前奏曲(プレリュード)
ぴぃん………と張り詰めた空気が、音を消す。
少年はここを通すまいとして、そのか弱い腕に龍神の宝刀を握り締め、獣はなんとしてでも通らんとして、その鋭い牙を剥いて少年を威嚇していた。
湖へと続く、ただ一つの道。
風さえも横切ることを許されないかのような、静寂。
聴こえるのは、互いの息遣いだけ。
そう錯覚するほどに、両者とも相手のみを見据えていた。
ふー、ふー、と息を荒げ、瞳孔を開いて威嚇し合う少年と獣を、獣の後ろに佇む男がまるで塵の一片を見るかのごとく蔑視し、ただ一言呟いた。
「邪魔だ」
その言葉が合図だった。
たちまち張り詰めた空気が裂ける。
耳をつんざくような咆哮が轟き、同時に凄まじい妖気が爆発した。
びりびりと肌を侵すその感覚に、少年はただ歯を食いしばって耐えている。
決して、目を閉じてはいけない。
どんなに甚大な気がぶつかってこようとも、その瞳でしっかりと、視なければ。
獣の足が地を蹴る。
刹那、少年は時が止まったのかと錯覚した。
ゆっくりと迫る、黒い獣の牙。
その瞳に映る、自身の顔。
四肢の動きを全て、はっきりと認識できているのにも関わらず、動かない身体。
眼前に迫る黒い塊に、持っている刀の重みだけが、心を繋いでくれていた。
ぐしゃり
表現に耐えない、嫌な音が、耳の奥で聞こえる。
そしてーーー激痛。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
護れなかった。
右目に走った痛みが、その耐え難い事実を物語っていた。