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大和撫子、恋花の如く。  作者: 南条仁
第2部:咲き乱れるのは恋の花
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第52話:間違えているのはきっと私だもの

 

 母に完全勝利したその夜、撫子は雅と一緒にお風呂に入っていた。

 猛と入ろうとしたのだが、当然のように優子から反対されてしまった。

 その代わりに放り込まれるようにして雅が相手をすることになった。


「お疲れ。撫子がやりすぎなくてよかったわ」

「別に私はお母さまを切ってもよかったんですが」

「やめてあげて。落としどころとしては無難でよかった」

「……私もまだ甘いですね。この甘さ、命取りにならないといいのですが」


 ふっと撫子は苦笑する。

 雅からすれば「全然、甘くないですよ」と全否定したかったが。


「撫子の髪って髪質がいいからすごく撫で心地がいいわね」

 

 そっと髪を撫でながら雅は羨ましそうに言う。

 

「姉さんもそうでしょう?」

「あー。私は染めてるからなぁ。一度染めちゃうと、撫で心地は落ちる。実感するもの。撫子は染めちゃだめよ。これだけ綺麗な髪だともったいない」

「兄さんは黒髪フェチですから染めるつもりはありませんよ」

「……そこまで猛の趣味に合わせてるんだ。ていうか、あの子、黒髪好きなの?」

「はい、その手の写真集を購入しているようです。兄さんの好みに私はなりたいので、黒髪ままでい続けようと思ってます」


 どんなに綺麗に着飾っても猛に好かれなければ、何の意味もない。

 

「一途な愛だな。そして猛は男の子だぁ」

「ふふっ。そういえば、私達はお母様みたいに地毛が茶髪ではありませんね」

「……そうねぇ。ああいうのって遺伝するっていうけども。そんなものじゃない。気にするほどの事じゃないわよ」

 

 そのまま雅は撫子の髪を洗ってくれる。

 泡だらけにされながら、撫子は子供の頃を思い出して小さく笑う。

 

「いつのまにか、姉さんは一緒にお風呂に入ってくれないようになりましたね」

「猛が一緒に入ってくれなくなっただけよ」

「いいじゃないですか、家族なのに」

「撫子も、いい加減にそこはやめてもいいと思うの。猛だって男の子なんだから。年頃の女の子の裸姿に欲情しないわけもないでしょう」

 

 たしなめる口調の彼女はシャワーで泡を洗い流す。

 

「兄さんはこんなに無防備な姿になっても、私を襲う真似はしませんよ。どんなに誘惑しても、兄さんは中々、落とせません」

「あらまぁ……猛、理性との戦いを頑張ってるね」

「頑張らなくていいんですけど。私としては兄さんとの関係をもっと深めたいのに」

 

 毎日、一緒にお風呂に入る程度では猛をどうにかできない。

 彼も相当、我慢強いというか。

 

「撫子もこれだけスタイルよく育ってるのに。……胸なんて私を超えちゃってるじゃん。そこはショックだわ。生意気なのよ、この妹めっ」

「きゃっ。い、いきなりお腹を触らないでください。くすぐったいです」

 

 腹部を揉まれてしまい、逃げるように湯船につかる。

 

「あんまり猛を誘惑しちゃダメよ。あの子だって人並みの男の子。辛抱強くても、あっさり欲望に負けちゃうかもしれないし」

「そうして欲しいと思ってますから」

「ホント、一途な愛ねぇ。素直に尊敬するわ。それだけ一途なら兄妹なんて壁も乗り越えていけるのかもしれない。私は応援してるわよ」

 

 お風呂で温もりながら、雅にだからこそ言える本音をつぶやく。

 

「兄さんは私の事が好きなんだと思います」

「……うん」

「けれども、あの人はすごく真面目ですから、妹に恋愛する勇気がないんです」

「世界を敵に回す覚悟が足りていない?」

「私はすべてを捨てでも愛を選びますけど、兄さんは違いますから。家族を守りたい、自分の世界を守りたい。それゆえに、最後の一歩を踏み込んではくれません」

 

 愛情を疑うことはない。

 この唇で何度もキスだってした。

 愛してくれている実感はある。

 

「兄妹じゃなかったらよかった?」

「くすっ。兄妹であることは些細なことですよ。ただ、現実も見ているんです」


 夢見がちだった過去と違い、現実も理解できる年齢だ。


「いつまでも、願って待ち続けていれば夢が叶うなんて思っていません」

 

 だからこそ、行動も起こしている。

 

