きっ、危険です!
私は伏見亮太という男の事がもっと知りたいと思っていた。
ヒーリングと読心術があるらしい事は分かった。そして、私自身が彼の傍に居ると心地良いと感じてしまう事。それだけ彼の能力が長けているのだと思う。
今まで付き合った人は片手で余るくらい少ないけれど、全員私と相性のいい人だったはず。
でも、伏見さんが放つ周波のようなものは、過去の彼らとは比にならないほど温かかった。
「森川さん、交代です。ホーム立てますか?」
「はい。大丈夫です」
ちょっと暇だと頭の中は伏見亮太でいっぱい。
(勘弁してぇ。これじゃあ恋する乙女だわ〜、やだぁ、認めたくない)
ー 3番線、列車が入ります。黄色の線まで下がってお待ち下さい。
午後4時を過ぎると学生が増える。若さだ、階段二段飛ばしで上がってくる。
(すごいな男子高生)
「間に合ったぁ。おまえ奢れよ」
「えー、俺金無えし」
モニターでホームと階段、エレベーターを確認し「よしっ、よしっ」と指差し確認。
ー ドアが閉まります。駆け込み乗車はお止めください。ピピーッ、ピ!
ドアクローズのサインを出すと、車掌も再確認してドアを閉めた。
ー キーンッ (わっ、久々に来た!)
目を閉じると、列車が緊急停止する映像が見えた。遮断機が下りかけで止まっている。
自転車の青年が・・・「っ!!」
(どこ!?踏切の場所が分からない)
「っ、ハア、ハア。此処から離れてる場所の予兆が・・見えるって、どういう事?」
私はこめかみを押さえながらホームを降りた。
途中、お客様に時間と乗り場を聞かれて案内をした。
今度は6番線に特急列車が入る。在来線からの乗り継ぎは5分、マイクで案内をした。
ー 1号車から5号車までが自由席です。6号車から8号車までは指定席です。
その時無線で社内連絡が入った。
『東市井駅付近で接触事故発生。上り下り運行見合せ、復旧時間不明』
(さっきの映像のやつかな)
私は指示を貰うために、事務所に戻った。
「先ほど無線でも言いましたが踏切事故です。詳細は不明、現場検証が終わるまで止まります。まもなく帰宅ラッシュに入りますので、お客様の対応よろしくお願いします!」
「「はい!」」
復旧するまで帰れないので、一応同居人にメッセージを送っておいた。さあ、バタバタだ!
サラーリーマンの不平不満がここで発散されるかもしれない。
あー、たちが悪いお客様に当たりませんようにっ。
気合を入れて、改札に向かった。
* * *
お、終ったぁ。久しぶりに気を使いました。
原因は青年が、下りた遮断機を押し上げて無理に渡ろうとした。渡り切った直後に自転車の後輪が接触。
幸いにも死傷者は出なかった。でも、現場検証や安全確認に時間を取られ、何本か運休。終電が1時間遅れで出発した。
それに私も乗って帰ったわけです。
「疲れた・・・」
『いつ来るの、なんで特急が先なわけ?』
『申し訳ございません』
『一般客は後回しかよ!ざけんなーっ』
『(そうじゃねーよオヤジっ!)申し訳ございません』
鉄道会社の所為ではないけれど、ひたすら頭を下げた。予想通りの展開ではあったけどね。
最寄り駅の改札を抜け「ふぅーっ」と長い息を吐いた。
「お疲れ」
「ひっ!伏見さんっ。びっくりしたぁ」
「体、大丈夫なの?残業なんかしちゃって」
「うん、大丈夫。緊急事態だったから」
「そ。じゃ、帰るぞ」
「うん。え!もしかして、迎えに来てくれたの!?」
「・・・」
そうなんだぁ、迎えに来てくれたんだ。何時になるか分からないのに?どうしよう胸が苦しい。
そっけないのになんで優しいんだろう。
「あ!」
「なに」
「やっぱいいや。もう遅いし」
「朝言ってた、取り調べか?」
「・・・うん」
前を行く伏見さんがちょっとだけ速度を落として、私と並んで歩き始めた。
駅前のマンションなので徒歩2.3分の距離だ。この人の頭の中はどうなっているのだろう。
私も読めたらいいんだけど・・・中学生の時以来聞こえなくなったんだよね。心の声。
「おい」
「はい?」
「遅せぇから、んっ」
さっきまでポケットに突っ込まれていた手が私の前に出てきた。
・・・これは?
「ちっ!」という舌打ちと同時にその手が私の手を握り、ずんずんと大股で進んで行った。
「わわっ、ちょっと!」
無言でエントランスの鍵を開け、エレベーターに乗り部屋の前まで帰って来た。そこでようやく放してもらえたんだけど、離れた後の空気の冷たさに驚いた。
手を繋ぐと当たり前だけど体温が交わるわけで・・・伏見さんの手、温かいんだね。
「いつまで突っ立ってんだ。早く入れよ」
「ああ、うん」
(どうしよう、こって完全に・・・うっ、顔が見れないよー!!)
慌てて彼の背中を追って部屋に上がったけれど、恥ずかしすぎて自室に飛び込んだ。
意識しすぎ!だめだ、このままだと本当に手を出してしまうかもしれない。
出よう!早くこの同棲を解消しなければ。
【強姦罪】だけは避けたい!女が男を襲っただなんてあってはならないからっ。
「おい!もう寝るのか?」
私は部屋のドアをバンッと開け、そのままの勢いで言う事にした。
「私、部屋を出ます!」
「・・・」
「じ、自分の家に・・・帰ります?」
「・・・」
(こ、怖いって。無表情は止めて!なんか言ってください、お願いします!)
勢いで言ってみたものの、伏見さんの雰囲気に耐えかねて再びドアに手をかけそっと閉めた。
閉めっ・・・閉まらないっ。
ドアノブの遥か上の方で伏見さんが戸を押さえていました。
「え、ちょ」
「分かんねーのかな」
「・・・何が?どわぁぁーっ」
その押さえていた手がいっきにドアをこじ開けたので、私の体は前のめりになる。
そして目の前は真っ暗になった。
トクン、トクン、トクン・・・と一定のリズムを刻む音がする。
背中はギューッてされて、顔を押し付けられ上げることが出来ない。
「伏見、さん?」
「黙れ」
「ひっ」
どすの利いた低い声で「黙れ」と言われた私は、脳が危険信号を出したので大人しく従った。
私は伏見亮太に再び抱きしめられています。今度は素面で!