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大和撫子、恋花の如く。  作者: 南条仁
第1部:咲き誇れ、大和撫子!
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第36話:私、大和クンのことが大嫌い

 

 昔の事なんて覚えてないことばかり。

 猛との記憶はずっと昔の記憶でも覚えていることは多いのに。

 その日、夕食の買い物をしようと、ひとりで歩いてると、

 

「……あら?」


 偶然にもカフェでお茶をしている修斗たちに遭遇する。

 ちょうどオープンテラスのお店なので声をかけた。


「こんにちは、修斗さん。優雨さんも」

「あー、撫子ちゃんだ。今日は一人なの?」

「はい。お二人は仲良く放課後デートですか」

「そんな感じだよ」


 優雨は修斗に「いつも一緒だもの」とほほ笑んでみせる。

 仲のいいカップルだと撫子はいつも思う。


――喧嘩してもすぐに仲直り。これも一つの理想の恋の形です。

 

 優雨たちのような関係に憧れる。


――愛情の絆でしっかりと結ばれているのだから。


 自分たちもいずれはこんな関係になれることを願っていた。


「おふたりはいつからの付き合いでしたっけ」

「んー。もう5年くらいになるかな?」

「恋人になったのは去年だけど、出会ったのは私が中学生になる前くらい」

「こいつが、俺のマンションの隣の部屋に引っ越してきたんだよ」

「そうそう。そこで仲良くなったのが始まりかな」


 お隣さん同士になり、親しくなって恋をした。

 必然という名の偶然。

 つい運命を信じたくなる。


「なるほど、5年の月日ならば忘れている記憶はないでしょうね」

「忘れてる記憶? 普通にあるよ?」

「そうなんですか?」

「そりゃ、記念日とかは覚えてるけど細かいことまでは覚えてないもん」

「例えば?」

「去年の水着は自腹でお高いのを買いました」

「俺が買ってやったやつだからな、それ! 忘れるなよ、覚えてろよ」


 修斗からの抗議に「冗談です」と優雨は舌を出す。

 わざとそういう事を言う。


「例え、忘れてても、思い出なんてすぐに思い出せるでしょ」

「……新しい記憶ならばそうなのでしょうけど」

「どうしたの?」

「思い出したい記憶がありまして。どうしたらいいのかなぁって」


 撫子の相談にふたりは思案すると、


「手っ取り早いのは、記憶の場所に行ってみるとか」

「それな。忘れてるなら、実際にその場所へ行けばいいじゃん」

「……自宅なんですよ」

「ダメだ、それは……」


 そう簡単に思い出せないからこそ、悩んでいるのだ。

 どうしても思い出せなくて。

 それを思い出せないのが何だか不安な気持ちにさせられる。


――この違和感みたいなものから解放されたい。


 思い出してしまえば大したこともないかもしれないけども。

 

「分かるわぁ。思い出せそうで思い出せない。一番モヤモヤするよね」

「何でもないことかもしれません。でも、思い出せないことが悔しくて……」

「封じ込めてしまった記憶か」

「記憶を忘れたことを忘れる。それがいいんじゃないの?」

「優雨らしい発言で。まぁ、こいつの言う通り、気にしすぎないことも必要だ」

「そうですね。考えすぎても、ろくなことになりませんし」


 自分の中で思い悩んでいるうちは何も解決しない。

 撫子はこれ以上はお邪魔だと、ふたりと別れた。

 

 

 

 

 家の近くまで戻ってきたら、目の前をボールが転がってくる。


「これは?」


 どうやら、近くの公園から道路に子供が遊んでいたボールが転がってきたらしい。

 すぐに子供がボールを取りにきたので手渡す。

 

「危ないですから、道路には飛び出しちゃダメですよ」

「はーい。お姉ちゃん、ボールとってくれてありがとっ」

 

 小学生低学年くらいの子供が仲良く再びボール遊びをする。

 

「……ああいうのはすごく懐かしいです」

 

 遠目に彼らを見つめながら自分も昔、ああいう風に遊んでたのを思い出した。

 公園の片隅では芝生の上で花を摘んでいる女の子の姿もあった。

 その手には白詰草の花が握られている。

 シロツメクサと呼ばれる小さな白い花が特徴の草、別名はクローバー。

 

「四葉のクローバーは幸せになれると、子供の時に私も探したっけ」


 中々見つからないからこそ、探すのも必至だ。

 

「あーっ。四葉のクローバーを見つけたっ」

 

 子供がそんな風に笑顔でクローバーを摘む。

 クローバーの花言葉は「愛」や「約束」が有名だが、意外な花言葉もある。

 隠された花言葉は「復讐」。

 一般的な幸福のイメージとかけ離れたもの。

 

――人の愛はすぐ憎しみに変わるから、約束を破ってはいけない。

 

そんなことを子供に教えても夢を壊すだけだから言わない。

 

「……あっ」

 

 夕焼けに染まる公園で、子供たちを眺めていたら、どうしてあの少女を怖いと思ったのか思い出してしまった。

 それは皮肉にも“復讐”という言葉が合わさって記憶がよみがえった。

 

 

 

 

 ……。

 あの日、記憶の少女は彼から百合の花を受け取って微笑んでいた。

 

『ありがとう、大和クン。お花、大事にするね』

『うん。あっ、お母さんが呼んでるから僕は行かなきゃ』

『バイバイ』

『またね』

 

 そう言って猛が立ち去っていくのを見つめていた彼女。

 次の瞬間、その少女の顔から笑みが消えた。

 

『……私、大和クンのことが大嫌い』

 

 少女は兄さんが手渡したばかりの花をその小さな手で握り潰した。


『大嫌いだよ』


 静かに少女は呟いて潰した花をさらに靴で踏みつける。

 無残にも踏みにじられた白い百合の花びら。

 そうだ、撫子が怖いと思ったのは……。

 

『――ホントに大嫌いだよ、大和クン』

 

 普通の子供が見せる事のない、怒りに満ちた瞳。

 猛の後ろ姿を睨みつけていた、その目が怖かった。

 当時の撫子は大人しくて、隠れてみていることしかできなくて。

 

――私はそれが怖くて、怖くて……記憶から消してしまったんだ。

 

 どうして彼女があんなに怖い顔をしていたのか。

 その理由は分からないし、相手も分からない。

 

「兄さんが嫌い?」


 そんな恨みを買うような人ではない。


「どういうことでしょう?」

 

 優しい彼が誰かに恨まれるはずがない。

 けれども、あの少女は彼のことを嫌いだと言っていたのは覚えている。

 

「……手折られた百合の花。兄さんを嫌う少女」


 記憶は思い出せても、肝心なことは分からず。

 謎は解決しないままだ。


「昔の記憶でも怖いことです」

 

 小さく呟きながら、軽く体が震える。

 

「もしも、あの時の少女が私達の身近にいるなんてことは……ありえませんよね?」


 自分で言って、すぐさま否定する。

 そんな都合のいい偶然なんてないと信じたい。

 だって、そんなことがあるとしたらとても恐ろしいことだ。

 想像を夕闇の空を見上げて誤魔化した撫子だった――。 

 


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