式神と人間
芳しい匂いに、黒い鼻がぴくりと動いた。
「おい、流雫! 団子だ!」
「後でな」
「何故!?」
がーん、と音がしたかと思うほどに愕然とする音菊を尻目に、流雫は歩き続けた。
昨日とは別の通りを選んで歩く。このあたりは人がごった返すということはなさそうで、総じて落ち着いていた。
とりあえず必要なものを買い揃えつつ、周りの声や、気配に気を配る。
なにも手がかりは人間たちの噂話だけではない。
流雫には、人ならざるものの声や姿を捉えることが可能だった。
決して生来の素質ではない。
ただ単に、幼い頃から常人より長く「侵されて」いただけだ。
「流雫、団子を忘れたら承知しないぞっ」
「キク………なんの目的で、俺たちがここにいるか、分かっているだろう?」
「ふん!もちろんだとも。貴様のわがままに付き合ってやっておるのだ」
「………まぁ、そうだな」
この黒い獣も、たいそう長い付き合いだが、こういう自分本位なところは昔のままだ。
そもそも人よりも遥かに長く生きる彼らに、たかだか10年やそこらの時間で「変われ」というのは無理があるだろう。
逆に、ここまで変わってしまった方が異常なことなのだ。
流雫は、未だにぶつくさと文句を言う式神を見て、小さくため息混じりに笑う。
ここまで急激な変化を課したのは、自分のせいだ。しかし彼は、それでもなお、契約を結んでくれた。
もう少し、この一見傲慢な式神には感謝しなければならないのかもしれない。
「………適当な茶屋に入るか」
「おぉ! さすがは俺様の弟子!」
「………誰が弟子だ」
「ふふん、否定する気か? 神楽器の操り方を教えてくれとお前が俺様に懇願した日のことは、それはもう鮮明に覚えておるぞ」
あの時や、おお、あんなこともあったな!と過去を容赦なく掘り返して自分の手柄を語る音菊に、流雫は先ほどの感謝の気持ちが薄れてゆくのを感じた。
「………………はぁ」
「む? おい、流雫。茶屋を過ぎておるぞ?………おい!こらぁー!」
この調子に乗るのがたいそう得意な獣には、もう少し厳しい方がいいかもしれない。
きっと、それがこの式神と流雫との丁度良い関係なのだ。