身元保証人?
翌日、出社してから今月のシフトを写メして伏見さんに送った。
そしたら『家出る前にも連絡しろ』とそっけない返信があった。
『すみません』と返信してから、ふと思ったんだけど、なんでこんな忠実に従ってるんだろ。
改札に立ちお客様の動向を見ながら挨拶をする。
「おはようございます!行ってらっしゃいませ」
「ご利用ありがとうございます!」
乗車券や定期券がICカードに移行してからは磁器の関係で反応しなかったり、残高不足で引っかかる人がいる。もっぱらそれの対応だ。
たまに懐かしき切符で引っかかる人もいる。そんな時は改札機をパッカリと開けて取り除く。
ホームに立つより改札口にいる方がボーッとしてしまう。
ロボットのようにニコニコ笑顔で、同じことこの繰り返し。
(はぁ、あと1時間かぁ・・・)
やっぱり私はホームに立つほうが好きだ。
(伏見さんって、普段どんな仕事してるんだろう。犯人逮捕とかするのかなぁ)
知らないうちに、伏見さんの存在が私の中で大きくなっていく。
それはきっと定期連絡のせいだ。
休憩時間まで送れって、それはあり得ないでしょ。
『ストーカーみたいで怖いですよ』
『誰がストーカーだって?俺は堂々と本人から情報を得ている。一緒にするな』
生意気な警察官め!
そんな日が二週間は続いた。もういい加減面倒になって報告を止めてしまったけど、不思議と催促のメッセージは来なかった。
(なんで?お怒りの言葉とか来るかと思ったけど、ないじゃん・・・変なの!)
なければないで気になる。でも、今更また連絡すなんて作戦にハマった気がして嫌だ。何気ないメッセージのやり取り、ただの連絡だったはずなのに生活の一部になってしまったそれにイライラしていた。
休み時間にスマホを見てしまう。
シフト変更に敏感に反応してしまう。
私はどうしてしまったんだろう、不機嫌な警察官の顔が目に浮かぶ。
ー ギギーーんっ
(うわっ!っーー!)
それは突然で、耳鳴りではなく激しい頭痛が襲った。頭のてっぺんを何かで突き刺したような痛みだった。
思わずその場に座り込む、と同時に映像が見えた。
逃げる男を追う複数の男たち。ホームで揉み合い、一人が線路に落とされた。迫りくる列車、ブレーキ音、それに混じって『パン』と乾いた音。
逃げる男が手にしているモノ・・・拳銃だ!
(どこ?いつ?このホームはうちなの?誰!?)
「うあっ、痛い」
「森川っ、大丈夫か!」
誰かに声をかけられたのを最後にそのまま崩れ落ちた。
ビーポー、ピーポー…
(あ、救急車に乗せられてる。けっこう揺れるんだね…)
カチャカチャと救急隊員が忙しなく音を立てる。「大丈夫ですか?聞こえますか?」と耳元で言われる。
でも、答えられない。
突然、ホームに落とされた男の顔が見えた。
(あっ、伏見さんっ!?)
そう思った瞬間、瞼が力尽きた。
「受入れお願いします!意識レベル***、血圧###………」
全く音が聞こえなくなった。
* * *
ピー、ッツッ、ピー、ッツッ・・・
一定の機械音が響く。
(ん?あれ、体が動かないけど。なぜ?)
「ぁ…。(しゃ、喋れない?なんでっ!)」
首を動かし辺りを確認した。ベージュのカーテンで四角く囲まれていて、見たことの無い機械が置かれてあって、私の手は繋がれていた。
点滴か。胸元からは何本が線が出ている。
そっか、病院!私、仕事中に倒れて救急車に乗せられたんだよ。
やだ怖い。私、どうなっちゃったの?
鼻からチューブが出てて、口には・・・!?酸素マスク!
