ広がっているか分からない。しかも、ここの社長は『北条』っていうんだぜ。偶然には出来過ぎている」

「CODEを感じる」

覇音が囁く。

「そんなこと、皆、感じている。言うまでもないぜ」

耕平が吐き捨てるように言った。

噴水を回って巨大な洋館の端にあるガレージに車を止める。すでに漣牙達作家集団の車が止まっていた。もう1台車が止まっている。ハイブリッドの小型な車で女性のもののようだ。

招待者はかなりいるようだ。

「でも、何故、棗が呼ばれたんだ?」

耕平の質問に彼は首を傾げた。そこにもう1台車がやって来た。招待の時間が一緒だろうから、棗は訪問時間が重なるのは当然なのだが違和感を感じた。

外車のスポーツカーは一瞬の内に隣に止まった。出てきたのは西洋人である。

そう、ジョンである。

「お前は何で呼ばれたんだ?」

耕平の質問を棗は制した。

「失礼だぞ、僕は矢戦棗。こっちは細波覇音と槐耕平です」

すると、ジョンは会釈をして握手をした。

「僕はジョン-スチュワートです」

そう聞くと、全員が急に警戒をして距離を取った。

「スチュワート?あのスチュワート家の一族か?」

彼は耕平の言う言葉の意図を理解出来なかった。

「僕の一族が何か?」

「イギリスのスチュワート家か?」

「いえ、僕はアメリカ人です。でも、祖先はイギリスからアメリカに渡っているのでしょうが」

彼らは顔を見合わせる。

「魔術書を持っているか?」

「無界のグリモワールの魔道書のことでしょうか?イブシェル書でしょうか?どちらも生憎持っていません。おそらく、どちらも無界にあると思います」

「そうじゃない、上界の運命を司る1柱、メビウスが中世の宮廷人形師、アラン-スチュワートに伝えた黒の魔道書だ」

彼は首を傾げている。そこで、棗は割って入って言った。

「どうやら、アランの直系じゃないようだ。魔道書を受け継いでいない」

「無界、空界を知っているということは、次元を超える能力を持っている?」

無口の覇音が訊いた。彼は自分がミリアムと戦ったこと、転生者であることを話す。

「嘘じゃない」

覇音は特殊な能力を複数持っている。その中の感知能力を施行して言った。

「覇音がそう言うのなら、アランとは関係ないのだろう」

4人はガレージから出て屋敷に向かった。ポーチには、4人の美女が立っていた。

「あれって、アイドルグループの4人じゃないか?」

耕平がそう言うと、全員ミーハーでないので特に興味を示しなかった。

「キャンドルとかいうグループか」

棗がそういうと、玄関からマネージャーらしき女性が出てきて、4人は彼女について入って行った。ゆっくり歩いて玄関まで来ると、耕平が重い玄関の扉を押した。ドアはぎこちない音を立てて開いた。勿論、土足でそのまま入る。

すると、エントランスにある待合のソファに作家集団、アイドルグループが座っていた。

そこで、漣牙はすぐにジョンの所に駆け寄り、握手をした。

「あの、ジョンさんですよね?学会の論文を見ました。今、最年少大学院生の天才考古学者のジョン-スチュワートさんに会えるなんて光栄です」

そこで、2人に割って入り、耕平が視線をジョンに向けた。

「設定説明ありがとう。で、その天才考古学者さんが何故、呼ばれた?」

ジョンは自分も疑問に思っており、首を傾げてみせた。


その時、玄関のドアが開き、男性が2人入ってきた。

「あ、近代芸術家の三島雄二みしまゆうじさんに、画家の須賀一すがはじめさんですよね。お二人の個展に行きました」

今度はジョンから漣牙は新参者に寄って行った。そこで、ここに呼ばれているのが著名人であることが確信になった。


では、何故何もない要が招待されたのだろうか。大学生ではあるが、普通の学生である。招待状にも、特に『あの事件を解決した功績』以外は何もない。


しばらくすると、スーツ姿の若い男性が現れた。

「ようこそ、皆様。まずは、お部屋をご用意していますので、お休み下さい」

そして、鍵が配られエントランスから伸びる、ゆったりとしたRを描く階段を上って2階に上がる。ジョンは一番奥の部屋に用意された。

赤い絨毯の廊下を進むとぞっとした気が背筋を走った。振り返っても、招待客が各々自分の部屋に入るだけで何もない。嫌な予感を感じてすぐに自分の部屋に飛び込むと、荷物をベッドの上に放って飛び出した。

コレクションというものが気になった。それを見せる為に呼ばれたのだ。一階に呼び降りると、すぐにコレクションルームを感知していた。階段の奥に感じてそちらに向かうと、先ほどの執事が現れた。

「ミスター スチュワート。コレクションルームはディナーの後でご案内致しますので、ご遠慮下さい」

「ちょっと、先に見せてもらえませんか?」

すると、執事は鋭い視線を向けた。何か、異界の力を彼から感じた。そこで、彼はアポリオという無界の力を高め始めるが、すぐに要が来て彼の手を引いた。

「今はよせ」

そこで、笑顔でジョンを連れてリビングに行った。


「ここで騒ぎを起こしたら、犠牲者が出るぞ」

彼の言葉に疑問が湧いた。

「犠牲者?まさか、ここの社長は…」

そこで、要は頷く。

「ここからCODEを感じる。明らかに上界の存在が召喚されたはず。でも、それはここに魔術書があるという事実もある。北条家の一族がスチュワート家から受け継いだんだろう。だが、何か違う。今までとは」

そこに女流作家達がやってきた。彼女達はまるでジョン達がいないようにわいわい話しながら、ソファに座って配られたアールグレイを口にした。

その内、ディナーの用意が出来、執事が全員に声を掛けた。

食堂はエントランスの西にあった。招待されていないメンバーも用意されていた。

要、耕平、覇音。ジョン。茜、恵、伊里、漣牙。キャンドルの4人、樹里、絵莉奈、愛、華鈴。雄二、一。そこに玄関が開く鈍い音がした。遅れてきた誰かが入ってきたようだ。能力者達は全員、ドアに視線を向ける。そこから入ってきたのは、スーツケースを転がしてきた1人の少年であった。

彼の名は葉月涼と名乗ると、空いている席に座った。

そこで、屋敷の主人、北条が入ってきた。

「大変、お待たせしました。それでは、食事にしましょう」

フレンチスタイルでフルコースが給仕より運ばれてきた。

食事が始まると恵が隣のジョンに笑顔で声を掛けた。

「ジョン、さんでしたよね?どこの国の人ですか?」

そこで、戸惑いつつUSAと答えた。

「その腕のパワーストーン綺麗ね。何ていう石でどんな効果があるの?」

ジョンはテモテというアポリオの能力を封じる欠片の腕輪と無界のアポリオを増幅させるソロモンのリンゴの欠片で出来たパブロスの念珠の腕輪をしていた。そして、同様のソロモンの指輪をはめている。

それを答えることが出来なかった。

「普通の石だよ」

「でも、とても綺麗ね」

「ありがとう」

そして、ジョンは袖の中に見えないように隠した。

食事が済む頃に異変が起こった。主人の北条氏を筆頭に次々に具合を悪そうにする人々が出て、眠り出してしまった。

ジョン、棗、覇音、耕平、茜、涼だけが平然と周りを見回す。

「これは、料理に眠剤が盛られていたようですね」

ジョンの言葉に棗が残ったメンバーを見る。

「私は精神薬や眠剤を飲んでいるし、慣れているので効かないんです」

「他のメンバーは特殊な能力のせいでしょう」

そう言って棗は涼を見た。彼は無言のままで料理を見ていた。

ジョンは無言のまま、展示スペースに向かって駆け出した。残りの起きている人達も後を追った。



                    エピソード2

展示室に入ると、ジョンは唖然とした。ありえないものばかりがガラスのケースに飾られている。全て、発している気から本物であることは間違いない。


紛失したはずのパブロスバイブルに残りのソロモンのリンゴの欠片。さらに、マシュー博士が持っているはずの発掘したイブジェルの書まであった。

他にも黒い禍々しい古書があり、おそらく、悪魔の魔道書、グリモワールの書であるだろう。

一番、眼を見張ったのはオニキスの鍵である。クリスから聞いていたバーソロミューの日本刀、最後のバアルのラッパである。預言者が言っていた、エジプトの無界の者との戦いから2年後に7つのバアルのラッパが揃うという預言が頭をよぎった。

バアルのラッパは7つあり、それが揃うと世界が滅ぶと言われている。いわゆる最後の審判である。

しかも、バーソロミューの日本刀は七つの大罪、セブンズクライムと呼ばれる7柱の無界の悪魔、アスタロットを召喚出来るのだ。それらは邪悪で強力な存在である。

 数々のガラスケースの奥に騎士の鎧が置いてあった。それを見て目を細めるとジョンは近付いて言った。

 「アドネル、久しぶりだな」

 すると、それは聞き覚えのある声を出した。

 「まだ、時間を経ていない。久しいとは言葉を間違えるな」

 「これはどういうことだ?お前の仕業か?」

 「否、クラウンだ。再び、呼び出されたのだ。今は敵の敵は味方。ここは休戦しないか、転生者よ」

 そこで、棗達が寄ってきた。

 「クラウンが召喚されたのかよ、誰が?」

 「SNOWCODEの救世主達よ。この屋敷に結界を張った者だよ。転生者よ。丁度良いではないか、貴様の持っている6つの鍵を出して最後の審判を起こせばいい」

 「出来る訳ないことは知っているはずだ。生憎、僕は皮肉が嫌いだ」

 すぐに何かを感知すると、食堂に戻った。すると、北条氏の姿がなかった。

 「この屋敷の主が?」

 その棗の質問にアドネルは厳かに答える。

 「違う。老いた人間ではなかった」

 気付くと、樹里の姿もなかった。

 「まさか…。クラウンは人間の絶滅を求めている。危険だ」

 棗の言葉にジョンは鍵を1つ取り出すと、鎧を纏い剣を構えた。

 「ガイウスの剣か」

 アドネルが呟くと、ジョンが一瞥した。

「あれを集められるとすると、無界の存在が関わっているな」

 「正体が分からないから、ここで手をこまねいていたのだ」

 そこに影が通り過ぎた。

 すぐに追い掛けると、そこにはピエロの人形があった。否、いたというべきだろうか。自力で立ち睨んでいた。

 「奴らは炎に弱い」

 覇音が呟いた。

 剣を振るうと炎の刃が飛んだ。しかし、人形は手を前に出して波動を放って相殺した。次に竜巻を放って、すぐに炎をつけた。炎の竜巻はまるで屋敷を避けるように人形に向かった。しかし、それも波動で消された。

 「まさか、炎属性に風属性?」

 アドネルが疑問に思うように、1つのバアルのラッパであるが2属性なのは不可思議である。

 凄まじい圧縮空気の弾丸をクラウンが放った。全員は伏せたが、鎧姿のアドネルは直撃して粉々になった。憑代を失ったアドネルは精神体のままで、不安定のまま漂った。

 「何故、アポリオを使わなかった?」

 ジョンの質問に彼は答えなかった。おそらく、屋敷を破壊したくなかったのだろう。下の次元に上の次元の者が直接、手を下してはいけないのだ。前回の戦いは特別なのだ。

 

 「その腕輪がアポリオを高めているのだな」

 クラウンは空気の波動を放った。それは粉々に砕けたが、彼が壊したのはテモテの方であった。ジョンのアポリオが急激に増加して、一気にペルソナが彼の体を乗っ取った。

 「残念だったな。お前が壊したのは力を減少させる腕輪だ」

 そういうと無界の存在の精神体、ダヴィドが凄まじい気を放った。

 「ライトウィング」

光の翼を広げて、一瞬にしてクラウンの傍に立った。

手に光の魔法円を出して叫んだ。

「ファイアボール」

炎の弾が放たれた。クラウンは波動を放つが炎を避けることが出来ず、人形は避けて窓の外へ消えた。

ジョンは元の人格に戻ると、そのまま倒れてしまった。涼は彼を背負って全員は食堂に戻った。

すると、突如電気が消えてしまった。窓からの仄かな明かりで自分の席を手探りで見つけて全員は腰を下ろした。ジョンを席に座らせて、涼も自分の席に座った。


 

