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「あぁ~!」
「気持ちいいなぁ~!!」
「暖まるぜ~!!!」
夜の帳に包まれていく空を見上げながら、三人の男は歓喜の声をあげました。露天風呂から眺めていた空に、美しい星々が見え始めたからです。
廃れ果て、完全な廃墟になったはずの『穂嘩穂嘩温泉』で、たった一箇所だけ営業を続けていたこのホテル。そこに務めている美人で巨乳な女将さんが案内してくれたのが、このホテル一番の自慢という露天風呂した。熱すぎないか、サービスなどは雑ではないか、色々と心配をしてしまった三人でしたが、幸いにもそれらは杞憂に終わりました。疲れが溜まった体を癒す心地よさと美しい夜空が、彼らを出迎えてくれたのですから。
ただ、三人には一つだけ残念な事がありました。
「そういえば、確かここって男だけ……」
「そうだよな、男湯と女湯に分かれててさ……」
「……はぁ……」
緑色の着物からもその大きさがまじまじと伝わる胸を持つ女将さんが、もしこの場にいたらどれだけ楽しかっただろうか、と健康的かつむっつりである男性である彼らはため息をついたのです。あの美しい体をもっと堪能したい、もっと味わってみたいものだ、と冗談を言いながら、三人は露天風呂でたっぷりと疲れを癒しました。
『ごゆっくり出来ましたか?』
風呂上がりの三人の元に、その話の種になっていた女将さんが通りかかりました。美しい笑顔と大きな胸に顔がだらしなくなりつつも、彼らは感謝の言葉をかけました。
『お夕食の準備が出来ておりますが、お食事亭でよろしいでしょうか?』
「だ、大丈夫ですよ!」
「僕たち、どこでもよろしいです!」
どぎまぎする彼らに優しげな笑顔を向けながら、女将さんはかしこまりました、と告げてその場を去っていきました。あれだけの美人の女将さんがいるのなら、きっと夕食も美味しいだろう、と三人は話を弾ませながらホテルの中にあるお食事亭へと向かっていきました。
誰もいない静かなお座敷部屋を訪れた三人を待っていたのは、予想以上のおもてなしでした。
歯ごたえがたまらない山菜の天ぷら、柔らかくて美味しい牛肉の煮込み、香ばしい魚の丸焼き――『穂嘩穂嘩温泉』の近くで採れたという山の幸を存分に生かした豪華な料理は勿論でしたが、それらの料理を運んできたのも、あの美人の女将さんだったのです。歩くたびに揺れ動く大きな胸に、健康的な男性である三人の顔を火照らせる美しい笑顔のお陰で、彼らはどんどん箸を進めることができました。
この場所は決して単なる『穴場』ではなく、歴史に消えたに咲き続ける、美しい一輪の花であった――そう彼らは実感しました。
ところが、たくさんのおもてなしでお腹を満たし、しばしの休息に入った時でした。
「……なぁ、ちょっと思ったんだが……」
廃墟マニアの一人が他の面々に声をかけました。このホテル――特に女将さんに関して、妙な違和感を覚えたのです。少し不安そうな彼に対し、他の二人は呑気な言葉を返しました。このホテルが誰も知らされていない事なら気にしないのが一番だ、今は女将さんとの時間を楽しむのが良いだろう、と。
ですが、一度湧いた彼の疑問は収まるどころか、ますます大きくなっていきました。
「考えてみろよ……俺たちがこのホテルに泊まってからさ……」
――あの女将さん以外の従業員の顔を見ただろうか。
そう言われた瞬間、他の二人の表情が変わり始めました。
ホテルの玄関で彼らを迎え入れてくれたのは、確かにあの美人の女将さんでした。その後に部屋を案内したのも女将さん、風呂や夕食の案内をしてくれたのも女将さん、この豪華な夕食を用意してくれたのもまた、あの美人の女将さん。そう、このホテルの廊下を歩いている間にすれ違った従業員は、みんな女将さんばかりだったのです。
「確かにこんなに豪華な料理、女将さん一人じゃ絶対に無理だよな……」
「こんなにでかいホテルを、一人できりもりするなんて……」
この巨大なホテルにある様々な設備をたった一人で管理し、なおかつ最高のサービスを提供する事など普通の人間には不可能でしょう。いくら美人で巨乳な女将さんでも間違いなく無理でも。これは一体どういう事なのか、と疑問が頂点に達した彼らは、直接女将さんに尋ねてみることにしました。
しかし、女将さんから返ってきたのは、相変わらずの優しく美しい笑みと――。
『お夕食ですか?腕によりをかけて作っております。お気に召したようで、ありがとうございます』
――三人の疑問を解消するには程遠い言葉でした。
腕によりをかけないと、あそこまで美味しい食事を作る事はできないでしょう。ですが、一体女将さんはたった一人でどうやって腕によりをかけたのでしょうか。
頭の中に浮かんだ大きな謎は、やがて三人の廃墟マニアの男をひとつの行動に導くことになりました。目線で合図しあった彼らは、自分たちの部屋に戻らず、ある場所へと歩みを進めていきました。このホテルにある従業員の部屋――女将さんから、絶対に覗かないで欲しい、と念を押されたはずの業務員の部屋へ向かったのです。
「……ど、どうだ?誰もいないか?」
「大丈夫みたい……監視カメラも無いみたいだしな」
「いつも通り、慎重に行くぞ……」
抜き足、差し足、忍び足。男たちは気づかれないよう慎重に目的地を目指しました。
今までたくさんの廃墟を巡り、その内部への潜入を続けていた彼らにとって、これくらいの緊張感は今までに何度も経験したものでした。立ち入り禁止になっている場所でも、柵を乗り越えてこっそりと侵入し、朽ち果てた建物や施設の内部の様子をじっくりと観察し、廃墟の空気を堪能し続けていたのです。そして、こっそりと覗いてそのまま帰ればばれないだろう、と言う油断も、彼らの中には宿っていました。これまでの廃墟めぐりでついた自信が、三人に間違った勇気を与えてしまったのかもしれません。
そして、彼らは一階にある味気ないドアの前にたどり着きました。左右どちらを見ても女将さんや従業員の影は見えませんが、このドアの中からは賑やかに話す女性の声が聞こえました。間違いありません、ここが目的地である従業員の部屋のようです。
「よ、よし……開けるぞ……!」
「うん……」
「おう……」
偶然にも、この部屋には鍵がかかっていませんでした。そこで三人は、音を立てないように神経を尖らせながらそっとドアを開き、部屋の中を覗く事ができるほどの隙間を作り出しました。彼らはそこに顔を並べ、このホテルの秘密を明らかにしようとしたのです。
そして、三人の目に映ったのは、このホテルで働く女性の『従業員』たちが談笑する光景でした。着込んでいた緑色の着物をはだけさせ、健康的な肌を露にしている者もいるようです。
しかし、次の瞬間、男たちは目の前の光景があまりにも異様である事に気づきました。彼らの目に見えた『従業員』は、その姿も、その胸も、その声も、そしてその顔も――。
『うふふふ♪』
――全員、『女将さん』と全く同じだったのです!




