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インターネットお化けを愛でてください  作者: 著がみん/イラストがみん(21)
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エピローグ

 エピローグ。


 朝が来た。化け猫ではなくファルコンでもなく正式名称シュバメッツェがピニャ、ニャッニャーンと我が家の軒下で鳴いている。その鳴き声のリズムは鶏みたいだがシュバメッツェは燕である。

 俺は眠たい目をこすって布団から出ようと動くと、体に生ぬるい温もりと柔らかい感触を感じる。

 布団をめくると空色の髪をした小学五年生くらいの体躯をした少女、クレメルが俺に抱きついて寝ていた。

 その装いは大型スーパーで買ってあげた子供向けアニメのイラストが描かれた光るパジャマ、お化粧道具を武器にする魔法少女のイラスト。

 クレメルはいつもこうだ。パパである俺としては一人で寝させたいのだがどうしたものか。

 だから、起こさないようその幼い体を布団に残して部屋を出る。

 廊下に出るといい匂い。コンソメだかブイヨンだかそんな感じの美味しそうな匂いが鼻腔を刺激する。

「誰かが作っているのか?」

 もしかしてクレメルが作り置きを? いやクレメルの背丈じゃガスコンロにフライパンや鍋を置けないし料理を教えたこともあまり無い。

 まさかおばあちゃん? 成仏したはずなのでその考えは除外する。

 そうかモンブランか。新里陸なら栗を使った美味しいマロンクリームシチューを作りそうだ。モンブランだけに。

 俺はそうぼんやり考えながら一階に降りる。その匂いがさらに鼻についてお腹がキリキリする。相当腹が減っているみたいだ。

 いつもなら居間のこたつに入ってから何をしようか考えるのだが、普段扉が開きっぱなしの台所に誰かいるのか閉まっている。なら、お邪魔しない方がいいな。

 我が家の構造上、居間に行くには台所を通らなければならない。玄関の扉も両開き設計にした俺の父は何を思いこんな造りにしたんだか。

 顔を整え、頭のぼんやりを治すためにもまずは冷たい水で顔を洗うために洗面所に向かう。

 友達が家に泊まりに来ると、いつもどおりのぼやけた朝の行動ではなく、しっかりシャッキリした行動を取ろうとするのは俺だけだろうか? クレメルとなら一緒にぼやけてられるんだが、新里陸は俺の弟子であるのでなんかこう……だらけたカッコ悪いところは見せたくない。

 と考えながら、洗面所の扉を開けると――

「……っす……?」

 栗が頭に乗っていないモンブランに遭遇する。その頭の上にはビックリナゾマークが浮いていただろう。クリだけに。

 おさらいするが、モンブランとは新里陸の髪型のこと。詳細に言えばボブカットを決めた頭の上にモンブランケーキのように小さな栗を乗せて、お団子を作っている髪型のことだ。俺はその造型が素晴らしくて、賞賛を込めて彼女をモンブランと呼ぶことにしている。

