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 今から何十年も昔の事。

 とある山奥に、『穂嘩穂嘩(ほかほか)温泉』と言う名の温泉と、周辺に広がる大きな温泉街がありました。



 お湯の質は勿論、健康に良く、温度も丁度良い――そんな温泉を求めて、この場所をたくさんの人がここを訪れました。道に並ぶ商店の数々は毎日たくさんの人々で賑わい、旅館やホテルは毎日たくさんの予約が入り、太陽が西に沈む旅に宴会が行われました。まさにこの場所は、山奥に出来た理想郷と言っても過言ではない場所だったのです。

 ですが、時が経つにつれて、この場所から人々は姿を消していきました。車を使っても何時間もかかるような山奥にわざわざ来なくても、別のところにある温泉やレジャー施設に行けば十分だ、と考える人が、少しづつ増えていったのです。やがて旅館が一つ閉鎖し、ホテルがまた一つ潰れ、商店はシャッターが降ろされ、人々は不便な土地を捨ててこの場所を去っていきました。


 やがて、この温泉の名前は多くの人々の記憶から消え、残されたのは過去の栄光にしがみつく、巨大な建物だけとなりました。


 そう、完全なる廃墟と化してしまったのです。




 ですが、この場所を訪れようとする人たちが消えたわけではありませんでした。人々の生活が消えて、山奥の中で自然に還るのを待つだけになったたくさんの建物に憧れ、崩れゆく町を目指してやって来る人たちがいたのです。例えば、彼らのような――。




「やっぱり凄いよな……」

「ホテルや旅館が立ち並ぶ……情報通りだぜ」

「いや、それ以上だろうな……」


 左右を廃墟が囲む大きな道を、一台の大きな車が走り続けていました。その中に乗って、今日の成果を語り合っているのは三人の男たち――日本中の崩れゆく建物や壊れていくだけの施設を訪れ続けている『廃墟マニア』でした。ネットや書籍など様々な情報を利用して各地を巡り、消えゆく廃墟に思いをはせ続けているのです。

 既に日本各地を巡り続けていた彼らでしたが、この『穂嘩穂嘩(ほかほか)温泉』は予想以上でした。誰も泊まることなく、一人として働く者もいないまま、まるで時を止めて過去の栄光を見せつけているようなホテルや旅館、そして商店街の跡が延々と立ち並ぶ――不気味に思えてしまうほど、昔の姿をそのまま留め続けるこの場所は、まさに三人にとっては理想の廃墟そのものでした。


 そして、たくさんの建物を見続けた頃でした。


「それにしても……」

「ん、どうした?」


「こんなに大きな温泉街だったとは思わなかったよ……」



 車を運転していた男は、今回も入念に『穂嘩穂嘩(ほかほか)温泉』の情報を調べ上げ、どのような廃墟が見所なのかも把握していました。ですが、ネットや書籍に書かれていた以上に、この場所は巨大すぎたのです。

 そろそろ戻ろうか、と彼は他の二人に言いました。まだまだ訪れていない建物もあるし、見たいところはいっぱいありますが、空は既に夕暮れの赤色に染まりかけていました。誰も人がいないこういう場所で長居するよりも、引き上げた方が良いだろう。その意見で三人が合意しようとした、その時でした。助手席の男が、驚きの表情で前方を指差したのです。

 一体どうしたのか、とその方角を見た二人の男も、すぐに同じ表情になりました。誰もいない廃墟のはずの建物の一つ――何階建てもありそうな巨大なホテルのような建物の窓と言う窓が、たくさんの明かりで覆われていたのです。


「お、おい……ここってもう何年も……」

「だよな……全部のホテルも旅館も……」

「潰れてるはずなのに……」


 当然三人は不気味に思いました。ですが、それ以上に彼らは光の向こうに何があるのか見てみたい、と言う好奇心に駆られました。

 そして、予定を変更した三人は、そのまま車を明かりの方向に向けて走らせる事に決定しました。



 そして、明かりの方向にあったのは、七階建てもある巨大な和風のホテルでした――それも、営業中の。




 当然三人は驚きました。廃墟となった『穂嘩穂嘩(ほかほか)温泉』でまだ営業している店があったと言う事も勿論ですが、こんなに巨大なホテルが存在していたと言う事実そのものが、事前に調べた情報に何一つ書かれていなかったからです。何かが怪しい、やっぱり帰った方が良いのではないか、と言う意見もありましたが、最終的に彼らはこの建物に入って、明かりの正体を確かめる事にしました。情報が古かっただけかもしれませんし、もしかしたらここは、誰も知らない穴場かもしれないからです。


