恋人になったよね?
あんな告白をしたのに、ちゃんと眠った自分に少し引く。
時計を見ると午前7時を回ったばかり。
昨夜は最終だったので、今朝は遅出になった。なんか、労働基準法で退社してから6時間は出勤してはいけないらしい。
ゆっくり体を起こし、簡単に髪を整え服を着替えてリビングにでた。
「・・・居ない」
ちょっぴりドキドキしながら出てきたのに、亮太はもう居なかった。
スマホには『夜は普通に帰る予定』と超事務的なメッセージが来ていた。
「ふふっ、ふはは」
変わらない彼の態度に笑いが出る。
年下のくせに、あの余裕はいったいどこから来るのか。若いのに、何か苦労したのだろうか。だとしたら納得する。
今度聞いてみよう。きっと、素直には話さないだろうけど。
その時、テーブルに置いたスマホが鳴った。
♪、♫〜…♫〜♫
「ん?お祖母ちゃんだ」
ー もしもし、お祖母ちゃん?
ー 奏。元気にしとるね。
ー うん。あんまり帰らなくてごめんね。
ー 仕事が忙しいんだろ?いい事だよ。
ー そうだね。で、何かあったんじゃないの?
ー そうだね、早く孫婿に会いたくて電話したんだよ。
ー !?
ー 早く連れて来なさい。婆ちゃんが見てやるから。
電話は切れた。
「え、用ってそれ?・・・忘れてた。お祖母ちゃんって霊感がものすごく強かったんだ。私なんて比じゃない」
お祖母ちゃんに亮太を会わせる?
うーん、お祖母ちゃんならあいつの考えている事なんて、赤子同様。
それもイイかもね〜。
そんな事を考えながら、出勤した。
「おはようございます。昨日はお疲れ様でした」
「おう、お疲れ。始発からは正常に戻ってるから宜しく」
「はい!」
朝の引き継ぎを終え、メイン改札の前に立った。通勤通学でなれたお客様ばかりなので、人は多いけどトラブルは少ない。
「すみません。2番ホームで女の人が気分悪そうに座ってます」
「え!そうですか?との辺りで?」
「待合室に他のサラリーマンが運んでいました」
「ご連絡ありがとうございます!直ぐに行ってみます」
同僚と2番ホームの待合室に向かった。
椅子に座ってはいるものの、上体は項垂れ肩で息をしていた。
「大丈夫ですか?」
私はその女性の背中を擦るように手を添えた。
ー ギューンっと、脳で音がした。
(わ、何これ。初めての感覚)
女性の体内に自分が入っていったように、彼女の様子が見えてくる。
トクン、トクン、トクンと心音がし、それに被せるようにトットットッともう一つ音がした。
「大丈夫、です。たぶん貧血なので」
弱々しい声でその女性は答えた。私は駅の応接室で暫く休むよう説得し、彼女の体を支えながらホームから降りた。
(なんだろう。心音が2つ重なって聞こえたんだけど)
応接室のソファーに横になるように伝え、毛布を掛けた。
何気に手を触ると、ひんやりした感覚と共に再び音が聞こえてきた。
ー ンアー、ンアー。ゴロゴロッ、ピチャ
そして、白黒で何かが見えてきた。
小さな小さな塊が、お水の中でコロンコロンと泳ぐように動く。
段々と小さな塊は大きく膨れていく。
(ああ!?)
「あの、もしかしたらなんですが。妊娠、してます?」
そう私が問いかけると、女性は「えっ!」と驚き口元を手で押さえた。顔は更に青くなってしまった。
「すみません!何となくそんな気がしたので。違いましたよね。大変申し訳ございません!」
「いえ、大丈夫、です。その可能性もありますから」
「そうですか。取り敢えず、横になってください。何かあったら、声をかけて下さい」
「ありがとうございます」
私はその時、違和感を感じた。妊娠と聞いて青ざめた顔。
どこかそれに否定的な感情が私の中に流れてきたからだ。
(大丈夫かな。なんだか凄く不安)
私は再び、改札口に立った。
その日は特に変わった事もなく日勤が終った。
「森川さん、来週から通常シフトに戻るけど大丈夫?」
「はい!問題ないです」
「よかった。じゃあお疲れ様、彼氏さんに宜しく」
「ぶっ・・・、ありが、とうございます」
未だに動揺するんだけど。私達って両想いになったんだよね。
聞いたら怒られるかな。
なんか、いまいち彼氏彼女間の甘さを感じないんだよね。
ロッカーで着替えているとスマホが鳴った。
メッセージだ。・・・あ、亮太だ。
(うっ、もうっ。私ばっかりドキドキしてぇ!)
ー 飯食いに行こう。7時に駅前で
ー りょーかい
約束の時間少し前に着いたら、亮太は既に待っていた。
ただ、立っているだけなのに様になる。あれ?スーツじゃないんだ。
ほら、若い娘たちは振り返りながら「ヤバっ、カッコいい!」って話しながら私の側を通り過ぎて行った。
(ま、確かにカッコいいのは認めるよ。口は悪いけどね)
「お待たせ」
「おう。行くか」
「今日はスーツじゃないんだ」
「ああ、今日は制服だったからな」
(制服・・・警察官の、だよね。それっ、ヤバっ)
「なに、見たかったって?」
「言ってないし!」
「ふはっ、顔真っ赤だぞ」
そう言って笑う。その笑顔に嘘はないと思った。
笑った顔は年齢より若く見える。それもまた、反則だな。
「悪かったって、怒るなって」
「怒ってないよ。でも、そうやって笑うほうがいいね」
「なんだそれ」
「さ、ご飯、ご飯っ」
甘い関係を望みたいような、今のような甘くない関係が楽なような。
はぁ、複雑な気分だ。
でも、どちらにも言えることは、亮太といると落ち着くという事。
なんか、悔しいな。