第14話:面白くなりそうだとは思わない?
父親の動きを完全に封じ込める一撃。
これ以上、悪い流れになる前に撫子は母に対する切り札を使う。
「ですが、今回はお父様の件は公表はしません」
『今回は? いえ、普通にそのまま闇に葬ってほしい』
「それは貴方の態度次第です。代わりにお母様の秘密を教えてさしあげます」
『秘密?』
「後ほどメールで資料を送ります。お母様に対する処分はいかようにでも。お父様は私の邪魔などしない人だと信じておきます。それでは」
電話を切って、メールを操作する。
恋乙女のおかげですっかりとスマホの操作にも慣れた。
その様子を見ていた母が迫る。
「ちょっと、何よ。銀座の件ってなに!?」
「あら、そちらに食いつきましたか。いえ、別に。気になさることはないです」
「気になるじゃない。ま、まさか浮気してるとか?」
「ふふっ。その辺はどうでしょうね? お父様、ご自身から聞いてみればどうですか。その前に、問いただされるのは貴方の方ですが」
「え? どういう意味?」
メールを送り終えると、同じ資料を母の方にも送っておいた。
「このメールをお父様に送りました。言い訳をする準備をしておいてください」
「なによ? ……え?」
そのメールを読むなり。今にも倒れそうなほどに顔を青ざめさせていた。
それは母の直近の無駄使いに関する書類をまとめた資料だ。
「先々月の件とは別件です。無駄使い疑惑の件について、報告させてもらいました」
「……う、嘘。これ、どこで?」
「この前の十数万円のブランド品のレシート問題。あれで懲りていたと思ったら、まさかの展開です。懲りずにまた爆買いですか」
「ち、ちが、これ……どこで知った。いつ知った、嘘だわ」
「しかも、今度は海外ブランドとはひどすぎる。使い込んでいる金額が大きすぎますね。貴方の浪費癖には呆れてモノも言えません」
母に浪費癖があるのは知っていた。
元は何不自由なく育ったお嬢様、それも仕方ないこととはいえ。
しかし、立て続けにこうもお金を使い込むとはいい度胸だとしか言えない。
お値段がお値段だけに笑えるものでもない。
「ブランド品にこれだけお金をつぎ込むのはいかがかと思いますよ? それも旦那さんには内緒でお買い物三昧。良いご身分ですね。第三者として厳しく追及してあげました」
「やーめーて。嘘、ダメよ。こんなの、されたら……!?」
「お父様はどう思うんでしょう? こそこそと自分のための裏金作りも結構ですが、我が家の財政に悪影響しか与えない行為に対してのジャッジは彼に任せましょう」
「な、なんてことを」
「かつて敏腕弁護士として活躍していたお父様の追及を受けてもらいます」
絶望し、泣きそうな顔をする優子の携帯電話が無慈悲にも鳴り響く。
「どうしたんですか? 愛する夫からの電話ですよ?」
「うっ、い、いやぁ」
「早く出てあげてください。さぁ、早く!」
「やだぁ、出たくないのぉ。怒られる、やだ、もういやだ」
完全に逃げ場がなくなった。
電話を取らざるを得ない。
震える手で携帯電話を取ると、
「……もしもし、私です。はい、あの……ひっ!?」
どうやら電話の向こうは険悪な様子でおびえ始めた。
「す、すみません、違うんですよ。これは、私が……あ、あの、話だけでも聞いてください。あれはですね」
電話越しの父はかなりお怒りの様子だ。
一番、彼女が堪えるのは愛する人に怒られて嫌われること。
撫子と同じだからこそ、一番ひどい目に合う方法を選んだ。
「はひ、すぐに帰ります。だから、見捨てないで。捨てないでぇ」
完全に半泣き状態で電話を切ると力なく肩を落としていた。
「……ふっ、勝った」
「撫子さん、容赦なさ過ぎですよ」
事情を見守っていた猛がドン引きしていた。
意気消沈した優子は、
「急いで帰ることになったわ。あとは猛に任せるから。彩葉ちゃんの件、よろしく」
「お、おぅ?」
彼女は撫子の方を見て、悔しそうに唇をかみしめた。
ずいぶんと恨めしそうにこちらを見てくれる。
「……こんな真似をしてただで済むとは思わないことね」
「あら、まだそういう事を言える余裕があるようですね? 絶望的な気分でも悪態がつけるなんて。お父様が待っていますよ。お帰りになったらどうですか」
「う、うぅ……今日は帰ります。また今度来るから!」
それ以上は何も言い返せず、逃げ去る背中を見ながら、
「ここでトドメをさしておきましょう。お父様にもう一件、別の報告をしておきます。これでお母様が家に帰った時、とても楽しみな展開になりそうですよ」
「腹黒すぎる!? 撫子さんが超怖いんですけど」
「私を怒らせるとどうなるか思い知らせます。容赦しません」
「これ以上は家庭の危機だ。やめてあげて! 母さんのHPがなくなっちゃうよ」
「嫌です。徹底的に絞られたらいいんですよ」
私は追加の資料をお父様に送ってからほくそ笑む。
これでしばらくは身動きなどできないことだろう。
「ざまぁみろ、と言ってあげたいものです」
「……これがナデシコの本性?」
それまで黙っていた彩葉さんが微苦笑しながら言った。
「まぁね。こういう子なんです。時々、攻撃的な子になるんだ。それより、家族のゴタゴタに巻き込んでごめんな。彩葉」
