5(終)
昔むかし、とある山奥に『穂嘩穂嘩温泉』と言う名前の温泉と、周辺に広がる大きな温泉街がありました。
心地よく健康にも良い温泉を求めてたくさんの人がここを訪れ、旅館やホテルは毎晩のように宴会が行われ、温泉街はいつも賑やかでした。しかし時が経つにつれ、山奥にわざわざ来なくても別のところに行けばよい、と考える人が少しづつ増え始め、次第に温泉街は廃れ始めていきました。旅館が閉鎖し、ホテルは休止し、気づいた時にはこの温泉を訪れる人を迎え入れる施設は、何一つ残らなくなってしまいました。
そう、完全なる廃墟と化してしまったのです。
誰一人として訪れず、山奥の中で自然に還るのを待つだけになった『穂嘩穂嘩温泉』の温泉街。しかし、中には敢えてこの状況を好んで訪れる人たちもいました。例えば、彼らのような――。
「のお、お兄……そろそろ帰らん……?」
「何言うとるん、せっかくここまで来たのにのぉ……」
かつて人々で賑わった大きな道を、一台の車が走り続けていました。中に乗っているのは、言葉に地方の訛りが混ざる二人の男女でした。車を運転する男性の発案で、誰も泊まらず、一人も働かず、ただ静かに佇むだけのホテルや旅館が延々と立ち並ぶこの理想的な『廃墟』を訪れる事になったようです。少しづつ日が暮れてきてもまだ乗り気な男性に、助手席の女性は呆れ果てているようですが。
「それにしてものぉ……」
「どうした、お兄?」
「噂には聞いとったけどのぉ、こんなにようけでかい温泉街だったとは……」
運転席の男性は事前にこの巨大な温泉街の跡についての情報を調べ上げ、どのような廃墟が見所なのかも把握していました。ですが、その情報に書かれていた以上に、この場所には魅力的なものが多く眠り、そしてかつての温泉街は延々と道なりに続いていたのです。
今は夕暮れ時、誰も人がいないこういう場所で長居するわけには行きません。まだまだ見たいところがいっぱいあるけれど、一旦引き上げたほうが良いだろう、と男性もしぶしぶ同意しようとしたその時でした。運転手の男が、遠くの建物に明かりが灯っている事に気づいたのです。しかも小さな明かりではなく、何階建てもありそうな建物の窓から、たくさんの明かりが漏れているようでした。
「の、のぉ、これって……」
「だ、大丈夫じゃ…オレも同じ気分じゃけえ……」
二人は不気味に思いましたが、それ以上に何があるのか見てみたい、と言う好奇心に駆られました。そして、彼らはそのまま車を明かりの方向に向けて走らせたのです。
そして、明かりの方向にあったのは、八階建てもある巨大な和風のホテルでした。
当然二人は驚きました。廃墟となった『穂嘩穂嘩温泉』でまだ営業している店があると言う事実は勿論、そもそもこんなに大きなホテルが存在していた事すら、事前に調べた情報には無かったからです。
やっぱり帰った方が良いのではないか、と言う意見もありましたが、最終的に彼らはこのホテルに入り、明かりの正体を確かめる事にしました。調べた情報が古かっただけかもしれないですし、もしかしたらここは、誰も知らない穴場かもしれませんし、自分たちが第一発見者になる可能性も十分にあるのです。
「よし……準備はええか?」
「勿論じゃ、お兄!」
車を降りた彼らは、忍び足でホテルの建物の中に入り込みました。
すると、そこに待っていたのは――。
『『『いらっしゃいませ、ようこそ我がホテルへ』』』
――丁寧に挨拶をする、着物姿の女性でした。それも、全く同じ姿形の美女が、三人も……。