音菊(とぎく)
「俺様は、式などではない!れっきとした『式神』だぞっ」
声を荒らげるそれを鬱陶しいと言わんばかりに手で払い、不自然にならない程度の声で、流雫は応えた。
なにせ、常人にはこの獣の姿は見えていないのだ。まして今は不法侵入者として追われる身。あまり大声で話すわけにはいかない。
「大差ないだろう、式も、式神も」
「馬鹿者!全然違う!いいか、式は単なる使役物!式神は元はといえど、その正体は神の眷属たる存在なのだ!そのへんの紙っぺらと一緒にされてたまるか!」
まぁ確かに、と思わないでもないが、流雫にはやはり、あまり大差ないように思えた。
意識云々の話ではない。
先程、霊牙に侵入した際に使用した、紙に力を込めたものも式と言うが、神には相当しない所謂妖ものを自身の力の一部として使役するものもまた『式』である。
すなわち契約対象が神に相当するか否かという違いだけなのだ。
まぁ、普通ならば、大きな違いなのだろうが………。
「おーい!聞いているのか!」
「あー……はいはい」
「だー!戯けめ!なぜ!貴様は!こうも!無礼なのだー!!」
ぎゃんぎゃんと騒ぐこのうるさい猫が、神に相当すると言われても、いまいちぴんとこないのは断じて流雫のせいではない筈である。
「よもや俺様の真名を忘れたわけではあるまいな」
「キク………」
「それは貴様が勝手に呼んどる呼び名だ」
「じゃあ、音菊?」
「それも呼称!」
「………なんとか……音菊丸、だった気がする」
「なんとかってなんだ!気がするとはなんだ!」
「………冗談だ」
「なんだその間は!忘れておるな!さては忘れておるな!?」
「大丈夫だ」
「大丈夫なものかー!」
獣、もとい音菊は長く美しい尾を爆発させて怒る。
はぁ、とため息をついた流雫は、今だけでも常人のように、異形の者が見えぬ瞳になれぬものかと本気で思案するのであった。