いつか来る日が現実となった日
今朝は亮太と一緒に家を出た。久しぶりの日勤なので夜は一緒に御飯が食べれる。
駅までのわずかな時間で夕飯のメニューを決めた。
亮太がカレーライスを作ってくれるらしい。
「すっごい楽しみ!」
「市販のカレールー使うんだから期待はするな」
「でも気持ちは込めてね」
「おまえ朝から恥ずかしいって」
「ふふっ」
以前、もう作ってやらないって言っていたのに、なんだかんだ言って彼は優しい。
こんな感じでいつもよりテンション高めで仕事にかかった。
だけど、お昼近くになって異変が起きた。
― キーンッ、キーンッ、キーンッ
「連続した単音の耳鳴りって初めて。何?何が起きるの?」
― 奏。しっかり生きていくんだよ...
「え?誰?何処なの?」
― 亮太さんを離すんじゃないよ。
「おばあちゃん!」
嫌な予感がする。心臓がドクドクドクドクと駆け足を始めた。
こんな事はなかった。おばあちゃんの声が聞こえてくるなんて今までになかった。
私は事務所に駆け込むと、ロッカーからスマホを取り出した。
知らない番号からの着信あり
知らない番号からのショートメッセージあり
恐怖で指先が震える。最初にショートメッセージを開いた。
― ○○病院です。森川タエ様の件です。気付かれましたらお電話をください。
「病院!おばあちゃんっ!」
私は駆けだしそうな気持ちを抑える為に深呼吸をした。
二三繰り返して、目を閉じだ。大丈夫、おばあちゃんは大丈夫!
― 森川奏と申します。祖母のタエの事でお電話を頂いていたのですが。
― 森川...ああ!少々お待ちください。
保留音が鳴りはじめた。どれくらい待ったか、暫くして男性の声が聞こえてきた。
― 森川奏さん。タエ様のお孫さんで間違いないでしょうか。
― はい。祖母がどうかしたのでしょうか。
― タエ様は...午前11時23分に、息を引き取られました。心筋梗塞による心肺停止です。
― え・・・・。
その男性は心臓外科の医師で、おばあちゃんが救急車で運ばれた時には既に心肺停止だったと。
心臓マッサージや電気ショックを加えても回復せず、死亡を確認したと。
今後の遺体の引き取りを相談されたけれど、聞くだけで精一杯だった私は返事が出来なかった。
― えっと、あのっ。
― 落ち着かれてからで結構です。急ですので、今日一杯は当病院で安置いたします。
― ありがとうございます。
私は通話の切れたスマホを耳から離す事が出来ずに、その場に座り込んだ。
いつかこういう日が来ることは分かっていた。分かっていたはずなのに、いざ来てみると何も出来ない。
唯一の家族が今、私の傍から旅立って行ってしまった。
「おばあちゃん!う、うぁぁぁ」
ちょうど休憩で上がってきた、結城ちゃんと先輩がそんな私の姿をみて駆け寄って来た。
簡単に事を説明したら「すぐに帰りな!」と先輩が上司に報告に行ってくれた。
その間、結城ちゃんが私の背中を擦ってくれていて、その優しさにまた泣いた。
「彼氏さんに連絡しましたか?」
「まだ」
「仕事中でしょうけど、連絡した方がいいですよ。先輩、その様子じゃ」
私の様子を見て一人では帰れないだろうと心配をしてくれている。
そんな時、所属課長がやって来た。
「森川、しっかりしろ。総務には俺から掛け合っておくから暫く休め。今からが一番忙しいんだ。お通夜の手配や葬式、お世話になった人への挨拶。全部お前がしなければならない。酷だろうが亡くなった人への最後の儀式だ。泣くのはそれからだ」
「・・・はい。ありがとうございます。ご迷惑をお掛けしますが、宜しくお願いします!」
「ああ、葬儀の日時が決まったら必ず連絡くれ。手の空いた社員で手伝う」
「ありがとう、ございます」
私はすぐに着替えて会社を出た。歩きながら亮太のスマホを鳴らす。
任務中なのか出ない。いったん電車に乗って家に戻り、荷物をまとめて実家に帰らなければならない。
マンションの部屋のカギを開けた所で、亮太から電話がかかった。
― 亮太!
― 奏?どうした?
― おばあちゃんが、死んじゃった。
― え!奏、今どこだ!
― 家、実家に帰る準備しなくちゃ。病院におばあちゃんをお迎えにっ...うぅ
― すぐに帰るから、家に居ろ!いいな!其処に居ろ!
亮太の声を聞いたら体から力が抜けた。靴を脱ぐことも忘れて玄関にへたり込んでいた。
「私どうしたらいい?」
とてつもない恐怖と不安が押し寄せてきた。