 そして今、その小さな栗がばらけてモンブランに雪崩が起きている。

 問題はそのモンブランこと新里陸の格好。俺は扉を開けると目が捉えたのはその頭、次に中学生らしい中途半端に幼い肌色が多めの体。髪も長いとさらに幼稚に見える。

 改めて見ると白で統一した薄いキャミソール越しに、ピンクのブラと小さなリボンが可愛いパンツを着ている。いや可愛いのでパンティだったか失敬。

「ふふっ」つい含み笑いをしてしまう。

「し、師匠!?」

 そう驚きの顔をする新里陸が近くの洗顔剤を投げつけてくる。

 それを、後ろにステップを踏むことで間一髪で避ける。展開的に投げるのは目に見えていたからな。避けるのは容易かった。

 新里陸は赤い顔をしながら肌が露出している体ではなく、頭の天辺に髪をかき揚げて両手で隠しながらこちらに向かい、俺が開けた洗面所の扉に手を掛けて勢いよく閉めた。

「お! 起きたんすか!? ていうかすごく急っすね! ははは!」

「ああ、まだ頭がぼんやりするから早く顔を洗わせてくれ」

「じゃあまだ寝てた方がいいっすよ! あ! もしかしてお腹が減ったっすか? ははは!」

 扉越しに笑い混じりの言葉を出す新里陸。元気いいなこいつ。

「とにかく! まだ使用中っす! あと一分待つっすーー!」

「分かったから早くモンブランを整えろっ」

 俺は新里陸の格好より崩れたモンブランの方が気になっていた。それは新里陸も同じようで、体より先に頭に手が回ったんだと思う。

「陸ー? どうかしたのー?」

 台所方面から聞こえる凛とした声。母親がいたらこんな感じだろうか。

 パタパタッとスリッパと床が擦れる音がして、台所方面から出てきたのは鮮やかな赤い髪を持つ緋色の瞳の女性。背丈が俺と同じくらいで同い年かそれ以上に見える。

「あ――クレ……井くん」

 俺をアバター名、ではなく名前で呼ぶ彼女はアイリ。本名はアイリーンというらしい

 改めて見たアイリの恰好は、例の黒を基調とした雲柄の制服の上に俺が着けていた水色、水玉模様のエプロンを着ている。料理をしていたのはアイリみたいだ。

「やっと起きたのね、お帰りなさい暮井くん」

「……ただいま、アイリお姉ちゃん」

 そしてやっと、俺は我が家に帰ってきたんだと実感する。

 俺のことを「暮井くん」と呼ぶのはクレメルとごっちゃになるからだろう。あの時は共感状態でクレメルと一心同体になっていたから「クレメル」と呼ばれていたが、現実の俺の本名は暮井京太だ。親もおばあちゃんもジジィもいなくなったので、苗字で呼んでもらう方が都合いいのかもしれない。

「もう三日も寝ていたのよ? 超級を使った余韻もあるんだろうけど、肉体的な疲れもあったようね」

「そんなに寝ていたのか……そう思えば腹が減ってるな」

 だからなのか、こんなにもシチューの匂いで腹がキリキリするわけだ。

「それより……リスク……起きてみて体に違和感とかある?」

 リスクの部分だけ声音を小さくして俺に聞いてくる。新里陸やクレメルに聞かれたくないのであろう。俺の体をペタペタ触ってくる。特に顔は口の中やら目の中まで注意深く見られる。心配性という奴だろう。

「特に……なにも変化はないが……」

 俺の心情、気持ちの変化以外、何も変わってないようだ。

 ぎぃ……。後ろの洗面所の扉が開く小さな音。そこは新里陸が使っているはずだ。

「…………」

 その隙間から小さな団子――栗頭が見えて、新里陸がこちらをじっと見ていた。

「問題は無さそうね、シチューが出来てるから早く食べましょ」

 アイリはそれに気づくこともなくパタパタとスリッパを鳴らしながら台所に戻る。俺は洗面所の新里陸を横目で見ていた。すると大きく音を立てて開かれる洗面所の扉。わざとらしくも聞こえる。

「師匠~! もう使ってもいいっすよ~」

 なにも見ていなかった感じで現れる新里陸。空気を読んだ……のだろうか?

 洗面所で顔を洗った俺は、シチューが用意されたこたつテーブルに落ち着く。

「ところで、どうして我が家にモンブランがいるんだ? それにアイリも」

 それが何よりの疑問だ。

 フォイルニースドラッヘの戦闘で超級魔法を使って倒れた俺は我が家に運ばれた。それから、三日も寝続けて現在に至ることはなんとなく分かる。

 お腹が空腹なので、アイリお手製のクリームシチューを含んでフランスパンを頬張る。たまには洋風もいいな。

「私は師匠の弟子っすから」

 弟子だな。なるほどいい心構えだ。いつか師匠である俺を超えられるといいな。

「姉だから弟の面倒は見なきゃいけないでしょ」

 姉か。じゃあ俺は弟ということか。じゃあクレメルはアイリからしてみれば姪っ子?

