第31話:とても素敵な恋人さんですね
「兄さん♪」
本日は朝から撫子とデートだった。
妹とデートと言うとおかしな話でもある。
だが、猛達にとってはごく普通の行為でもあった。
「さすがにゴールデンウィークともなると人も多いですねぇ」
「撫子はあまり人込みは苦手だろ」
「ですが、兄さんとならどんな時間も楽しめますよ」
「頑張るなぁ」
「もちろんです。せっかくのデートですもの。ほら、行きましょう」
彼女を連れて繁華街を歩く。
ふたりで遊びに出かけるのは珍しくもない。
休日、どちらも用事がなければ一緒に出掛けている。
「姉さんは今日、朝から車で遠出をすると息巻いておりました。車の練習を兼ねて、高速道路にも乗るらしいですよ。命知らずと呼んでもよろしいでしょうか」
「……あの人の運転で送ってもらうのはもうやめて欲しい」
「はい……本当に恐ろしい目にあいましたね」
「怖かったなぁ。急アクセルとブレーキが半端ない」
「確かに。あの加速感はもうジェットコースターを彷彿とさせます」
「姉ちゃんの運転だけはもう遠慮したいぜ」
先日、姉の恐怖を身にしみて感じさせられた。
「暴走運転で事故などないように祈ろう」
「……それよりも、自宅にある車に乗ってみたいと言ってたと、お父様に密告しましょう。ある程度の圧力はかけてもらえるかもしれません」
「う、嘘をつくのは嫌いなのでは?」
「嘘? これは情報戦ですよ。策略と嘘は違います」
「怖い子だなぁ。姉を陥れるのはやめてあげて」
そんなことを離していると目的のお店にたどり着く。
撫子がいつも利用しているブランドのお店だ。
中に入ると、すぐに初夏向けの商品を手に取って選び始めた。
新作のワンピース選びに夢中の撫子。
こういう姿は普通の女の子と何も変わらない。
「この新作はいいですね。見た感じがよさそうです」
「撫子、この服とかどうだ?」
「んー、少し私には派手すぎませんか」
「そうかな。だったら、こっちの色合いの服とかは?」
「そちらの方は私も好みです。試着してもいいですか?」
「いいよ」
「では、少し待っていてください」
そんな会話をしながらデートをしていると、必然的にお店の人からは、
「とても素敵な恋人さんですね」
「そうですね。俺にはもったいない相手です」
「そんなことありませんよ。お互いにお似合いだと思いますよ」
「ありがとうございます」
などと、誤解されるのも当然である。
――わざわざ否定するのは友人関係くらいだ。
赤の他人から誤解されてもいい。
それくらいは許されてもいいのではないか。
――俺と撫子が恋人に見える、そんな気持ちを抱けるんだからさ。
些細なことかもしれないが、これくらいは許してほしい。
「兄さん。この服が気に入りました」
「そっか。じゃ、それを撫子にプレゼントするよ」
「ホントですか? ありがとうございます」
撫子は猛にとって可愛い妹であると同時に、ずっと昔から傍にいる女の子である。
彼女の成長を傍で見てきた。
レジで精算しながら撫子を思う。
「……本当に撫子は綺麗になったよな」
艶やかな美しい黒髪。
女性らしい線の細いライン。
物腰も柔らかで穏やかな微笑み。
「成長具合が半端なくて、お兄さんもドキドキだ」
特にここ数年で急成長を遂げたスタイルは良く、見る人を惹きつける魅力がある。
――性格は……残念ながら時々、ブラック撫子にはなりますけど。
中身には改善点を求む。
それでも、誰に対しても敬語口調で大人しい性格も魅力のひとつだ。
名は体を表す、大和撫子と言う名前通りのイメージに育った。
「だからこそ、俺も考えさせられるわけなのだが」
昔のようにベタベタとくっつかれると意識させられてしまう。
異性として見てしまう自分が制御できる範囲ならばいいのだが。
「これ以上、どうしようもなくなったら……」
禁じられた恋に突き進むかもしれない。
自制心が試されているな、と猛は反省していた。
会計を終えて撫子と合流する。
「買ってくださってありがとうございます」
「撫子が気に入ってくれたらよかった」
「兄さんのプレゼントですもの。次のデートにはぜひ着させてもらいますね」
洋服の入った袋を猛は持つとお店の外へと出る。
「次はどこにする?」
「我が儘ついでにもうひとつ。アンティークショップによってもいいでしょうか」
「何か欲しいものでも?」
「いえ。私の友人の誕生日プレゼントを選びたくて」
「いいんじゃない。撫子は友達が少ないから大切にした方がいい」