「気にしないで。見てる分には面白いから」
「面白がられても。彩葉さん、貴方の件ですが……」
本音でいえば追い出したい気持ちでいっぱいだ。
母が勝手にしたことだし、恋の邪魔はされたくない。
だが、猛が思わぬ裏切り方をする。
「いいんじゃないか。彩葉が一緒に住むっていうのもさ」
「はぁ!? 兄さん、私たちの愛の巣に邪魔者をいれるんですか」
「仕方ないよ。帰るべき家がもう彩葉にはないんだから。撫子が怒る気持ちは分かるけど、一度巻き込んでしまった責任は取らなくちゃいけない」
「ありがと。タケル、助かる」
「まずは部屋を決めようか。えっと、空いてる部屋で今すぐ使えるのは……」
彼はこういう人だった。
彩葉に対して恋愛感情があるわけでもないのに、優しくしようとする。
彼が決めてしまったことを覆すことはできない。
「……はぁ。奥から二番目の部屋でどうでしょう。あの部屋ならすぐに使えるはずです。不本意ですが、兄さんが決めたのなら仕方ありません。それに従いますよ」
「ありがとう、撫子。それじゃ、彩葉。部屋を案内するから」
まったく、何もかもうまくいかない。
「はぁ、最悪です。お母様のせいで、我が家に居候が増えました」
嘆くしかない撫子は「準備してきます」と部屋を離れていく。
「それじゃ、部屋に案内するよ」
「ありがと。タケルの家は純和風な感じがしていいね」
部屋を案内していると懐かしそうに彩葉は笑う。
「大きな家だからかくれんぼしても見つからない子がいて困った」
「あはは、そうだな。笑里ちゃんだろ。最後はかくれんぼどころじゃなくなって、皆で探したっけ。結局、物置に隠れて寝ちゃってたんだよなぁ」
「そうそう。エミリは同じクラスだって聞いてる。あの子とはよく連絡を取り合ってたんだ。コトメも久しぶりに会ったけど、見た目があんまり変わらないよね」
「彩葉も恋乙女ちゃんも素敵な女子に成長したと俺は思うよ」
子供のころに比べたら、みんなの成長っぷりは驚かされる。
「今にして思えば、タケルはハーレムな幼少期を過ごしていたんだなぁ、と」
「そういう言い方をしないでもらいたい」
「小さな頃の友達はみんなタケル狙いだったじゃん。初恋だった子も多いはず」
「そうでもないさ。恋乙女ちゃんに言わせれば、シスコン過ぎてでハーレム逃してるって言われたし」
「それは言えてるかもね」
「……はっきり言わないで、傷つくよ」
彼女を目的の部屋に案内する。
親戚が泊まったりするための部屋のひとつだ。
「ここだよ。この部屋を自由に使ってくれ」
「いい部屋じゃない。うん、気に入った」
「布団を持ってくるから。荷物を置いてくれ」
「手荷物だけしかないし、問題ない。アタシも手伝うよ」
まとまった荷物は明日にも宅配便で送られてくるそうだ。
「本当にここに住むんだよな」
「ナデシコはアタシの事を迷惑そうにしてたね」
「あの子は基本的に人見知りだからさ」
「昔と変わらず。いつもタケルの後ろに隠れている子だった」
「彩葉は撫子に構ってほしくて意地悪ばかりをしてたな」
「だって、あれだけ可愛い子なんだから友達にだってなりたかったし」
彩葉がいつもちょっかいを出すので、撫子は怯えていたのだ。
まったくもって逆効果だったのである。
「撫子の事は聞いてる?」
「優子おばさんから要注意人物扱いされてたからね。ふたりが義理の兄妹で、恋人同士だっていうのも聞いてるけども……なんで撫子?」
「はい?」
彼女は猛の方をジッと興味ありげに見つめてくる。
「タケルって昔からモテるのに、自分から親に反対されるような茨の道を歩かなくてもよくない? 自分の妹に手を出すことはないと思う」
「シスコンでそうなったわけではなく、一人の女の子として好きだったわけで」
「好きになったらしょうがない。そんな気持ちが分からないわけじゃないけど、相手くらいは選んだ方がいいよ。だから、アタシみたいな刺客を送られるんだ」
単純に母の本気度をなめていた。
婚約者の話は夏休み前にあったが、本気で作られるとは想定外だったのだ。
「……彩葉が相手でよかったのか、悪かったのか」
まったく知らない相手が婚約者候補だったらそれはそれで困る。
「アタシは先にも言ったけど、日本に残れることが第一の目的で婚約者の事はついで程度に思ってる。だけど、アタシもタケルが相手なら本気になれるかもしれない」
「それって」
「タケルとなら人生のパートナーとして一緒に生きていくのも、悪くないじゃん?」
あっけらかんとした彩葉の言葉。
いかにも彼女らしい笑みを浮かべながら、
「面白くなりそうだとは思わない?」
「俺には楽しむ余裕がないんだが?」
「ふふっ。そこは楽しもうよ。人生、楽しんだもの勝ちでしょ」
金髪の美少女は猛にそう言い放った。
何事も楽しんで、何事も面白く。
そういうポジティブな生き方をしている彼女らしい。
「この騒動を楽しめるのは彩葉だけさ」
「暗く、重く受け取った方が負けじゃない?」
美しい蒼い瞳で猛を見つめながら、
「人生って何が起きるか分からないからこそ楽しいんだよ」
彩葉は心底楽しそうに笑ったのだった。
そういう所は昔と何も変わってなかった。




