荒神と声
最終的に、きっぱり無視を決め込むことにした流雫は、あたりの声にまた耳を澄ますことにした。
流雫が反応を示さなくなったとわかると、音菊も渋々騒ぐのをやめ、ふよふよと流雫の周りを浮遊するのみに留まる。
市が建ち並ぶ長い通りもようやく終わりが見えてきていた。
結局集まった情報はというと、この霊牙で『祭り』が行われるのが七日後ということ。
そして、
「荒神の使い、今年はたった九つの子どもですって!」
「あぁ、そうらしいなぁ」
「占術の結果だろう。例えそれが赤子でも、使いと出たならそうなのだ」
話によると、この祭りでは『荒神の使い』という役目を毎年誰かが背負うことになっているらしい。
それが、今年は『たった九つの子ども』だという。
口ぶりからすると、普段はもう少し上の年齢層が担当していたはずの役目らしい。
「キク、荒神の使い、とは何だかわかるか」
「さぁな。『荒神』はかつて鎮めた荒魂が神格化したもののことだが………」
「それが、この地の神なのか?」
「む……なんとも言えん。今はまだ様子見だな。どちらにしろ、狙いどころが『祭り』の最中であるのは間違いない。それまで待つのが懸命だ」
「そうか」
頷き、同時に流雫は完全に市が建ち並ぶ通りから抜けた。
人の数が急に減って、視界が開ける。
と、その瞬間。
「ーーーっ?」
「どうした、流雫?」
「………今、誰かが声を………」
ーーーー………け………て
「?なんだ?何も聞こえんぞ」
「………いや、確かに聞こえる」
そう言うと、流雫は耳に手を当てて、声を聞き取らんと神経を研ぎ澄ませた。
この場から動くことはできない。
おそらくこれは、思念。ここに立った瞬間聞こえた。一歩動くだけで波長が合わなくなる可能性がある。
「……………ほう」
流雫の姿を見て、音菊は小さく笑った。
ーーーた………け、て………しい
だめだ。まだノイズが酷い。
「………もう一度、言ってくれ」
「………………」
ーーー………け、て………、る、しい………
ーーーる………しい、た、す………て………
次の瞬間、流雫は、はっとして閉じていた目を開いた。
「これは………」
「流雫よ、何を聞いた?」
「………助けを、呼ぶ声だ」
その刹那、音菊は、異様な気を流雫から感じた。
それは、冷たい隻眼の奥にしまい込んでーーーしかし、しまいきれなかった。
そんな、狂おしいほどの、想い。
「必ず………」
呟かれた声は、どこまでも冷たく、どこまでも強い。
「必ず、助けよう………」
『今度こそ』という言葉が、聴こえた気がした。