                      3

 徐々に目を覚ます人々が現れた。キャンドルを持って執事が現れると、4つをテーブルに置いていった。

 「皆様、申し訳ございません。雷のせいで停電が起きたようです。直に復旧するのでお待ち下さい」

突如、鎧戸がバタバタと閉まって、キャンドルの灯が一気に消えた。周囲に沈黙が漂った。真っ暗で何も見えない。


 しばらくすると、シャンデリアが全員の視界を回復させた。そこには、伊里の姿がなかった。

 「藤堂さんは?」

 口々に消えた女性の名を声に出していた。

 何が起きているのかが分からない人々は溜息をついた。

 「私が探してきましょう」

 そう言って、執事が出て行った。

 「ところで、僕達が呼ばれた本当の趣旨をそろそろ教えてもらえますか」

 ジョンが屋敷の主人、北条領雅を一瞥して言った。彼はうむと唸って腕を組んだ。

 「まさか、本当にコレクションを見せるだけ、って訳ではないですよね」

 そこで、自分が眠っている間にコレクションを見られたことに気付いた。

 「そうか、では食事を終わりにして、コレクションルームに行きましょうか」

 彼はゆっくりと立ち上がると、杖をつく北条氏と共にジョン達を誘った。ホールから何故か奥の部屋に行かずに2階に向かった。

 ジョン達は顔を見合わせた。

 さらに西の塔に続く廊下を進むと、塔の螺旋階段の最上階にガラスケースが並んでいた。

 黒の魔術書。しかも、皮表紙の古書である。オーバーコードの鍵。岩石。

 「まさか、これは殺生石の欠片…。九尾の狐、妖狐の封印石か。何故、貴方はこれを」

 涼がすぐに殺生石の欠片をケースから取り出して睨んだ。

 北条は答えない。涼はさらに続けた。

「呪詛、邪視の類は自分に倍になって返ってくる。これで何を企んでいる?」

しかし、屋敷の主人は沈黙を保っていた。明らかに冷や汗を流している。


「で、このメンバーを集めた表面の目的は?」

突如、耕平が叫んだ。

「CMのキャスティングだ」

「代表取締役自らの仕事じゃないだろう。明らかに何かあると、誰でも分かるぜ」

ふと、電気が切れて真っ暗になった。次の瞬間、照明が視界を取り戻した。この短時間に作家の茜が姿を消した。

「茜さん?」

漣牙が呼ぶが、どこにも姿がなかった。

「何故、人が消えていくのだ?」

雄二が歯がゆそうに叫んだ。しかし、答える者は誰もいなかった。

「CMに何故、僕が呼ばれたのですか?」

アイドルや話題の有名作家はまだ分かる。他のメンバーもそれなりの理由はあるだろう。しかし、ジョンは異色である。彼が訊くと北条氏はうむと唸った。

「空界、無界という世界の神話のあるエジプトの旧遺跡に詳しい君の知恵が必要だったんだ」

その答えは答えになっていなく、意味が通っていなかった。

「その世界観を今回の舞台にしたかったのだ。新発見の遺跡や神話、一族の世界は魅力的だからね」

どうも、しっくり来ない話だ。まるで、別件で無界の知識、力が必要と言っているようなものであった。

ジョンは疑いの眼差しを向けると老人は視線を外して、咳払いをしてコレクションルームを全員に公開した。

つまり、領雅は黒の魔術書も持っていた。異世界の存在を召喚することは出来たはずである。

コレクションの公開はCMの世界観を見せる為であるとのことであった。

―――表向きは。


「それにしては、マシュー教授でも良かったのでは?彼なら日本語も少しは話せます。権威は彼の方が十分ありますよ」

そのジョンの言葉に領雅は微笑む。

「その理由は簡単です。貴方も十分優秀な大学院生です。しかも、飛び級をしている若き将来有望な逸材。その上、好都合にも日本に留学していた。何か疑問でも?」

「マシュー教授を呼ぶ費用も節約出来るし、彼の時間を奪わずに済む」

「分かっているじゃないか」

まだ、納得いかないが、これ以上追及しても異界の話が出てこないと思い、ジョンは口を閉じることにした。

時間は20時である。屋敷の中は不気味な雰囲気を漂わせている。


「次に下のコレクションもお見せしよう」

杖を使って領雅氏はゆっくりと塔から元の建物に移動して、エントランスの奥に向かった。

コレクションルームの中に全員が入る。

展示室に入ると、ジョン達以外の招待客は眼を見張った。見たことのないものばかりがガラスのケースに飾られている。

古書や透明な欠片等。それらは異世界のものであった。

パブロスバイブルにソロモンのリンゴの欠片。さらに、マシュー博士が持っているはずの発掘したイブジェルの書もあるのは前述の通りである。

他にも黒い禍々しい古書の悪魔の魔道書、グリモワールの書も存在する。

オニキスの鍵が一番、全員の興味を引いた。

力のない者でさえ、禍々しい気を感じて近付くことを躊躇った。


 数々のガラスケースの奥に騎士の鎧が置いてあったはずのものが、奥で破壊されているのを見て領雅はすぐにジョン達に視線をやった。ジョン達はその焦る彼の表情を冷静に見返した。

気付くと、一がいないことに気付く。全員がコレクションに気を取られていたので、人が消えることも気付かなかったのだ。

「またか。一体、誰が何の目的で…」

漣牙がそう呟くと、ジョンは彼の肩を軽く叩いて慰めた。

女性陣は怖がっている。無理はない。


そこで、要が領雅に訊いた。

「他のメンバーも分かります。ジョンもCMの設定の為に呼ばれたことで分かりました。では、僕達は何故?」

彼は執事を呼んだ。執事は新聞を持ってきた。

そこには、彼らがある隠れ村で奇怪な事件を解決した、関わったという記事が載っていた。勿論、地方紙ではあるが。

「CMの材料に使おうとでも?」

「その通り。それに近くの話でもあるし、その話を詳しく聞きたくてね」

しかし、無口の覇音が口を開いた。

「僕達が話せることはありません」

それを聞いても、彼は頷くだけで特に何も言わなかった。

―――本音は、彼らの能力が目的であるのだろう。

エアコンをつけていても寒い展示室にいたので、全員は体が冷え切ってしまった。

「それでは、戻りましょう」

老体に鞭を打って彼はそう言ってコレクションルームを後にした。

執事は壊れた洋鎧を片付けている。その時、ネクタイとシャツの間から鍵がはみ出したのをジョンは見逃さなかった。彼は何もなかったようにそれをシャツの中に仕舞い、仕事を続けた。


残ったメンバーはリビングに行くことになった。

かなり、暖かな空間に感じられた。暖炉が空気を暖めており、マントルピースには見知らぬ人物の写真が飾ってあった。

消えたゲストは未だ姿を現さない。

刹那、ドアが開いて執事が入ってきた。

「作家様達はこの建物のどこにもいらっしゃいませんでした」

そして、ソファに座るゲスト達に紅茶を配っていった。

1つ余ったので、そこで雄二がいないことに気付いた。まるで、部屋を移動する度に人が消えていくようである。

 全員は何も言わずに溜息をついた。


執事が落ち着いて、主人の隣に立ったのを見計らって涼が言った。

「何故、ここにこのメンバーを集めたんですか?」

しかし、老人は何も言わない。そして、視線を涼に向ける。

「確かにこのメンバーに招待状を送った。しかし、君には送っていない」

そこで、彼はぽかんとして、ポケットから招待状を出した。それを執事が拝借して領雅に見せた。その招待状を見て目を皿のようにして、すぐに執事に渡し持ち主に返した。

「すっかり、忘れていた。私が招待した」

涼達は疑いの眼差しを老人に向ける。

「勿論、CMの構成を考えてもらう為だ。有能で若くして有名作家ではないですか」

「CMの構成作家ではありません」

全員はペンネームを聞いていないので、誰であるか分からないらしく知り合い同士で耳打ちしてざわついていた。


落ち着いていると、耕平は何かに気付いたように立ち上がると、覇音、要に目配せをした。そして、頷いて要が代表して言った。

「僕達はちょっと用事が出来たので、これで失礼します」

勿論、ジョンも領雅も何があったのか予想がついていた。特にジョンは塔から何かが外、それも伏魔殿の方に向かったのを感じた。

要、耕平、覇音は一礼して、屋敷から外に駆け出して、伏魔殿である神社に向かった。ジョンは伏魔殿の方は彼らに任せることにした。


「男なのに逃げたんじゃない?」

アイドルグループのキャンドル、樹里がそう言うとジョンがそれを否定した。

「彼らはそんな人達じゃない。それは後で分かる」

残るのは彼女達4人。出版社の漣牙。ジョン、涼である。

「ここにいるのは危険だ。真夜中だが、2時間も走れば幹線道路に出られる。漣牙さん。彼女達を連れて逃げてもらえますか?」

怖がっている彼女達は4人共頷いた。彼は真剣に了解すると、荷をまとめて領雅に丁寧に別れを告げると、作家達を無事に連れてくることを頼んで屋敷を出て車で出て行った。

しかし、華鈴だけは帰ってきた。

「何故、逃げなかった?」

ジョンが言うと、彼女はソファに膝を揃えて座った。

「私、何事にも逃げたくないんです。それに、事情も知りたいですし」

弱弱しいが、清楚で肝が据わっている。


                   エピソード3

再び、彼らは塔の上の展示室に移動した。

そして、しばらく沈黙を保っていて、視線を涼に向けた領雅氏は質問を投げかけた。

「忘れていたよ、葉月涼という本名を。君はIQ250近い若き有名作家だそうだが、SNOWCODEか?それとも、カスパダールか?」

やはり、彼は歓迎ざれざる者だった。偽装した招待状で彼の名から素性を思い出し、咄嗟に話を合わせたのだ。

北条氏は上界も無界も、つまり、上の次元のことを知っているようであった。

「イーノックです」

 そう答えると、館の主は目を見開いて膝をついた。

 「じゃ、じゃあ、すでにここのことを知って…」

おどおどして、領雅が涼に近付いた。

「イーノック?何故、アラン関係に関わる?」

「ここはアラン-スチュワートのことだけではない。クラウンはアスタロットと手を組んだ」

つまり、上界の神が無界の悪魔と手を組んだという訳である。

「イーノックとは何だ?」

ジョンの質問に北条氏はゆっくり立ち上がって答える。

「空界の人間が大昔にこの世界に次元を超えてやってきたことがあった。そのまま、この世界に留まった一族の子孫で、イーノックという民族がいた。その一族は無界の存在がこの世界に召喚された時に、アポリオを使い元の次元に戻す使命を持っているのだ」

「それも、クラウンから聞いたのですか?」

涼がそう聞くと、初老の男性は杖で体を支えて言った。

「いいや、アランだ」

そう、元人間で上界の存在になったスチュワート一族のアランがこの世界に再び戻ってきたのだ。


「どういうことだ。北条、本当の目的は何ですか?」

「すまん、私もアランに逆らえんのだ」

そう言って、沈黙を保ってしまった。

「これだけのコレクションを集めるには、次元を超える力が必要だ。つまり、アランの仕業だ。それをここに集めるとは…。これだけの重要なものを1か所に集めてやることは1つだろう」

ジョンはそう言って、鍵を掴んで北条氏の前に近付いた。

「待て、後ろを見て下さい」

気付くと持ってきた殺生石の欠片がなく、天井に小さな穴が開いていた。

「彼らが伏魔殿に行ったのは、あの石にアランが憑依して行ったからだ。彼らも気付いていたから、すぐに追っていったんだ」

ジョンは黒の魔術書をガラスのケースから出して掴んで放り投げた。そして、光の魔法円を発生させると叫んだ。

「ファイアボール」

魔法円から炎の弾が発生して、黒の魔術書を燃やすことが出来た。

「イーノックと言って驚愕したんです、こいつの目的は伏魔殿です」

涼がそういうと、ジョンはあの小さな神社が頭の中に浮かんだ。


                    4

 「何故、私達を集めたのですか?」

 ジョンの質問に領雅氏が答えなかった。そこで、テーブルを叩き華鈴が凄い表情で立ち上がった。

 「言いなさいよ、CMの話も嘘でしょ」

 そこで、彼は溜息を吐いて話を始めた。

 「最初は会社の業績を増やす為に、先祖から伝わる魔術書を金庫から取り出した。それを使えば魔術を使える召使を出せると言い伝えられてきたから」

 そこで、涼が鼻で笑った。

 「笑止。…失礼。上界の者を召使の魔法使いですか。それで大勢の知恵と名声のある人物の命が必要だった訳ですか。しかし、名声のある人達がいくらいても関係ないはず」

 その先を話すことはなく、領雅氏は口を閉ざしてしまった。

 