 クリームシチューの具はソーセージにポテト、玉ねぎ、人参といった物、甘くてクレメルが好きそうな味だ。色合いがどことなくガウナさんの煮ていたシチューの色に似ている。もしかしたらここの郷土料理なのだろうか。

 俺はフランスパンを食べて口に溜め、シチューを飲む。コレがなかなかにうまいのだが新里陸がまずそうな目で見てくる。人の食べ方に文句がありそうな顔をしていた。

「それじゃあ、俺が寝てる間クレメルの世話とか家の事、全部やってくれたのか」

「ええ、暮井くんがいつ起きるのか分からなかったし、昨日の夜、うさ子の工事が終わったばかりだからちょうどいいタイミングだったわね」

 うさ子。ギルドメンバーにそんな名前の人がいたな。確か女性だったか。

「暮井くんはこのあとどうする? 一応制服は用意してあるから学校に行けるけど、大事を取って休んでもいいのよ」

 制服。俺がずっと着たいと憧れていた物だ。

 それに、勝手に学校に行くことになっている。別にいいんだが高校一年生からなんだろうか?

「それじゃあ着るよ、着て学校に行く。俺は何年生なんだ?」

「師匠は一年生っす」

 一年生か。本当は二年生なんだろうが贅沢は言わない。高校に通えるだけで嬉しいさ。

「クレメルと一緒の学年よ、教室クラスも一緒」

 なるほど、クレメルと同じ学年で教室も一緒なのか。保護者として俺の目の届く場所にいるのはなんともありがたい。

「それじゃ、ランドセルと黄色い帽子をかぶって――」

「まさか……小学生なのか?」

「冗談よ! あはは!」

 手で口を抑えて笑うアイリ。よかったー冗談だ。

「いやでも、師匠は小一でクレメルと同じっすよ」

 俺は新里陸がボケたところを見たことがないので本気にしてしまう。というよりそれは事実だった。

「ていうか、新人なら誰でも通る道っすよ? ウチの学校は飛び級制度っすからテストの点数取れば取るだけ早く上に登れるっす、師匠なら一ヶ月もあれば中学校まで来れるんじゃないすか?」

「あははそうね、これから暮井くんが通うところは初等学校と初級学校の二つ。いずれも一年から六年生まであるわ、さらに中等と中級、上等と上級は三年生までね」

「初等と初級? なんで二つもあるんだ? 一日に二回も学校を受けるのか?」

「そうよ、午前の部と午後の部、合わせて九時間の授業よ」

 うっそん、それ死なない? そういう嫌そうな顔を表情に出した。

「いやーだって師匠、魔法と必殺技どっちも使ってたじゃないすか」

「受ける学校が二つもある理由はゼーレスや街中で、技それに魔法を悪いことに使わないよう教えることなの」

 なるほど。初等学校は技を習う学校で、初級学校は魔法を習う学校か。

「あーそうそう師匠、スーパーでもががす――」

 モンブラァァーン! 俺は新里陸の後ろに回り込んでそのおしゃべりな口を必死で抑える。アイリに知られたら怒られるやも知れん。

「つまり、演奏者である俺は技も魔法も使えるから二つ通うと……」

 それは疲れるな。俺がギルドに入った理由は俺たちの世界、ゼーレスを守るためなんだが――その前に道徳を習うことになるとはな。

 毎日九時間も勉強したら体が鈍ってしまう。そのためにも早く学校を卒業せねばな。

 クリームシチューを五杯もおかわりしフランスパン一本を食べた俺は「ごちそうさま」と言う。

 女子二人は喋りながら食べていたのに俺より早く食べ終わっていて俺を待っていた。俺の食べる量が多かったんだろうか?

 俺はテーブルの上にある食器をお盆に載せる。美味しい料理を食べさせてもらったんだ、洗うぐらいは俺がしたい。

「そういえば、クレメルの分は残してあるのか?」

 こんな美味しい料理をクレメルが食べれば笑顔が弾けるだろう。俺はクレメルのことを考えず食べてしまったので後悔をする。

「それなら大丈夫よ、冷蔵庫に保存してあるから……」

「……そういえば私、気になってたんすよね。アイリさん、師匠が起きたことだし聞いていいすよね?」

 変な空気になる。その空気作り出しているのは質問をした新里陸ではなく、聞かれたアイリだった。その表情が曇り、頭が頷かれる。俺が起きたから聞けること、果たしてなんだろう?

