戸惑い
結局、お客様は転倒してしまった。救急車まで出る始末。
なぜ防ぐ事が出来なかったのだろう。
私は仮眠室に横になり、先ほどまでの自分の行動を思い出していた。
(お客様が下り坂で転ぶ映像が見えた。でも、実際は改札を抜けた先で転倒。場所が変わっている・・・バッテリーがズレたままだったら映像で見た場所で?直したから、手前で転倒?)
どちらにしても、防いであげることが出来なかった。
地下鉄の改札まで見送るべきだった。
「はぁ…。私って、気が利かないな」
(でも、変。この間から映像が先で耳鳴りが後)
「森川さん大丈夫ですか?」
「あ、結城ちゃん。ごめん、もう戻る」
「課長が早退しろって言ってます」
「え?」
どうせあと2時間だから上がっていいと。なんだか気をつかわせてまって申し訳ない。でも、たまには甘えてもいいかな。
それくらい気持ちが萎えていた。
「お疲れ様です。すみません、お先します」
改札を通ると鉄警隊の人がちょうど下りてきた。警乗してきたのかだろう。※警乗=警察官が警備のため乗車すること。
「もう上がりですか?」
「はい。あ、先日はお世話になりました」
「ああ、伏見警部の件。珍しいんですよ、あの人が誰かに関わるとか」
「え?どう言う事ですか?」
「いつもは誰かに指示出して現場に戻るんですけど、自ら送るなんていうから・・・」
「それって、良い事ですか?悪い事ですか」
「あ〜、我々にも想像つきませんけど、頑張って下さいとしか」
「私が頑張るんですか!?」
「あはっ、はは」
敬礼して戻って行ったけど、誤魔化されたな。
やだよ。何かにつけて絡んで来たらどうすんの。あんな扱いにくそうな人に目を付けられたとしたら・・・
ー ブルッ、身震いした。
(どうかヤツが鉄警と絡みませんようにっ!)
そんな願いも虚しく、暫くして伏見さんと顔を合わす事になる。
「痴漢!?」
「そう、勇気ある女子高生が腕掴んで引き摺り降ろしたぞ」
「すごい!なかなか出来ないですよ」
サラリーマンらしきその痴漢をした、らしい男は鉄警隊に引き渡され、尋問されている。と言うのも、確定したわけではないので【らしい】としか言えない。
冤罪ということもあるから・・・。
「森川ならその人見たら分かるんじゃないのか」
「分かるって?」
「本当にやったかどうかをだ」
「ああ、かもしれませんね」
以前までの私なら、「ちょっと見てきます!」なんて言っていたかもしれない。でも、体が動かない。
自分が動いて、もし上手く行かなかったら?それが怖い。
「見回り行ってきます」
掃除用具を手に駅構内の巡回に出た。ゴミを拾いながら、不信物がないか困っている人が居ないかを見回る為だ。
最近は外国人のお客様が増えた。駅職員も英会話のレッスンを時々受けている。
ホームに立たない時はスカートの制服を着用している。
タイトスカートだから走りづらくて嫌だけど、体裁もあるので仕方がない。イメージが大切だからね。
笑顔で優しい女性スタッフが対応します!みたいな?
「お疲れ様です」
豪華特急列車セブンスターの乗務員たちが、列をなして通り過ぎる。
彼らは選りすぐりの精鋭部隊だ。
サービスにおいて彼らの右に出る者は許されない!らしい。
「眩しいよねぇ、皆の憧れ。なんだろうね」
「あんたには無理だろうな」
「うわっ!・・・あなたっ」
神出鬼没!出たっ、伏見ー!
「呼び捨てかよ」
「は?」
「いや。それより・・・」
伏見警部は私を上から下までジロジロと見ている。
「な、なんですかっ!」
「ふっ。似合わねー」
なんだこの刑事!何様だ!悪かったわね、スカートで!
口角をぐっと上げて声も出さずに笑う。ムカつく以外にないっ。
「似合わなくてすみません。でもなんで此処にいるんですか」
「痴漢したらしい男の引き取り」
「そうですか。その人、やったんですか?」
「さあ、まだ何も」
関わる必要はないのに、どうしてもその男性が気になる。
『森川ならその人見たら分かるんじゃないのか』『本当にやったかどうかをだ』
でも、それは私がする事ではない。私は駅員だ。
お客様が安全に列車を利用できるように努めていればいいのだから。
「そうです、か。お疲れ様です」
私はそう言い、掃除道具を手にまた構内を回ろうと伏見警部に背を向けた。
「気になるのか、その男の事が」
「えっ。いえ、別に」
逃げるようにその場を去った。だって、怖い!
気のせいだと思うけど、絶妙なタイミングで私の心をついてくるのは何故?
まるで私の心が読まれているみたいに。
(調子が狂う・・・、勘弁してほしい)
「あいつ、大丈夫か?」
そんな言葉を呟かれているなんて事は全く知らない。
耳鳴り、映像…映像、耳鳴りとこれまでとパターンが逆になっている。
ただ逆になっただけなのか、それとも・・・
よく、分からかない。
こんな能力、迷惑だよ。