私は駅員、女です。
ここは、在来線や新幹線そして地下鉄の乗り換え地点でもある地方都市の駅。
私はここで鉄道マン。いや、鉄道ウーマンとして働いている。
森川 奏30歳、そこそこベテランの在来線ホーム担当の駅職員です。
この仕事に憧れて入社し早8年。当初、この駅には女性職員は居なかった。
だからでしょうか?それとも性格の所為か「ナメられてたまるか!!」精神で頑張ってきました。
私が女だという事でロッカーや仮眠室をわざわざ改装し心苦しい思いもありましたが、今はもう女性職員は10名程に増えました。切符販売窓口ではなく駅ホームに立つ女性はもう珍しくない!
運転手と共に常務し、車掌として働く女性も増えたんです!心強いです!
私の主な仕事は駅のホームでの立ち仕事です。
いや、実際走ってばかりのような気もします。
私が所属する鉄道会社は全国でも有名な旅客鉄道で、勤務して数年が経つと異動があります。
それこそ畑違いの場所へ行くことだって珍しくない。
先日、長年新幹線の運転士だった方がホテルマンになっていたりして驚きました。駅構内のコンビニ店長から切符販売窓口に異動になったりと驚きの連続、ドキドキハラハラ刺激的な会社なんです。
そんな中、私はまだ異動がありません。
その理由のひとつは大きな声では言えませんが、見えるんです。
「え?何が?」と聞き返しちゃいますよね?「はい、ナニが見えるんです」
それじゃあ分からない?ですよね。
私、ほんの少しだけ先の未来が見えるんです。
随分とホーム転落事故を防いでまいりました。上司ははっきりと言いませんが、私が移動にならない理由はその所為もあると思っています。
隠すつもりも公にするつもりもなく、敢えてそれには触れずに生きてきました。
だって説明するのが面倒なんですよ。それに時々、誰の未来なのか分からなくなる時がありますから。
胸を張ってシックセンスの持ち主です!なんて言えません。
どの世界にも上には上がいますよ。
「おい、森川!交代だ」
「はい。すぐ行きます」
今日は午後6時勤務開始、翌朝の始発まで励みます。
金曜の夜は何かしら事件が起きます。お酒の入った人が多いので仕方がないのですけどね。
― 1番線、列車が入ります。黄色い線まで下がってお待ちください
― まもなく1番線より発車がいたします。駆け込み乗車は大変危険です。次の列車をお待ちください
と言っても言う事聞く人はほとんどいません。「ピピーッ、ピピピ!」と笛で警告しても無視!
わらわらと走ってきて飛び乗る飛び乗る。
階段に設置された鏡を見ると、まだ数名が走ってきている。
私は時計を確認し、ドアクローズのサインを出した。
プシューッ!
「最悪ぅ、乗り遅れたぁぁ!絶対、見えてたよね私たちが走っていたところ」
大声で若い女性がお怒りのようだ。それでも定刻を30秒も過ぎてしまったのだ待てない!
電車の時刻表は分刻みだとお思いでしょうが、大間違い!
秒刻みなんです。諦めてください。
無視して次のホームへ向かおうとした時、『キーン』と耳鳴りがした。
(げっ、誰だ。どこ?)
この耳鳴りは私に対する非常ベルみたいなもの。何かが起きるぞ要注意!
かなり近くで鳴ったので1番線か2番線だと思うけど。
『落ちたぞ、男の子が落ちた!』
『キャーッ、ゆう!イヤァァー』
どこ?声がする方を見ると、小さな男の子が2番線ホームを走っている。後ろを母親が追いかける。
「ゆうくん、待ちなさい!」
(あの子だ!)
黄色い線の上を駆ける男の子はすばしっこく母親は追いつかない。
その時、男の子が足を踏み外しホームへ転落する映像が白黒で見えた。
(はっ、もうすぐ回送列車が通過する!)
私は迷わず【非常停止ボタン】を押し、ホームから線路に飛び降りた。そして男の子の方へ走った。
ざわつく客の声を背にとにかく走った。
男の子は見事に踏み外し落下。
「おお!!」という声がホームで響く。はい、お子様なんとかキャッチしました。
非常停止ボタンを押していたので駅に入る直前の信号は赤。他の職員も慌てて走ってきた。
「森川っ、大丈夫か」
「はいっ、すみませんがこの子を引き上げてください」
火事場の馬鹿力でしのいだので、今は子供を肩より上に持ち上げることが出来ない。自分の身をホームに上げるだけでも一苦労。なんせ私は「小柄だね!」の代表みたいな体つきなので。
身長152㎝、体重43㎏、制服は特注、陸上で短距離専門だったので走りには自信ありです。
「ありがとうございます」と母親は泣きながら頭を下げてきた。
一旦停止ボタンを押したら、解除するまでにいろいろ確認や報告などがあり面倒だけど、人の命には代えられない。処理は上司に任せて、報告の為に事務所へ戻る。
「森川のお陰でうちの駅の事故率はかなり下がった。すごいなお前」
「先輩。だから私はずっと異動がないんですかね?」
「ん?どうだろうな。おまえの不思議な力は口には出さないが、上司も感じてるよ」
「やっぱりそうですよね」
「でも、大変だな。変に使命感とか背負わされてストレスになるだろ?」
「もう慣れっこです。それに全員を助けられるわけでは無いですから・・・」
「まあ・・な」
2年前、ひとりのサラリーマンが転落し、急行列車にはねられた。
もちろん私のせいではないけれど、転落する人物の特定が出来なかったのはやっぱり責任を感じる。
「そうだ!明日、何処かのVIPがここで乗り換えするらしいぞ」
「VIPって誰ですか」
「詳しくは知らん。さっき聞いたんだ。本部は大慌てさ、応援頼むとか言ってたぞ。そのVIPはSP付らしいぞ」
「へぇ、凄い。見れるかな」
こんな会話をしながら報告書の記入をし、再びホームへ戻った。
(SP付かぁ、勤務上がりにちょっと覗いてみようかな。ハリウッドスターだったりして!なわけないかぁ)