「……お母様は嘘をついています」

「嘘? それって、どんな?」

「はっきりとは言えませんけども、隠し事をしているみたいです。それは兄さんに関係があることだと私は考えています。その嘘をいつか暴いてみせます」

「……隠し事ね?」

「嘘をついて、隠したい事実がある。それはきっと衝撃の事実ではないでしょうか」

「それが撫子と猛の関係にも影響を与えることだってこと?」

 

 頷きながら彼女は難しい表情を浮かべる。

 

「嘘を積み重ねていく、その行為には覚悟がいります」

「そうだね」

「その嘘を貫き通す覚悟がお母様にあるのかどうか」


 ついた嘘を積み重ねていく。

 それは思ってる以上にとても難しい。


「きっと、あるんでしょう。この嘘を暴くのは大変そうですから」

 

 何かを隠しているのは事実だ。

 その何かが、自分達の関係にあるのだとしたら?

 

「例え、大切な人を傷つけても撫子は自分の愛を選ぶことができる?」

「愛のためになら、誰かを傷つけてもいい。私って、案外、自分勝手な女の子ですよ」

「そう。……撫子なりに覚悟を決めてるのなら、私は何も言わないわ」

 

 世界を敵に回しても、私は兄さんの愛が欲しいの――。

 


 

 

 お風呂上り、猛に髪を拭いてもらう。

 自室にて、タオルで髪を撫でられていた。

 

「兄さんも一緒に入ってくれたらよかったのに」

「母さんが全力で止めるのだからしょうがない。久々に肩もみしてあげてました」

「……お母様もそろそろ私達が健全な兄妹ではないと認めてもらいたいものです」

「そこは認められないでしょう。親としてはねぇ」

 

 そう言って苦笑する彼の指先が撫子の髪に触れる。

 彼女はそっとその指に手を重ねる。

 

「私は兄さんを愛しています。いつになったら私の想いに応えてくれますか」

「……応えられる自信はありません」

「そんな兄さんに朗報です。どうやら、お母様は前々から感じていましたが、秘密を抱えているようです。今日の過剰な反応で確信しました」

 

 ブランド物の請求書の話をしたとき、彼女は別の何かを暴かれるのを恐れていた。

 請求書なんてものとは全然違う、大きな秘密が隠されている気がする。

 

「あの異常とも言える反応。私たち、兄妹には何か秘密があるんじゃないかって思いませんか? その秘密が何なのかを私はまだ分からないでいますが」

「その秘密が猛と撫子が血の繋がりないとか言い出すわけ?」

「いえ。どうでしょうか。私と兄さんの間に血縁関係がないという事が秘密だと思いますか? 私はそれだけではないような気がするんですよ」

「どういう意味だ?」

 

 優子が子供たちに秘密を抱えているのは事実。

 その秘密がどの程度のものかを考えている。

 

「私と兄さんも血縁関係がないとしても、それを隠す理由はあるのでしょうか?」

「もしも、血縁関係がなければ、必死に引き離そうとはしないような気もしない」

「そうです」

「いや、親としてはどうかと思うけど。だとしたら、秘密は別の事?」

「その可能性もありますよね。もっと別の何かかもしれない、ということです」

 

 秘密の内容は開けてみなければ分からないパンドラの箱。

 何が出てくるのか、お楽しみとばかりに、

 

「どんな秘密が私と兄さんにあるのか楽しみじゃないですか?」

「……なぜ、そこで楽しめる」

「衝撃的な事実か、私にとって最大の幸福か。どんな秘密であれ、人にずっと隠し続けることは無理でしょう。いつの日か、私がお母様から秘密を暴いてみせます」

「それを笑顔で言わない欲しいな」

 

 秘密にされると気になるのは人の常。

 そして、以前から彼女に対して気になることがいくつかある。

 

「お母様はあることで嘘をついてるんです。それが気になっています。小さな嘘から綻びは生まれ、大きな嘘を暴くことになるでしょう。ふふふっ」

「その顔はやめて。マジで悪役の魔女っぽい」

「……そのためにも情報収集です。いつか寝首を掻くために」

「やめなさい」

 

 だけども、母の覚悟も同時に感じている。

 

――あの人には真実を隠すために、嘘を貫き通す覚悟がある。


 簡単に暴けるものではなさそうだ。

 秘密の扉の鍵は、開けてみるまで分からない。

 でも、想いを諦めたくはないから必ず、その嘘を暴いて見せる――。

 

 

 

 

 ……。

 撫子と猛が寝静まったリビングで、雅は母の優子に声をかけた。

 

