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大和撫子、恋花の如く。  作者: 南条仁
第1部:咲き誇れ、大和撫子!
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第7話:想像というか願望を抱いてもいい?

 

 猛が淡雪と出会ったのは去年の春の事だった。

 それまでは学校も違い、会ったこともなく。

 クラスメイトになってからもそれまで話をする機会はなかった。

 きっかけは何という事もない、掃除当番が一緒だっただけ。

 けれども、彼女との出会いは彼に大きな影響を与えることになった。

 その日の放課後、猛は掃除道具を片手に中庭に集まっていたのだが。

 

「春の桜は掃除が面倒だけども、こうも皆がサボってしまうのは予想外ね?」

「……高校の掃除当番なんて、そういうものじゃないか」

「ホントにもうっ。どうして、こうも不真面目な子ばかりなのかしら」

 

 他にも何名かいたはずなのだが、掃除をしていたのはふたりだけだった。

 桜並木の下は散り始めた桜の花びらをホウキではくのは面倒くさい。

 

「はき続けても終わる気がしないからね」

「それゆえに、サボったりする子もひとりやふたりはいると想像してたけども」

「まさか、こんな展開になるとは。桜の花びらの片づけをサボりたくなる気持ちは分かるけど、俺たち達以外にいないのは確かに想像していなかった。困ったな」

「ホントね。大和クンだっけ? 貴方はサボらなかったんだ?」

「考えはしてもそれができない性格なんだ」

 

 昔から妙な所で真面目と言うか、悪に踏み切れないというか。

 そこを中途半端と言われると傷つくから言わないでもらいたい。

 

「あら、真面目な子っていいじゃない。私はそういう子は好きよ」

「ありがと」

 

 優しく、にこやかに笑顔を浮かべた。

 淡雪のことは風の噂は聞いていた。

 有名なお金持ちの家柄である須藤家のお嬢様が同級生にいる。

 

――それだけでも興味はあったのだが、こんなにも穏やかな少女だったなんて。


 スタイルもよければ気品もあって、性格も人当たりがいい。

 こんな子が人気にならないわけがない。

 

「それじゃ、ふたりでも掃除を始めましょう」

「あぁ。桜は綺麗だけども、後片付けが大変だな」

「人は桜の花びらが散る様の美しさは幻想的と褒め称えるのに、落ちた花びらはゴミ扱いするんだもの。ひどい話よね」

 

 なんて話をしてホウキを片手に掃除をはじめる。

 予想通り、桜の花びらは掃いてもすぐに風で次の花びらが道に降り注ぐ。

 

「キリがないので、適度な所で終わらせることにしようか」

 

 少しくらい残っていても怒られることはないだろう。

 黙々としていても間が持たないので、猛は彼女に尋ねてみる。

 

「気になってるんだけど、その髪って染めてるのか?」

「これ?」

 

 淡雪の髪色は綺麗な薄茶色だった。

 別に派手な色でなければ髪を染める程度は珍しくはないのだけど。

 彼女は自分の髪を撫でながら、

 

「染めていないわ。私、生まれつき髪の色素が薄いのよ。地毛が茶色だから、よく染めてるって聞かれるのだけど」

「やっぱり。染めてるにしては綺麗な髪だって思っていたから。うちの母親も天然茶髪なんだ。もしかしてって、思って」

「……へぇ、大和クンのお母さんもそうなんだ?」

「あぁ、昔から茶髪なんだって。たまにいるよね」

 

 天然茶髪、生まれついて髪の色素が薄く茶色に見える。

 稀にそういう人はいて、猛の母もそうなのだが、子供たちは黒髪で遺伝はしてない。

 

「でも、私の家は旧家って呼んでいい古いタイプの家だから、祖母にはいい顔をされていないの。生まれつきの髪色ゆえに、無理に染めろとは言われないけどね」

「それが苦痛とか?」

「ううん。私の母も同じ髪色なの。彼女も天然の茶髪なんだ」

「なるほど。お母さん譲りの髪色か」

「うん。これは私の大好きなお母さんから受け継いだものだから、大切なものなのよ。私はお母さんの娘なんだって思えるんだもの」

 

 そう呟いて愛おしそうに、自分の髪に触れる。

 

――彼女はお母さんの事が好きなんだな。


 淡雪の言葉の端から感じられる愛情。

 よほど母親に懐いているのだろう。

 散っていく桜の中で、猛は彼女に対して思わず――。

 