 ジョンが言った。

 「それだけじゃないはずだ。彼が執事としてここに入り込んでいるということは、今回の件は黒の魔術書だけではない」

 その言葉に涼も頷く。

 「会社よりも欲しいものがある。どんなに会社を大きくしても、富を増やしても、やがて老いて死ねば意味がない」

 ジョンは呆れたように口にした。

 「不老不死ですか。…でも、傀儡にしたクラウンにはその能力もなければ、あってもここでは使用出来ないです」

 涼がそう言うと、領雅が言った。

 「緋の勾玉がある。それは黒の魔術書には載っていないが、我が北条家に伝わる大和書記伝という古書に載っている」

 涼は呆れて首を横に振った。

 「とにかく、これ以上、危険が及ばないようにここで彼らを待ちましょう」

 華鈴がそう言って沈黙が続いた。

 

執事が紅茶を持って入ってきた。全員の疑惑の視線にも彼は無表情に紅茶を配った。全員に配り終わると仮面のような笑顔で言った。

「皆さんのベッドメイクは完了していますが、お1人になるのが怖いのでしたらリビングに寝床をお作りしましょうか?」

全員は見回して頷いた。

「それでは、給仕全員で簡易ベッドをご用意しますので、しばしお待ち下さい」

 彼は引き下がると、ジョン、涼、華鈴の簡易ベッドを手早く用意した。

「ご主人様。お部屋にお連れ致します」

執事の言葉に手を軽く上げて、領雅は杖を突きながら歩いて行った。この屋敷の住人は屋敷から逃げることはないだろう。結界があるのは、外からと内からの能力を避ける為であり、身を守るだけでなく異次元の者に囚われているのだろう。

彼らは身を横にするが、なかなか寝付くことが出来なかった。涼はすぐに寝息を立てていた。


 ―――そもそも、執事は味方なのだろうか。能力があれば、神隠しの人間を探せないはずはないはず。

 彼は起きると消えたゲストを探す為にリビングを出ようとした。

 「どこに行くのですか?」

 華鈴のか細い声が背後から聞こえた。

 「ちょっと、トイレへ」

 彼女はそれが嘘だと分かっていながら、あえて触れずにそのまま布団の中にいた。


 廊下は夜にしても冷えるように感じた。

 秋であるのだから、気温が低くなり始めではある。それ以上に寒く感じるのは気分のせいではないのはジョンでなくとも分かった。

 誰が何故、彼らを神隠ししたのだろうか。

 生きているのは確かである。生命を感知しているので、場所までは分からないが屋敷のどこかにいる。ここに来て半日くらいだろうか。すでに何日もいるように感じていた。

 そこで、ペンライトを出して視界を確保して廊下を歩く。エントランスの東がリビング。その北に廊下が東西に伸びている。リビングの北は中庭。その西は展示室。その西はキッチン、リネン室等。ユーティリティも隣にある。

 エントランスに出ると、階段下の開かずの間をジョンは睨んだ。鍵は鎖で縛りつけてある。錆も絡んで力ずくでも開かないだろう。

 彼は手を前に向ける。そして、鎖に軽く触れた。すると、簡単に鎖は落ちて鍵がカチリと開いた。

 ノブを掴んでゆっくり回すと、中には座敷牢があった。誰も捕まっていない。それどころか、何十年も使われていないかのように見える。

 ジョンは階段を下りてゆっくり牢屋を見ていく。4番目の空廊下にペンライトを向けると、眼を細めた。

 「ここ、か」

 扉の鍵に手を翳し触ると、扉はカチリと鍵が開きぎこちない音を響かせて開いた。中に足を進めると牢屋の奥にアーク十字が描かれている。その壁に手を触れると壁が回転して裏に行くことが出来た。

 「あ、ジョンさん」

 消えたゲスト達が後ろ手にロープで縛られていた。

 ジョンは無言で見つめて本物だと判断すると、彼らを解放した。

 「静かに」

 周りを見回して回転壁を抜けた。牢を抜けると地下室のドアまで来て、彼らを手で制した。

 「外に誰かいる」

 不気味で強力な雰囲気が漂っている。

 「…ビヒモス?」

 ジョンはそれが通り過ぎるのを待った。足音はしていない。鎖が落ちているのに気付いていないようだ。そのまま、その気配は消えた。

 ゆっくりとドアを開けると、危険がないことを確認して全員を手招いた。エントランスに行くと、玄関のドアを開けた。

 「とにかく、命が欲しければここから逃げるんだ」

 「荷物が…」

 茜の言葉を遮る。

 「荷物はまとめて持っていく。とにかく、屋敷を出て近くの木の裏で待っていて」

 彼らは頷き、速足で屋敷を出て行った。

 ジョンは安心して座り込むと、後ろを振り返る。そこには華鈴が囚われていたゲストの荷物をまとめて2階のゲストルームから持ってきていた。すぐに駆けつけて手伝うと、屋敷の外に出た。

 木の裏に隠れていたメンバーに渡すと、ジョンは華鈴を戻るように言った。そして、近くに止まっていた軽自動車に乗ると、サンバイザーの裏に手をやりキーを取り出してエンジンをかけて全員を乗せて門に向かって走った。

 そこで、敷地に張ってある結界が強力になった。

 ジョンは左手を前に出した。

 すると、光の魔法円が発生して結界にトンネルを作った。その中を車は突っ込み門をぶち壊して外に出た。その後、結界は元に戻った。

 車をドリフトで止めると、彼らに言った。

 「この車で各自家に帰って、二度とこの場所に近付かないで下さい」

 彼らは頷くと、伊里がハンドルを握って去って行った。

 それを見届けると、軽く結界を破って敷地に入って行った。

 

 エントランスに不安そうに胸に両手を当てて、ろうそくを持っている華鈴が待っていた。ジョンは微笑み、神隠しになったゲスト達が地下牢にいて逃がしたことを1から説明した。彼女は彼の目的を推測して、姿を消した人の荷物を用意していたのだ。

 彼女は涙を浮かべて、その場に腰を落としてしまった。

 「良かった…」

 自分のことのように良く知らない人達を本気で心配していたようで、ジョンは驚いた。彼女に手を差し伸べて立ち上がらせると、ろうそくを持ってリビングに戻った。

 彼らは眠れない中、自分のベッドの布団の中に入っていた。

 

 気付くと鎧戸が開けられ、日差しがジョンの顔にかかった。壁掛け時計を見ると、11時半を回っていた。

 寝付けなかったこと、疲労がそこまで彼を寝かせたのだろう。

 すでに朝食を済ませた涼と華鈴がリビングで疲れ果てていた。涼が読書をしているのには、唖然としたがこれからのことを考えて涼に言った。

 「おはよう、クラウンとビヒモスを探さないか?」

 本から視線をジョンに向けると、涼は微笑んだ。

 「もう、『こんにちは』ですよ。すでにビヒモスは戦力を増やす為に人間を捕えようとしていたが、僕達に見つかり捕えた人も消えた訳だ。ここで人間を捕えて戦力を増やすことが不可能と分かったら、すでにここにいる意味がない。向こうから行動を取るだろう」

 「でも、僕達をそのままにしておく訳ない」

 敵の2柱がどこで何を考えているのか分からないので、ジョンが屋敷を見回ろうとした。

その前に執事が昼食の為に呼びに来た。

 全員は顔を見合わせたが、そのままダイニングに向かった。


 ランチの用意が済み全員が揃うと、主人は何故か何事もなかったかのように、食事を始めた。

 「北条さん、この状況で何故普通にしていられるのですか」

 ジョンが尋ねると、彼はすぐに口を開いた。

 「君達は帰りなさい。すでにCM撮影は中止しました。私もこの別荘を後にして、東京のマンションに戻って仕事に専念します」

 その唐突な言葉に悪事をしておきながら、放っておき逃げる行為に許せなかった。悪気さえないその態度にジョンは堪らずテーブルを叩いて立ち上がった。

 「貴方の自分勝手なせいで、人が迷惑をして人類が、否、世界が危機に陥っているんですよ。仕事どころか世界が崩壊してそれどころではなくなるかもしれないんです」

 すると、涼がジョンを椅子に座らせて、宥めるように言った。

 「一番分かっているのは、元凶の彼ですよ。しかも、何も自分では尻拭いが出来ないんです。それに人は歳を取るほど心を変えることは出来ません。悪いことを平気で出来る人間に罪悪感を感じさせるように変化させることは困難です。説得するだけ無駄です」

 ジョンが落ち着くと、涼は何もなかったかのように食事を続けた。

 北条はそのやりとりに憤慨して、スプーンを置いた。

 「何が悪い。会社のことを言っているのなら、ブラックなことをしているのはどこの会社も一緒だ。会社を大きくすることは社員の為になるし、客の為になる」

 「偽善だ。本当の社員やCSにはならないでしょ。自分の欲の為の行為なんだから」

 ジョンがそう言うと、彼はさらに言った。

 「方法は間違った。しかし、あの本がそんな酷い状況をもたらすとは思わなかったんだ」

 「知らなかったら、悪いことをしても許されるのですか?殺人を法律違反、倫理的に悪いと知らなければ、それを行っても許される行為ですか?万引きが悪いことと知らなければ、やってもお咎めはないとお思いですか。知らなかったことが罪です。法律の議論、制定、施行は誰も知りません。それを自分達で情報を集めながら、国民は皆、法律を守り控除を申請しているんです。教えられない、知らないじゃない。自分から知らないことを知る努力をするべきだ。法律や情報を自分から知ろうとしない。この状況を知ろうとしない。分からないことをして状況が悪化しても、知らなかったら許される?それでも経営者ですか、大人ですか?」

 彼は拳を振るわせたが、言い応えをすることを止めた。食事を中断して自分の部屋に戻って行った。

 「ちょっと、言い過ぎではない?」

 華鈴がジョンに言うが、彼は首を横に振った。

 「日本人は言うべきこと、やるべきことを言わな過ぎです」

 ジョンは食事を手早く済ますと、屋敷の中を探ることにした。

 憐れな表情で涼は華鈴を一瞥した。

 「どうします?主人がああ言うのだから、ここに僕達が留まる訳に行かないでしょう」

 「ジョンさんはどうします?」

 「北条氏がここを施錠して、東京に帰るまでには帰るでしょう。今は彼を止めることは出来ません」

 彼女は帰ることにした。

 「それでは、僕が車で送りますよ」

 「済みません」

 彼らは荷をまとめることにした。 


                 エピソード4

 しばらくすると、気持ちが落ち着いたのか北条氏はリビングに3人を呼んだ。

 「貴方は何故、クラウンを召喚したんですか?」

 そこで、ジョンが訊くと彼はゆっくりと視線を上げた。

 「会社の業績を上げる為だ」

 そこで涼が割って入る。

「そこで、あの賢者の結晶か。…勾玉のことです。不死の薬、賢者の結晶は北条家に伝わっていたのは意外でした。だから、北条家とスチュワート家が結びついた訳ですね。上界と絶界のねじれの位相の次元の結合とは、実に面白いです」

涼の言っていることがジョンは理解出来なかった。しかし、彼、北条家が絶界という次元に関係していることは理解出来た。

「絶界の直下の次元の断界の存在、緋の賢王、功徳夫いざきの持つ鉱石の結晶の1つを勾玉にしたものが緋の勾玉です。巧徳夫は絶界のものを召喚して持っていたんです。それで断界の生死の均衡を保つ為に」

彼は断界について詳しかったのが気になった。

「その下にあるこの世界の並行次元が彼界ひかいに伝わる伝説であり、この世界に大和書記伝という本はその次元から来た者が話したことを記した書物です。フィクションとして相手にされなかったはずなのだけど」

