相手を想って己を知る
翌朝、若干寝不足気味で始発を見送りなんとか朝礼までこぎつけた。
だんだんと体力の衰えを感じるアラサーである。
「お疲れ様でした」
ロッカーでスマホをチェックしたけど、昨日の昼から何も連絡は入っていない。基本的にツンな人だから恋人っぽいメールはないんだけど。
ー おはよう。今から帰宅します、夕飯のリクエストある?
「よし、帰るとするかっ」
自宅の最寄り駅で降りスーパーに向かった。途中でスマホを確認したけど返事も読んだ形跡もない。
まだ10時過ぎだし、普通はみんな始業したばかりだから忙しいよね。
適当に買い物を済まし帰宅した。
「ただいまぁ」
一人暮らしが長いと誰もいなくても喋る。要は独り言が増えるってこと。何をするにもぶつぶつ言ってしまう。
テレビにだって突っ込み入れるからね。
シャワーを浴びて、疲れていたのでそのままソファーで寝てしまった。
目が覚めた時は午後一時過ぎ。
「お腹空いたなぁ。何食べよ」
考えながらスマホに手を伸ばす。返信はない。
警察官だから何か事件でも追いかけているのかもしれない。亮太は真面目だから勤務中はスマホ見ないんだよ。
でも、昨日はくれたよね。
「さて、お昼お昼」
おうどんを茹でて食べた。キッチンに立って気づいたけど、もしかして亮太、昨夜帰ってない?
何かを飲んだり食べたりした気配がないんだけど。
大丈夫よね?
そう言えば前、一晩中追いかけっこしたとか言っていた。事件が解決するまで帰れないんだ。
それより亮太って何課?
初めてあった時は警護の仕事していたし、この間は制服着たとも言っていた。交通課ではないみたいだけど。
地方警察官だかこき使われてんのかな・・・。
「ああ!もうっ。心配しすぎ」
亮太にとっては日常のひとつだよ。
急に彼女ヅラするんじゃねえって嫌味言われるぞっ!
じっとしていると亮太の事ばかりになるので、掃除をする事にした。あちこち掃除機かけて、フローリングをフキフキしてキッチンのシンクを汚れてもいないのに磨いた。
「あースッキリ。おっ、もうこんな時間だ。夕飯作ろっと」
亮太もよく考えたらアラサーじゃない?にしても成長期かってくらい食べるので余裕がある日は品数多めに作る。
すっかりあいつ好みだよこれ。私って尽くすタイプ?
チラチラ、スマホを覗くけど何のお知らせも来ていない。
「お腹空いたぁ。もう9時回ったよ。何か連絡くれたらいいのに」
ちょっとイライラして来た。
遅くなるとか、帰れないとかなんか言って!
ー 遅くなるの?帰れないとか?ご飯先に食べます
夕飯を済ませて、再びお風呂に入った。お湯をためてじっくりと。
もう寝る準備は万端だ。
明日は休みだから心理的に余裕はある。
「待っててやるか」
・・・・・・・・・・・。
時計はとっくに日付を跨いだ。
未だになんの音沙汰無し。流石に心配する!
ー 生きてますか!
こんな時に役に立たない私の能力。自分が望んだものの未来は全く見えない。予兆はないから無事だとは思うけど。
いや待って、最近の私変だったよね。耳鳴りじゃなく頭痛がしたり、映像を先に見て耳鳴りがしたりって。
やだ、亮太の事感じる事が出来なくなってたりしないよね!
考えれば考える程、悪い方向にしかいかない。
「もう!バカッ」
一人でイライラして、叫んでも何も変わらない。
「りょうたぁ、なんか連絡入れてよ。何でもいいから」
心配しすぎて眠れないと思っていたのに、前日からの運行停止などの対応も加わり夜勤明けの脳は疲労困憊。
「うぅ、私って薄情。眠くて死にそう」
いつの間にかスマホを握ったまま、ソファーに突っ伏して眠ってしまった。
* * *
途中でスマホの電源が落ちたの知らなくて、連絡ないから大丈夫かなって思ってたんだけど・・・。
慌てて電源入れて、更新して俺はフリーズした。
「・・・だよな。普通そうなるよな」
未読30件
着信あり
メッセージあり
スクロールしないと全部見れないなんて、かなりヤバイ。しかも全部同一人物だぜ。
うわぁぁ、俺、殺させるんじゃねえの?
ガチャ、静かに玄関のドアを開けたのは午前2時半。リビングの電気が点いていた。起きてるのか!?
「ただい…ま?」
なんの音もしないリビングを見渡すと、ソファーに突っ伏して眠っている奏を見つけた。しかもスマホ握り締めたまま。
そっとスマホを手の中から取ると、送信しかけの俺宛のメッセージがあった。
ー 生きてますか?一人にしないで下さい。
「っー。ごめん奏。俺、生きてるよ」
夜勤明けで疲れ切っていたんだろう。肩を揺すってみたけど起きる気配はない。ベッドに寝かせようと奏を抱え上げた時、奏の頬には明らかに泣いた後があった。
心臓をギュンと握られたように、ものすごく疼いた。
何故か俺は奏の部屋じゃなくて、自分の部屋のベットに寝かせた。
髪を撫でると、奏は身じろいで反対向いてしまった。俺が昨日の朝放り投げたパーカーを抱きこんだ。
「マジか・・・はぁ」
奏のそんな姿を見たら、申し訳なさすぎて一旦部屋を出た。
シャワーを浴びて頭を冷やす事にした。
「明日何て言うかなぁ。怒るよな、泣くかな…ああっ!何やってんだよバーカ!」
イライラしたって仕方が無い。悪いのは俺だ。
頭から水を被ってバスルームを出た。冷蔵庫を開けたら、俺が好きなやつばっかりタッパーに入っていた。
なんでだ、頬が熱い。指で触ったら濡れていた。
「はっ。俺、泣いてんの?」
誰かに待っていてもらうとか、誰かに心配されるとかそんな日が来るとは思ってもなかった。
俺はキッチンに立ったままそれを食った。
「旨え」
俺があいつを、奏を護るって言ったのにな。
俺が護らてんじゃねえの?助けられてんじゃねえか。
「くそっ」
いつか一人になってしまう奏を俺が護って、俺が家族になってって思ってた。けどっ、俺がもう一人になりたくなかったんだな。
俺は奏が眠る隣に静かに潜り込んで、後ろからそっと抱きしめた。
「温けえよおまえ」
「んー。・・・」
「ふっ、起きねえのかよ」
怒られても殴られてもいいや。
絶対に離さないから。
明日は初の土下座か?いや、もう今日か。
久しぶりに人の温もりを感じて、深い眠りに落ちた。