「クレメルちゃん、なんで食べるんすか?」

 その言い方だとクレメルを食べるみたいじゃないか。新里陸はこう言いたいのだろう。

 ――クレメルはどうして食事をするのか。

「人だから当たり前だろ」

 代わりに俺が答えてやった。当たり前だ。飯食べないでどうやって生きるんだ。

「人っすか……でも食べたら不良消化するって聞いたっすよ?」

「不良消化? 俺はちゃんとクレメルに栄養ある献立を考えて野菜多めにしてるぞ?」

「いやそれがおかしんすよ」

「なにがだ? おかしいってなんで――」

「いえ、それはおかしいの……突然だけど聞いてもらえるかしら……これから言うことは最重要機密……」

 アイリの声音が変わった。それは凛としていて研ぎ澄まされた刀のような感じ。

 どうしてだろう? 俺はそれがたまらなく怖くなる。まるで怪談を始めるかのように真剣な間が広がる。



「あれは二年前、ウンリーオーの最後の時間。私とクレメルは残り三〇分で冒険に出掛けたの」

 アイリが切り出した話は忘れもしない、太平洋大震災が起こったウンリーオーの最終時間の話だ。

「私はネットごと切断されましたっすね、停電で」

「ああ、確かその時間を遊んだ奴は自慢していたな」

 ウンリーオーの公式サイトにサービス終了と書かれるまで掲示板を覗いていたが、最終時間を遊んだ者は写真スクリーンショットを撮って強いモンスターと戦ってたとか、ずっと街を走ってたとか踊ってたとか書き込まれていた。

「それで、冒険に出た私とクレメルはダンジョン内でその終わりを迎えたの」

 アイリはその時話した会話の内容は話さないみたいだ。俺もそのほうが助かる。あれは、二人だけの思い出みたいなものだからな。

「ダンジョン内って危なくないすか? それって現実なんすよね? だったらアイリさんはともかくクレメルは行動不能の状態になるはずっす」

「その通りよ、クレメルは動かない人形になったの」

 動かない人形。酷い例えだが合っている。操作を失ったアバターたちは糸が切れたようにその動きを止めるだろう。アイリの言葉は続く。

「でも、場所が始まりの島だったのが幸運で、強いモンスターは現れなかった。私はクレメルの体を担いで街に戻る道を歩いた、本当は操作端末で転送装置を開いて欲しかったんだけど、教会は避難に人員を割いて忙しかったみたいで通じなかった。その途中のことだったわ、金色のドラッヘが現れたの」

「金色のドラッヘだと?」

「私も初めて見る個体で登録もされてないから、金色のドラッヘ。グロース級で体が黄金で出来ていた、でもその外見はどのドラッヘとも一致しない。完全な新種だったの」

 アイリが知らないモンスター。アイリはモンスターの名前当てクイズが得意だった。だから、モンスターを見ればそれがなんという名前かぐらいは分かってしまう。

「その時の私は少し頭に血が上りすぎていたのかもね。そいつを倒してミニムム化してやろうって……考えた。でも結果は惨敗。とんでもなく強すぎるのよそいつ。少なくとも私一人じゃ倒せない。」