ジョンは無界だけでもいっぱいなのに3つの次元が新たに出て来ると訳が分からなくなった。

「じゃあ、アドネルを召喚したのは?」

ジョンの質問に彼は首を傾げた。屋敷の主人はそこで声を荒げた。

「そもそも、アドネルなどいう者は知らん」

彼は溜息をついた。


そこで涼はポンと手を叩いた。

「すると、アラン-スチュワートを召喚したのは、次元移行の能力のあるあの執事だ。名前は?」

執事が召喚したと推測した彼が主に訊くと、彼は囁くようにやっと聞き取れる声で答えた。

建速天照たてはやあまてるという」

その名前を耳にして涼がさも納得したように頷いた。

 「その名は断界の者の名によくあるものです」

 「それで、彼は何故私を支配する?」

 領雅氏は涼に視線だけを向けた。

 「簡単です。全ての次元の者の中枢にいるからですよ」

 冷たい視線で涼は老人を一瞥して言葉を吐いた。

 「アランはそれほど難しい思考はしませんよ」

 そこで、ジョンが訊いた。

 「アドネルを召喚したのは?」

 

すると、紅茶を持ってきた執事が入ってきて、主人に代わってそれに答えた。

「イギリス人のアーサーというSNOWCODEの血を引くハーフの方でございます」

サー-アーサー-ウィル-建速。執事の従兄弟で執事から聞いたウィルは領雅の話を聞き、SNOWCODEの血の能力を最大に使い、アラン-スチュワートを召喚した。

それが出来るのは強く血を受け継ぐ者であり、ウィルも救世主であり不完全ながら次元移行の能力を持っているということになる。尤も、本人は気付いていないだろうが。


ジョンは彼らに分からないように英語で話し掛けた。ハーフの従兄弟がいるから執事が英語を話せるとは限らないが、微かなクイーンズ(イギリス訛りの英語。アメリカはスラングが多いフランクな口語に対し、文語に近い固い言葉)訛りを聞き逃さなかった。

「君の目的は何なんだ?」

「勿論、ご主人様の失態の収拾でございます」

「しかし、執事の仕事に徹して何もしていないじゃないか。アランは逆に敵になっているし、従兄弟さんのアドネルの召喚は意味がない」

「貴方が倒してしまったからですね。折角、向こうから敵の敵は味方。共闘を提示してきたにも関わらず」

「そこまで知っているとは。…しかし、あの戦いを知っていればアドネルの存在の恐ろしさ、倒そうとする気持ちは分かるはずだ」

「確かに、貴方をご主人様がご招待されたのが想定外でした。アドネルの召喚は招待客決定の前でしたからね」

そして、天照はいつも冷静に対応していたが俯いた。

「アランについては、申し訳ありません。しかし、彼は上界の者でありながら、何故、彼は伏魔殿を無界の者まで利用して、世界を破滅させようとするのでしょう?」

そこで、涼は愕然と顔を手で覆った。

「彼は元人間で中世の宮廷魔術師のアラン-スチュワートですよ。さらに、何回も救世主達に煮え湯をのまされているんですよ。次元追放、次元の狭間に放り出されています」

涼の言葉が天照の言葉に愕然とした。ジョンがその中で2人に言った。

「これからどうする?」

「斬月様や救世主様に任せています。まさか、あの方がいらっしゃるとは思わなかったので。この屋敷で大体の状況を把握されたようですし、斬月様であれば簡単にクリアされます。もっと言えば、伏魔殿のアスタロットを全滅させる可能性もありますし。私が出る幕ではないでしょうね」

 「結局、人任せなんだ」

 「それはそうでしょう。自由に動ける方々と違い、私には執事の仕事があります。テレビのヒーローものの見過ぎですよ。いくら正義の為だとは言え、生活や仕事があります。ヒーローを優先することは不可能ですよ」

 「斬月とは何者なんだ」

 それに彼は答えることはなかった。

 ジョンは視線を彼の胸元の鍵に移す。

 彼はそれ以上、口を開かなくなり給仕に勤めた。


 朝食を食べながら、ジョンは頭の中で今の状況を整理した。

 北条は自分の欲からクラウンを召喚した。

 クラウンはビヒモスを召喚した。

 彼らは屋敷に結界を張り、共に人類の滅亡を考えている。

 執事は断界の存在でそれを勘付いて阻止する為にアランを召喚した。

そして、執事の従兄弟、ウィルに聞かせて彼はアドネルを召喚した。

 そのアドネルもジョン自身が精神体にしてしまった。その内に無界に行くだろう。結界がなくなれば。

 ―――彼は断界、彼界に関係する存在だ。しかし、では持っている鍵はなんであろうか。オーバーコードは上界のもの。多少でも、SNOWCODEの血を継ぐ者が使用出来る。

 無界のバアルのラッパのようなものか聖武具であれば、無界のもの、アポリオを使う空界の者の血を引くものでないと無理である。

 彼は彼界の次元の存在。その次元でも武器になる鍵があるというのだろうか。可能性は多大にある。彼は何故、主人に仕えてばかりで能力を使わないのか。仕事は言い訳である。彼ほどの人物なら、いくらでも行動出来るはずである。

 武器になる鍵は上界にも無界にもある。オーバーコードやバアルのラッパ。聖武具である。

アランはSNOWCODEの血を受け継ぐ者、執事の従兄弟の救世主ウィルに呼び出されてこの状況を打開しようとしたが、逆に伏魔殿を解放する為にクラウン、ビヒモスと同様の目的で殺生石の欠片に宿り神社に向かった。

 頭の中で大体を整理すると、次の行動を考えた。

 床に手を当てると光の魔法円が発生して、大きな鎧が出てきた。それにアドネルが乗り移ると、ジョンに首を向けて言った。

 「共闘を承諾したと考えていいんだな」

 「まあな。そのビヒモスがどれだけの力を持っているか不安だからな」

 「まず、ここにいるビヒモスを探すか」

 ジョンは苦虫を噛みしめるように頷くと、かつての敵と手を結び屋敷を探ることにした。


                   5

 ジョンは鎧を置いて1人で屋敷を探ることにした。エントランスに出ると、精神を集中させた。何の特別の感覚が全くしない。

 一体、どこに彼はいるのだろうか。

 犯人の居場所さえ分からず、自分の無力さに打ちひしがれた。

 すると、建物の奥に人の気配を感じた。すぐにエントランスから伸びる廊下を走り、展示室を回って奥に行くと、中庭が姿を現す。

 「斬月」

 そこには黒づくめの少年が立っていた。中庭への扉を開けて彼に声をかけた。

 「斬月、何故、力を貸してくれない?」

 すると、彼は苦笑してぼさぼさの頭を掻いた。

 「ざんげつ、ね。斬月と書いて『たつき』と読む。斬はきる、たつという訓読みもあってね。ただし、真の名を文字ってざんげつと呼ぶこともあるからいいけど、親しくない者にはきちんと読んでほしいね」

 彼は中にはに立つ巨大なクリスタルのクラスターに触れていた。

 「これは?」

 「天然水晶さ。ただし、不思議な力を持っているけどね。…おっと、俺はパワーストーン等という女子高生の言う石のまじない等は信じていないぜ」

 「勿論、分かっている。しかし、石は不穏なものを呼び、悪いものを寄せ付ける。大地の力を持っているんだ。その力を使用するなら、浄化しないと不幸を招く」

 彼はわざと意外そうなジェスチャーを見せた。

 「へぇ、流石、最優秀最年少大学院生。博学だな。それに比べ俺は薄いの方の薄学だよ」

 「しかし、向こうについては少なくとも、僕達よりは詳しいだろう」

 「ノーコメント。知らない方がいいことは、誰にでもある」

 そこで、ジョンは表情を変えて斬月の腕を掴んだ。スマートなのに、意外に筋肉があることに内心驚いた。

 「この世界の危機なんだぞ。人の命を何だと思っている」

 彼はゆっくりジョンの手を軽く外しておどけた。

 「誰が君達をエジプトで助けた?命を守っているだろう」

 「じゃあ、今回も…」

 そこで、斬月はさっと跳んでクラスターの上に立った。不安定な状態でもぐらつくこともなくジョンを見下ろした。

 「君達は楽なことを選ぶ。能力を持っているのに人に頼る。もっと、自分で何とかする努力をすべきじゃないか。万全な方法という言い訳は聞かないぜ」

 「今回は僕達が束になっても無理かもしれない」

 そこで、少年は溜息をついた。

 「憶測で物を言うのは止めろ。いい加減に気付け」

 その意味が深い意味があることに、この時はジョンには分からなかった。彼が何故、あまり力を貸さないかという意味も。

 ジョンがそれを知るのは、だいぶ後のことになる。

 「もういい、力は借りない。でも、知恵は貸してくれ」

 「甘えん坊だな。自分で調査、解析するのが研究者だろう」

 「分かっている。しかし、このクラスターが屋敷で何の役に立っているかは、調査のしようがない」

 すると、彼は普段、誰も口にしない言葉を発した。

 「やれやれ、本当に困った人だね」

 やれやれという言葉を人が口にしたのを漫画、アニメ以外でジョンは初めて聞いた。そして、本当に同世代かというように彼は大人のように彼を受け流していたことに歯がゆさを感じていた。

 彼はクラスターに触れると力を込めた。周りの結界が強まった。

 「これで少しは分かったろう」

 「君は何者なんだ?」

 飛び降りて、ジョンの頭を撫でた。

 「しがない高校生さ、坊や」

 ジョンは憤慨したが、クラスターを見て敵がここに用意して結界を張っていることを考えた。

 「斬月…」

 振り返って少年の名を呼んだが、すでに姿はなかった。

 ドアが開いた気配もない。本当に謎の多い少年である。

 

 しかし、この中庭には気付かなかった。そのことに疑問を持った。あるものに気付かない。あるものを見えないようにする、気にしないようにするという効果が他の場所にもあるのかもしれない。

 斬月は言動では何も言わないが、自ら気付けと言うきっかけを与えてくれているのかもしれないと思った。

 推敲や頭脳で頭でっかちになっている自分に腹が立った。それが高学歴で理系の宿命であるとしても。

 さらに奥を見ると南の塔が見えた。そこに向かう。

 鍵は締っていたが、ジョンが手を触れるとカチリと鈍い音がしてドアが開いた。中はカビと埃にまみれていて、誰も長い間侵入していないようだ。

 中に足を入れる。特に仕舞われている家具や道具ばかりで、特殊な気も感じない。ただ、南の建物の気配を消していたのは、塔は関係なく中庭のクラスターが理由であったのだ。

 結界を壊す必要があるか気になったが、残しておくことにした。しかし、使える可能性がある。

 これだけの強力な結界を張れる水晶である。異界のものであっても後で役に立つ。中に再び入り、巨大な光を反射するクラスターの一部を折って欠片をポケットにしまった。

 エントランスに戻ると華鈴が待っていた。

 「無事だったのですね」

 「当たり前です」

 彼はリビングに戻ると、涼が振り返って言った。

 「やっと、中庭の結晶に気付いたようだな」

 そこで駆け寄り涼に顔を近付けた。

 「知っていたのか?何故、教えなかった?」

 彼は読んでいた小説をしおりを挟んで閉じると、冷静に答える。

 「言って何かが変わりましたか?あの結界は今もここには必要です」

 「あれは何故存在する?」

 彼はジョンを一瞥して距離を取ると、溜息をついた。

 「無界の水晶、ミトロン石。おそらく、ビヒモスが置いたんでしょう。他の力を持つ邪魔者からこの屋敷を守る為に」

 ジョンは少し考えて言った。

 「テモテのようなものか?」

 「いいや、あれは空界の人がアポリオで発生させるもので、力の封印の力です」

 涼の言葉は明解であった。

 