「こんな時間に何をしてるの、お母さん?」

「雅? 貴方、まだ寝ていなかったの?」

「お母さんこそ、あんまり夜更かしするとお肌に悪いよ。……何見てるの、アルバム?」

「ねぇ、雅……撫子は気づきかけているのかしら」

 

 子供たちの幼少時代の写真を眺めながら、優子は小さな声で呟いた。

 雅は「そうね」と頷き返して、

 

「猛の方は何も気づいていないけど、撫子は気づきかけているわ」

「やっぱり。どこかそんな気がしていたわ」

「撫子は昔から猛を好きで、一途に思い続けてきたから、きっといつかは真実にもたどりつく。そうなってからじゃ遅くない?」

「……真実なんて言うほどのものじゃないわ。ただの“過去”よ」

 

 弱々しい声の母親を雅は励ますように、

 

「だとしたら、これくらいは隠しておかないと」


 雅はそっと封筒を差し出した。

 中をのぞいて確認すると、明らかに動揺した。


「こ、これをどこで?」

「そのアルバムに挟んであった。うっかりしすぎ。私がギリギリ回収して誤魔化しておきました。……一番、バレちゃいけないやつでしょ」


 それは一枚の写真だった。

 無垢で幼い少女が眠っている。


「撫子……」


 赤ちゃん時代の撫子が映る写真だ。

 何の変哲もない写真に思えるが、それはとても重要な意味を持つ写真でもあった。

 写真を封筒に戻しながら「ありがとう」と受け取る。


「雅にも我慢させてるわ。いつもありがとう。そして、ごめんなさい」

「いいよ。私もお母さんのウソに加担するって決めたじゃない」

「……貴方は優しい子だから辛いこともあるでしょう」

「それが猛と撫子を守るためでもあるもの。だから、大丈夫だよ」


 理解力のある娘にもう一度「ありがとう」と礼を言った。


「それにしても、今日は危なかったね。危うく、自爆しかけたじゃない」

「……反省してるわ。撫子に気づかれたのかって焦ったのよ。あの子を怒らせたくない。本当にすべてを明らかにされそうで怖いわ。あの人によく似てる」

「そうねぇ。ホント、お父さんそっくりに育ったもんね。怖いくらいに。逆に、猛の優しすぎる性格はきっとお母さんに似てるよ。貴方も優しすぎるくらいに、優しい人だもの。だからこそ、私はお母さんが心配にもなる」

 

 そっと母の肩を叩いて、雅は笑いかけながら、

 

「隠し事なんてしなかったらよかったのに」

「それができたらどれだけよかったか」

「全てを公表してしまえばお母さんも楽になるじゃない。もういいんじゃないの? あの子たちもそれを受け入れられる年齢でしょう」

「……言えないわ。これは私達だけの問題ではないもの。私だって、嘘なんてつきたくない。でも、そうしなければ全部、壊れてしまうような気がする。それが怖いの」

「つき続けてきた嘘を貫き通すだけの覚悟もあるってこと?」

「当然よ。だって、私はあの子たちの母親だもの」

 

 覚悟を前に雅は目を閉じて「お母さんになるって大変だ」と静かに囁いた。

 

「そうだよね。お母さんはそういう人だ」

「嘘をつき続ける覚悟くらいないと何も守れない」


 守れないと呟いた母の横顔はとても寂し気で、


「私は弱いから何も守れなかった。弱さは罪だもの。もうあんな悲しい思いはしたくない。強くなりたくて、嘘をつくの」

「撫子には理解されないだろうなぁ。嘘は嘘です、とか言いそう」

「そうでしょうね。あの子はとても強い子よ。ただ、その強さは脆さでもある」

「うん。……でもさぁ、お母さん。これだけは覚えていおいて」


 娘から忠告のように辛らつな一言を告げられた。


「――子供だって、お母さんが好きだから。嘘をつかれたら悲しいんだよ」

 

 その言葉に何も言えない優子が俯いてしまうのを見て、


「ごめん。これは意地悪だったかな」

「いえ、その通りだと思うわ。間違えているのはきっと私だもの」

「母になるって難しいなぁ」

「そうね。でも、雅ならいいお母さんになれるわ。私と違って、思いやりがあって、気遣いもできる。私は……自分勝手で押し付けることしかできないから」


 その母の言葉に、雅は複雑そうな表情を浮かべるしかなかった。

 嘘をつくこと、貫き通すこと。

 人は嘘をつくと心が痛むということ――。

 

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