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大和撫子、恋花の如く。  作者: 南条仁
第3部:世界の終りで待っている
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第76話:私を納得させてくださいね

 

『お兄ちゃんにお願いがあるのっ!』


 その日、メールで猛は平日の繁華街のステージに呼び出された。

 ダンスの練習を終えた女の子達の中に汗をタオルで拭う結衣がいた。

 夕方の時間帯。

 本格的な夏を迎えるせいか気温も暑く、何もしなくても肌には汗がにじむ。


「お兄ちゃん、来てくれてありがとー♪」

「どうしたんだい、結衣ちゃん?」


 結衣からの連絡を受けて、ひとりここまで来た。

 可愛い結衣の頼みを断る猛ではない。


「何か頼み事があるって聞いたけど?」


 彼女だけではなく、チームの女の子達も一緒なのは事情がありそうだ。


「あのね、お兄ちゃんにお願いがあるんだ」


 そして、彼女は事情を話し始める。

 夏休みの間はダンスチームも本格活動をする。

 他のチームと競い合ったり、大会なんかがあったりするそうだ。

 そのためにも練習を増やしたい結衣なのだが。


「ダンスにだけ集中して打ち込みたいけども、そうもできない事情があるの」

「例えば?」

「無駄なお花の稽古とか、作法とかの習い事があるの」

「……無駄って言っちゃうんだ」

「私にそんなものを身につけさせようとしても無駄だよ。私はお姉ちゃんじゃないんだもん。ああいう習い事に夢中になれるわけでもなければ、好きじゃない」

「淡雪さんに、この前もそれを言って怒られてたよね」


 びくっとした結衣は「うぅ」と小さく唸る。

 物事に好き嫌いがあるのは仕方ない。

 彼女にとっては家の環境で渋々やってるだけのことにすぎないんだろう。

 興味もなければ関心もない。

 そんなことを惰性でさせられても身につかない。


「でも、この夏はダンスにだけ集中したくて余計ないことをしてる時間がないの」

「ダンスの方だけに、ということは習い事の方は?」

「やめちゃうか、夏の間は中止にしてもらうか。どちらかにしたいの」

「……家の事情的にそれはあり?」


 首を横に振って否定する彼女。


「それが簡単にできれば何も問題ないよ」

「だろうね?」

「だって、お祖母ちゃんに言ったら全否定されそう」


 猛がなぜ彼女に呼ばれたのか、その理由が分かった気がする。


「習い事を夏の間、やめさせてほしい。そのためには説得すべき人がふたりいる。ひとりはお祖母さん、もうひとりは……淡雪さんか」

「そうなのっ。お願い、お兄ちゃん。お姉ちゃんを説得するのを手伝って」

「……淡雪さんに直接頼んだのかい?」

「バカなことを言わないでって怒られました」


 顔を俯かせてシュンっとしてしまう。

 思い出しただけでもこれとは相当、怒られたんだろう。


「お姉ちゃんさえ説得できればお祖母ちゃんは怖くない」

「ホントに?」

「……何か最近、調子が悪いみたいなんだ。もう歳だからだと思うけど、あんまり怒られる事もなくなったの。その分、お姉ちゃんが厳しくなったのが嫌だ」

「お祖母さんよりも怖い淡雪さん。あんまり想像したくないな」


 後ろにいて、結衣を見守っていたチームの女の子達からも猛に対して、


「結衣はこのチームの中心なの。彼女なしに今のチームはないわ」

「だから、どうしてもこの子の時間が削がれるのはこちらも困るのよ」

「お兄さん。結衣のためにもお姉さんの説得を手伝ってあげてくれないかしら」

「話に聞けば結衣のお姉さんとは元恋人同士なんでしょう?」

「お願い、間に入ってあげてくれないかなぁ?」


 これはチーム全体の悩みとなっているようだ。

 それだけ結衣がチームメイトから認められているという事でもある。


「どうしても両立はできない?」

「無理だねぇ。夏休みは大事だもん」

「バランスをとるなり、時間をずらすなりしてみたら?」

「ここは譲りたくない。夏前に解決したいの」

「うーん。かといって、簡単な問題ではないよなぁ」


 猛は腕を組みながら悩む。


――淡雪さんは優しい人ではあるけども、厳しさもある人だと思う。

 

 特に結衣の場合は事情が事情だけに、難しいだろう。

 言葉は悪いが、遊び目的であり、正当な理由ではない。


「お兄ちゃんには関係ない事だけど、私の力になって」

「気持ち的にはなってあげたいけど……俺の言葉で淡雪さんが動くものか」

「何だかんだで、お兄ちゃんってお姉ちゃんにとって大きな存在だと思うの」

「……そうかな。少し考えさせて。できそうならやってみるよ」


――結衣ちゃんの力になりたいことは確かだ。


 わざわざ、自分を頼ってきた少女の想いは無下にできない。

 

――それでも、あの淡雪さんを説得できるかは別問題だよなぁ?