 そこで、ノックの音が響いた。

 「夕食の準備が出来ました」

 執事が呼びにきた。全員が北条氏に面と向かうことを躊躇った。全ての元凶とはいえ、彼を裁くことは誰も出来ない。

 重い気持ちで3人はダイニングに行った。主人はまだ姿を見せていない。

 しばらくして、食事を持ってきた執事が言った。

 「この屋敷は危険な状態の為、給仕や遣いの者達をご主人様はお暇を出したので食事は私が調理させて頂いています」

 しかし、普通のフレンチで腕はプロと相違なかった。

 「お1人でお仕え、大変ですね」

 華鈴の言葉に彼は頭を下げた。

 「恐縮です」

 彼が下がると主人がやって来た。杖の音がやけに辺りに響いた。

 「これからのことだが、私は明日の朝に東京に出る。貴方達は食事の後に申し訳ないがご帰宅願う」

 そこで、ジョンが囁いた。

 「自分の始末もつけずに逃げるのか」

 しかし、北条氏は何も言わなかった。

 沈黙の中で食事が続く。

 「それでは、執事さんも僕達の手を貸して欲しい。断界の者でしょ」

 キッチンの方から声はしなかった。彼は力を貸してくれないのだろう。

 とにかく、食事後に帰るまでに屋敷の中の敵を探そうと思った。

 

館の中を探るが一向に何も見つからない。そこで、エントランスに戻り、精神を集中させた。

 上から微かに異様な雰囲気をやっと感じることが出来た。

 「お前は用意をしないのか」

 主人が2階からジョンに声を掛けた。

 「貴方の尻拭いをしたいと思いまして」

 彼は皮肉にふんと鼻を鳴らした。

 「せいぜい頑張るんだな」

 そう言うと、奥に戻って行った。ジョンに何が言いたかったのか疑問に思った。早く出ていけとも、他のことを言いたかったようにも思えた。

 ―――上に何かいる。

 すぐに2階に上がる。さらにこの上に何か部屋のような空間があるだろう。

 天井裏に行ける場所がどこかにある。廊下を行ったり来たりしていると、荷物をまとめた華鈴に会った。

 「ジョンさんは、まだ?」

 「まあね」

 彼女は小さく会釈をすると、荷物を重そうに抱えて階段を下りていった。

 上から彼女が玄関を出ていくのを眺めて思った。ここは人にいる場所ではない。天井を見上げる。そして、考えた。

 洋館であるが、日本様式でもある。では、どこに天井裏への入口を作るだろうか。納戸にもなかった。隠しドアもない。

 もしかしたら…。

 彼は自分の部屋に戻るとある場所の扉を開いた。

 ―――そこにやっと新な天井への入口を見つけられた。

 そこで、背後に涼がいることに気付いた。

 「やっと、見つけたようですね」

 ジョンは涼を一瞥すると、天井裏の入口を見上げた。

 「これから、イーノックとして手伝うか?」

 「そうだな、行ってもいいですよ」

 彼は鼻で笑って想いを巡らせた。



                     エピソード5 

 ジョンのゲストルームのクローゼットの上にある点検口から屋根裏に上る。ペンライトを咥えて蜘蛛の巣と埃の中を見回すが、何も見つけることが出来なかった。

 通常、屋根裏には洋館なら部屋を作り家具を仕舞うのが通例だが、ここにはそれはなかった。

 次に隠し部屋を探すことにした。疑問が湧く空間を感じる場所はなかった。壁、ドア、空間に隠し部屋がありそうな理不尽なところは一切見つけられない。

 ジョンはそこで嫌な予感がした。

 そこで、2階の部屋を片っ端から開け始めた。子供部屋のような人形だらけの部屋があった。全て、中に何も宿っていないようだ。

 「屋敷に宿っているかと思ったが、違う」

 クラウンの気配は微かにした。人形の中に目を凝らす。しかし、悪魔の宿った人形を見つけることが出来なかった。

 人形の乗るベッドの下を覗く。しかし、何もなかった。だが、必ずクラウンはいるはずである。おそらく、ビヒモスを守っているのだろう。

 

 視界は窓の鎧戸の隙間から漏れる光だけである。目を凝らして周囲を見回す。

 すでに彼の力を増やす為に人間を捕えることは敵わないだろう。

 「ライトショット」

 床に手を当てたジョンは光の魔法円を発生させて光の弾を放った。人形が一気に宙に浮いて粉々に消えた。ベッドは円い穴が開いている。

 天井に空いた穴から日の光と共に奇妙な気配が大幅に漂い始めた。跳んで天井裏に行くと、そこには2体の人形がいた。

 ジョンはすぐにポケットの中で親指を使い鍵の1本を弾くと2つに分けて1つを右手に掴んで鎧にして纏った。もう半分の鍵を構えた。それは剣になった。

 「ガイウスの剣か」

 後ろの大きなマネキンのような人形が口を開いた。

 クラウンが守るようにジョンに向かってきた。ジョンはアポリオを高めた。剣を振るいクラウンは波動を放った。それを薙ぎ払い、人形の憑代を一瞬にして切り刻んだ。

 「ファイアボール」

 さらに炎を放って、窓の外に弾き飛ばした。クラウンはそのまま外に消えて、体を失った為に上界に戻っていった。

 「残るはビヒモス、君だけだ」

 しかし、彼は首を横に振って言った。

 「それはどうかな」

 そう呟くと、凄まじい圧縮空気を放たれた。ジョンは剣で受けるが弾かれて壁に叩き付けられた。

 そこで、気絶とともにもう1人の人格、転生した魂である無界の存在が目を覚ました。

 「ほう、無界の転生者か。しかし、ペルソナであろうと我には効かぬ」

 2柱が対峙しようとすると、窓から女性が侵入して戦いを止めた。

 「待って。今、伏魔殿で大変なことが起こっているの。アランと守り人、救世主が3つ巴で戦っているの」

 「斬月はまだ行っていないのか」

 ジョンのペルソナ、ダヴィドが呟いた。

 少女はさらに続ける。

 「クラウンを召喚したのは、北条さんの意図じゃないわ。アランに命令されたの」

 「何者だ?」

 ダヴィドが言うと、少女が名乗った。

 「四南流華よなるか。この世界での名前。空界ではエヴァ-バーク賢人マギの娘よ」

 マギというのは空界の賢者を言う。そのマギは代々、一族に引き継がれていく。

 その瞬間、クラウンが窓から現れてダヴィドに空気弾を放った。それを弾くと復活の理由を知ろうとクラウンに向かって飛んだ。

 その体を掴むと叫んだ。

 「どうやって、復活した?」

 しかし、彼はそれを告げることはなかった。

 振り返って、流華に言った。

 「逆だろう。北条という人間がクラウンを召喚したから、執事とかいう人間がアランを召喚したんだろう」

 そこで、彼女は真顔で頷くとさらに続けた。

 「しかし、そのアランが北条氏にクラウンを召喚させたのです。彼は祖先であり、力のあるアランには逆らえないので」

 クラウンには秘密があるのだと、ダヴィドが理解した。ビヒモスを召喚出来ることも不思議であるし、アランが人間の味方になると思えない。

 そもそも、執事が味方かも疑問である。

 「もし、クラウンがいつでもこの世界に現れることが出来るなら?」

 ダヴィドはすぐに察しが付いた。

 

 クラウンがこの下界に現れる。

 執事がアランを召喚する。

 クラウンは上界に戻る。

 クラウンはアランにより北条氏を使って、再び召喚させる。

 クラウンはダヴィドにより燃やされ上界に戻される。

 自らクラウンは下界に現れる。


 本来ありえないが、クラウンが北条の召喚以外の方法で現れることが出来るのだ。

 しかし、北条氏に召喚させたことを考えると、もう1つの方法での出現は短期間しかいられない可能性があるのだ。

 その証拠に前を向くとクラウンの姿はなかった。

 「どういうことだ?」

 目の前の状況は、ダヴィドにも分からないようだった。

 「もう、いい。今の力でも十分だろう」

 ビヒモスが立ち上がると、ジョンが開けた穴から飛んでいった。勿論、伏魔殿である小さな神社であろう。

 「早く、貴方も…」

 少女の言葉に涼が上がってきて言った。

 「彼は行きませんよ。クラウンの方が危険だと分かっているから」

 「そう、確かにビヒモスはクラウンが召喚したけど、クラウンはビヒモスを召喚する力は持っていない。つまり、クラウンの存在がビヒモスの存在でもあるということね」

 そこで、分かった。ダヴィドは涼に言う。

 「クラウンはある技を使っている。そうだろう?」

 「ああ、断界の能力、『誘女転生いざめてんしょう』を使っています。断界の者がクラウンの正体です。だから、自分にも同じ能力でここに来ている為に、2つの能力が干渉して自分には少ない力しか使えていないのです。このことはイーノックの最大の秘密で本来は言えないのですが、この際、そうも言ってられません」

 そう、クラウン、つまり、上界の関係者が想像する存在、上界の運命を司る者の3柱の1柱、歪、つまり、クラウンではない。ただ、道化の人形に入ったのでクラウンと勘違いし、そう呼んでいたのだ。

 「彼の本当の名は火愚土カグド。断界の死を司る者です」

 涼はそう言い残して、ビヒモスを追って去っていった。

 「貴方の力が必要なの」

 「向こうはまだ、彼らがもってくれる。マギなら分かるだろう?カグドを残してはいけない。彼が全ての元凶だ」

 「断界の終焉、最後の審判の『高勾胎こうくたいの暁』がすでに始まってしまっているのです」

 ジョンは意味が分からなかった。しかし、やはり屋敷にいる元凶を見逃す訳に行かなかった。

 「カグドを倒したら、すぐに駆け付ける。それまで、耐えてくれ」

 流華は首を振って諦めた。そして、戦場に向かった。

エピソード6

まだ、ダヴィドの意志であるジョンは、独りが1階のコレクションルームに行く。

すると、彼の付けていたソロモンのリンゴの欠片であるソロモンの指輪とパブロスの念珠が天に浮き始め、コレクションのソロモンのリンゴの欠片も浮いて1つのリンゴの形に合体した。

と同時に、意識がジョンに戻った。まだ、頭が朦朧としている。

浮いているソロモンのリンゴを跳んで掴むと、グリモワールの魔道書とイブシェルの書、パブロスバイブルがガラスケースからすり抜けて部屋の奥に飛んで行った。すぐに追い駆けると、ジョンが見慣れた男性が立っていた。彼は3冊を抱え、右手に持つオニキスの鍵を構えていた。

「ここは俺に任せて、貴方達はすぐに皆の元に行け」

彼が敵か味方か、言っていることを信じていいのかジョンは手に汗を握った。

―――彼の名は神覇矢見斬月かみはやみざんげつ。日本刀と異次元の空界・無界の能力であるアポリオでも、上界の能力のエターナルコードでも、SNOWCODEの血を引く者の能力のアストラルコードでもない未知の能力の使い手である。

2年前の戦いでは、全ての者を遥かに凌駕する力で助けられたのだ。

「ジョン、ここにいるとバアルのラッパが7つ揃っちまうぞ」

彼が構えているのが、バーソロミューの鍵の日本刀であることに気付く。

ジョンは剣と鎧を元の鍵に戻してポケットに仕舞った。


彼らはとにかく斬月とカグドの対峙を眺めた。3冊の空界・無界の魔書物は天井にいた存在の方に飛んでいき、それが抱えた。

「道化。上界の者にしてはやり過ぎた。大いなる戦いの範疇も逸脱している」

そう、あの人形であった。

「確かにな。しかし、これは俺の意志ではない。最も、断界の存在の俺に意志というものがあれば、だが」

そこで、斬月は日本刀を構えて呟いた。

「そうか、お前があいつを召喚したのか」

すると、天井から下りたクラウンはぎこちなく首を横に振る。

「召喚ではない。復活させたのだ」

「無界、空界の連中はエジプトからこの世界に来た。上界の者も同様だ。エジプトに何かあるのか。そこにある存在が人間でいう死に近い状態になり、お前がそれを利用して複雑な術で降りてきたのか」

