第25話:お姉ちゃんが……嘘でしょ?
長い戦いはようやく終わりを迎えた。
店の外にようやく出られて猛はグッと疲れていた。
「……女の子の世界に踏み入ると大変だ」
「大丈夫よ。あのお店はちゃんと彼氏と一緒に水着を選べるって友人から聞いてるの」
「実際にそーいうことをするのはバカップルだけですよ」
「でも、楽しいじゃない。私は楽しいことは好きよ」
にっこりとほほ笑んで満足そうだ。
彼女が喜んでくれるのならば良しとする。
「でも、プレゼントまでしてくれるとは思わなかったわ。ホントによかったの?」
「……彼氏役ですから」
「ふふっ。本当に猛クンは理想的な彼氏役ね。こういう恋人ならきっと幸せよ」
彼女は恋をできない。
話によると、淡雪は結婚相手を祖母に決められるそうだ。
旧家としての家同士の繋がりを大事にして、将来を考えてもそれが良いと本人も小さな頃から納得しているらしい。
ただ、周囲の子たちが自由に恋をしているのが羨ましいとは思うらしく。
「……猛クン」
恥ずかしくて照れくさそうになりながらも手を繋ぐ。
猛の前では恋に憧れる普通の高校1年生としての一面も見せる。
この恋人ごっこにも意味はあるのだ。
「きっと、周囲から見れば私達は恋人にしか見えないんでしょう」
「彼氏彼女じゃない男女は手を繋いだりしてないからな」
「それもそうだけど、心を許す距離感もあるでしょう」
「距離感?」
「嫌いな人に身をゆだねたり、心を預けようとは思わないもの。人に心を許すって言うのは、他人から見ても分かるものじゃない」
心を許す。
それは誰でも良いわけじゃない。
信頼関係がなければ成り立たない。
心の繋がりがなければ、こんな恋人ごっこなんて遊びもできないだろう。
「――あーっ!」
その時、前から歩いてきた女の子が猛達を見て声を上げる。
「お姉ちゃんが……嘘でしょ?」
少女が口元に手を当てて驚いていた。
「マジかぁ。彼氏を連れて歩いてるじゃん」
中学生くらいだろうか。
少女の顔を見るなり、淡雪はげんなりとしてみせる。
「はぁ、どうしてここで、この子に会うのよ」
淡雪があからさまにため息をついていた。
それは普段と違う、別の顔。
「こんなところで会うなんて嫌な偶然ね」
「私の方がびっくりだよ。何で? 彼氏なんていたんだ?」
「どうでもいいでしょ。貴方には関係ない」
「うわぁ。しかも、イケメンだし。男っ気なんて全然ないと思ってたのに……」
「放っておいてよ」
「んー、お姉ちゃんの方が先に彼氏ができてるなんて地味にショックだ。絶対、私の方が早く作れると思ってたのになぁ。なんで?」
「それは失礼すぎ」
ショートヘアーをした中学生くらいのロリフェイスの美少女。
こちらを興味深そうに見つめる瞳が可愛らしい。
髪の色は黒色でどうやら、淡雪と違ってお母さんには似なかったようだ。
「この子は須藤結衣(すどう ゆい)、私の妹なの。前に話したことがあったでしょ」
「はじめまして、結衣ちゃん。俺の名前は大和猛。淡雪さんとは同じ高校で……」
「ヤマトタケル!? 強そうな名前。いいなぁ、こんなカッコいい彼氏がいて羨ましい。いつから付き合い始めてるの? お姉ちゃんのどこを好きになったの?」
矢継ぎ早に質問をしてくる彼女に淡雪さんが呆れた声で、
「結衣。貴方は少し落ち着きなさい。あと、質問は全てノーコメントよ」
「えー。詳しく聞きたいよ。お姉ちゃんに彼氏ができてたなんて今年一番驚きだ」
「……それより、貴方、今日は生け花の稽古の日じゃないの? またサボったわね?」
「サボってないよ。今日は先生に追い出されたんだ。『やる気がないなら帰れ~』って怒られたから、帰ってきちゃった。あはは」
「笑い事じゃないわよ。貴方、何をやってるの」