「じゃあ……どうやって帰ったんすか? 普通だったら運営が転送装置で強制帰還させるっすよね? それができないんじゃ……」

 死んでしまう。アイリにとってゲームオーバーは死を意味する。

「そうね、でも私はこうして生きている。そいつは私を無視して木々の裏に隠したクレメルを……殺しにいった」

「……こ……ろした?」

「そして、私はそれをただ見ることしかできなかった……想像は……ちょっと私の口からは言えない……」

 それほど、無残なのか、トラウマなのか。アイリの顔は青ざめる。

「どうなったんだ……クレメルは?」

「ここから私は気を失って……クレメルがどうなったか知らない……」

「え? それおかしくないっすか? 知らないって……じゃあなんでクレメルは師匠のところにいるんすか?」

「それが分からないの……でも教会の示すクレメルの位置情報、存在魔力、生存反応は無いのよ……全く……」

 アイリの「全く」の言葉がとても悲しく聞こえる。

 そして、俺はアイリの言いたいことが分かった。やっと理解した。

「死んでるって……言いたいのか……」

 クレメルは死んでいてその現場をアイリは見ていた。アイリは冗談は言うが嘘を吐かない。

 だから、そう断言するのだ。残酷に。

「……そうよ、でもいたのよ、あの姿はクレメルだったわ、紛れもなく、今あなたの隣に存在してるの。暮井くんが寝ている三日間、私はそのクレメルを観察していたわ。言い方は悪いけど調べていたの、本当にクレメルなのか」

 ここに存在しているクレメルが本物か偽物か。アイリはそれを判断するために我が家にいたという。もちろん俺の看病も含めてだろう。

「それでクレメルは、えーと……クレメルちゃんだったんすか?」

 クレメルはクレメルちゃん。少し言葉を濁すのは俺を気遣ってか。新里陸はこう言いたいのだろう。

 ――クレメルはウンリーオーの頃のクレメルヒェンなのか。

 新里陸のプッペンであるシンクはゲーム通りの口癖と柔和な性格だった。

 つまりプッペンはゲームの頃の性格、俺たちがテキストチャットに書き込んだ性格をそのまま生まれ持っているのだ。俺の隣にいるクレメルもそうでなければおかしい。

 そんな新里陸の質問にアイリは首を振った。

 否定だ。俺もそんな気がしていた。

 ウンリーオーで俺が創って遊んだクレメルヒェンではないという。

「そうか、ありがとう……アイリ……」

「なんか……クレメルちゃんに聞かせたくないっすね……」

「大丈夫よ、気配というか、クレメルの気は二階だもの」

 気? アイリはどこぞの仙人めいた事を言う。

「クレメルはね、午後にならないと起きてこないの、暮井くんが寝ているからかしら?」

「……俺がいつも午後に起きているからだ、いままで働いていた仕事は午後二時から始まっていたからな」

 俺の生活時間に合わせてクレメルは寝起きしていた。身に付いた習慣はなかなか変えられない。

「それじゃあ、私たちは学校に行くわ、暮井くんの制服は部屋に用意してあるから来れたら来てね、あとうちの学校は義務教育じゃないのよ? 自分で考えて登校する自由型なの」

「師匠、二階の使ってないお部屋に私の荷物があるっすから絶対入らないでくださいっすねー」

「クレメルちゃんのこと頼むわよ」

 そうして、新里陸とアイリの二人は我が家を出る。

 学校への道は操作端末の地図を見ればいいらしい。便利な世の中になったものだ。

 冷蔵庫の中にある鍋、クレメルの分のクリームシチューを確認。これをガスコンロで温めれば美味しくいただける。そういえば、クレメルはカレーかシチューかどちらかというとカレーが好きだったな。特にシーフードが。

 あの夏の日、俺の前に現れたクレメルはその日から俺とばかり遊んで、四六時中ずっと一緒にいた。笑ったり、悩んだり、喧嘩したりいろんな事をした。あっという間の一年半だった。

 だから、俺がクレメルに言おうと思う。

 他でもない俺が。



 ドタン、ドタンと階段から足音が聞こえる。音的にクレメルの階段を蹴る音。

「おはよう、クレメル」

『――ッパパ! パパだ! いつ起きたの! 起きたなら起こしてよ! もー』

「さっきだ、クレメルが寝ていたから起きるまで待ってたんじゃないか」

『でもー僕とパパが遊ぶ時間が減っちゃうから、やっぱり起こしてほしかった!』

 俺は三日も寝ていたからな。クレメルとは年中無休で毎日遊んでいたから寂しかったのだろう。

「ご飯の前に顔を洗ってきなさい、モンブランの化粧品使っていいから」

『はーーい』

 さきほど、洗面台で顔を洗ったら新里陸の化粧品と思われる大量の容器があった。『り』と『く』の平仮名二文字で横書きしているものだからすぐ分かった。『くり』と書いてあるのだろう。

