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原因不明のまま退院

次に目を覚ましたのは看護師さんが点滴の交換に来た時だった。


「森川奏さん、点滴交換します。左手借りてもいいですか?」

「え?」


私の左手首にはリストバンドが付けられており、そこにバーコードがあった。

看護師さんはそのバーコードを読み取って、点滴の内容や量を確認しているようだ。


「すごい。こんなシステムなんですね」

「ええ。これで患者さんへの投与ミスが防げるんです。毎回行いますから宜しくお願いします」


因みに間違えた薬だとコンピューターの画面全体に大きく『×』と表示が出るらしい。

日に何度も点滴を交換するので腕に刺した針はそのまま、途中の接続部分で点滴バッグを換えている。

でもずっと刺しっぱなしはダメらしく、三日に一度は腕を換えて刺し直すらしい。


「森川さんの血管は優秀だからすぐに入ったんです」

「なんですか、優秀って」

「叩かなくても伸ばしただけで真っ直ぐな血管が浮き出てくるの。あ、次の差し替えの時に若い子にさせてもいいですか?」

「私ので良ければ」


って言うか、私はいつまで入院しなければならないのだろうか。


「そう言えば昨日来られてた彼。とってもハンサムね、県警の人だって聞いたけど」

「あっ、え、あ、はぁ」

「どうやって知り合うの?私達って出会いが少ないからすごーく羨ましい」

「はは・・・」


あの後、事務局長さんた来て、万が一手術や高度治療が必要な場合はやはり実の家族でなければならない。

婚約者の立場では無理との事だった。でも現段階ではそう言った治療は予定していないとのことで、身元保証はそのまま伏見さんがなった。


(伏見さんがどうしてそこまで私にしてくれるのか、それが気になる。今度聞かないと!)


あれから張り込みが忙しいのか、翌日になっても伏見さんは顔を出さなかった。

誰かが出入りをするたびに目を向けてしまう自分がいる。


「はぁ、バッカみたい」

「もーりーかーわーっ。おい」

「はい?」


顔を上げると車掌の河上さんが立っていた。手には大きな紙袋を下げている。


「あれ、河上さん。どうして」

「おれ今日は朝上がりでさ、みんなから頼まれたんだよ。森川に渡すようにって」


河上さんは乗務歴30年、今年52歳になるベテラン車掌だ。普段は駅員の私達とは別の基地で待機しているのだけど、河上さんは私が入社した時から気にかけてくれるお父さんみたいな人だ。

ホームで走る私をいつも見てくれていたんだって。


「田畑も来たがってたんだけど、シフトの関係で当面は空きがないんだってよ」

「すみません。私が入院したから、みんなのシフトぐちゃぐちゃですよね」

「ばーか。森川ひとりいなくたって駅は立派に回るんだぞ。なめんなよーってな」

「河上さんっ。ははっ、相変わらずですね」


河上さんは車内放送も面白いと時々ツイートされている。

あんまりすると駅長から苦言が出るらしいのだけど、私は河上さんのアレンジアナウンスが大好きだ。

台風でいつ運行停止になるか分からない状況の時に、河上さんは

『皆様、足元の悪い中ご乗車ありがとうございます。当列車は行けるところまで参りますので、どこまで行けるか楽しみにしてお待ちください』

乗客から笑いを貰ったらしい。


「でな、これうちの嫁さんから。着替えとかなんとか言ってたな、俺見てないけど」

「え!そんな事までしなくても」

「あいつお節介焼くの好きなんだ。持って帰ったら怒鳴られるからもらってなー」

「・・・ありがとうございます」


みんな私の家族事情を知っているから、とっても良くしてくれる。本当にありがたいです。

因みに河上さんの奥様はびっくりするほど可愛らしい下着をくださった。

某デパートのランジェリー店長だとは聞いていたけど。


(ちょ・・・なんで分かるの私の胸のサイズ。数えるほどしか会った事ないのに)


シャワーの後、試しにつけたらぴったりで驚いた。しかもいつものサイズよりワンサイズ上なのに。

アンダーとトップの差って大切なんだね。

でも当面は寝て過ごすだけなので、また外して袋にしまった。でもさすがお世話好きな奥様!

締め付けない楽下着を別に入れてくださっていて、寝るときはこれをとメモまで添えてあった。


(うーん、これは困った。退院したらお礼しないと)


毎日、何かしらの検査が続いたけれど結局は原因究明には至らなかった。

主治医は困ったようにこう言った。


「結果から言いますと、森川さんはどこも悪くないようです」

「へ?」

「激しい頭痛や耳鳴り、血圧、CT、脳波、血液検査・・・一通り検査したのですがね。神経内科も脳外科も内科も特に問題はないと。残るは精神科だけです」

「・・・ストレスですかね?」


医者に『私、実は第六感が鋭いんです』なんて言った日には即、精神科行きだろう。

もうそれは遠慮したい。精神科の先生でも解決出来ないのだから。


「まあ、ストレスと言ってしまえば・・・そうなりますね」


便利な言葉だよね。原因が分からないからストレスだ!それで何となく逃げられるから。

自分の体質の事は説明しようがないし、早く退院したかった。


「あの、いつ退院できますか?入院生活もけっこうストレス感じます」

「はは、そうですね。いつでもいいですよ」


案外あっさりと退院許可が下りた。

看護師さんに話すと、事務局の人が精算の手続き案内に来た。

精算はカードで行い、後で保険請求したいので医師の診断書をお願いした。


(保険、適用できるのかな?病名つかなかったけど・・・)


そんな事を考えながらベッド周りを片付けていたら、久しぶりに伏見さんが現れた。

物凄く不機嫌な顔をしていた。何故?


「あんたさ、退院決まったんなら連絡しろよ」

「え、ああ。明日退院します」

「なめてんの?」

「は?」


苛々した伏見さんは私のベッドに手をつき超至近距離で「俺、あんたの婚約者なんだ」と低い声で言った。

ハッとしてその顔を見ると眉を寄せキュッと口を引き結んでいた。不覚にもギュンって鳴った。


(ギュンってどこかで音がしたけど、そしてドキドキ・バクバク心臓が煩いのはなぜ)


「でも、【フリ】ですよね?」

「【フリ】でも、らしくしないとダメなんじゃねーのか」

「そもそも了解してないっ」


グッっと顔が近づいてきて、鼻先が触れそうな距離になった。い、息がかかりそう。

顔が急沸騰してきたのが分かった。ダメだ、これ・・・・ヤバいっ。

思わず目を瞑った。


「くくっ。あんた顔が真っ赤だぞ。何考えてた」

「き、聞くなっ!」


真っ白な布団を顔まで被って誤魔化した。もう勘弁してほしい。

その容姿であれは絶対に反則だ!


「でさ。明日の午後迎えに来るから。そのまま俺ん家直行な」

「・・・はいっ?」

「俺、身元保証人で身元引取り人だから。出社日までそうしてもらう」

「それはおかしいですよ、刑事さん」

「刑事さんって言うな」

「じゃぁ、お巡りさん」

「・・・」

「市民の正義の味方ですよね?職権乱用するような真似はしませんよね?」

「してないよ。俺は単なる婚約者・・・だ」

「っ!」


言い返そうとしたら、事務局の人が入ってきて明細と診断書を持ってきてくれた。

「では、彼氏さんがお迎えという事で手続きしておきます」と去って行った。

そんな手続きないよね。


病院ぐるみで嵌められた感がするのは気のせいでしょうか。

伏見さんは何でもないような顔をして、その書類を見ていた。


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