第48話:全面戦争をするしかないようです
「はぁ、ブラコン過ぎる子にどうして育ちゃったのかしら」
重度のブラコンの娘に頭を抱える優子である。
母としての苦悩は分からなくはない。
「兄さんを全寮制の高校に転校させるなどという、愚かな行為しか思いつかないお母様には分からないんですよ」
「無理にでも引き離すのは普通でしょう」
「兄さんの幸せは常に私と共にあると言うことを理解してください」
「いやいや、それがおかしいことに気付きなさいよ。普通の兄妹じゃないでしょ」
「えぇ、私達は普通の兄妹ではありませんから当然です」
ああいえばこういう。
撫子の反抗期に優子も呆れてしまうほどだ。
「一線を越えてはいけない兄妹関係。何がいけないんですか?」
「その恋愛のすべて」
「禁じられた愛だからこそ美しい、そうは思いませんか?」
「思いません!」
「全否定ですか。思いやりも、理解もない人です」
「もしかして、隠れて、禁断の関係になってるとか!?」
すでに手遅れだった場合は、おそらく強制終了させられる。
「それが本気だったら、私は親として強硬手段に出るから。ホントに出るからね!」
――そんな冷たい目で俺の方を見ないで。
猛は母からの視線から逃げようとするが。
――撫子さん、普通に怖いからこっちを見ないで。
どちらに逸らしても、猛に逃げ場はなく。
天井を見上げるようにして、仰ぐことしかできない。
「兄さんを恫喝するのはやめて下さい」
「どうして貴方達は親の私を悩ませる事ばかりするの」
「それが真実の愛だからです」
「お願いだから健全な関係でいてよ。それ以外は望んでないのに」
「その望みこそ、私にとっては無理な相談と言うものです」
冷静さを失いかけている撫子は口調を強める。
母娘の争いを猛はただ黙って遠目に見ていることしかできない。
――ちくしょう。今、何もできないし、動けない。
余計な発言をしようものなら、ダイレクトに両者の怒りが彼に向く。
それだけは避けたいので黙っておくしかできないのだった。
母は呆れ顔をして、自分の額に手でつつく仕草を見せながら、
「あのねぇ、貴方達は兄妹なの。兄と妹は他人とは違うの」
「兄も妹も、男と女でしかありませんにょ」
「男女関係なんて絶対ダメ。恋愛なんてしちゃいけない」
売り言葉に買い言葉。
ヒートアップする関係に、思わず優子も語気を荒くして、
「いい加減に幻想から目を覚ましなさい。撫子の気持ちはただの妄想よ。思春期の子供が妄想したい気持ちも分かるけども……」
――刹那。
撫子が机を思いっきり、ドンっと叩いた。
「――今、何と言いました?」
撫子の感情をむき出しにした声に驚いた母と猛は素で「え?」と答える。
――い、怒りの臨界点が突破された!
さすがの撫子でも感情が高ぶる事はあるらしい。
親子対決はついに緊迫した戦争状態に突入しようとしていた。
――母娘戦争、開戦寸前とか笑えない冗談だぜ。
未だかつてない出来事が目の前のリビングで繰り広げられている。
母に対して強烈な敵意を向けている撫子は問う。
「私の兄さんへの愛情が幻想にして、妄想だと言われましたか?」
「そ、それは……」
「言いすぎた、言葉のあやですよね?」
彼女は一度だけ機会を与えるとばかりに、
「発言を撤回するのなら今のうちですよ」
「……し、しないわよ。私は思ってることを言っただけだもの」
「へぇ、訂正すらもならさらないですか?」
「しません。私は間違えたことを言ってない」
撫子の猛に対する気持ちは幻想でしかない。
「子供が近しい異性の相手に興味を抱くのは自然なこと。でもね、それは本当の愛情でもないし、いつかは冷める日がくるの」
「来ませんよ。私の熱は冷めません」
「突然来たりするの。兄妹離れってそういうものなのよ」
説得する母と威圧的な娘。
「撫子もいつまでも子供じゃないんだから、理解しなさい」
――親子喧嘩に発展してもどちらも引かないから、マジで怖いよ。
猛は怯えることしかできないでいる。
もう関係ないとばかりに逃げ出したい。
「貴方こそ、もういつまでも子供じゃないんだから、分かりなさい」
「なるほど。理解できました。お母様は私をそう言う風に見ていたんですね」
「分かってもらえた?」
「はい、よく分かりましたよ」
撫子は失望した。
母が綺麗事を並べることも。
自分に対する理解もないことも。
「そうですよね。家族だけは最後まで自分達の理解者でいてくれるなんて言うことこそ、妄想だったんです。悲しいですが現実はその程度のものなんでしょう」
「それはどういう意味かしら?」
「――お母様が望むのなら、全面戦争をするしかないようです」
恐れていた、全面対決の時がきた。
家族間戦争、ついに勃発――。
「私は普段は大人しくて蝶も蟻も殺せない性格ですが、敵には容赦は一切しませんよ。お母様、私の敵となる覚悟があるのならば、戦うしかありません」
「お、落ち着こう。撫子、ここは落ち着いて。なぁ、クールダウンしよう」
黙っていた猛も雰囲気がやばすぎると判断して、間に入る。
だが、怒りの撫子は猛の言葉など聞く耳持たず。
「兄さん。私は今から貴方に見せたくない顔をみせることになるかもしれません。部屋に戻っていてくれませんか?」
「は、はひ?」
「家族が傷つく姿を私は貴方に見せたくないんです」
「マジで何をするか分からなすぎて怖いからやめて! 撫子、落ち着いてよ」
本気で何をするのか分からなくなって怖い。
「私は家族を大切で愛しいと思っています」
それゆえに。
「お母さまのことも愛しています」
これまでは本気で彼女は行動しようとしなかった。
「だからこそ、幸せな家族のままでいたかったんです」
「な、撫子。貴方、まさか……あの事を知っているの?」
急に母の顔色が青ざめたものに変わる。
それまでと違い、真顔で衝撃を受けている。
――なんだ、撫子は何かを知っているのか?
彼女が用意していた切り札。
それは優子を脅かせるだけのものなのか。
「お母様が家族に黙っていた事を私は知っています」
「そんなものはない」
「でも、言う必要はないと思っていました」
「私は秘密なんて隠していないわ」
明らかに劣勢に立たされているのは優子側だった。
撫子の切り札に戸惑いを隠せずにいる。
――母さんを動揺させるだけの何かを撫子は知っている?
そう、これまでは責め立てるだけの優子が及び腰になりつつある。
「大切な家族が壊れる姿を私はみたくなかったんです。それなのにお母様がそういう態度を取るのなら私も覚悟を決めなければいけません」
「やめて、何も言わないでっ!」
「私も残念ですよ、お母様。私の敵となると言うのなら、仕方のないことです」
撫子の瞳はもう母を見ていない。
ただの“敵”として、冷たく突き放すように。
「貴方が私を理解してくれさえいれば……こんな真実は告げなくてもよかったのに」
「や、やめて! お願いだから、やめて――!」
悲痛な母の叫びがリビングに響き渡る。
そして、撫子は……――。
 




