帰る場所はいつだって君の所
んっ、暑い。それに体が動かない!もしかして金縛りにあったのかな。
起きなくちゃ、起きたい、ううーん。なにこれ動こうとするともっと縛られるっ!!
「う、うあっ!はぁ、はぁ」
な、なんとか目を開けることができた。息を整えながら目に入った景色に疑問が浮かんだ。
ここ私の部屋じゃない。ベッドは大きいし、窓のカーテンも違う。
起き上がろうとして更に違和感を感じた。だって、まだ体が動かない。
はっとして自身を観察すると、お腹の所に誰かの手があって背中に誰かがぴったりとくっ付いている。
「ひぃっ!」
私の体の反応にその絡みついた手が緩んだので、その隙に思い切って振り向いてみた。
「・・・!りょう、た?」
もっと叫ぶような大きな声が出ると思ったんだけど、案外情けない声しか出なかった。
いつの間にか帰って来てる。いつ?
そしてなんて無防備なんだろう。疲れているんだとは思うけれど、スースーと穏やかな寝息だった。
なんか無性に腹が立ってきた。
死ぬほど心配したのにっ。何にも連絡なくって、そりゃ機密事項だらけな仕事だから仕方がないけど。
でも、でも、ものすごく心配したんだからっ!!
「・・・・ぶはっ」 鼻を摘まんでやった。でも起きない。
「・・・・んーっ」 耳を引っ張ってみた。それでも起きない。
「ん、んぐっ・・」 ほっぺを両手で挟んでむにむにしてやった。
イケメンが不細工になったよ。
「んふっ、ふふふっ」
笑えて来た。こんな事を私にされているって知ったら何て言うだろうか。
睫が長いなんて贅沢な男だな!唇も薄いとかもう反則だぞ!
亮太のお父さんがイケメンさんだったのだろうか。それともお母さんが美人さんだったのかな。
「はぁ。憎めないやつ」
溜息と諦めと、惚れた弱みというものがどーっと押し寄せてきて力が抜けた。
生きて帰って来たからよしとするか、みたいな?
「怒ってねえの?」
「うわぁぁ」
一息ついた所で、突然亮太が目をパチリと開けてそう言った。当然私は驚いてちょっとベッドの上で跳ねてしまった。起きた・・・。
「化けもんが出たみたいな顔しないでくれよ」
「だって、何しても起きなかったから」
「何してもって、何したんだよ」
「いろいろだよ!なんか急に腹が立ってきた。怒ってないのって、どういう事っ!」
そう言うと、亮太は起き上がってシュンとした表情で「ごめん」と謝ってきた。素直すぎるんですけど?
悪いと思っているらしい。
「仕事、大変なのは分かるけど生存確認だけは送ってきて」
「うん」
「ねえ、なんで返信くれなかったの?犯人追い詰めてたとか?」
「それがさ、スマホの電源が落ちてたんだ。奏から連絡ないから大丈夫だろうって思ってたんだけど、そうじゃないって気付いたのは署を出る直前だった。ホント、ごめん」
なんだ、スマホの電源か。何も連絡なくても合間でチラ見でもしてよって心の中で愚痴った。
言葉にしなかったのはワンちゃんが耳下げて、尾っぽを丸めて小さくなっている姿と重なったから。
なんだこの生き物はっ!
「もういいよっ」
「え?怒鳴ったり、殴ったりしないの?」
「あのね、私はそんなに凶暴じゃありません」
「ごめん」
「それにわざとじゃないんだし、警察官は機密事項だらけだし、事件だったら仕方がないし。でも、ほんの少しでも時間があったならスマホの確認はしてほしかった。それだけ」
「ごめん」
これ以上口を開いても、叱りつける言葉ばかりだ。現に目の前のワンちゃんは反省している模様。
仕方がない、ワンちゃんをよしよししてやるか。
私は正座で項垂れる亮太の頭を抱き込んだ。急で驚いたのか「うおっ」とか言っているけど無視。
頭をわしわしと少し乱暴に撫でる。大人しく亮太は撫でられていた。
やだ、恋人同士の甘い空気とは程遠く、母性が勝ってしまっている。もうぅ、バカ。
「奏」
「ん?」
「俺、犬じゃねえし」
「え、バレた?だって尾っぽ丸めてたんだもん。可哀想になった」
「でもそれ、犬じゃなかったらどうする」
「犬じゃなかったらって?ん、んーー」
この犬襲ってきましたが!忘れていたけどかなりの大型でした。
噛みつくような勢いでキスしてきたくせに、唇と舌で優しく撫でたりしてご機嫌を取ろうとしている。
「なあ」
「はい」
「もう焦らさいでほしいんだけど。俺、そうとうヤバいことになってんだぞ」
「え?え?え?なんで、今そういう流れになるの?」
「奏が悪い。めちゃめちゃいい匂いさせて、俺の顔を胸に押し付けてよしよしするからだろ!」
「いやぁ、ほら見て。爽やかな朝ですよー」
と言って、カーテンに手を伸ばした所で背中から圧し掛かられてベッドに沈む。
もう、ガッチリ押さえ込まれてて抵抗できない。
こんな時に警察官スキルを発揮するんじゃないっ。
「俺、奏のこと絶対に一人にしないから。仕事で何日も家空けて、連絡もよこさない日があるかもしれない。でも、絶対に帰ってくる。奏の所に。それだけは誓う」
「うん・・・」
「だから、言うことを聞いて」
耳元でものすごい色っぽい声で囁かれたら、撃沈。
もうジタバタする気力も、反抗する言葉も出てこない。だって、好きなんだもん。
「かなで?」
「・・・」
「だめ?」
「・・・ょ」
「え、聞こえねって」
私は思い切って振り向いて、恥ずかしいのを我慢して答えた。
「だからっ。いいよって言ったのっ」
「ありがと」
初めて亮太の満面の笑みを見た。こんな笑顔出来たんだね。
その笑顔を見たら自然に私も頬が緩む。あーあ、私の負けです。
「りょうたぁ」
「ん?なに」
「私の事、好き?」
「・・・っ、な、なんで」
「聞いた事ないから聞いてみたい」
「決まってんだろー」
「んんっ、ちょ、まっ・・・て。やっ」
言わなかった。結局最後まで言わなかった。
あんなむず痒いセリフは言うくせに、たった一言の好きが恥ずかしくて言えないなんて。
言わせてやるぅ、いつか絶対に言わせてやるんだからっ。