「よし、入るぞ……」

「お、おう……」

「う、うん……」


 車を降り、男たちは忍び足で建物の中に入り込みました。


 そして、そこに待っていたのは――。



 『いらっしゃいませ、ようこそ我がホテルへ』



 ――丁寧に挨拶をする、一人の女性でした。

 


 再び驚きの表情を見せる男たちでしたが、すぐに興味は建物からその女性の方へと移りました。緑色を基調とした着物に身を包み、黒く美しい髪を丁寧に結ったその女性は、挨拶と共に見せた笑顔もですが、それ以上にその大きな胸を存分に男たちに見せ付けていたからです。緑色の着物の首周りから覗く美しい巨乳が創り出す大きな谷間は、三人の男の顔を真っ赤にさせ、警戒心を無くさせるには十分すぎるものでした。



『私が、このホテルの女将でございます』


「お、女将さんですか~……」

「そ、それはご丁寧にどうも~……」

「ぼ、僕たちはその~……」


 廃墟だと思ってこっそり侵入したとは当然言えず、照れながらもしどろもどろになってしまった三人の耳に入ったのは、女将さんからの予想外の提案でした。

 寂れ果てて誰もいなくなった温泉にこうやってお客さんが来るなんて本当に久しぶりの事、だから今回は特別に彼らを無料でもてなしてあげよう、と。


 あまりに現実離れしたこの発想に三人は流石に断ろうとしたのですが、女将さんの美しい笑顔と揺れる大きな胸には敵いませんでした。日帰りの廃墟巡りのつもりで来た彼らは、誰も知らない『穴場』を発見し、さらにそこで一泊できるという幸運に恵まれたのです。

 そして三人は、女将さんに案内されながら、一泊する五階の部屋へ向かう事にしました。


 エレベーターから降り、廊下を歩いていった先にあったのは、美しい緑の山に囲まれた、大きく綺麗な和室でした。三人の男が一緒に寝ても十分な広さがあり、テーブルには美味しそうなお饅頭も用意されています。早速荷物を降ろし、畳に座り込んだ三人に、美人の女将さんがいくつか連絡事項がある、と告げました。

 いざと言う時のための非常口の場所、困ったときの連絡先など、基本的には普通のホテルと同じようなものでしたが、一つだけ違いました。


『この部屋以外のお部屋……他の客室や、従業員の部屋は、絶対に覗かないでください』


 何故かこの注意だけ、女将さんは笑顔を見せず、真剣な表情で三人に告げたのです。


「べ、別の部屋を……」

「あぁ、大丈夫ですよ~」

「そんな事するほど、俺たちは悪い奴らじゃないですし~」


 真面目な表情も美しい、と言わんばかりに顔を緩ませながらも、男たちはしっかり約束を守る事を告げました。それを聞いた女将さんは再び美しい笑顔に戻り、露天風呂の準備が出来ていることを連絡しながら部屋を後にしました。


 早速行こう、と準備をしつつ、男たちはこっそりと自分たちの真に目的が女将さんにばれていない事を安心し合いました。『誰かの部屋を覗くほど悪い奴ではない』と言う先程の彼らの発言は真っ赤な嘘。この場所が廃墟だとしても、彼らはこっそりと入り込んで中を覗くつもりだったのです。

 勿論そんな事を続ければ不法侵入で罰せられる可能性もあります。しかし彼らはそんな事など気にせず、むしろスリルとして楽しみ続けていました。廃墟マニアである三人は、様々な建物の中に勝手に入り込んでは、中を撮影したり、探訪したりして楽しんでいたのです。自分たちの好奇心を潤すために――。



 しかし、今回はそんな背徳的なスリルを味わう事無く、ちゃんとした客としてこの建物を巡る事ができます。そして、気持ちよい温泉に浸かる事も。

 喜び勇みながら、三人の男は部屋を後にし、露天風呂へ向かいました……。

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