第44話:この子、平気で嘘をつく悪い子に
のんびりと昼休憩の校舎を歩いていた。
すると、中庭に淡雪の姿を見かける。
「あの綺麗な茶髪は目立つな」
茶色の長髪美人。
どこにいても彼女だと分かってしまう。
背後から声をかけようとする前に、
「――猛クン?」
「え? なんでわかったんだ?」
振り返る前に彼の名前を呼ばれた。
思わず、ドキッとしてしまう。
「ふふっ。猛クンが来るかもって思ってた」
自然に淡雪は振り返り笑みを見せる。
「どうして?」
直前まで後ろを振り向かずに言い当てられてびっくりする。
「さぁ? 直感的なものかしら」
「マジで?」
「もしかしたら、猛クンが来るかもって感じたのよ」
「ホントに?」
「これって、運命的なものかしら。私は貴方を見つけ出す才能があるのかも」
「単純に気配を感じただけなのでは?」
「はぁ。猛クンって乙女心が分かってない」
――グサッ。
心に刃が突き刺さる痛い想いだ。
「す、すみません。真面目で面白くないやつで」
「女の子って、運命に憧れてるの。私もそうよ」
「そういうもの?」
「猛クンって、優しいけど、乙女心には鈍いわよねぇ」
「……乙女心を理解できる、イケてる男になりたいです」
しょぼくれる猛だった。
彼女はベンチに座りながら何かを食べている。
「それは?」
「かき氷よ。売店で買ってきたの」
その手に持っているのはカップのかき氷だった。
ひんやりとした触感の夏の定番、氷菓である。
「まだ時期的に早くない?」
「熱中症で倒れる子もいるほどに暑い時期でしょ」
「確かに」
先日も倒れた女子を助けたところだった。
ここ最近、暑くなってきたため、アイスの人気も上昇中。
気温があがってくると食べたくなってくる。
「こういうの食べると清涼感があっていいじゃない」
「気持ちは分かるな」
「でしょ。つい買ってしまって。でも、まだ確かに時期が早いかも」
すると、彼女はどことなく寒そうに、
「食べ過ぎて身体が冷えました。ブルブル」
「あらら」
「だから、抱きしめて温めてくれてもいいわよ?」
可愛く微笑まれて言われてしまう。
この悪戯好きめ、と内心、思いつつ、
「キミのファンに刺されそうなのでやめておきます」
「残念。猛クンのそーいう押しの弱さはダメだと思うの」
「……すみません。俺、ヘタレなんです」
冗談交じりに言うと「うん」とうなずかれてしまった。
――淡雪さんのこういうところがちょっと傷つく。
時折、猛に対して、すごく手厳しい面がある。
「そうだ、ちょっと残ったからあげるわ。あーん?」
「え? あ、いや」
「食べさせてあげるわ。イチゴ味は嫌い?」
「かき氷って色の違いはあるだけで、味の違いはほぼないんだよ」
「ふーん。それじゃ、問題ないわよね。口を開けて?」
どこか楽しそうに淡雪はスプーンを片手に迫る。
――ここで断るとヘタレ倍増?
猛は周囲を伺い、誰も見ていないのを確認すると、
「あ、あーん」
淡雪にかき氷を食べさせてもらう。
口の中で溶ける冷たい氷。
甘いシロップの味が広がる。
「美味しい」
「でしょ。私も好き。もう一口、どうぞ」
「自分で食べられるんですが」
「食べさせてあげるというのが楽しいのよ」
「……淡雪さん、動物の餌付け好きでしょ」
「正解。ほら、あーんして?」
恋人同士ならまだしも、今の二人は友達同士。
恋人ごっこの時のような真似をするのは気恥ずかしい。
しかし、淡雪に甘えられるとどうにも、嫌だと断れるわけもなく。
しばらく、彼女の好きなようにさせられるのだった。
「ごちそうさまでした」
食べ終わると、ものすごく気恥ずかしい思いをさせられた気がする。
羞恥プレイ紀文の猛は「淡雪さんに弄ばれた」と照れる。
「ねぇねぇ、猛クン」
「何ですか?」
「私と貴方、今、お口の中が赤くなってる」
言われて気づくと淡雪の舌が少し赤らんでいる。
かき氷独特の問題、食べ終わった後、舌に色がついてしまう。
いわゆる、合成着色料のせいである。
「ん?」
猛も気づいた。
自分の舌がきっと赤らんでいることだろう。
「……うふふ」
なぜ、淡雪は意味深に笑っているのか。
「淡雪さん?」
こういう時の彼女の笑みは何かを企んでいる。
その意味を知るのは二人が教室に戻ってからだった。
教室に戻ると、なぜかざわついている。
「何ですか、これ?」
周囲の視線は戻ってきたばかりの猛と淡雪に向けられていた。
その理由を知る。
それはクラスメイトの目撃者がいたせいだ。
「私、見ちゃったんだ」
目撃者は優雨だった。
彼女は恥ずかしそうに、顔を覆い隠すようなそぶりをしながら、
「偶然、中庭を通りがかったら、淡雪さんと猛君が“キス”してた」
「し、してないよ!?」
冤罪事件の発生だ。
「してました」
それなのに、淡雪があっさりと肯定する。
「なぜか、淡雪さんが認めちゃった!?」
「恥ずかしいけど、見られてしまっていたのね」
「この子、平気で嘘をつく悪い子に」
「違うもの。真実だもの」
悪びれもせず、淡雪は「優雨さんに見られてたんだぁ」と呟く。
わざとらしさ満載の言い方に、
「……淡雪さん、何を企んでらっしゃる?」
「別に? ただ、私と猛君がチューをしていただけじゃない」
「何もしてないからね? さも、事実のように言うのはやめて」
クラスメイトから好奇と嫉妬の視線が集中する。
「おい、大和。てめぇ、まだ須藤さんと繋がってるのか」
「説明責任を果たせ。言い訳せずに真実を述べろ」
「リア充は滅べ。学内イチャつき禁止条例を誰か作ってくれ」
と、男子の阿鼻叫喚に猛が責められるな通常通り。
女子からは「仲がいいねぇ」とどこか微笑ましく見守れている。
「優雨ちゃん、嘘をつかないでくれ」
「嘘じゃないわよ。ホントにチューしてた」
それは間接キスの間違いでは、と言いかけて、
「あっ」
口を大きく開いてしまった。
その瞬間、淡雪と猛の口の中が同じように赤いことを誰もが気づく。
「「……」」
静まり返ってしまう教室内。
冗談だと思いきや、まさかの事実。
――や、やらかしちゃった、俺?