「綺麗だよ」

「え?」

「須藤さんの髪はとても綺麗だから自信を持っていい」

 

 自然と言葉にした一言に彼女は驚いた顔をする。

 彼女は照れくさそうに頬を赤く染めながら、

 

「ありがと。……でも、真顔で褒められると照れるわね」

「あれ? 俺、変なこと言った?」

「ううん。そっか、大和クンってそういうタイプなんだ。無自覚さんだなぁ」

 

 くすっと彼女は楽しそうに笑う。

 

「大和クンって無意識で女の子を口説いちゃうことあるでしょ?」

 

 心当たりがあって彼は苦笑いしかできなかった。

 色素が薄い人って瞳の色も違うと聞く。

 よく見てみれば、彼女の瞳は髪と同じ薄茶色だ。

 

「……大和クン、そんなに瞳を見られたらさすがに恥ずかしいわ」

「あっ、ご、ごめん。失礼なことをした」

 

 いきなりほぼ初対面の女の子の顔を直視するのも失礼なことだ。

 すぐさま視線を逸らそうとするが、

 

「……あれ?」

 

 猛は彼女の横顔を見て、ある不思議な感じを受ける。

 美しい茶色の長い髪。

 誰もが美人だと心惹かれるその容姿。

 初めて会ったはずなのに、そう感じさせない。

 

――なんでだろう? 俺は彼女の事を知っている? 

 

 出身中学も違ったし、間違いなく初めてのはずだ。

 

――なのに、どこかで会ったような。気のせいか?


この不思議な感覚は何なのだろうか?

 いつ、どこで、そんなことは思い出せないのに。

 

「……須藤さん。俺と昔、会ったことがある?」

「あらあら、私、大和クンに口説かれてる?」

「違うって。口説き文句とかではなく、本当にそう思ったんだ」

 

 慌てて否定すると彼女は考える仕草を見せる。

 

「うーん。大和クンとは今日が初対面だと思うけども?」

「……そうだよな。変なことを聞いた」

「ううん。私に対して親近感を抱いてくれてるってことでしょ?」

「親近感。そうかもしれない」

 

 猛の言葉に不愉快さを見せる事もなく、彼女は優しく微笑んでくれる。

 

「大和クンはとても純粋な子なのね。すごく気に入ったわ」

「……男に純粋は褒め言葉なのだろうか」

「褒め言葉よ。私は男子にあまり良いイメージを抱いたことがないの」

 

 彼女は小声で猛だけに聞こえるように言う。

 

「自意識過剰ではないけど、私は男の子に好かれやすいから」

「だろうね。須藤さんみたいな美人なら男は興味を持つよ」

「だけども、私に近づいてくる男の子ってどうにも欲望まみれと言うか、信用に値しない人たちばかり。幻滅させられることも多くて」

「なんとなく分かる気がする。下心ありきで近づくって意味だろ」

「もちろん、すべてがそうでもないんでしょうけど。どこか男子に対して諦めていたけども、大和クンはそういう子と違うような気がするわ」

 

 モテるというのも考えものだ。

 自分の好みだけではなく、いろんな相手に好かれるのだから。

 

「俺もその一人だとは思わないのかな」

 

 冗談交じりに言ってみると、彼女はにこやかな笑みのまま猛に言い放つ。

 

「全然、思わないわ」

「おや、そう言って貰えるのは嬉しいぞ。でも、どうして?」

「貴方の態度を見ていれば分かる。大和クンは良い人だもの。私の目から見て大和クンって変な下心もなければ、裏表もなさそうな人だって見える」

「信頼されてるのかな」

「うん。私は自分の目で見て信じるタイプだもの。これからも仲良くしてね」

「こちらこそ」

 

 頷いて答えると、彼女は嬉しそうだった。


「今年の桜も見納めだわ。綺麗な桜は、また1年後のお楽しみね」

「来年か。俺たちは1年後、どういう成長を遂げてるのかな」

「……少しだけ、想像というか願望を抱いてもいい?」

「どのような?」

「私と猛クンは良い友人関係を築けていることを望むわ」

「俺もそう願うよ。キミとは仲良くやっていけそうだ」

 

 ふたりで散り終わる桜を見上げながら掃除を終えた。

 相性がいい相手との巡り合い。

 その日を境に、猛と彼女はそれなりに親しい友人関係を続けていくことになる。

 彼女との出会いは運命だったのか、それとも――。

 

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