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大和撫子、恋花の如く。  作者: 南条仁
第8部:花は散り際こそが美しく
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第12話:結婚しましょう、今すぐに


 彩葉との再会が招いたもの、突然の婚約者騒動に困惑しかない。

 婚約者問題を棚上げし、懐かしい昔話に花が咲いたのだったが……。


「兄さん、これは一体どういう事でしょうか?」


 家に帰ると待ち構えていた撫子は静かな怒りを見せていた。

 ソファーに座り腕を組みながら憤慨する。

 彼女のことだ、怒りに任せて猛たちの所に乗り込んでくると思っていた。

 それをせず、何らかの対処を優先していたのは少し大人になったのかもしれない。


「婚約者問題だろ。俺も頭を抱えている状況さ」

「事前に何の話もされていなかったと?」

「そんな話があっても断ってるに決まってるだろ」

「兄さんは信じてます。が、押しに弱いところもあるので」

「俺が撫子を好きなことに変わりなんてない。母さんが何を考えてるのか俺も知りたいよ。ここにきて何を考えてるのやら」


 彩葉とも別れて、家に帰るなり撫子が猛に文句を言う。


「夏休み中に大人しくしていたのは、裏でこのことを進めていたのを知られないためだったということですね。まったく困ったものです」

「あの彩葉と結婚なんて……」

「兄さんとは幼馴染の関係。私も何度かあった覚えがある人です。綺麗な金髪の女の子でした。私は悪戯ばかりされていましたけど」

「撫子があまりにも反応してくれないので構ってほしかっただけのような」


 昔の彩葉は撫子を気に入っていた節がある。

 だが、当時の撫子といえばビクビクとおびえる子ウサギのような子だった。

 人に話しかけられれば猛の後ろや物陰に隠れてしまう。

 それゆえに、彩葉は振り向かせようと悪戯をしていた気がする。


「噂ではかなりの美人さんだそうですね?」

「美人であることは間違いない」

「そんな素敵な美人が自分の妻になると思うと心が躍りますか?」


 嫌味っぽく拗ねた口調で撫子が言う。

 猛は彼女の不安を取り除くように、


「俺の奥さんになるのは撫子しか想像もしないよ」

「兄さんっ! 結婚しましょう、今すぐに」

「しません。撫子以外にはいないけど、今はできません」


 うっとりして頬を紅潮させる撫子が猛に抱きついてくる。

 長い黒髪がふわっと舞いながら、


「どんな時でも真面目な兄さんです。年齢が何ですか、そんなの関係ないって言ってください。兄さん、愛してます。んー」


 撫子の艶やかな唇が迫ろうとする。

 その行為に答えようと顔を近づけると、

 

「――待ちなさい~ッ!」


 振り返れば、唖然とする母の優子がこちらを睨みつけていた。

 なんというタイミングに現れるのだろうか。


「おかえり、母さん。お早いお着きで」

「猛。まずはその腰に回した手をどけて、唇を近づけようとするのをやめなさい」

「恋人同士がキスをする行為を咎められることはありません」

「……毎日のように挑発的な写真を送ってくるのは本気でやめて、撫子」

「ふっ。さっさとギブアップされたらどうですか? キス程度では済まない、私と兄さんが過ごす熱い夜を写した写真でも送りますか?」


――そんな写真を撮った覚えはありません。


 ぎゃぁぎゃあと騒ぐふたりに、どう言葉をかけていいのか悩んでいると、


「おじゃましますよ。優子おばさん、その辺で良いでしょう」


 母の背後から現れたのは噂の張本人、彩葉だった。


「……彩葉?」

「どうも、こんばんはー。この家に来るのもかなり久しぶりだよねぇ」


 明るい声で挨拶をする。

 

