第11話:攻防戦はまだ始まったばかりですね
問題は彼らがどこに向かったかという事である。
学校内のどこかにいるのは間違いないのだが。
「んー、彩葉姉はどこに行ったんだろう?」
「学校内を適当に探してみます?」
「手当たり次第かぁ。金髪美人な彩葉姉なら情報拡散で何とかなるかも?」
「四季彩葉さん。私の兄さんをどこへ連れて行ったの」
何としても猛の居場所を突き止めようとする。
「待って。そうだ、こういう時のために、あのアプリを使うんだよ」
「あのアプリ?」
「そう。必殺技があるんです。撫子ちゃんのスマホを貸して」
「私の? どうぞ?」
恋乙女が撫子の携帯を使って、何やら操作し始める。
未だにこの携帯電話の機能を満足に使いこなせていない。
きょとんとする撫子に「これだよ」と彼女は画面を見せつける。
「以前から保険代わりに、こっそりとたっくんの携帯に追跡アプリを仕込んでおいたの。ついにそれを使う時がきたんだよ」
「追跡アプリ?」
追跡アプリとは相手の携帯電話の位置を特定して、居場所を探す機能。
主な使用目的な彼氏彼女が浮気してないかを追跡しあうもの。
お互いを信じあえない、疑心暗鬼を生む。
まさにストーキングアプリである。
「今どきはこういうのもあるんだよ」
「情報化社会についていけません」
「大抵は恋人が浮気してないかチェックしたりするのに使うの」
「ハイテクです。驚愕です。こんな機能があるなんて……」
「実はたっくんの携帯にも、こっそり登録してたんだ」
「やりますね、恋乙女さん」
「ふふふ。さぁて、たっくんの現在地は……」
アプリを起動して調べると、地図では学園の東側を示している。
残念ながら、精度はよくなくあまりにも大雑把な場所しか分からない。
「んー、ここって食堂のあたりだよね?」
「えぇ、おそらくは。今日は授業がないので、食堂もお休みのはず」
「という事は、人気のない場所でお話し中ってところかな。行ってみよ」
彼女の協力により、猛たちの居場所があっさりと判明。
しかし、彩葉に会うのを少し躊躇った。
「……四季彩葉、か。何でしょうね、嫌な予感がします」
ここまで、撫子は好き放題に翻弄されっぱなしだ。
先手を打たれて後手に回ってばかりいる。
「すみませんが、彩葉さんと会うのは恋乙女さんに任せてもいいですか?」
「え? いいけど、撫子ちゃんはどうするの?」
「彼女に直接会うのはまたの機会とします」
「いいの?」
「私、先手を打つのは得意でも後手に回るのは不得意な方なので」
「攻撃に全振りで防御が弱いタイプ?」
「はい。防戦一方になる前に、いろいろと状況把握と対策をしておきたいんです」
「なんだか、さっきまでと違って冷静さを取り戻せた感じ?」
「今するべきことは、彩葉さんに喧嘩を売ることではないと気づきました」
ここで怒りに任せて彼女と戦ったところで“事態”は“解決”しない。
――今の私には情報が少なすぎるのだから。
これ以上、後手に回る事だけは避けたい。
「兄さんには『寄り道せずに家に帰るように』とお伝えしてもらえますか?」
「うん。分かったよ」
恋乙女に承諾してもらい、彼女と別れてまずは家に帰ることにした。
直接対決はあとでもできる。
その前に、取り巻くこの状況を正確に把握する方が大切だった。
笑里達と話すことで怒りがクールダウンして、落ち着きを取り戻せた。
「こういう場合は、冷静さが大事。物事の順序をよく考えて対処すること」
今やるべきことがある。
それは怒りに任せて行動する事ではないはずだ。
「決して過去の記憶を思い出し、彩葉さんとの再会を先延ばしにしているわけではないんです」
痛い目にあった過去は苦い記憶だ。
「……ホントですよ?」
誰にでもない言い訳をする辺り、それが一番の理由だったのかもしれない。
真っすぐに家に帰ると、すぐさま祖父に連絡をした。
母に先手を打たれた今、対処するべきは……。
「お祖父さま、撫子です。お忙しいでしょうが、お話をしてもいいでしょうか?」
『おぉ、撫子か。どうした、ワシに連絡など珍しい』
電話の相手は大和孝蔵(やまと こうぞう)、撫子の祖父だ。
大和グループを経営している現役の会長でもある。
須藤グループほどではないが、一流と呼ばれる企業である。
ただし、撫子の父や叔父が、会社経営に興味がなく、議員や医師という仕事を選んだために、いずれ後継者は彼らを飛ばして猛が指名されるはずだった。
『可愛い孫娘がわざわざ、連絡をくれたのだ。話くらい聞こう。それで、何用だ?』
