周りから固められた?
そして!やっと、仕事復帰ですっ!
「あんま無理すんなよ」
「うん、ありがと。で、何処まで話がいってるのかな?」
「話ってなんだ」
「だから、私の会社の人たちは私達の関係を」
「ああ」
伏見さんは右の頬だけをクイッと上げて、意味深に微笑んだ。
何故かとても妖艶に見えるのは、もう何かのフィルターが発動してしまっているのでしょうか。
「何よ、怖いんですけど」
「ふん。行ったら分かるさ。俺、今夜は帰れないから鍵しっかりかけて寝ろよ」
「子供じゃないしっ」
「そうだよな。30のオバ」
「言わせないからね!このクソガキっ!」
ニヤニヤしながら、あっという間に駐車場に消えて行った。身のこなし早いな。
よし!私も行くかっ!
「おはようございます!」
「森川さん!お帰りっ」
「森川っ!心配したぞー」
「みなさん、ご心配とご迷惑をお掛けしました。これからも宜しくお願いしますっ。これ、ほんの気持ちです。休憩室に置いておくので食べてください」
私の心配を他所に、みんな以前と変わりなく接してくれた。
朝礼後は改札に立ち、切符販売を手伝い昼食。その後、駅構内を掃除道具を持って巡回に出た。
「駅員さん!ご苦労様ですっ!」
若い鉄警さんが敬礼をしながら声をかけてくれた。見慣れないけど、新人さんかな? ※鉄警=鉄道警察隊
「お疲れ様です」と私も挨拶をした。するとその鉄警さんは何故か顔を赤らめてニカッと笑い「警部の奥さんになる人は優しいなぁ」と言っていた。
(ん?誰の事?警部の奥さんって・・・?)
後ろを振り向いてみたけど、行き交う人で特にこの人と思わしき人物は居なかった。
(変なの)
シャカシャカとゴミをはきながらぐるりと一周した。
前から警乗が終った別の鉄警さんがやって来て、「あ!警部のっ」と言って時が止まったように固まった。
※警乗=警備のため乗車し、巡察すること。
「あの?」
「あーいや、ご苦労様です。元気に成られて何よりです」
「やだ、皆さんにまで知られて。恥ずかしいてすね」
「今後も働かれるんですか?」
「え?ええ。働かないと食べていけませんから」
「またまたぁ。警部はけっこう稼いでいると思いますけど?まあ家に籠るよりは働いた方がいいですよね」
「へ?」
「では、失礼します」
いつもよりピシャリと敬礼を決めて、戻って行った。
だから警部って誰。その人が稼いでいようが私には関係ないんだけど、何なんだ鉄警隊!
モヤモヤしながら休憩に入った。
後輩の結城ちゃん(田畑さん)も休憩で、彼女の言葉に驚愕した。
「森川さんっ!教えて下さいよ。どうやってあんなイケメン彼氏を捕まえたんですか?しかも、いつの間にか婚約までして」
今、なんて言った!?
「え、結城ちゃん。ごめん意味が分からない」
「えー、あの刑事さんですよ!森川さんが倒れた時、彼が救急車呼んだんですよ?凄くかっこよかったんですぅ。抱きかかえて、『救急車!』って」
「だ、だ、抱きかかえて?」
「はい。とっても軽々と。もう緊急事態なのに萌えました♡」
「いやいや、婚約者って誰から聞いたの」
「皆知ってますよ。隠しても無駄です。結婚式呼んで下さいね?私も警察官とお知り合いになりたいなぁ。いいなぁ、森川さん」
結城ちゃんが遠くを見ている・・・。
皆知ってるって言った!
そして、退院後初の日勤が何事もなく終った。耳鳴りも予兆もなかった。
ただ帰り際に、
「森川!やっぱりおまえ彼奴とデキてたんじゃねーか!」
「か、河上さん。これには深〜い訳がありまして」
「訳もクソもあるかっ。俺は嬉しいんだよ、幸せになれよ」
ちょ、ちょ、泣かないでぇ。
(もう帰ったら尋問だ!尋問っ!伏見亮太ぁぁ!!)
今朝のニヤリと怪しげに笑った彼の顔が浮かび上がる。私は意気盛んに帰宅した。
あ・・・今夜は帰らないんだった。しょんぼり。
でも、なんでそこまで演じる必要があるんだろう。
私の事、そんなに好きなのかな。ブッ、バカだ私。
彼氏ご無沙汰だと思考がおかしくなるんだね。
どうしたらいいの?このよく分からない胸のトキメキは。
胸のトキメキ・・・?私トキメキいてんの!?
「ーーーっ。」
だ、ダメだ。あいつの顔がまともに見れなくなるじゃん。
「あぁ、もうっ」
夕飯を食べるのを忘れて、一人悶絶しながら眠った。
やっぱり眠れるところが我ながら感心するところである。
* * *
目覚ましの電子音で目が覚めた、時刻は6時半。
すっかり慣れた自宅ではない私の部屋で着替えを済ませ、顔を洗うために部屋を出た。
洗面所で顔を洗い、メイク開始。とはいっても、15分もあれば出来上がり。
最近は睫すら上げなくなってしまった。マスカラって面倒くさい。口紅は歯磨き後に塗る。
「ふぅ。・・・ダメだ考えるのはよそう」
キッチンへ向かおうと、鏡から顔を逸らしたら伏見さんが立っていた。
思わず振り向いたら、なんと!は・だ・か!
「・・・っ!?」
驚きすぎて声が出なかった。目の前には上半身裸の彼がいて、下半身は見てないけど多分タオル巻いてあるはず。だって私が居たことは分かっていたはずだ。
胸板厚っ!この人、着やせするタイプなんだぁ・・・(す、素敵過ぎる!)
「なぁ、いつまで見てるつもり?」
私は「いつまで見てるつもり」の言葉に反射的に背を向けた。
「ごめん!ってか、なんで居るの!」
(なんで私、気付かなかったんだぁ)
「さっき帰って来たからシャワー浴びただけだ。一晩中、追いかけっこしてたからな。朝飯、適当に買ってきたんだ。作ってないなら、一緒に食おう」
「・・・はい」
なんとも頼りない声しか出なかった。
男の裸ぐらいでフリーズするなんて恥ずかしいわ。見た事あるし、そういうこともシた事あるし。
ってか朝からなんだ、やめよう。
「集中、集中っ」
私はコーヒーメーカーから出る湯気をじぃっと見ていた。
(はぁ、もう。なんでこんなに振り回されてるんだろ私の心。ううっ)
「コーヒーメーカーで保湿するのやめてくんない」
「えっ!保湿・・・あ、ああ」
「おい、顔」
「顔?」
伏見さんはじいっと私の顔を覗き込んで来て「真っ赤だぞ」と言って離れて行った。
コーヒーを淹れるのに集中したつもりが、どうも彼の事を集中して考えていたみたいで、私は赤面していた。
その後、それに触れることなくモーニングセットを食べ私は出勤する為に玄関に向かった。
「あ、忘れる所だった!あのっ、伏見さん」
「なに。なんか忘れ物?」
「か、帰ったら!取り調べするから、逃げずに居てくださいねっ!じゃぁ」
玄関のドアを勢いよく開け、駅に向かった。
「は?取り調べ?俺が、されるの?あいつに?・・・くくっ。面白い女」