 彼女は頑固な一面もあるのをよく知っている。

 少し難しい問題を抱えてしまった、と悩むのであった。





 家に帰り、食事を終えた後、何げなく撫子に聞いてみる。


「撫子。誰かを説得するとした時、一番効果的な事って何だと思う?」

「……浮気の言い訳ですか?」

「違います」

「説得と言えば浮気の説明?」

「違うってば!? その極端な例を引き合いに出さないで」

「では、どういう意味でしょう?」

「誰かに対して何かを認めて欲しい場合だよ」

 

 なるほど、と撫子はお皿を片付けながら、


「そうですね。例えば、私達の交際を両親に認めさせるためには、と考えれば、やはり、相手方の弱みを待つ握ることがまず必要でしょう」

「例え話がやけに具体的なんですが」

「主導権をこちらに握る、と言うのは大事ですよ」


 彼女は仮想敵=母親と想定して。


「何事も先手必勝。相手を追い詰めるのが大切です」

「そういうもの?」

「はい、追い込んで、防戦一方に持っていきます」

「おいおい」

「とどめとして、弱みさえあればこちらの勝ちですよ。あとは、『認めなければ~』と、一言脅せばそれで大概は物事は片が付きます。簡単ですね」


 にっこりと笑う撫子になぜか不安を感じる猛だった。


――俺が聞きたかった事と全然違う!?


 リアルに起きそうな戦争の結末。

 もはや、親子の間に流れる不穏な空気を止められそうにない。


「弱みうんぬん以外でお願いします」

「以外ですか? 頼みごとをするということで、ある程度は下手に出ざるをえません。ですが、交渉とはへりくだりすぎるのもいけません」

「そうなの?」

「はい。相手を納得させるためにすることがあります」

「それは?」

「単純な話ですよ。真摯な態度で相手に向き合う事です」


 撫子は真面目な顔をして言うのだった。


「大抵、こういう場合は逃げたくなる状況が多いでしょう。それでも相手を避けず、真正面から向き合い、ちゃんと話し合いをすれば分かり合えるものです」

「小細工はよろしくない?」

「本当に貫きたいものがあるのなら、手段を選ばずというのも作戦ですが」

「い、いや、そういう意味じゃなくてね」

「とにかく、向き合わなければ何も始まりませんよ」

 

 今度はまともな意見だった。

 さっきみたいな恐喝めいたやり方は推奨できない。


――淡雪さん相手にそんな真似はできないし。


 むしろ、猛がそれをすると返り討ちにあいそうだ。


「話し合い、か。やっぱりそれしかないか」

「ただ相手を言葉で納得させると言うのは難しいですよ」

「かなりレベルが高い交渉術が必要とされる?」

「ですね。相手を納得させるのは簡単なようで大変なんです」


――淡雪さんに結衣ちゃんのダンスを認めてもらうために。


 できる事と言えば……。


「向き合うこと。そうだな。ずるい真似をせず、正面突破しかないか」


――単純かもしれないけども、ちゃんと向き合うことが必要だから。


 あの二人には分かりあってもらいたい。


「そういえば、兄さん。最近、ずいぶんと結衣さんと仲がいいそうですね?」

「へ?」

「こんな噂を聞きました。兄さんには隠れ妹がいる、と。彼女から『お兄ちゃん』と呼ばれているのは本当でしょうか?」


――ハッ、ついに撫子に隠れ妹疑惑がバレた。


 不自然に笑顔を崩さない撫子は猛に詰め寄る。

 逃げるにはあまりにも遅すぎて。


――逃げ場ないじゃん。どうしよ?


 いつのまにか彼は追い込まれていく。

 ご不満な様子を見せながら叱責する。


「私が恋人という立場になった今、兄さんの中では妹的立場が空白です」

「はい? い、妹ポジションがいないと何があるわけ?」

「兄さんは極度のシスコン病。妹がいないとダメなんです」

「その言い方はひどすぎませんか」


 そんな重度の病にかかった自覚はない。

 ただ、大抵の病は気づいた時には手遅れではある。


「心の寂しさを埋めるために、結衣さんを妹のように可愛がっているという理解でよろしいでしょうか? 違うのならば反論してください」

「そ、それは誤解だ。……話を聞いてくれ。ちゃんと説明します」

「えぇ。では、伺いましょう」


 真顔の撫子は猛に向き合いながら、


「ちゃんと私を納得させてくださいね、兄さん?」


 その夜、猛は撫子に必死の弁解をした。

 ……結果は散々なモノだったが。

 人を説得して、納得させることの難しさを己の身を思い知った夜だった。


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