「単刀直入に聞きます。お母様が兄さんに婚約者を作ろうとする動きがありますね」
『ほぉ?』
「その件、お祖父様は関与なされていますか?」
『婚約者なぁ。お盆の時に優子さんが何やらそんなことを言っておったな』
「具体的にはどのような?」
『良き縁があれば、猛にそういう話を進めても良いか、という話であった』
「やはりお祖父様に断りを入れていたんですね。お祖父様はなんと?」
『良き縁というのが大和家の将来的に有利ならば、と条件をつけた』
祖父としても孫の結婚相手は重要視している。
できることなら、自分たちの有利になるような関係性を望む。
もちろん、無理強いする気はないが。
『猛には期待をしておるからな。彰人や晴海はこちらの仕事を手伝う気もなく、それぞれ別の道を選んだ。今や加奈子や雄吾君だけがワシの仕事を手伝ってくれている』
大和加奈子は父の妹で、その旦那である雄吾は大和グループの有力幹部だ。
しかし、それは跡取りとしての後継者ではない。
『一族企業の宿命だな。大和グループは大和家の人間にこそ、継いでもらいたい。それゆえに、猛には将来、ワシの跡を継がせたいのだ。必ずな』
「その期待に応えたいと兄さんも思っていらっしゃいます」
『あれは優しい男だ。少し過ぎる気もするが。だが、決断するべき時は決断できる。痛みを背負うことも逃げ出さない強さもある。ワシは猛を認めておるのだ』
だからこそ、大和家の跡取りとして恥じない相手と結婚させたい。
それがお祖父様の望みでもあった。
最期に婚約者として決断されるのは、彼次第だということ。
「……私と兄さんの関係を認めてもらえるように、私自身も努力しています。なので、ただ家柄が良いだけで婚約者など、決めないようにお願いします」
『お前たちの仲の良さは知っている。個人的には応援もしておる。だが、最終的には猛にとって一番良い相手を選ぶつもりだ』
「ベターではなく、ベストを選んでもらいたいものです」
『もちろん、お前にもその“権利”はあるぞ』
「ありがとうございます。お祖父様のご期待に私も応えてみせます」
祖父から信頼されている。
猛の結婚も夢ではなく、現実にするために努力をし続けてきている。
「ちゃんと兄さんを支えられるような淑女に成長中ですよ」
『お前は賢い子だ。猛の事になると周りが見えなくなる事はあるが、あの子の幸せだけを考えられる。これからも頑張りなさい』
「はい、お祖父さま」
これで、強引にお母様が婚約者を決められることはない。
どこまで話を進められても、所詮は候補止まりになるはずだ。
結婚相手を決めて、認めるのは祖父以外はいない。
『しかし、優子さんは相変わらず猛には過保護だな。あやつも男だ、自分の伴侶を自らの意志で決める覚悟もあるだろうに』
「単純に私と兄さんの関係が嫌なんですよ。義理の兄妹でも許せないそうです」
だからといって、四季彩葉なんてポッと出などはふさわしくない。
『猛の背負った宿命は辛く悲しく重いものだ。それは親である優子さんが背負う責任でもある。過保護になる気持ちも理解はできるがな』
「兄さんの気持ちを無視して、一方的な気もしますけどね」
『婚約者か。あの小さかった子供がそんな話を考える年齢になったという事か』
どこかご機嫌な様子で電話越しに祖父は呟いた。
『孫娘である朝陽もまもなく結婚する。あんなに小さく子供だった孫たちはもう大人だ。いずれは、それぞれに家庭を持ち、新たな家族と道を歩んでいく。大和の血筋も次世代に受け継がれていくのだな。時の流れと早いものだな』
どこか感慨深く彼は言うと、話はこれまでとばかりに、
『撫子、季節の変わり目には気をつけなさい。お前は風邪をひきやすいからな』
「お祖父様もお身体にお気をつけください。婚約者の件、くれぐれも先走ることのないようにお願いします」
『フェアであることは心がけよう』
「私にだって権利があるんです。ぜひ、孫娘の幸せを叶えてくださいね。それでは、お祖父様。これで失礼します」
電話を切り終えると「これでよし」とソファーにもたれた。
お祖父様からの情報で今回の件が母の独断であることが判明した。
それならばこちらにも打つ手はある。
「あの人のことだもの。これで終わるわけはない」
油断は大敵。
相手は今度こそ、二人の関係を叩き潰そうと必死だ。
「さて、次はどんな手を打ってくるのか。攻防戦はまだ始まったばかりですね」
だが、撫子はまだ母の本気を知らないでいた。
幸せな日常を”あんな形”で潰しにかかってくるなんて――。