すぐさま嫉妬の渦は怒りを招く。
「……おい、猛くんよ。なんで、キミたちの口の中が赤いのだ?」
「それ、かき氷の色?」
「つまり、ホントにチューしてないとつかないよね?」
「やらしー。学校内でしちゃうなんて。オオカミさんじゃん!」
「ま、待ちなさい。これは誤解で、罠なんだ」
すぐさま取り繕うとするも、手遅れで、
「何が誤解だ、この野郎。中庭でちゅっちゅっしてたのか」
「ちくしょう。マジかよ、このふたり」
「嘘だろ、誰か嘘だと言ってくれ」
「……撫子ちゃんに密告してやる。滅べ、大和」
「やめてぇ!? 撫子にだけはマジで勘弁。俺、東京湾に沈められちゃう」
窮地に追いこまれた猛は「ホントにキスはしてません」と火消しに走る。
「前から思ってた。二人ってホントはどんな関係?」
「キスフレどまりか。それ以上か、どっちだ?」
「その件に関しては黙秘しま……ぎゃー!?」
ここぞとばかりに、クラスメイトに囲まれて追及されまくる。
フルボッコにされて、可哀想な猛の姿に、
「あれ、間接キスって意味だったのに?」
優雨は優雨で、大事な言葉が抜け落ちていた。
たまたま、かき氷を食べさせ合ってるのを目撃しただけだったのだ。
「うっかり、言い間違えちゃった」
思わぬ自分の発言が火種となってしまった。
「どうしよ?」
それに気づいた淡雪はそっと優雨の口をふさぐように、
「しーっ。面白いから、そのままにしておいて」
「……淡雪さん、楽しんでる?」
「いいじゃない。こんな風に、私たちの関係を弄られるのも」
どこか満足気の様子である。
「淡雪さんって猛君イジメが好きだなぁ」
「好きな子イジメってあるじゃない」
「好きな子相手に、自分へ気を引こうとするやつ?」
「そうそう。アレと同じだと思うの」
「微妙に違うと思います」
淡雪としては最近、猛が妙に浮かれているのが気に入らない。
だからこそ、意地悪もしたくなる。
「可愛い妹がいるだけじゃなく、美少女の後輩まで現れるし」
「あー、例の女の子? 噂の恋する乙女ね」
「恋乙女さん。可愛い子に言い寄られてデレっとしてました」
「意外に淡雪さんって嫉妬深い?」
「そうね。私、メラメラ燃えちゃうタイプかも」
面白くないから、悪戯心も芽生えてしまう。
「……トドメ刺しておきましょうか」
この騒動を更に炎上させるために、
「ねぇ、猛クン。今度はもっと素敵なキスをしましょうね?」
「――!?」
すぐさま猛は顔を引きつらせて「何を言ってるの?」と凍り付く。
「今度はもっと情熱的に求めてくれてもいいのよ?」
「情熱的も何も……」
「こんな軽いキスじゃなくて、ディープなのが欲しいわ」
薄桃色の唇を尖らせて見せた。
綺麗な唇。
誰もが思わずキスシーンを想像してしまう。
「おい、こらぁ。大和、やることやってるんじゃないか」
「や、やめてぇ。淡雪さん、冗談が冗談じゃなくなるからぁ!?」
「何を誤魔化しやがる。今日という今日は許さんぞ」
もみくちゃにされて、困惑する猛を見るのが淡雪にとって楽しい。
可愛らしく、ちょっと赤らんだ舌を出しながら、
「猛クン弄りは楽しいわ、うふふ」
「あ、あれぇ。淡雪さん、ちょっと愛情が歪んできてない?」
「そう? 私、一途な愛だと思うけどな」
「……猛君。もうちょっと、淡雪さんを大切にしなきゃ怖い目に」
そんな姿を優雨は友人として戸惑いながら見守るのだった。