怖いよ、私生きてるよね。
ピー、ピー、ピー 今度はアラームのような音がして、直ぐに看護師が入ってきた。
「森川奏さん?分かりますか?」
その問いかけに応えるようにウンウンと頷いた。看護師さんはにこりと笑って「よかった。もう大丈夫です。先生呼んてきますね」と足早に部屋を出ていった。
看護師さんが「よかった」と口にしてしまう程、私は危なかったのだろうか。自分につけられた器具をみたら納得する。きっと医学的には危険な状態だっのかもしれない。
暫くして医師が現れ、酸素マスクは外された。
激しい頭痛の原因はまだ分からないとのことで、分かるまで入院する様にと言われた。分かったのは一時的に酸素濃度が減ったこと。
「入院の手続きをしなければならないのですが、ご家族は?」
事務局の人か説明に来た。家族・・・、ややこいしいな。
田舎にはお祖母ちゃんしかいないんだよね。親は・・・いない。
「あの。祖母しかいなくて、しかも県外だから難しいんてすよ。本人たけではダメですか?」
「なるほど。えーっと、どうしようなか。身元を保証してくれる方、何かあったときの連絡先とかが必要でして。例えば、緊急手術の際は身内の方の承諾が必要になるんですよ」
「手術?」
そうか、万が一私が死んだりして治療費とか残ったりしたら困るもんね。うーん、会社にそんなの頼めるのかな。
「私が身元保証人になりますよ」
「「えっ?」」
事務局の人と声が重なった。ドアのほうを見ると、そこに居たのはなんと伏見さんだったからだ。
「ふ、伏見さんっ」
「お知り合いですか?」
伏見さんはベッドのそばまで来ると、徐ろに内ポケットから何かを出して見せた。それは革の手帳のようなもので、紐で首から下げている。こ、これは【警察手帳】!?
「私の身分は県警に問い合わせて頂いて結構です」
「はぁ。しかしご家族では、ないですよね?」
「ええ、でも家族になる予定はあります。婚約者です」
「はあぁぁ!!何言ってっ」
この人とんでもない事言いだしたんですけど!反論しようとしたら、私の隣に来て手を握ってきた。
すごい近くで「大丈夫か。心配したよ」とちょっと潤んだ瞳で言っている。
「え、いや。でもっ」と口を開こうとしたら、「奏、本当に心配したんだ」と肩口に顔を埋められた。
「なっ・・・」
当然、驚きすぎて反論も抵抗も出来なかった。
「そ、そうでしたか。えーっと、事務局長に相談してきます。あと、すみませんお勤め先は◯◯鉄道株式会社で宜しかったですかね?」
うんと頷くのが精一杯な私。どーしてこうなった。
事務局の人が出ていくと、伏見さんが眉間にシワを寄せてまじまじと私の顔を見て来た。
「あんた本当に大丈夫か。いったい何があったんだよ」
「っていうかその前に、さっきの何ですか。いつ婚約者になったんですか私達」
「悪い。ああでもしないと病院追い出されるかもしれないだろ」
「え、追い出しはしないでしょう。それになんで此処が分かったんですか!」
「・・・駅で張り込みしてたから」
「居たんですか?駅に」
駅で張り込み・・・もしかして、あの映像に繋がるのだろうか。
急に呼吸が浅くなって血管がドクドクと脈打つ。
「あ、あのっ。気を付けて!ホームには追い込まないで、お願いっ!」
「なんだよ、急に」
「もみ合って、ホームから落ちっ・・・痛っ」
「おい、落ち着け。今は考えるな」
「でもっ、伏見さんが!っうう」
伏見さんは「今は考えるな」ともう一度言い、私の頭を撫でた。
そうすると不思議と痛みは引いて行った。
でも伝えないと「あなたの命が危ない」と、そう訴えたかった。
「気を付けるよ。心配すんな」
伏見さんの子供に言い聞かせるような優しい声を聞いて、私は再び眠りに落ちた。