第24話:男心が完全に弄ばれております
帰り道、猛は母のために人気の洋菓子店でお菓子の詰めあわせの箱を購入する。
母の誕生日は8月2日なのだが、中々会う機会がなく、きっと誕生日には渡せない。
こういうのは柄ではない、と自分で思いながら、
「母さん、これ。少し早いけども誕生日プレゼントだ」
ちょうど家に帰ってきていた母に手渡すことにする。
「誕生日プレゼント?」
「あぁ、母さんの好きそうな奴を選んでみた。こういうの、あんまり渡した事がないけど、たまにはいいって思って。中身はお菓子の詰め合わせだけどさ」
「ホント、珍しい。でも、嬉しいわ。ありがとう、猛」
嬉しそうに微笑んで箱を受け取ってくれる。
たまにはプレゼントをしてみるのもいい事だ。
「……それは?」
母のバッグに見慣れないアクセサリーがついていた。
四つ葉のクローバーの形をした緑色の石がついた綺麗なシルバーアクセサリー。
「前見た時にはそんなのついてなかったよな?」
彼女はそっとクローバーモチーフのアクセを手にして、一瞬の沈黙の後に、
「これは……撫子がくれたのよ。そう、誕生日プレゼントにってくれたものなの」
「撫子が? そうなんだ?」
「大人可愛いアクセだって。この綺麗な緑の石はペリドット、8月の誕生日石よ」
「誕生石とか趣味がいい。俺は全く知りません」
「ほら、葉っぱの部分に綺麗な石がはめ込まれてるのよ」
「なるほど、葉っぱの部分が重なるとハートになるんだ。良いデザインだな」
よく見れば、四葉の部分は小さなハートになっていて、可愛らしい。
まさにハートのクローバー。
お菓子の詰めあわせとは大きな違いだ。
「俺にそう言うものを選ぶセンスはないな。撫子とは違うので」
「猛らしいわね。でも、こういうお菓子でも嬉しいわよ」
「差が激しくてすみません」
「子供から誕生日プレゼントをくれるって行為が嬉しいの」
そう言って笑う彼女だが、ある事に気付いたようで、
「ところで、これは誰の入れ知恵かしら?」
「は、はい?」
「猛がこんなことをしてくれるなんて、誰か女の子にアドバイスでもされたのかなって……図星って顔をしてるわよ」
その通りでした。
――淡雪さんのアドバイスでもなければ、普通にしなかったであろう。
図星の猛はとっさに視線をそらしながら、
「お、お友達ですよ。ただの女友達です」
「えー。お付き合いしてる恋人? そうなの?」
「なぜに目を輝かせる」
「うふふ。猛に彼女とかいるの? ついに作っちゃった?」
優子からすれば彼に撫子以外の女子との付き合いがあることが嬉しい。
興味深々とばかりに追及してくる。
「絶対に恋人に違いないわ。お母さんに教えなさい」
「顔が近いです」
「どんな子なの? 写真とかあるのなら見せなさい。家に連れてきてもいいのよ」
こう言う時の母はしつこいから苦手なのだ。
「こ、恋人はいません。ただの仲のいい友達だからっ」
「嘘おっしゃい。どんな子? 可愛い? 美人?」
「……ご、ご想像にお任せします」
いてもたってもいられず、逃げるようにリビングから立ち去る。
廊下に出ようとすると「告白がまだなら早く恋人になっちゃいなさいよ」と背後で母さんが叫ぶのが聞こえた。
――余計なお世話ですよ、まったく。
何はともあれ、喜んでくれたのは幸いだった。
人に贈り物をする時に喜ばれるかどうかは大事なことだ。
猛はアドバイスをくれた淡雪にメールを送る。
『アドバイスのおかげで、プレゼントしてみたら母さんも喜んでくれた。ありがとう』
すぐに淡雪からもメールが返ってくる。
『言ったでしょ? 親にとって子供からのプレゼントは嬉しいものだって』
本当にそうだった。
返事を返すついでに次のデートの約束をしてみる。
『前に言ってたよね。海に行ってみたいって。夏休みに入ってからどうかな』
しばらく経って彼女から返ってきたメールの中身は、
『――いいけど。私の水着を選ぶのを手伝ってくれるかしら?』
男として、いろいろと試されているものだった。
「水着選びって、マジですか」
思わず、顔がにやける自分はやはり男の子の一人だったらしい。
そして、高校1年の夏が始まろうとしていた――。
男には耐えなければいけない時がある。
例えば、女性物の水着を売ってるお店に入るときとか。
数日後のデート。
淡雪が試着室で水着を試着していた。
可愛らしい水着を着る彼女は猛に見せつけるようにして、
「こっちの方が似合うかしら?」
「あー、そっちよりは……さっきの方がよかったよ」
「ホント?」
「でも、一番似合うと思ったのはその前のやつかな」
「それじゃ、それにしておこうかしら」
女の子の水着選びに付き合うときほど恥ずかしいものはない。
特に淡雪はスタイルもよくてドキドキとさせられる。
胸元を強調したデザインの水着は犯罪的だ。
たゆんっとした胸がちゃんと収まるのが不思議。
「淡雪さん。何ゆえに先ほどから、派手めな水着ばかりを見せつけてくれてます?」
「だって、猛クンがその系統が好みではないかと」
「勝手な想像ですな」
「違うの? 違うの?」
「違いませんが」
男子ならば女の子のおっぱいは誰でも好きだ。
しかし、それを堂々と言えるほどに勇者でもない。
――この羞恥プレイから早く解放されたい。
撫子に付き合って、こういう場所の経験がないわけではない。
どうやら、このお店では彼氏同伴OKらしく猛以外にも彼氏連れはいる。
「他の皆さんが堂々としすぎてびっくりだよ」
「だって、自分の好みの水着を恋人に着てもらいたいからじゃない」
「……恋人ごっこの俺には難度の高いミッションでは?」
「何事も経験です。私だって恥ずかしいけど、楽しんでるもの」
恥ずかしいものは恥ずかしい。
淡雪を注視できずに、彼は戸惑うだけである。
「でも、こちらよりも少し派手だけどあの色の方が……」
「まだ選びますか、俺の反応で遊んでますよね?」
「そんなことないわよ。私は純粋に欲しい水着を選んでるだけだもの」
「ホントですか。弄ばれてませんか」
「してないわよ。もう少し付き合って。せっかくの機会でしょ」
店員のお勧めもあり、いろんな水着に着替える。
次々と着替える彼女はモデルのように美しい。
スタイルの良い彼女の水着姿にドキドキとさせられてしまう。
――ホントに素敵な子だよな。
だからこそ、変に意識してしまうのが困る。
「猛クン、顔が赤いけども恥ずかしい?」
「男だから意識しまくりですよ。見られてる方は恥ずかしくない?」
「照れはあるけども、貴方の反応を見てる方が楽しいわ」
「くっ、男心が完全に弄ばれております」
淡雪と言う女の子は意外にも茶目っ気のある子のようだ。
こんな姿はクラスでも猛しか知らないだろう。
「さぁて、次は……こっちにしようかな」
「まだやるのか!」
「やりますよ? だって、夏は今しかないんだもの」
結局、彼女のお気にいりの水着を選ぶまで付き合い、猛の精神力は尽きかけた。
女の子の買い物に付き合うことほど、男にとって試練はないと思い知るのだった。