「仕方なかった。人間を絶滅させるにはな。責めるなら、ここの主人が俺を召喚したことにしろ」

壁にアンク十字が刻まれていることに気付くと、斬月は刀を構えて叫んだ。

「現像閃」

クラウンが気付くと後ろに彼がいた。

「切られたことも気付かない速さだろう」

そう言うと、クラウンの人形の体は真っ二つになった。残った残骸と3冊の本が床に落ちていた。その3冊を拾って抱えた。

「残るは厄介な真打か。…しかし、何者なんだ?」

そこで、剣を鍵に変えてしまうと囁く。

「まさか、亜種?」

彼は屋敷の窓から屋根に跳び移ると、結界を軽々と抜けて屋敷を後にした。


ジョンは屋敷で主人達との会話を思い出していた。

北条は重たい口を開いた。

「ミスター ジョンが言ったことは間違っている。クラウンが召喚したのはアランではなく、無界のアスタロットの王の生みの親、ビヒモスという堕転した存在。バーソロミューの鍵で召喚出来るセブンズクライムもビヒモスから派生した存在だ。後にこの事態を収拾する為に、パブロスバイブルで召喚した無界の者の使徒、この世界で言う天使的な存在のジューダス-イスカリオットの1柱、バークによって僕に教えてもらったんだ」

そこで、ジョンがすぐに疑問に思った。

「じゃあ、主人の命令しているアランは一体?」

「さあな」

そこで、涼がさらに続けた。

「それより、アドネルが何故、再び召喚されたのか」

そこに精神体になったアドネルが現れる。

「それは毒を持って毒を制すである。我を召喚したのは、アスタロットを解放することで人類を滅亡させようとするクラウンと同類のアスタロットを解放しようとするビヒモスの同じ目的で同盟を組んだ2柱に対抗する為に、密かに其奴は我を異界移行の力で召喚するだけだ」

ジョンが使用人を見回した。

「じゃあ、お前を召喚出来るほどの異界の人間がここにいるということか」

見回すが、その人はアポリオを抑えているらしく誰も検知出来ない。

「すでに分かっているのだろう、ご両人」

ジョンと涼は互いに顔を合わせて頷いた。鍵を首にぶら下げている執事である。彼が女性陣を唯一、さらうことの出来る人物であった。

「お察しの通り、私も異界の人間です」

執事が会釈をしながら厳かにそう言った。

「上界の大いなる戦いのように、無界もアーク聖戦アークジハードが始まったのです。全てはアドネルのエジプトの戦線からですよ、ジョンさん」

そして、コレクションルームに視線を向けて言った。

「私は智天使十字軍ケルブクルセイダーズに依頼された彼界の人間です」

 そう言って、一礼して彼はセラフィライトの鍵を握って日本刀にすると、それを構えて消えていった。

 「彼は仲間でしたね」

 ジョンがそう言うと、知っていたかのように涼は微笑んだ。

 「じゃあ、ここは僕が見張っているので、君も智天使十字軍に手を貸してやって下さい」

 彼の言葉に真顔で頷くと、彼は立ち上がってリビングを後にした。

 「何故、無界の者が彼界の執事を使うのだろう?」

 ジョンがそう言うと、涼は首を傾げてみせた。


 時は戻る。

 分かったことがあった。

 執事も智天使十字軍としてビヒモスやアスタロットを倒す為に神社に向かっているはずだ。

 残るジョンは北条氏が荷を持ってやってくるのを見た。

 「まだ、いたのか。もう、施錠をするから出ろ」

 そこで、あることに気付く。勿論であるが、主人とカグドが同時に姿を現していない。彼にカグドが宿っている可能性があると。

 だから、カグドは伏魔殿に行くことが出来なかったのかもしれない。

 カグドが短時間しかいられないのも、北条氏が憑代であるからかもしれない。憑代から抜けるのは大きなエネルギーがいる。


 上界の大いなる戦い、無界のアーク聖戦、そして、断界の高勾胎の暁が一気に下界で影響を受けてしまっているのだ。

 未だかつてない世界の最大の危機かもしれない。

 悟られたと分かった北条氏は微笑む。

 「貴方もあそこに行くのですか?」

 「君を止めてからな」

 急に彼は杖を捨てて大鬼のような姿になった。とうとう、北条氏はカグドに乗っ取られてしまったようだ。

 カグドを倒すということは、老人を殺してしまうことになる。しかし、このディメンションハザードの今、やむを得なかった。

 彼は次元の狭間からトビトの剣を出すと構えた。ポケットのソロモンのリンゴを使って、アポリオを最大限に高める。ダヴィドの意識が目覚める。

 「いくら、ペルソナが出ようが、我に敵わん。無界の者よ」

 カグドは飛び降りてエントランスに着地した。床がクレーターのように凹む。

 「断界の者よ。いくら力を使おうとも、我に勝つことは敵わん」

 すると、彼は嘲笑う。

 「それはどうかな?」

 カグドは一瞬にしてダヴィドの背後に回り、強力なエネルギーを放つ。しかし、ダヴィドはトビトの剣でそれをかわして振るった。

 カグドは腕を掠った。黄色い液体が飛び散った。

 と同時にダヴィドは膝をついた。

 「まさか…」

 彼の手にはソロモンのリンゴがあった。それを放り投げて掴む。

 「これで力は出せないだろう」

 ダヴィドは意識を奥に戻し、ジョンが目を覚ました。彼もアポリオを少ししか使用できない。それでも、最大限にアポリオを高めて、鍵の1つを取り出して槍にして投げた。

 唖然として、カグドは胸に刺さる槍を見た。

 「ロンギノスの槍だと?」

 「そいつはバアルのラッパだが、聖武具でもある。聖武具であれば、少ないアポリオでも強力な攻撃が可能だ」

 「油断したか」

 透明なリンゴを落とすとカグドは槍を引き抜いて、口から黄色い液体を漏らした。

 「しかし、これでもう攻撃は出来まい」

 槍は鍵に戻って、それをカグドはポケットに仕舞った。

 次の瞬間、カグドはジョンの目の前に来て、槍を向けた。その途端、上から強烈な魔法円が発生して、強大なエネルギーが放たれて地面に叩き付けられた。そこから出てきたのは、無界の存在であるロトであった。

 「ソロモンのリンゴは返してもらう。これで貸しを返したぞ、ダヴィド」

 そう言うと、カグドのポケットからソロモンのリンゴを取り出すと、それを持って魔法円の中に去って行った。魔法円が消えると、ゆっくりとカグドは立ち上がる。

 「邪魔が入る日だ…。しかし、もうこれでお前は戦えない」

 トビトの剣を構えたジョンは希望を失ってはいなかった。

 すると、円い鏡の部分が輝き出した。気付くと、胸にあるペンダントを見た。

 「まさか…」

 タリスマンはトビトの剣の鏡にぴったりと付いた。そこで、1つの事実が判明した。タリスマンを2つに分けて欠片をトビトの剣に入れたのは、ロトの血を引く一族の女王であり、無界の存在になった空界の女王、エステル。彼女はロトに並ぶ無界の四天王である。

 そして、ジョンにペンダントを残したのは、ジョンの母である。

 ―――無界の四天王、エステルの息子。

 無界の存在、ロトの血を引いている。ジョンは無界と空界のハーフであった。強力なアポリオを持っているはず。潜在能力を引き出していたのが、ソロモンのリンゴだったのだ。

 彼は完全なトビトの剣を構えると、少ししか出せないアポリオを高めた。

 「ここでお前と遊んでられん。すぐに潰せると思ったが、予定が狂った。先に地獄の門を開きに行くとするか」

 カグドはジョンを無視して玄関を開けて伏魔殿に向かった。


 …伏魔殿に役者は揃ったか。

 しかし、今のジョンが行っても戦力にならない。

ジョンが持つ真のアポリオを全部出せるようにならないといけない。



                     6

 時は遡る。

 出版社の担当である月代漣牙は実家が山奥の宿屋であるという話をしていた。

 彼の旅館の名前は月夜見館といった。由来は月を読む月読みから来ていると彼は言ったが、涼は目を輝かせた。

 漣牙から話を聞いた涼が手を打って思わず言葉を発した。

 「そうか、大昔にその地域に来た彼界の存在が大和書記伝を残したのだ。そして、月夜見を召喚したんです」

 その意味が誰にも一瞬、理解が出来なかった。


月夜見つきよみという土地神を崇める、森の中の数件しか住んでいない地区があった。そこに古い旅館を代々続けているのが月代漣牙の一族であった。

その月夜見という神は断界の存在で、涼は月代に実家の旅館の場所を教えてもらった。

東北の陸の孤島に向かう。高速を走り、田舎道を進み山道をさらに進む。何時間かかっただろうか。曲がりくねる山道を進んでいたら、崖側のガードレールに細い切れ目があった。止めてそこを見ると、すでに刻まれた文字が読めない石碑があった。

舗装のない細い道に入ると進んでいき、やがて旅館が見えてきた。テニスコートが数面あり、奥に洋館が建っていた。何回も立て直されたようで、新しいものであった。

その先の森の先に小さな家群があるが、そこまで行かずに旅館に車を止めてチェックインをすることにした。

そこで、涼は月夜見について、何故、ここに大昔にこの世界に降りたのか、目的は何でどこに行ったのか探ることにした。涼が興味を持ちそうな話である。

その詳しい場所までは、漣牙の話では分からない。


現在。

場所は分からないが、力を再び取り戻すには月夜見に逢うしかない。そう、感じていた。

とにかく、行くしかない。

屋敷の玄関を開けるとポーチに涼が車を運転して寄せた。

「使えなくなった力を取り戻す為に月夜見に逢いに行くのでしょう。月夜見に逢い、ではなく、力を取り戻しに行きますよ」

姿を消したと思ったら、車を取りに行っていたらしい。

助手席に乗ると、ジョンはハンドルを握る涼に言った。

「場所は分かっているのか?」

「任せて下さい」

彼は急発進をすると、すぐに東北の山奥に向かった。高速を進み、下道を数時間かけた。山道は車がすれ違うことが出来るか不安な細さである。S字が続く。

 ライトが山道に視界を作っている。街灯は一切ない。

 そこで、スピードをゆっくりにした。

 「この辺だと思うんですけど」

 涼が右の崖のある方のガードレールを見ている。

 「あ、あそこを見ろ」

 ジョンが叫んで、前方を指さした。僅かにガードレールの切れ目があり、舗装されていない道が伸びていた。

 行き過ぎて急ブレーキを踏んだ涼は、バックしてぎりぎり通れる砂利道を何とか曲がった。そこで、止めると近くに立っている石碑にLEDライトを当てて眺めた。

 「涼、後にしよう」

 すると、彼は振り返り目を輝かせている。

 「これはかつて、断界から月夜見が下りてきた記念碑ですよ」

 「そんなことはいい、早く行こう」

 彼らはさらに細い道で車を揺らす。やっと抜けると広い森の空間に出た。

 広過ぎる駐車場に車を止めると、旅館にチェックインした。

 客がいるはずもなく、彼らは別々の部屋で荷を下ろした。


 ジョンは窓の外を見る。旅館の窓は森や先の山道道の反対を向いている。駐車場の右手にテニス場が並んでいる。その向こうは洋館が建っている。暗くて見えないが、廃墟のようである。旅館と月の光で薄ら見える限り、建て直しているようだ。欧米様式である。

 森は山に囲まれている。森の中の旅館と洋館。その先の崖上に退廃した家が数件何とか見えた。

すぐに、涼を残してジョンは逸る心を抑えてテニスコートを抜ける。洋館を横切り森の中に入って行く。この先の崖の上に地図にない村がある。

しかし、池に行く手を阻まれた。

目的地に来たはいいが、この先、どうすればいいのかジョンには分からなかった。

ふと、池が気になった。やけに鉛色をしているのだ。そう感じた理由はすぐに分かった。月が写っていないのだ。星や遠くの旅館の明かりもかろうじて届いているが、全て池の闇に吸い込まれている。何も反射していないのだ。

―――ここだ。

ジョンは水を覗き込む。澄んでいるようだが、中は見えない。光を反射しないので、中が見えるはずである。手を入れようとしたその時…。

「ダメだ、触るな」

振り返ると涼が立っていた。

「勝手に独りで動かないで下さい」

そして、石を拾って池に投げ入れる。すると、石が消えた。

「これで分かりますね」

「理屈は良いから、月夜見はどこに?」

涼は持っていた懐中時計をポケットから取り出して開けた。蓋の裏に六芒星と何かの文字らしいものが刻まれている。

何か聞き覚えのある言葉を囁くと、六芒星から光が漏れた。

「それは魔法円だね。すると、無界の者かい」

「でも、憑代がないし、力の強い者でないから大したことは出来ないけど」

その召喚された光は池の上を回ると、池に波が立ち始めた。勿論、風は吹いていない。

「何が起こるんだい」

「見ていれば分かる」

土地の神がこの地に降りた。そして、ここを切り開き豊かな大地にして人が住み着いた。その後、神は帰った。そういう言い伝えであるが、どうやって来て、どこへ行ったのか。人の哲学のような疑問は拭えない。