 いつもならこたつでゆっくりしてから洗面台に向かうのだが、それも今日でおしまい。これからは新生活が始まる。

 俺が温めたクリームシチューとフランスパンをこたつテーブルの上に用意すると、顔を洗い終わったクレメルがやってくる。その頭は空色の髪を天辺で束ねたポニーテールにしている。斬新な姿でかわいらしい。

「その髪、どうしたんだ?」

『うん、これねりっちゃんに教えてもらったの、なんだか動きやすくて』

「モンブランが? あいつ……」

 仲良く出来てるじゃないか。新里陸とクレメルは喧嘩していたことがあった。新里陸も俺にクレメルとの距離感の相談をしてきたことがあった。

 だけど、クレメルの様子を見る限り二人の仲はいいみたいだ。

『いただきまーす』

「ああ」

 ――クレメルちゃんなんで食べるんすか?

 プッペンには消化器官がない。故に物を食べるという行動は取らない。

 ――トイレ、されるんですか?

 受付のガウナさんがそう聞くのも今なら頷ける。

 プッペンは闇商人がルスト人とモンスターを合成させた融合体だという。だから、プッペンの主食もモンスターと同じ魔力なのだ。

 美味しそうに目を輝かせてクリームシチューをスプーンですくって食べるクレメル。フランスパンには手を出さないようだ。

「フランスパンと一緒に食べるともっと美味しいぞ」

『んんー? そうなの?』

 でもクレメルの小さな口じゃフランスパンとシチューを同時に食べるのは難しそうだ。

「フランスパンを沈めちゃうか」

 堅いフランスパンを一口サイズにちぎってクリームシチューに投入。乾燥したパンはシチューを吸い込む。

『りっちゃんこの食べ方汚いっていってたよ?』

「モンブランが? たぶんそれは俺みたいな大人がそう食べるのはアウトなんだろう、クレメルはまだ特別にこの食べ方をしてもいいんだ」

「そっかーそっかー特別なんだねー」

 それをクレメルがスプーンですくってパクリ。

『んーおいしーねー』

 そうだな。普段の我が家は和食なのでご飯ばかりだったがフランスパンもなかなかに美味しい。

「食べたら、学校に行かないか?」

『いいよ! パパ制服着るんでしょ?』

「ああ、すごい似合っちゃうぞ」

 クレメルは急いで食事を済ませ、俺も身支度。

 黒を基調とした白い雲柄の制服はちゃんと俺の丈に合っていていつ合わせたんだろうと気になる。クレメルはパジャマを着替えていつもの純白の法衣。

 今日も空色の髪、青い瞳、純白の服の色合いが青空をよく表している。

『パパカッコいい!』

「俺もそう思う、特に雲柄は独特だな、日本昔話的なものを感じる……そういえばうさ子は学校でもあの着ぐるみを着ているのだろうか?」

『うさ子ー?』

 ――その面構えはあの時によく似ているでござるからな。

 プッペンであるシンクがそう言っていた。プッペンはゲームのことを覚えているのだ。

 それに対し、クレメルは何も覚えていない。何しろアイリのことをお姉ちゃんと呼ばないのがそう言える。

 キャラの性格もゲーム中の行動やテキストチャットの書きこみが性格を形作っていた。今のクレメルは僕という一人称を使っているが、パパなんて言ったことはないし、こんなにデレデレの甘々な性格ではなかった。どちらかというと人見知りで自分に優しくしてくれる人を選ぶという、つまりは俺自身の性格。

 我が家の両開きのドアを開けて、外に出ると目に映るのは緑の大地と青の空。上から降り注ぐ太陽光線は少し強い。地平線は雲で覆われているのかただ真っ白い。

 指を振って操作端末を出し地図を表示させる。学校は今いる東地区三〇番地からそう遠くない南地区二七〇番地に建っている。ナビ案内に従って歩いていけば一〇分ほどの距離だ。

 住宅地は人がいない。それもその筈、今は真昼間で仕事や学校の時間だからな。ここに住む人、ギルドで働く人たちは例え大人でも学校に通わなければいけない。なぜなら、常人では使うことができない魔法や技を使うに当たって、ある程度のルールやマナー、常識を弁えなければならない。

『パパ、スカイスカイしよっ』

 そう言って手を伸ばすクレメル。俺はその遊びがひどく懐かしく感じて含み笑いをしてからその手を取る。

 クレメルはこの遊びが一番好きだった。病院から大型スーパーへの道は人通りが少なくて腕という羽を広げられることから、スカイ羽田線と呼んでいた。ここはどこだろう?