「実際に帰ると慌てて追いかけてきてたけど無視してきました。あの先生、私が嫌いなんだねぇ。こっちも大嫌いだから、やめちゃおうかなぁ」
「のんきに言わないの。はぁ、お祖母様にまた怒られるわよ」
自由な子と彼女は言っていたが、淡雪とは全く違うタイプの性格をしている。
今時の中学生って感じがする、はつらつとした元気な子だ。
「生け花なんて私に向いてないんだからしょうがない。無理なものは無理~。無理だよー。こんなの私の人生に何の意味ないしー」
「はぁ……貴方の活ける花は独創的なの。個性がありすぎるのよ」
「よく言われます。大胆すぎてついていけないって」
「先生の苦労も理解しなさい」
「つーん。そんなことよりも、私は友達と遊んでる方が楽しいもんね。お姉ちゃんだって彼氏とデートしてる方が楽しいでしょ」
反省の色もなく言い放つ。
「人生は楽しくなくっちゃ、もったいないよ」
結衣は淡雪にそう言うと、隣の猛に忠告するように。
「大和さん。うちのお姉ちゃんと付き合うなんて勇気あるね?」
「どういう意味だろう」
「家の事情とか知ってるの?」
「それなりに聞かせてもらってるよ」
「だったら、やめといた方がいいよ、須藤家なんてお金持ちだけど古いしきたりばかりある、厳しい家だもん。堅苦しくて嫌になっちゃうもん」
「こら、結衣っ!」
「お姉ちゃんも、せっかく彼氏ができたんだから大切にしなきゃ。家の事情なんかでせっかくの恋を邪魔されたくないでしょー」
「だからと言ってその言い方はどうなのかしら」
説教をされそうになり、結衣はエスケープを決め込んだ。
彼女は「友達と映画を見に行く約束があるんだ」と逃げるように去っていく。
その後姿を眺めながら淡雪は彼に謝る。
「ごめんなさい。生意気盛りの妹でしょ」
「年相応って感じだね」
「もう少し大人しくしておいて欲しいわ。悪い子じゃないんだけど」
「今年、中学生になったばかりだっけ。明るい子でいいじゃないか」
「ただのおバカさんなのよ。無鉄砲で考えなしのお子様なの」
淡雪も姉の顔をするときはいう事を言うようだ。
――印象ががらりと変わるな。
その変化もまた一つの刺激にもなる。
「あんまり淡雪さんとは似てない妹さんだな」
「……そうね。母が……違うから」
言いづらそうに彼女は呟いた。
彼はすぐさま、聞いてはいけないことを聞いたのだと思った。
それでも彼女は、続けて話をしてくれる。
「両親は私が幼い頃に離婚してね。結衣は再婚した義母と父の間に生まれた子供なの」
「そうだったんだ。ごめん、変なことを聞いた」
「気にしないで。だから、私とは母親違いの妹なのよ。姉妹仲は悪くないけども、互いの性格は似てないわ。あの子みたいに私は自由奔放にはなりたくてもなれない」
「それじゃ、淡雪さんが言ってた大好きなお母さんって言うのは……?」
母親とは事情があって離れて暮らしていると言っていた。
その本当の意味を猛はようやく知る。
「私の好きな実の母親も今は別の人と再婚して、そちらの家族があるわ。それでも、『母に会いたい』という私の我がままを聞いてくれて、今も時折、会ってくれているの」
「複雑な事情だったんだな」
「本当はお母さんに私もついていきたかったわ。でもね、須藤家には女子が必要だったから私がついてくのは無理だったの。だから余計に母を好きになったんだ」
普段、会いたくても会えないからこそ。
募った思いが強くなった。
淡雪が見せた悲しそうな表情に猛は何も言えなかった。
「つまらない話をしたわ。デートの続きしましょうか」
「あぁ。今度はどこにしようかな」
再び、猛の手を繋いで彼女は歩き出した。
寂しそうな横顔を見つめながら、繋がりあった手の温もりを感じていた――。




