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尋ね人

気怠い体に気合を入れて起きると、亮太はもう居なかった。


「あれ?今日も仕事だったの?」


もうお昼になろうとしていた。朝っぱらから私はいただかれてしまったんだ…うぅ、恥ずかしい。

服は何処だと探したら、入り口近くにあった。ああ!あんな所に投げ飛ばしてっ。モゾモゾと起き這うようにして服を取りに行った。


「やだぁ、久しぶり過ぎて腰が変な感じ」

「何やってんの」

「きゃあっ!」


咄嗟に手にした服で前を隠した。見上げると、部屋着に着替えた亮太が私を見下ろしている。

じぃっと見られると逆に動くことが出来なくなるから不思議だ。

それでも前に当てた服を広げ、もう少し隠さなければと指先に力を入れた。


「服着るからあっちに行ってて」

「なんだ、まだ足りなくて誘いに来たのかと思った」

「っ!!なわけないでしょー」


亮太は「あはは」と笑いながら部屋のドアを閉めた。あんな冗談言ったりするんだ。

亮太の一言一句、一挙一動に過剰に反応してしまう。今まではそんなことなかった。やっぱり一線を越えると、相手に対する感情が大きく変わる。

それと同時に、独占欲がむくむくと湧いてくる。


「男の人も同じかなぁ...」


ぼそりと小さな声で言ってみた。一緒であってほしいような、これは私だけの秘密にしたいような複雑な気持ちになった。そんな自分に、自分で苦笑する。

部屋着をなんとか身に着けリビングに出ると、なんと亮太がキッチンに立っていた。


「え!何してるの!?」

「何って、おまえが作ってくれたやつ温めようと思って」

「なんだびっくりした」

「はあ?」

「何でもない」


いやまさか何か作っているのかなって思って。亮太ってそういう事するイメージがないから。

出されたものは残さずに食べるしちゃんと「旨い」って言ってくれる。でも、誰かに食べさせるっていう行為が目に浮かばない。ああ、捻くれた少年像しか思いつかない。

動くのも面倒なくらい怠いので、ダイニングテーブルに座って突っ伏すようにして顔だけ亮太に向けた。


「今日休みだったの?」

「ああ。二日もぶっ通しだったからな」

「そう」


なんだか元気そうでムカつく。私はまた明日から仕事なのになぁ、疲れが取れてない。

いや、逆に疲れさせられたのが正解。


「しんどそうだな」

「・・・」

「食える?」

「・・・うん」

「なぁ、それって俺のせい?」

「聞くな!」


へらへら笑いながらお茶碗やお皿を並べて行く。あれ?お味噌汁とか作ったっけ?

キッチンに目を向けるとお鍋から湯気が上がっているのが見えた。


「これ、亮太が作ったの!?」

「そうだけど」

「作れるんだ。感動したぁ~」

「味噌汁くらいで感動すんなよな」

「だって」


亮太、どんな顔してこれ作ったんだろう。それを考えただけで胸がキュンとなる。

私はもちろんお味噌汁を一番最初に口にした。ちゃんと出汁いれてるじゃん、美味しい。


「美味しい。なんか優しいね」

「施設のおばちゃんに教えてもらったんだ。時々、みんなで作った。一人立ちしても大丈夫なようにってな」

「そうだったんだ。じゃあ他にも作れる?」

「まあ、ありきたりのは。カレーとか肉じゃがとか定番のやつ」

「へぇ」

「でも俺は作ってもらう方が好きだから、もうしてやんねーぞ。今日は特別だ」

「なにそれ、つまんないの」


ほんのり顔が赤くなっていたのを私は見逃さなかった。出逢った時なんて頬骨を上げる事なんてなかったのに、今は弧を描くように口元を緩めたり、目じりを下げたりする。

心を許してもらえたのだろうか。野良犬が懐き始めたそんな例えしか思いつかない。


「んふふっ」

「何笑ってんだよ」


「何でもないよ」と言って誤魔化した。だって幸せって言葉が浮かんで恥ずかしくなったから。


* * *


翌日は珍しく日勤だった。

いつものように朝礼から始まり、改札に立って、切符販売して精算して、ホームに立つ。

お昼休憩を挟んで、お掃除セットを持ち構内を巡回する。


ちょっと鉄道警察隊の詰所の前を通るのが恥ずかしい。なので心なしか早足でその前を通り過ぎる。

すると、その詰所から一人の若い女性が出てきた。

肩まで伸びた髪は緩いパーマがかかっていて、肌の色は白く可憐な少女を思わせる人だった。


「あ!駅員さん。この駅ってここから何分で着きますか?」

「はい(うちの最寄駅だ)。駅は三つ目で快速に乗れば二つ目になりますね。今からなら4番ホームからです」

「ありがとうございます」


彼女の可愛らしい笑顔に絆される30歳のオバちゃん。きっと彼女から見たら私なんてオバちゃんだ。

いくつだろう。23、4歳かな?羨ましいビームを彼女の背中に送り、仕事に戻った。


* * *


午後5時を過ぎた所で、休憩の人と入れ替わり業務報告書の記入を始めた。

間もなく終業だ。日勤を終えると、とても健康的な生活をしている気になる。亮太も今日は早く帰ると言っていたのでスーパーに寄って帰ることにした。


(あれ?あそこにいる娘って・・・・?)


マンションの入り口に近づいたときに昼過ぎに乗り場を聞かれた女性を見つけた。

彼女は近づく私に目を向けたけれど、何もなかったかのようにまた道路に目を向けた。


(ああ、制服だったから気付いてないんだ)


声を掛けるかどうか迷いながらマンションに入りエントランスで鍵を開けようとした。

その時「あの」と声を掛けられたので「はい」と振り向く。


「知っていたら教えて頂きたいのですが」

「はい」

「伏見亮太って人がこのマンションに住んでいると聞いたのですが」

「えっ」

「もしかして、ご存じ、ですか?」


ご存じも何も、今一緒に暮らしていますけどと心の中で答える。

少し潤んだ瞳がくるんと動いて首を傾けた。まるで飼い主を見失って、どこ?どこっ?て不安そうに縋る真っ白なチワワだ。


「し、知っています」


追い込まれたように私は答えた。

彼女の瞳は一層大きく開いて、花が咲いたように笑った。


私にはない、甘い乙女の匂いを振り撒いた。

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