異変
やっぱり今日はツイてない日だったんだな。
明日からはきっと、いつもの日常に戻るばす。
「伏見さん、どうしてここに?」
「仕事帰りに通りかかっただけだ」
「へぇ、お仕事終わるの遅いんですね」
そうか、この地下鉄の駅は県警本部最寄り駅。
だから会っちゃったんだ。ま、仕方がないか。
「あんた、酒飲めないのに何やってんの」
「は?関係ないですよね、あなたには」
「確かに関係ないな。お持ち帰りされるところ邪魔して悪かったな」
「むっ!」
悪かったって顔じゃない!口元をクイッと上げて、バカにしたようにニヤッとするなんてっ。なんか、ムカつくな。
「か、帰りますっ!」
駅へ続く階段を降りようと何段か下ったところで、景色が歪んだ。
(うわっ、興奮しすぎたか?酔が今になってキタっ)
転げ落ちてなるものかと、手すりを掴んで一旦停止。
バクバク、バクバクと心臓が煩い。
(やっぱり、ワインなんて飲むんじゃなかった)
「おいっ!」
「っ…」
カツカツと嫌味な警察官が近づいて来るのが分かった。
ー キーン!
(わっ、寄りによってまた耳鳴りっ!勘弁してぇ)
「マジ面倒臭えヤツだな」
「やっ!」
体がふわっと浮いて、そのまま階段を降りて行った。
そうなのだ、嫌味な警察官が痺れを切らして抱えて降りているところだ。仮を作ってしまったぞ!
「暫くしたら治まるって思ったんだろうけど、そのまま転げ落ちるだけだからな」
そんな意味不明な事を言いながら、私は下ろされた。
「・・・え?」
「じゃあな」と一言吐き捨てて、去って行った。
因みに耳鳴りは治まっていた。な、なんなんだ。
厄日だ、さっさと帰って寝る。明日は一歩も外に出ないぞ!
* * *
貴重な日曜日を家で過ごしてしまった。
でも、やっぱり家が一番落ち着くし安らぐ。唯一の安全地帯。
「おはようございます」
「あっ、森川。おまえ」
車掌の河上さんがニヤニヤしながらやってきた。
「なんですか?」
「一昨日、ホームで男に引きずられてたの見たぞ。彼氏出来たんだな!よかっかなぁ、心配してたんだぞ」
「河上さん。あの人彼氏じゃないですよ」
「え?」
「警察官です」
「なんかヤらかしたのか!?」
「いや・・・」
カクカクシカジカと事の経緯を話すと、河上さんはクツクツと笑いながら「こりゃ酒のツマミが出来た」と事務所を出て行った。
ひ、ひどいな。まあ、笑って貰えるならいっか。
「先輩、鉄警の人が心配していましたよ」
「なんて言ってた?」
後輩の結城ちゃんが鉄警の人から私の話を聞いたらしい。で、その鉄警さんたちの間で可哀想な人になってるらしい。
「護送されたって」
「護送!?あ、あれ護送になるんだ。いや、本当いい迷惑だったよ」
「お疲れ様です」
駅員控室ではちょっとしたネタとなり、面白おかしくイジられたりもしたけど、よく考たら確かに面白い経験したよね。
「森川!車椅子のお客様頼む。六番、13時24分の下りで降りてくるぞ。4両目!」
「はい!」
私は車椅子のお客様がスムーズに乗り降りできるように、それ用のステップを抱えホームに向かった。
折りたたみ式のそれは、結構重い。
(気をつけよう。前これ開くときに、指の腹を挟んだんだよね)
予定通り電車が入り、お客様の降車を助けエレベーターまで見送った。
その時、どこかの下り坂でお客様が車椅子ごと転倒する映像が見えてしまった。
(電動なのに転倒?なぜ・・・ん?バッテリーが)
「お客様、車椅子のバッテリーがズレている気がします」
「えっ!あらっ危なっ。あの、一度はずはして入れ直したいので手伝ってくれませんか」
「はい。どうしたらいいのでしょうか」
「これを・・・、こうで、そうそう」
何とかバッテリーをつけ直した。でも、ズレていたせいで電池を消費してしまい充電が必要らしい。
「事務所で充電されますか?」
「ありがとう。でも、それようのものでないと無理だから手動に変えます。助かりました。あれ途中で外れたら大変なので」
「そうですか。よかったです」
電動の装置を切り手動にしたお客様は、重そうにこぎながら行ってしまった。大丈夫かな。
ー キーンッ!
(っーー!痛っ。今度はなんだろう)
その後、予兆を表す映像は見えなかった。
おかしい。
休憩のため事務所に戻ろうと、ホームから改札に向かった時に同僚がバタバタしていた。
「何かありました?」
「車椅子のお客様が転倒されてね、救急車呼ぶところだ」
「えっ!その人は何処で?」
地下鉄に向かう途中の売店の前に、駅職員と横になる人がいた。
(あっ!さっきのお客様っ!!)
暫くして救急隊員がやってきてストレッチャーに乗せて行った。
意識はしっかりしているが、念のためと言うことだった。
(防ぎきれなかった。どうして?バッテリーのせいではなかった?だとしたら、慣れない手動で何かに躓いて…っ。余計な事、した?)
血の気が引いていく感覚がした。
「森川さん?森川さん?」
「はいっ!」
「顔色、悪いよ。大丈夫?」
「え、はい。今から休憩なんで、少し横になります」
私はとてつもない不安に襲われていた。