まさか…。

光は池の上で消えた。

「そうか、なるほど」

「流石、IQ200。察しがいいですね」

ジョンは駆け出して池の向こうに行く。そこには砂地が広がっている。その砂地を払うと半球状態の人工的な石が現れる。

そこにはペンタグラムが刻まれていた。ジョンの研究心に火が付く。すぐに携帯電話で写真を撮りながら、全体像を把握する。

「かつての古代人がここに魔法円を描き、月夜見を召喚したのか。じゃあ、元の世界に戻ったのか」

もう1度、この魔法円で召喚出来れば、と思ったが詠唱呪文を知らないジョンはそこで腰を下ろした。

そこに涼が来て彼の方を叩いた。

「月夜見はまだ、帰っていないですよ。安心して下さい」

この池の不可思議なところを見ると、確かにその可能性は高い。

砂地の先に崖があり上に廃村がある。崖には不器用な手作りで掘った階段がある。

「行くか?」

「いや、その必要はないでしょう」

彼はその魔法円に手をついて、集中した。アポリオを高めた。

池の水は変わらず、先ほどの光が消えて波打っていた水面は静かになっている。

しばらくすると、池の水が徐々に減り始めた。30分経ったその時、池の底が露わになり、まるで、そこはクレーターのようになっていた。

「あ!」

2人は声を揃えて驚嘆の声を漏らした。

 何と、池の底の中央に穴が空き、その近くに石像が立っていた。ゆっくりとぬかるむ地面を歩いて底に歩いていく。石像はまるで女性のような姿をしていた。

 「まさか、憑代?」

 「ですね」

 「でも、精巧に出来ている」

 その言葉を呟いたジョンはあることを連想して青ざめた。

 「…もしかして、人間?」

 「昔は神に生贄を捧げる習慣が世界中にある…って、考古学の天才には、仏陀に教えを説くですね」

 「じゃあ、憑代になった女性は月夜見を体に入れて、ここに村を作った。でも、その後、何故、石に?」

 そこで、無界に全てを石にする存在がいることを思い出す。だが、月夜見は断界の存在。関係ないはずである。

 「八部衆の神将が断界から現れた。同じ八部衆の月読みを罰した。ただ、それだけだ」

 ふと、石像の首にメダイが掛かっているのに気付いた。それを取ると、ジョンは自分の首に掛ける。凄まじい力が体から湧き上がることが感じられた。

 「母親がこれを?僕がここに来ることを予見してここに残してくれたんだ」

 トビトの剣のタリスマンが光っていたことに気付き、ジョンがそう呟いた。

 メダイは楕円のペンダントである。それをすると、アポリオが高まった。

 「それはメダイという。無界の聖武具でアポリオを高める効力を持っている」

 涼そう言った。


 気付くと、人の気配がした。何か懐かしい感じがしたので、まさかと想いジョンが振り向いた。

 「マーカスが?」

 そこで上を見ると湖畔に彼が立っていた。

 「俺も力になるぞ」

 彼も降りてきた。

 「あのジョンが力を失うとはな」

 「それを言うな。それより、3つ巴の上の次元の戦いが下に来れば、マーカスも黙っていないとは思っていたよ」

 彼らは手をしっかりと握手した。

 「で、マーカス。この月夜見は何故、この状態に?」

 そこで、彼は首を横に振った。

 「憑代が石になったから、月夜見は元の世界に帰ったんだ。それはただの人間だ」

 おそらく、大分昔の女性なのだろう。服装から平安時代であろうか。

 「で、あの石に魔法円を描いて、月夜見を呼んだのは?」

 全員が空の池から這い出ると、涼が半円の石に書かれた文字を指さした。

 「ここに彼界の存在が現れた。それだけだろう」

 マーカスの言葉を聞き流して、周りを懐中電灯を構えて見回した。

 しかし、すでに風化しているのか、どこにも何にも見つからなかった。涼は池に水を戻す。

 「最初、彼界人がここに現れて、下界人に見つからずに住む為にここに月夜見を召喚。しかし、この世界の人に見つかり、明け渡して逃げる。そして、住み着いた下界人は何かを召喚した。それは月夜見の憑代を石にして月夜見を返し、下界人によってその存在も帰らせられた。残った伝説がここに言い伝えられた」

 ジョンが推測を言うと、マーカスは首を傾げた。

 「それが本当として、ここに来た人間がイギリス人のスチュワート一族によって上界の存在を召喚して石化の能力を使わせたとしよう。じゃあ、最初にここに来た彼界人はどこから来てどこへ?」

 そこに涼が割って入った。

 「今はそんなことはいいですよ。とにかく、少しでも休んで明日、早朝に出発して伏魔殿を守りましょう」

 メダイで力を高めたジョンなら、何とかなると考えた涼がそう言った。マーカスはアラムを返すとアポリオを使い果たして腰を下ろした。

 3人は旅館に泊まって次の朝を待った。


廃村にかつて、ここに月夜見を召喚した彼界の民が暮らしていた。すると、ここに彼らが来ることが出来た次元の穴があったのだろう。

エジプトや伏魔殿の神社のように次元の壁の薄い場所があるのだろう。伏魔殿はアスタロットを封印されたから、その神社周辺の次元の壁が薄くなったのだろう。

つまり、エジプト以外は次元の壁の薄い場所はこの世界に存在しない。すると、考えられるのは、誰かがここに召喚をした。そう、この世界の存在が。

そんなことが出来るのは、スチュワート一族かSNOWCODEの血を継ぐ者か、である。空界の存在は日本には来ていない。

あの池の仕掛けを作り、あの石化した存在を生贄にした一族である。

―――石化させた存在は何者だろうか。その為に月夜見は帰って行った。


早朝、涼を連れて彼が池の前に来た。ジョンは伸びをして色々考えた。

 あの屋敷の執事、建速天照を思い出した。彼は日本人でここに住んでいる。もし、彼界の人なら、彼は何故ここにいるのだろうか。おそらく、代々住んでいるだろう。

 そう、ここにいた一族の末裔の可能性は十分ありえる。もう1度彼に会う必要があるようだ。と、その時に黒服の青年が崖から飛び降りてきた。

高勾胎の暁が始まりかけている。それがきっかけでアーク聖戦アークジハードが始まり、すでに佳境になり始めている。もし、伏魔殿が解放されたら、アーク聖戦がこの世界で始まってしまう。

彼らはその責任を取ろうとしているのだろう。

「良く、ここが分かりましたね」

「どうやって、彼界の存在がここへ?」

彼はスーツを直して言った。

「我々は我神というSNOWCODEの祖によって、日本に召喚されました。そして、山奥の郊外でひっそりと暮らしていました。上界の邪魔が入るまでは」

そして、空を仰いだ。

「最初は原始的な生活をしていましたが、いずれ、農耕を真似て豊かな土地を作ろうとしました。そして、召喚したのが月夜見です」

「で、上界の存在に憑代を石化された」

ジョンが口を挟むと彼は池を眺めた。

「彼女なら、次元を開いて彼界の英雄を召喚してくれます」

「ちょっと待て。斬月は君の世界の存在じゃないのか?」

「それは誰ですか?」

ジョンは目を皿のようにした。彼ほどの力の持ち主なら、彼界の執事も知っているはず。すると、斬月は下界、彼界、空界のどの次元にも属していないことになる。

そこで、ジョンは池に飛び込むと、メダイの力でアポリオを増幅させた。手から光の魔法円を水中に出して叫んだ。

「ライトウォール」

すると、光のバリアが彼の前に出る。水が弾かれて石化した少女のところに降りた。と、同時に仕掛けの穴から光が漏れた。



                   エピソード7

彼の目の前に現れたのは、見たこともない化け物であった。

「まさか、無界の…?」

それはゴライアスであった。ジョンが前世で倒した相手である。

「石化の力は水中では効かない」

彼はそのまま、突っ込もうとしたが、ゴライアスは石化の邪視を放った。光のバリアでかろうじて避けるが、かなり凹んだ。数発で凹み過ぎると体に触れて石化してしまう。しかも、今のアポリオではジョンは敵わない。

そこに、女性が現れて日本刀を構えて、仕掛けの池の水をなくした。その上で中に飛び込み、光のバリアを張っているジョンのお隣に来た。

「3分もたせられる?」

「貴方は?」

葦原州砂あしはらしゅうさの一番弟子、出雲美夜姫いずもみよき

ジョンは無理して何とか守っていた。徐々にバリアが凹んでいる。破られそうになっている。美夜姫は長い陀羅尼を唱えていた。

バリアは破られた。彼女の術が間に合わなかった。水が押し寄せる。そこに、マーカスと天照がすぐに飛び込んで2人を水面に連れ出した。

陸に上がると、ゴライアスが4人の前に現れる。強力な無界の存在に4人が勝てる見込みは少なかった。

やっと、陀羅尼を唱え終わった美夜姫は両手を前に出す。凄まじい電撃の渦が放たれた。ゴライアスは両腕で防ぐが、5m押されて腕が少し崩れた。

トビトの剣を構えてジョンは駆け出した。

「今の貴方では…」

美夜姫の言葉はジョンには届かなかった。ゴライアスは剣を振るジョンに邪視を向ける。剣でそれを弾こうとするが、剣が弾かれてジョンは石化してしまった。

「ジョン!」

マーカスと天照はジョンを抱えてすぐに距離を取った。

「俺のドラゴンゾンビの呪いでも勝てない。君は?」

マーカスの質問に天照は首を横に振る。

「葦原州砂とは、彼界の聖地の最高位の武人。その一番弟子の攻撃でさえ、あのようでは私の力は無力です」

美夜姫はゴライアスの前で再び陀羅尼を唱え始めた。天照は立ち止まり、振り返って叫んだ。

「貴方でも無理です」

固まったジョンを置いて彼は美夜姫に向かって駆け出した。溜息をついてマーカスも引き返した。

ゴライアスが彼女に拳を放つが、剛力のドラゴンの力と防御力を持つマーカスが楯になった。それでも池の向こうに飛ばされていった。

「大いなる渡積とつみよ。その水の力によりて、我の前に塞がるものを破壊せよ」

美夜姫は手を振ると、池の水が凄まじいドリルとなってゴライアスにぶつかった。それも意味がなかった。腕の表面を崩しただけであった。天照は鍵を首から外して構えると、剣の形に変えた。それを凄まじい速さで巨人の後ろに回ると、剣で足を切りつけた。と同時に、弾かれて彼は10m飛ばされて着地した。

マーカスは炎を放つ。しかし、簡単に弾かれてしまった。3人同時の攻撃も意味がないのだ。相手は1つ上の次元の存在。神に人間が勝てる訳がなかった。

 マーカスは自分のドラゴンの皮膚を楯に立ち向かう。ゴライアスが瞳を彼に向けるその時…。

 ―――光がトビトの剣から漏れた。

 ジョンが石から元の姿に戻し、さらに巨大な戦士の姿にした。半分の無界の血が覚醒したのだ。と同時に石化の影響で意識が飛び、ダヴィドの意識が表面に出た。心身共に無界の者となった彼は、元のダヴィドとなったのだ。

 

 かつて、ダヴィドはゴライアスに勝っている。彼が右手を向けて光の魔法陣を発して波動を放つと、ゴライアスは弾かれて木をなぎ倒して崖に叩き付けられた。

 彼は昔の記憶を覚えている。ゴライアスはすぐに憑代から抜けて無界に戻った。

「おい、人間」

3人は彼を見る。

「聖戦を止めに行くぞ」

すると、ゴライアスが消えた為に池の中の少女が元に戻り、月夜見が憑代として彼女に入って池の外に飛び出した。

「無界の者よ、礼を言う」

その声はこの世のものでないようで、初めて聞く音声であった。

「別に助けた訳でない。結果論だ」

「どちらでもいい」

そう言うと、月夜見はダヴィドにアポリオを増加させる光を注いだ。彼はさらに元の力を取り戻した。

「これで借りはなしだ」

ダヴィドの方がそう言うと、月夜見は微笑む。

「私が勝手にやったことだ。暁をどうにかしよう」

全員は伏魔殿である小さな神社に向かった。


 

