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廃墟と貸した温泉街でたった一軒だけ営業を続ける謎のホテル。七階建てもある大きなホテルにも関わらず、廊下や部屋で見かける従業員は、大きな胸と素敵な笑顔の持ち主である女将さんだけ。それなのに、露天風呂も夕食も、普通のホテルに負けずとも劣らないおもてなしぶり。一体これは、どういう事なのか――。
――三人組の廃墟マニアの男たちは、その真相を突き止めることに成功しました。ですが、それは彼らが一切予想していないものだったのです。
『うふふふ♪』
『あはははは♪』
三人がこっそりと覗き込むホテルの従業員の部屋では、五人の女性たちが一息をついていました。緑色の着物ははだけ気味になり、互いに労いの笑みを見せ合っていました。ですが、彼女たちは明らかに普通ではない、と言う事を、三人は嫌と言うほど認識させられていました。
緑色の着物は勿論、丁寧に結っている黒く美しい髪、互いに見せ合う笑顔、そして動くたびに上下に揺れる大きな胸――彼女たちは、外見も声も、あらゆるものが全て女将さんと同一だったのです。いえ、むしろ全員とも『女将さん』そのものと言ったほうが良いでしょう。それほど彼女たちは、一切の見分けがつかなかったのです。
確かにこれならホテルの中でずっとあの女将さんしか見かけなかった理由も頷けるでしょう。七階建てのこのホテルに務めているであろう何十人もの従業員が全員とも彼女ならば、心地よい露天風呂や美味しい夕食、そしてきめ細やかなおもてなしを『女将さん』だけでこなす事も可能かもしれません。
ですが、三人は目の前の事実に一切理解できませんでした。そもそもどうして女将さんがこんなにたくさんいるのでしょうか。同じ人間がたくさんいるなど、どう考えれば理解できるのでしょうか。
「ど、どうなっているんだ……?」
「知るかよ……」
「さあ……」
談笑する五人の女将さんに聞こえないよう、男達は小さな声で疑問を共有しあいました。そして、彼らの心には次第に好奇心を超えた恐怖が現れ始めていました。女将さんの忠告どおり、このような現実を見せ付けられる場所は覗くべきではなかった、と。
そして扉を閉めて戻ろうとした、その時でした。あまりにも部屋の中の光景に興奮し過ぎていた三人の男たちは、この部屋の扉が内側に開く事すら忘れていたのです。つい力を入れたせいで扉が大きく開いてしまい、その拍子に部屋の中に倒れこんでしまい――。
『『『『『だ、誰!?』』』』』
――部屋の中にいた何人もの女将さんに気づかれてしまったのです。
彼女たちとじっと目が合った三人の男が、事態の重大さを認識するまでには少し時間がかかってしまいました。ですが、自分たちの作戦が失敗し、女将さんとの約束を破ってしまった事に気づいた三人は、すいません、と大声で言いながら慌てて扉を閉めました。
このまま急いで部屋に戻って、何事も無かったように振る舞えば、もしかしたらばれないだろう。そのような淡い期待を心に宿した彼らは、目線で合図をした後、全速力で部屋へ戻ろうとしました。ですが、既に彼らに言い訳の余地はありませんでした。何故なら――。
『うふふ♪』
――彼らの行く手に、女将さんが立っていたからです。
緑色の着物に、胸元に覗かせる大きな谷間、部屋の中にいた女将さんと全く変わらない外見に凛々しい佇まいの彼女でしたが、慌てて言い訳を始めようとする三人は、その笑顔がこれまでとは異なる事に気づいていませんでした。ちらりと見せたその瞳は、一切の感謝も嬉しさも含んでいなかったのです。
そして、女将さんははっきりと三人に言いました。貴方達は約束を破りましたね、と。
「……そ、それは……」
「い、いや、だ、だから鍵が……!」
「そうですよ、鍵がかかってなかったからつい……!」
『私は伝えたはずですよ?』
『『貴方たちの部屋以外は――』』
『『『『入らないように、とね?』』』』
一つの声が二つ、四つと増えていくのと同時に、三人の目の前にいる女将さんの数も次々と増えていきました。最早三人の廃墟マニアには、女将さんのたわわな胸や整った体つきを楽しむ余裕は残されていませんでした。五人、六人、十人、後から後から次々に現れ続ける、全く同じ姿形の美女に、恐怖の念を抱いていたのです。
そして、たくさんの女将さんの笑い声にけしかけられるように、三人の男達は悲鳴を上げながらその場を逃げ出しました。
「な、な、なんなんだよこれ!?」
「知るかよ!と、とにかく帰ろうぜ!」
「そ、そうだ!帰ろう帰ろう!!」
彼らの頭には、この奇妙で常識外れの光景から逃げ出し、元の平和な世界に戻ろう、と言う思いでいっぱいでした。辺りの山々は既に漆黒の闇に包まれ、自動車で帰るのも危険が伴うような状況でしたが、彼らにとってそのような事はお構いなし、とにかく脱出するのが先決でした。
ただ、そのためには部屋の中の荷物をこちらの手に戻す必要がありました。一泊するつもりで完全に油断していた彼らは、車の鍵を自分たちの鞄の中に置いてしまったのです。エレベーターを使わず、階段を急いで駆け上ったせいで息絶え絶えになってしまった彼らでしたが、何とか自分たちの部屋にたどり着き、ドアを開きました。
そして、そのまま彼らは目を見開いたまま固まってしまいました。
『お帰りなさいませ♪』
大きな部屋の中では、女将さんが笑顔で待っていました。しかも一人ではありません、右を見ても、左を見ても、奥のほうを眺めても、三人の部屋は一面全く同じ姿形――緑色の着物と大きな胸を持つ、全く同じ笑顔の女将さんに埋め尽くされていたのです。
『『『『『『『『『『お帰りなさいませ♪』』』』』』』』』』』
何人、いえ何十人いるのかも分からない女将さんの大群の足元に、三人の廃墟マニアが持ってきた大きな荷物が置いてありました。いつの間に用意されていたのかは分かりません。それに、どうして女将さんが自分たちが逃げ出したいかを予想していたのかも全く見当がつきません。ですが、そのような事を考えている暇も余裕も、彼らにはありませんでした。
「「「あ、あ、あ、あありりりがとうございました!!」」」
顔を青ざめながら、三人はひったくるように自分たちの荷物を持ち出し、泊まる予定だった部屋から駆け足で逃げ出していきました。更に数を増した、数十人もの女将さんの笑顔に見送られながら……。




