芽生えはじめた?恋心
あれから伏見さんは無理に私の過去を見ようとはしなかった。
彼が言ったように仕事の時間は不規則で、朝出て行って夜に帰る日は少なく、翌朝を越えて昼になる事もあった。
取り敢えず倒れられても困るので、食事だけは気を使って作った。
私は自由に出入りできたので、自宅に戻って必要なものを取ってきたりして完全に同棲生活をしていた。
(いや、何で私は大人しく同棲を受け入れているんだろ)
伏見さんは特別私に何かを求めるでもなく、時間は過ぎていった。
そして、翌日から出勤開始となった日の朝。
珍しく伏見さんは休みだった。
「明日から仕事だな。大丈夫か」
「うん。むしろ行きたくて仕方がないよ。でも体、鈍っちゃってるからきちんとやれるかが不安だな」
「暫くは日勤だろ。少しづつ慣らせばいい」
そう言うと私の頭に久しぶりに手を乗せた。
不意打ちだったそれにビクッと肩を揺らしてしまった。
「怖い?」
「べ、別に」
「覗いたりしないから目閉じろ」
それは私の過去を引き出したりしないという事だと分かった。
すぐに温かい気が体中に流れて、強張った神経が解されていった。
「ねえ。伏見さん他人の心が読めるでしょ?ヒーリング含めて、能力って生まれつきなの?」
「んー、多分そうかもな。小学生の時には自分は他の奴らと違うって思ってたからな」
「ふぅん。私と同じだね」
此処に居座って1週間、耳鳴りや予知する映像を見ることはなかった。どちらかというと、体は軽いし気持ちもなんだか楽で正直なところ心地良い。
それは彼の能力が影響しているのだろうか。
(まずい、自宅より居心地がよくなりつつある)
「いいんじゃねえの。ずっと居れば」
「ああ!」
「な、何だよ」
「読んだなっ」
「っ、読みたくて読んだわけじゃない!あんたのは特にそうだ、勝手に俺に交信してくる」
「え、交信?」
「・・・」
伏見さんは考え込んでしまった。彼が言うには、普段は読もうとしないと読めないらしい。なのに私の場合は思考がダダ漏れで、読まなくても流れてくるらしい。
「ダダ漏れ、なの?」
「ああ、ダダ漏れだ」
「うーん…それって、相性がいいのかな?お祖母ちゃんが言ってたんだ。余計な力を使わずとも分かり合える人が居るって。で、その人と出会ったら生涯を、っ!」
「生涯、を?」
「絶対に言わない!絶対に言えない!だから、今は読まないでっ。やだぁ」
「おい・・。」
読まれてなるものかと、リビングを離れ部屋に篭った。
距離をおけば良いのかどうかは分からないけど、今の思考を読まれるのは嫌だ。
(お祖母ちゃんが、生涯を添い遂げる人だって言ってたから。でも、私が相性良いと思っても、向こうはそうじゃないかもしれないもんね。だって迷惑そうだったもん)
『勝手に俺に交信してくる』って言ってたもん。でも、ずっと居ればいいみたいな事もいってた。
あれ?なんでそんな事で浮いたり沈んだりしてるんだろ。
(やだっ、私っ。伏見さんのこと・・・嘘だ。落ち着け、これは情が湧いてきているだけよ。そう!きっとそう!通常シフトに戻ったらここを出よう。このままいたらダメだ。うん、そうしよう)
1人で悶絶しながら布団を頭からかぶってじっとしていた。
どれくらい経っただろうか。遠くで控えめに「トントン、トントン」と音がする。
(あ、私・・・寝てた。あれだけどうしようって悶えていた割には眠れるって、我ながら色気がない)
思い切ってガバッと布団を剥ぐって起き上がろうと上体を起こしたら「ゴッ」って音がした。
火花が飛んだ・・・「痛ったーい」「痛ってぇ」
どうもおでこをゴツンこしてしまった様子。
「ちょ・・・あんた、いつもこんな感じで起き上がってんの?」
「っぅ・・・まさかっ。ノックの音に反応しただけだし」
「ったく、寝るなよな。もう昼だぞ」
「ああ、ごめん。なんか作る?」
「いやいい。外に食いに行くぞ・・・んな顔すんなよ。毎日作ってもらってたから、お礼をかねてご馳走しようと思っただけだって」
なんだてっきり、私が作る御飯が実は不味かったのかと思ってしまった。
「あ、今のもしかしてっ」
「読んでないからな。あんた顔に出るからさ、分かりたくなくても分かるんだよな」
「・・・顔。顔もか(それは困った)」
急いでお化粧して服を着替えて、伏見さんと外に出た。久しぶりに街を歩くなぁ。
いつもは買い物に出るだけで、シャツにジーパンスタイルが定番化していてから新鮮。
でもどうしよう。肩を並べて歩くなんてなかったから、どうしたらいいか困る。
彼は背が高いので話しかけるにはかなり目線を上げなければならない。
男の人と並んで歩くって久しぶり過ぎて、ぎこちない自分が笑える。
だって人を避ける時や段差を超える時とかに肩がぶつかるから。と言っても実際は私の頭が彼の肩に当たるんだけどね。
どんだけ背が高いんだ!私が低いだけか。中学の時で身長が止まっただなんて痛すぎる。育ちざかりの時期に育ちのピークを迎えるなんて、残念以外にないでしょ。
脚長いねっ。私服もシンプルなのにスタイルの好さが際立ってて、モデルかよって突っ込みたくなるくらい。わっ、指!指が長くてキレイなんですけど!
うぅっ。もう自分のと比べるのはやめよう。
「はぁ・・・」
「なに、溜息ついてんだ」
「だってさ、伏見さんカッコいいんだもん・・・」
「・・・。」
「ん?」
(聞いておいてダンマリって何よ!感じ悪いなぁ、もう)
「あんたさ、今自分で何て言ったか分かってんの?」
「え?どういう意味。なんか変な事言った?」
「いや・・・いい」
(無自覚かよ!)
伏見さんはほんのり顔が赤くなっていた。
私、何か変な事言った!? やだ・・・なに?