                     7

ジョンは車で全員を乗せて神社に急いだ。何時間かかっただろうか。昼過ぎには神社に着いた。しかし、そこには救急車が沢山止まっていた。

連れて行かれるのは、要達、流華であった。

アドネルは鎧から元の姿に変化していた。彼は人間の姿に変化して野次馬に紛れている。

カグドとビヒモスが大勢の人間が集まった為に姿を一時的に消している。守り人が神社で警察に事情聴取を受けていた。

ジョンは上に視線を向ける。斬月が近くのアパートの屋上から見下ろしている。守り人は全員で3人いる。1人はすでに亡くなっていて、現在は山戸建やまとけんという宮司が守っている。


「全てが揃ってしまったようですね」

冷や汗を流して涼が呟いた。カグドは突如、高く飛んでアパートの上の斬月に波動を放った。それを彼は高く飛んで避けると、胸にぶら下げる鍵を取って叫んだ。

「弧月」

すると、その鍵は日本刀に変化した。

「何故、俺を狙う?」

「無論、セブンズブラッドペインの1人だからだ」

セブンズブラッドペイン。

7人の神器を持つ強力な『ディスティニー ヒーロー(運命の英雄)』と呼ばれる存在であり、あらゆる次元に移行することが出来た。

そこで、カグドが炎を放った。

「無月」

炎が届く前に剣が振られ、炎が消えると同時にカグドの肩を切りつけた。

「閃光斬」

さらに、電撃を帯びた剣を凄まじい速さで切り駆けた。カグドは腹部に大きな傷を受けた。

 彼は最後に力を一気に高めた。

「雷電刃」

すると、先ほどの電撃の一太刀に電撃にプラスされて切り裂かれた。

カグドはそのまま倒れた。

「雷弐の太刀いかずちにのたち

倒れたカグドをさらに電撃をプラスして切り付けた。蓄積された電撃の攻撃のダメージは憑代を破壊してカグドは元の次元に吸い込まれていった。

残ったビヒモスを倒せば、この危機は回避出来る。

ビルから4人を見下ろして、斬月は微笑んで刀を鍵に戻すと見守った。


ジョンと涼、マーカスに美夜姫は神社を警察に任せ、ビヒモスを探した。逃げるビヒモスを見つけると、4人は追った。

「キーホルダー。ドラゴンもどきと挟み撃ちします」

「キーホルダーと呼ぶな。まあ、いい。それじゃあ、行くぞ」

マーカスとトビトの剣を構えたジョンは、トビトの剣の能力、脚力強化でビルの上に跳んだ。マーカスもドラゴンゾンビの呪いの力で怪力で飛んでビルの屋上に跳ぶ。凄まじい速さで駆けてショートカットして、ビヒモスの前に飛び降りた。

涼と美夜姫、マーカスとジョンに挟み撃ちになったビヒモスは元の姿に変化した。両腕を双方に向けて魔法円を発すると、闇の矢を多数放った。

ジョンは光の魔法円を発して、光のバリアを出した。マーカスはドラゴンの皮膚強化の力を使う。涼は隠れた。美夜姫の出した風の弾で矢を跳ね返す。

そこに天照が現れて、剣を構えてビルから飛び降りてきた。力を抑えてきたので誰も気付かなかった。

 彼が剣に力を入れると剣から光が出て彼の体に入り、髪が伸びて金色になり、角が1本が生えて2つの羽根が生えた。

 着ているものも白い衣に金の網のブーツになる。

 「まるで、小龍子しょうりゅうしみたいだ」

 救急車に運ばれる前の要が呟いた。

 天照は剣を振るとビヒモスが一瞬にして粉々になった。

 「ただではやられん」

 ビヒモスは最後の力で闇の矢を社に放った。すでに地に魔法円を描いていた涼はそこにアポリオを放った。自分に波動を当てて、その反動で凄まじい速さで社に向かった。闇のアポリオの矢は涼のお腹を貫いた。そのせいで軌道がずれたが、社の一部を掠り、そこから数柱の封印されていたアスタロットが飛び出した。

 守り人がすぐに封印の力を放ち、ビヒモスの矢の傷はすぐに封じられた。逃げたアスタロットを追って斬月がすぐにビルを跳び移って行った。

 憑代を失い、ビヒモスは消えた。涼は腹部を抑えて血を吐いた。天照はすぐに羽根の1枚を千切ると彼の腹部に張った。

 すると、凄まじい光が辺りに満ちて涼の傷は塞がり、さらに強力な力を得た。ジョンも魔法円を発して涼にヒーリングの力を使う。彼は一命を取り留めた。

 「終わりましたね」

 人間の姿に戻った天照がそう言うと羽根を1枚失った為に強力な能力の半分を失い座り込んだ。

 「何故、彼界の人間があの姿に?」

 そこで、彼は黒づくめの姿に戻ると、スーツの襟を正して溜息をついた。

 

 彼は剣を鍵にして見せる。

 それは神器という聖武具の中でも選ばれた強力な武器であり、特殊な能力を使える。しかし、同時に強力な存在でないと扱えない珍しい武具である。

 「それって、斬月も持っていたぞ」

 ジョンが言った。

 「彼もセブンズブラッドペインだからです」

 天照の言った意味が分からなかった。運命の英雄ディスティニーヒーローと呼ばれる存在である。あらゆる次元に存在出来る命の限りのない存在で強力な力、特殊な能力を持っている存在である。

 その運命の英雄の中でブラッドペインという神器を所有して使役する存在をセブンズブラッドペインと呼ばれている。

 そもそも聖武具はある次元の人間の変化したものなのだ。その中でも特別な存在のある辛苦の死が変化したものなので、血の苦しみと名付けられたのだ。

 その存在、その苦しみは謎である。

 そして、禁断の話が終わった後に天照が言う。

 「私達、セブンズブラッドペインが動いたということは、今回の上の次元の争いが下に降りてきたことの重大さを示している。思金おもいかねの終焉という我々の上の世界の人間の最後をこの世界にもたらす可能性が出てきたのです。上界よりも強い、2つの別世界が絡んだことが意味するのは、次元の混乱の最大化と修正の困難を意味するんです。次元、地球の修正作用さえ追いつかないように」

 そう言うと、無界の存在である伏魔殿に封印されていた強力なアスタロットが現れる。

 「断界の存在が来れなくなった。ここを舞台にするのは、我々無界の存在で十分だ」

 「アヴァド。久しいですね」

 「永久とわの勇者か。聖戦はすでに佳境に入っているんだな。それで、あの牢獄が開いたのか。これは好都合」

 「我々、セブンズブラッドペインが来たからには、貴方達が何も出来ないということですよ」

 天照が再び鍵を剣にした。

 剣を構えて天使の姿になって切り付けるが、涼の為に片翼をなくしているので力を発揮出来ず、凄まじいアポリオの弾丸に剣ごと弾き飛ばされた。

 「まずは、都合のいい味方を作るか」

 そう言うと、涼に手を向けたアヴァドは歪んだハシバミ色の煙のようなものを放った。凄まじい勢いでそれは彼を包み、それは彼に強力な力を与えた。

 ―――しかし。

 涼は闇の弾を手に発すると、不思議な鍵を取りだして漆黒の剣にした。

 「涼がアスタロットにされた?」

 ジョンは味方である彼に攻撃できずに、剣を振るってくる涼をトビトの剣で受けるしかなかった。剣の能力の脚力の強化でうまく避けながらどうすればいいか考えた。

 「目を覚ませ」

 しかし、彼の瞳は真紅と群青になっている。正気ではなかった。

 「無駄だ。俺の呪いは俺の魂を懸けている。消すことは出来ん。俺を倒してもな」

 アヴァドを睨んだ。

 伏魔殿に封印されていただけあって、強力で邪悪なアスタロットというのは伊達ではないのだ。少数でも出してしまったことは、下界の危機であるのだ。

 アーク聖戦が激化している。そう思うしかなかった。

 

 マーカスが涼をドラゴンの怪力で何とか後ろから動きを止めた。しかし、ジョンには倒すことは出来ない。そこに鎧のアドネルが現れた。

 「私が召喚されることが原因だ。無界の存在の端くれ、私が何とかしよう」

 彼は元の姿に変化すると、右腕を千切って槍にした。それを彼に投げた。

 「ダメだ!」

 ジョンの言葉は届かず、それは涼の胸を貫いた。幸い、ドラゴンの皮膚のマーカスには刺さらない。

 彼は苦しみながらマーカスの腕から崩れ落ちて倒れた。

 「涼!」

 ジョンが駆け寄って彼を抱えた。マーカスはアドネルを睨む。

 「大丈夫だ。その槍は我の魂の一部。アスタロットごときの呪いは上位であろうとも浄化は出来る。だが、精神を直すだけで元の姿には戻せんが。それでも、その能力は彼の力となるだろう」

 アドネルはその瞬間、後ろからの衝撃に振り返る。アヴァドが腕を彼の腹部に刺していた。天照はすでに人間の姿で倒れていた。

 「抜かったか…、しかし、貴様にはあの人間は倒せない」

 そう言い残して、アドネルが無界に送還されてしまった。

 ジョンとマーカスは茫然と見ている。

 涼はアポリオを最大限に高めて立ち上がった。

 アドネルの言ったように、彼はアヴァドの呪いの強力の力を持ちながらも、正気を取り戻した。

 「心配かけましたね」

 埃を払って、鍵の剣を構えると涼は闇の魔法円を空中に発生させた。

 彼はアドネルの力、アヴァドの力を得て魔法円を描かずとも無界の力を使えるようになったのだ。…ジョンのように。

 「自分の力で消えろ!ダークエクスプロージョン」

 闇の魔法円から凄まじい黒い光が放たれて、アヴァドに直撃した。魂を涼に分けた為に力を減ったアヴァドは防御も避けることも出来なかった。

 凄まじい爆破が起こるが、アヴァドは何とかその爆破を空高く飛ばしてダメージを極限に減らした。上空に大爆発が起こる。

 「もう、勝ち目はないですよ」

 剣を振りかざして駆け出した涼は、剣を闇のアポリオで纏わせて振るった。

 アヴァドは最大限に防御をしたが、真っ二つになって消滅した。

 本来は上の次元の存在は憑代が壊されても、魂は滅しないはずである。それを彼は消滅させたのだ。

 「残りの逃げたアスタロットは斬月が追っていったから、何とかなるでしょう」

 涼がそう言うと、瞳の色が元の黒になった。多少、漆黒に色づいたようだが。



                  エピローグ

 敵は消えた。涼は元の暮らしに戻る為に、帰路についた。ジョンはマーカスに別れを告げて、棗の家に帰って行った。

 執事は目を覚ますと、別の主を探して去っていった。

 斬月と残りのアスタロットの行方は依然、不明である。

 これでとりあえず、一段落したことになる。

 

 翌日の朝刊をジョンは筋肉痛で疲れ切った体を引き擦って開いた。

 ある記事に目を通して溜息をついた。

 ―――北条氏は謎の死を遂げていた。何か猛獣に襲われたような傷があったそうだ。

社長を失った横臥建設はブラック企業の調査が労働基準監督署の調査が入った。

その後に倒産した。

 「いくら、あの斬月1人でもきついか」

 そう呟いて、シリアルを口いっぱいに頬張った。

 しかし、それ以来、アスタロットの存在も気配も静まり、平穏な日々が続いた。

 

 ある瞬間までは。


                        了

私のホームページ、書籍、メールマガジンを読んでいる方は想像がついていると思います。

あの屋敷が何なのか。絵画が誰か。そばの月夜見館という旅館は何なのか。

登場人物の中で知っている名前が複数出てきます。

伏魔殿はメールマガジンを読んでいる人なら良く理解していると思います。

今までの私の作品と今回の作品は異なるようで繋がっているという要素が今回は沢山含まれていると思います。

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