「ひゅーん、こちらクジラ雲田線、現在上空二メートルを低空飛行しておりまーす」

『あははっはあははは!』

 その小さなウエストに手を回して空に掲げる。ポニーテールの空色の髪が風になびいて飛行機雲のように線を作る。

 クレメルの体重は軽い。小学生五年生の体重はこの程度なのか。

 ――クレメルは死んだ。

 ――朝の布団は生ぬるい、寒い。

 ――おばあちゃんがとり憑いたシュバメッツェの言葉を理解できた。

 死んだから、軽い、体温が生温い。魂の言葉を理解出来る。それは幽霊のよう――

 いやお化けか。先日成仏したおばあちゃんやクソジジィのような。化けたもの。

『パパーー! 学校がーー! 見える、よーー!』

「当機は離陸を開始しますーーリュフトーーリュフトーーご一緒にー」

 俺が魔法を言い上げる。背中から押してくる強い爆風、俺の体ごと宙に浮かせる。ジャンプをしたら飛びすぎた感じになる。

『リフトーーリフトーー』

 クレメルが魔法を言い上げる。しかし風は止んで、重力が俺にのしかかる。ちょっとしか浮いてないから簡単に着地。

 やはり、俺が詠唱することで魔法は発動する。あの時もその時もそうだった。クレメルはバイオリンの切っ先を向けただけ。

「今度は音速を超えますーー空間をつなげ、レーレヴァンデール!」

 目の前の空間が色を変え学校の教室につながる。入口は天井のようで教室は勉強をしている生徒がいて静かだ。

『あれに飛び込むのー?』

「ああ! 第一印象はインパクトが大事なんだ! じゃないと舐められるからな!」

 そこにいきなり俺とクレメルが現れたら、道場破りかイリュージョンの類だと勘違いされてしまう。

 でも、面白いじゃないか。クレメルも楽しそうな顔をしている。

「ッリュフト!!」

『らじゃじゃー!!』

 俺とクレメルはスカイスカイをしながらリュフトで空を飛び空間を乗り越える。静寂感漂う教室に突入していく。



 結局、クレメルはなんなのだろう?

 死んだはずならここには存在しないし、他の人と違うなら新しい何かなのだろう。

 それが、幽霊とか火の玉とかこんにゃくでも、別世界の異次元や幻想から化けて出てきたものでもなんであろうとも俺は受け入れよう。

 絶対否定はしない。

「クレメル、俺は何があってもお前の味方だから、愛でるよ、一生な、例え死んでも」

『パパ? 顔が笑顔だね』

 ああ、俺はずっと含み笑いをしていた。これで心の底から笑っている。

 だからこれからも笑顔で有り続けたい。

 クレメルと俺を囲う大切な世界の為に。

 

 おわり。

挿絵(By みてみん)




インターネットお化けを愛でてください、最後まで読んでくれてありがとうございます。

本当は大賞に応募したから評価シートもらえるまで待とうと思ったんですけど、一向に来ないままに一ヶ月経ったので、もういいやと。

ツイッターでつぶやかれてたのに一次落ちとか……いや確かに話めちゃくちゃだから受かるわけないですけどw

特に続きを書くわけではないですが、需要があればかきたいなと思える作品なのですよ。設定とかたくさん考えたし。

そしてそして、イラストを付けたりしてみたりしました。あー画力が欲しい。というか漫画描きたい。そして漫画家になりたい(なんで小説かいてんねん

次の作品はゴットイーターリザレクションが出る前に書ければいいな……

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