「……何でしょう。その同情的な言い方が、とても悲しい気持ちにさせられますよ」
「そんなつもりで言ったんじゃない」
撫子は極端に友達が少ない。
人見知りする性格というよりも、人を選んで付き合う癖があるからだ。
――恋人にいる相手としか友達付き合いしないとか。
その基準もそうだが、彼女は自分から積極的に接することをしない。
――そういう所ぐらいか。撫子が昔と変わってないのは……。
大人しくて隠れてしまうような恥ずかしがり屋な一面。
昔の撫子を思い出しながら、
「友達くらい増やしたらいいのに」
「百人の友人がいる方が幸せになれるのでしょうか」
「友人は多いに越したことはない。顔が広いと便利なこともあるよ」
「なるほど。さすが、携帯電話に百人近い女子のアドレスが登録されてる兄さんなだけのことがあります。言葉に重みがありますね」
「……嫌みっぽくいうのはやめてください。事実だけど」
ちなみは男子は一桁、指折り数えた方が早い数しか登録されてません。
女子には好かれた男子からは嫌われる。
悲しいけど、これもまた猛という男の評価でもある。
「ホント、兄さんって女子の知り合いが多いですよね?」
「小中高と、いろんな子と知り合ってますので」
「将来は結婚詐欺師かホストにでもなられる予定が?」
「ありません。ただの友人だらけです」
こちらもこちらで極端な人間関係をしている。
他人からみれば兄妹そろって問題ありと言われてしまう。
「お店の方に行きましょう。あっちの通りにあるんです」
ご機嫌な彼女は「兄さん」と呼び慕う。
指をからませるように、恋人繋ぎを求めてくる。
「これ、いつも思うけど、兄妹の手のつなぎ方じゃないよな」
「……ふふっ。気にしてはいけませんよ。他人の目などどうでもいいじゃありませんか」
「恋人みたいに思われるし」
「それが嫌なんですか?」
「嫌じゃないけどさ」
「私と恋人に見られたら恥ずかしいとか思ってます?」
グイッと彼女が彼に迫る。
どこか不機嫌そうな顔。
猛は「そう言う意味じゃないって」と彼女をなだめながら歩き出す。
「私は兄さんみたいな素敵な男性と一緒に並んで歩いていると、すごく嬉しいですし、誇らしくも思います。私の恋人は素敵な方です、と自慢できます」
「そりゃ、どうも」
「魅力もあり、優しさもある男性が私の傍にい続けてくれる幸せを私は常に感じていますよ。兄さん、運命って信じます?」
「それなりに」
「私も信じています。兄さんと兄と妹になれたことが何よりも幸せです。でも、神様は悪戯が好きなんだと思いますけども」
撫子は細い指先で猛の頬を撫でる。
「世間的では禁じられた愛ゆえに、私達の愛を貫くのは勇気もいるでしょう。けれども、私は障害なんかに負けません」
「負けないんだ」
「はい。例え、世界を敵に回してもこの愛を貫きます」
「……俺にはその覚悟がないから無理」
そう言葉にすると、普段ならば『兄さんったら』と拗ねる妹。
けれども、その時は猛の顔を真剣に見つめながら、
「その心配は実の所していないんです」
「はい? 」
「……私は兄さんと言う人間を良く知っています。もしも、貴方が本当に私の事を愛してくださり兄妹の関係を超えるようになれば、きっと、私と同じように世界を敵に回してくれる覚悟がある。兄さんはそう言う人ですから」
「え? な、なんだ、その信頼は?」
――俺って、そこまで撫子に過剰な期待を抱かれてるの?
自分はそこまで男じゃないと思う、猛であった。
ヘタレでもないけど、世界を敵に回して妹への愛を取れる人間でもない。
「……自覚なしと言う顔をしていますね?」
「まぁね。俺はいざという時にそこまで踏み切れるかな」
「兄さんは照れ屋さんですから仕方ありません」
「そう言う問題ではないような……」
彼女はつないだ手を離さないようにして、
「兄さんの愛を私は信じます。この愛を裏切る気が貴方にあるとでも?」
「……それは」
「くすっ。ないでしょう? だから安心しているんですよ」
ただ、最後に一言だけ。
「とはいえ、油断してるとどこかの女狐に横取りされてしまうかもしれません。慢心はよろしくないと反省して、兄さんを捕まえておくことにします」
「……女狐さんはどなたの事をさしております?」
「実名で申し上げた方がいいですか?」
「い、いえ、遠慮しておく」
「その名前は、すど――」
「もういいってば!?」
色んな意味で根に持つタイプの撫子だった。
怒らせたら後を引くので、これ以上の失態はできない猛である――。