「あら、ごめんなさい。彩葉ちゃんがいたのに、恥ずかしい真似をしてしまったわ」

「いえ。構いませんよ。アタシはお邪魔をさせてもらってる側ですし」

「……改めて紹介するわ。四季彩葉ちゃん。私の高校時代の先輩、四季フローレンスさんの愛娘で、猛の婚約者候補よ」


 婚約者候補、その言葉に撫子は顔をしかめるが、別の事も気になってるようで、


「フローレンス?」

「撫子は知らないだろうが、彩葉はイギリス人とのハーフなんだよ」

「はぁ。なるほど、それで金髪なんですね」


 その母譲りの美しい髪色に誰もが目を惹かれる。


「ああいうタイプは片言の日本語しかしゃべれないものなのでは?」

「彩葉は普通に日本人だってば。日本から出たことがないって本人も言ってた」

「見た目とのギャップに惑わされますね」


 日本人離れしている容姿で誤解されることも多い。


「ホント、容姿はフローレンス先輩とそっくりよね。彩葉ちゃんは美人さんだわ」

「ありがとうございます。逆に父に似てるところがなくてよかったです。あのクマみたいな人に似ていたら人生絶望してるところでした」

「彼のワイルドさに惹かれたって先輩は結婚した時に言ってたけどね」


 猛も家族写真でしか彩葉の父は見たことがないが、かなり体格の良い人である。


「そんなことはどうでもいいんです。お母様、兄さんの婚約を勝手に決めた件について話をしてもらえますか? 事と次第によっては、戦争ですよ」


 何であっても戦争しかないと思う。


「戦争なんて無駄なことはしない。撫子がどう頑張ったところで覆せない現実っていうのがあるのよ。それを思い知らせてあげるだけのこと」

「覆せない現実? たかが婚約者の“候補”でしょう? そんなもの、正式にお祖父様が認めるはずもないです。大した意味はありませんよ」

「……そうねぇ。私には猛の婚約者を決める権限はないわ。あくまでも候補程度しか選ぶことはできない。だけど、それで十分なのよ」


 意味深ながら不敵に笑う。

 その笑みに不機嫌さを隠さない撫子は、


「私と兄さんの関係をかき回す程度には、ということですか」

「……それもあるわ」

「まだ何か企んでいるとでも? 所詮は浅はかな考えでしょうが」


 優子は撫子の問いには答えずに、視線をこちらに向ける。


「猛と彩葉ちゃん。お似合いの二人だとは思わない? 私、小さな頃から彩葉ちゃんを知ってるけども、相性はとてもいいと思うの」

「そうかな?」

「猛は真面目だけど弱気で、優しすぎて一歩を引いてしまうこともある。そういう所を彩葉ちゃんなら引っ張っていける。ふたりはいい関係になれると思うのよ」


 彩葉は猛を見ながら「ヘタレなの?」とストレートすぎる言葉で猛を傷つけた。

 

「俺、ヘタレじゃないです」

「彩葉ちゃんになら私は猛を任せられる。暴走してばかりで夢見がちな撫子と違ってね。愛さえあれば世界を敵に回すなんて言うバカな真似をすることもない」

「ひどい言われようですね。そう言ういい方が淡雪先輩とそっくりです」

「あの子は私に似て、可憐で儚げな印象を抱く子でしょう?」

「見た目は清純系のくせに、中身は腹黒で自分勝手。母親の顔が見てみたいものです。きっと同じような腹黒い性格をしていることでしょうね?」

「は、腹黒? さすがに、そんな風に言わなくてもいいんじゃないの」


 さすがにこれには母もカチンときたようだ。


「いえいえ、この程度は優しい言い方ですよ。あの人の腹黒さと陰湿さは母親譲りだと思うと納得できます。何が可憐で儚げですが。笑いがでますよ」

「へ、へぇ、そこまで言いますか、この娘は……」

「もっと言ってもいいですか?」


 ああいえばこういう、親子喧嘩が止まらない。

 このお二人の相性の悪さこそ、どうにかできないか。


「あのー、ふたりとも。話を進めたいんだけど。母さん、俺はやっぱり納得できない。俺が一番好きなのは撫子だ。それ以外の選択肢はないよ」


 ここは猛がはっきりと母を説得する場面だろう。

 撫子との関係を守るためにするべきをする。


「貴方が撫子を思う気持ちは理解している。それでも私は認めません」

「どうして、そこまで反対するんだよ?」

「理由はふたつある。貴方達が兄妹であるという事実。義理であろうが、なかろうが、私にとって子供たちが結ばれる未来はありえない」


 はっきりとした言葉で猛たちの関係を否定する。


「兄妹の恋愛が何ですか。今の世の中、いくらでも溢れてますよ」

「溢れてたまりますか。リアルじゃ聞いたことない」

「いえいえ、日本は近親相姦の大好きな変態の国だということをお忘れですか」

「だから、それは漫画や小説の話でしょうが。現実を見なさい。従兄妹同士の結婚でもいい顔をされないのに、兄妹なんて絶対ありえない」

「あら? 私の実母、華恋さんとお父様は大和家の遠縁同士。何の反対もなかったと聞いてますが? これ以上、大和家の血を濃くすることに不安ならば、私たちが義理の兄妹であるためにその心配は無意味です。余計にハードルは低いでしょう」

「それはそれ、これはこれ。あのふたりと貴方たちとは違います」


 個人的な考えで否定する母と対立する撫子。

 二人の言い争いはどこまで行っても交わることのない平行線だ。

 隣の彩葉が「ナデシコってこんなに気が強かったっけ」と笑う。

 人は成長するものだ。

 いい意味でも、悪い意味でも――。

 

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